『ケータとユーリのバカ試合』、開幕。
「慶太さんの雑な言葉がゆうりちゃんの可愛らしい声で放たれるのが面白いですよね」
狭い階段を一列に並んで降りていると、シラスがクスクスと笑いながらそんな事を言ってのけた。 紫苑さんといいシラスといい全くもって楽観的な女たちだ。入れ替わってる張本人達が楽観的に映るのが原因ではあると思うけど、病の床に臥す人間にハナクソを飛ばすような対応だと気付いていないのだろうか? 早く元に戻って水嶋を愛でたい俺としては少しだけ苛立ちを感じた。
「なぁ、慶ちゃんよ」
水嶋がわざとらしいくらい低い声を出す。
「……なんだよ」
「すっごい下品な言葉を叫んでみて」
「は? 」
「私たち女性陣が理解できないようなやつ」
「どういうことだよ」
「慶太さん、AVのジャケットに書かれてるような卑猥な言葉です。 ゆうりちゃんの声で叫んでみてください」
「……本当に思いっきり叫んでやろうか? どうせお前らドン引きして俺を蔑むんだろ」
「へっ、蔑むもんか。 褒め称えるぜ」
「決して蔑んだりなんかしませんよ」
「だからそれ絶対蔑むやつだろ。 フリにしか聞こえねーよ」
シラスが短く笑う。 不覚だった、まんまと雑な言葉を吐いてツボを押してしまった。
「そろそろ本気で怒るぞ」
俺たちが玄関で靴を履いていると、シラスは名残惜しいのか、どうでもいい質問をたくさん投げかけてきた。
五分ほど立ち話をして、最後には玄関先に置いてあったカレンダーを手に取ると「赤丸がオフ、四角が今日みたいな半休です。 スマホで撮っておいてください」と、スケジュールの把握を余儀なくされた。
「ドクロのマークは何? 」
「締め切りです。 その前後は大抵死んでます」
なるほど、月の半分くらいは死んでそうだ。
水嶋がカレンダーをスマホで撮り、「しらすちゃんご馳走様でした」と頭を下げる。 俺も同じ言葉を使って頭を下げた。
「慶太さん、次は何が食べたいですか? 」
「……A5ランクのステーキかな。 ミディアムレアで頼むわ」
カレー、と言おうと思ったけど、言ってもあまり面白くなさそうなのでやめた。
「今度うちでお泊まり会やりますか? 寝る時は一階と二階に分かれれば、僕の存在はそれほど気にならないでしょう? 」
「やかましいわ」
「ふふっ。 ゆうりちゃんは、次は何が食べたいですか? 」
「えっ? う〜ん……高いプリンが食べたいなぁ」
「値段ですか? カロリーですか? 」
「まだ慶ちゃんの身体だったら、標高も」
しらすは初めて歯を見せて笑うと、会った時と同じ綺麗なお辞儀をして「またのお越しをお待ちしております」と言った。
激動の中村家を後にしてすぐ、庭にペストの姿がなかったことを水嶋が報告してくる。
「ふぅん、狩りにでも出たんだろ。 ……さて水嶋、これからどうするか」
「だからぁ、ボブに会うに決まってるでしょうが。 渋谷の映画館行こうよ、 あと私しらすちゃんの話あんまり聞いてなかったからさぁ、それも聞きたい」
「お前本当にボブ好きだな」
「だって一番面白くなりそうだし」
「……紫苑さん暇かな。 ちょっと連絡してみるか」
「なっ……!? だ、ダメです! ほとぼりが冷めるまでシオン姉さんと会うことは禁じます! 」
今の、本性が剥き出しになっている水嶋は本当に可愛い。 俺の顔と声じゃなかったら抱きしめて押し倒して木陰でおっぱじめたくなるくらいのパワーがある。 ただ俺は童貞なので木陰でおっぱじめてスムーズに事を運べる程の技術力はない。その自覚はあるのでやはり確実に段階を踏んで一緒に成長していくべきだろう。
「お前本当にボブ好きだよな? 」
「……しつこいなぁ」
だらだらと歩きながら、なんとなく駅の方へ向かう。
「あっーーー!! 」
「うるさいわ。 どうした? 」
「さ、サンドウィッチ伯爵ぅぅう!! 」
振り返ると水嶋が立ち止まり、リュックを身体の前に掛けて中を覗いている。
「しらすちゃんの本に……私のサンドウィッチ伯爵が殺された……ぺ、ペチャンコだぁ……」
「別に潰れたって食えるだろ? 」
「でも……こんなんなってるよ」
そう言って水嶋は変なポーズをして白目を剥き、首を傾けて苦悶の表情を浮かべた。 潰れてしまったサンドイッチ伯爵を身体全体で表現しているのだろう。
「んふっ、どれ……ちょっと見せてみ」
リュックの中には無残にも押し潰され、おかしな形にひしゃげたサンドイッチ伯爵がいた。
この様子だとシラスの本だけに圧殺されたとは思えない。 きっとどこかのタイミングで自ら押し潰していた筈だ。
「あぁ大丈夫、大丈夫。 全然食えるよ」
「でも初めての手料理だし……こんなものを慶ちゃんに食べさせたら一生ネタにされそう。 『おっ、今日はペチャンコじゃないな』 とか言って。 あぁ……くそぅ、コンビニのゴミ箱に食べてもらうしかないか」
「ハハッ。 吐き出したりしてな」
全然面白くなかったらしく、無表情で中指を立てられた。 落ち込む水嶋の背中を叩いて少し歩くと、タイミングよくいい感じの公園を見つけたので、そこでサンドイッチ伯爵の供養をする事を提案した。
「えー、食べるの? 」
「当たり前だろ。 その前になんか飲み物を買おう」
自販機の前に立って財布から千円札を取り出そうとしたら、突然肩を掴まれた。
「え? なに? 」
「自販機に嫌われるのは体質か魂質か調べてみた! 」
「……は? 」
「ユーリちゃんが自販機に嫌われるのは体質か魂質か調べてみた! のコーナ〜! 」
「……どうした? 電磁波攻撃でも受けてんのか? 」
「あのね、聞いて慶ちゃん」
なんでも水嶋は自販機に嫌われる体質だそうだ。 硬貨はそのままお釣り口に落ちてくるし、千円は丁寧に入れても必ず一回は吐き出される、との事。 シンプルに自販機側の問題なのではないかと指摘したが、そうではないと頑なに自分が自販機に嫌われている事をアピールしてくる。
……なんだか、だんだん腹が立ってきた。
タマトギの巫女だの自販機に嫌われてるだのクソほどどうでもいい事ばかり主張してきやがって。
大体これまでの様子からして、ペストの魂しか見えなかったんだろ? とんだポンコツの巫女じゃねぇか。
「慶ちゃん、ちょっと千円札を貸して」
俺の身体ならすんなり千円札を飲み込んでくれるかもしれない、という事なんだろう。
呆れている俺から千円札をひったくった水嶋は、緊張した面持ちでゆっくりと丁寧に自販機へ吸い込ませる。 すると自販機はすぐにその千円札を吐き出した。
「ほらぁ! やっぱ私の魂が自販機に嫌われてるんだよぉ! 」
「たまたまだろ……。 いいから早くサンドウィッチ伯爵を胃袋に埋葬して次の手を考えよう」
俺が苛立ちを隠さず乱暴に千円札を入れると、自販機はしっかりと飲み込んでボタンに赤いランプを点灯させた。
「ほら、俺が一回目に入れてたら吐かれてたって。 大体二回やればいけるんだよこんなもん」
水嶋は飲み物のボタンを押さず、返却のレバーを下げる。 再度挑戦するも、また自販機は千円札を吐き出した。
「……くそぅ! なんだってんだよォ! 」
「日曜の昼下がりに自販機を殴るな」
「だって腹立つし……いつもいつも機械にバカにされてるような感じがしてさぁ。 慶ちゃんの身体だと苛立ちを剥き出しに出来るからなんだかスッとするよ。 ……オラァ! 日頃の恨みだぁ! 」
「うぉい蹴るな蹴るな! 子供が見てるぞ! 」
「大丈夫、子供だって『あんな風になっちゃいけないな』って思ってくれるよ」
俺は確かに聞いた。
頭の中で、ブチッ、と何かが切れる音を。
「……ったく水嶋は本当にバカだな。 その千円札を貸せよ。 俺が教えてやるから」
「……なに、教えてやるって」
「絶対に自販機が千円札を吐き出さない方法を教えてやるって言ってんだ。 知らないだろ? 」
「えっ? 本当に? そんな裏ワザあるの!? 」
「あるよ。 ほら千円を寄越せ」
俺は水嶋から受け取った千円札をじっと見つめる。 公園の方から数名の奥様方が子供たちを引き連れて近付いてくるのが見えた。 そのタイミングを待ち、アスファルトに膝をついて、両手に持った千円札を空に掲げる。
「まず……こうやって千円札を太陽に透かせてだな」
「膝をつく意味ある?」
「ちょっと黙っててくれる? 今千円札が太陽エネルギーを溜め込んでるとこだから」
子供たちが近付いてくる。 距離5メートル。 よし、ここだ。 大きく息を吸い込み、腹筋に力を込める。
「はぁぁあ〜!! この千円札に宿りしっ! 勇っ敢なる英霊たちよぉぉぉーっ!! 」
「 えっ!? 」
「我らに慈愛と祝福をォっ! 我らに慈愛と祝福をォォォッイッ!! ドッ! セエェェイッ!」
「こ、こらぁっ! 」
子供たちは親に導かれて道路を渡り、狂った女子高生とのエンカウントを回避した。
「……あ、すみませんっ、この子病気なんです! 気をつけてください! 」
「みんな〜! 私みたいな女子高生にぃ、なっちゃダメだぞぉ〜? 」
こちらの歩道を歩いている人達は、軒並み反対車線側の歩道へ移っていく。
「ふぅ……おまたせ、これで大丈夫だ! 千円札に宿りし英霊たちのご機嫌をとる事に成功したからな。 ハハッ! ほら、試してみな。 どうした青い顔して」
「……私が二度とこの街を歩けなくなるだろォ!? 」
「大丈夫だよ。 水嶋の声って本当に可愛いから。 なんかの撮影だと思ったんじゃないか? 」
「っ……! そ、そう? そうかなぁ? ……いや全然フォローになってないからね! 」
「水嶋って入れ替わった時、凄いテンションだっただろ? 今もだけどさ。 その気持ちが今更ながら理解できたというか……やっと覚醒したというか」
水嶋はじっとりと粘性の高い眼差しを向けてくる。 「そう来たか」という思いが込められた瞳のように思えた。 周囲を見回してから俺をギロっと睨むと、ため息を一つ吐く。
「ったく……慶ちゃんはおバカさんだなぁ。 大体ね、千円札に宿る英霊って何? 野口英世の事? 」
「夏目漱石と伊藤博文と聖徳太子も居るぞ。夢のオールスターだ」
「千円札をクビにされた人達がいまだに宿ってる訳ないでしょう。 ちょっと貸してみなよ」
千円を返すと、水嶋は慎重に自販機へと挿入した。 そしてまた吐き出される。 これには流石の俺も「うわぁ」と声を漏らしてしまうほど驚いた。
「あのね、そんな神頼みみたいな方法じゃ解決しない問題なんだよ? この千円札自体に問題があるって言うなら……」
バス停に並んでいる人に視線を移す。 スケボーを持ったお兄さんと、お孫さんらしき男児を連れたお婆さん。
「ちょっと見てて」
水嶋がそちらに走って向かったので、俺も後に続く。スケボーのお兄さんはツバが水平の帽子を浅く被り、口を大げさにモグモグさせながら身体を揺らしていた。 ガムを噛んでます、音楽を聴いています、という事実を10メートル先までアピールしたいのだろう。
「あ、すみませ〜ん。 お兄さんちょっと時間ありますかぁ? 」
水嶋に声を掛けられたお兄さんは動きを止め、片耳に付けていたイヤホンを外して「あん? なに? 」と渋い顔で対応する。
「あのですね、この千円札って、レジに出すと店員からは一万円札に見える特殊効果が発動するんですよ。 二千円でどうですか? 」
「……はぁ? 」
「だからつまりですね、この千円札で21円のチョコ買えば9979円の儲けが出るんです。 今なら二千円、できればピン札で……」
「本っ当にすみません! この子、北半球で一番のバカなんです! 私が責任を持って始末しますので! 」
水嶋のTシャツを全力で引っ張ってお兄さんから引き離す。
「……水嶋、泥仕合になりそうだから終戦にしよう。 お前は一生自販機に嫌われる運命だ、受け入れろ」
「ケータとユーリの化かし合いは精神力をゴッソリ削られるね……」
しかし俺は決意していた。 水嶋が元に戻りたくなる方向へシフトするように全力を尽くすと。
彼女も俺の心境の変化を察してくれたのか、神妙に頷いてくれた。 これを機に少しでも真面目になってくれれば大戦果である。
「とりあえずサンドイッチを食べさせてくれるか? 腹が減っては戦は出来ぬ……ってな?」
「『ってな?』 じゃないよ……戦する気満々じゃないか! 」
俺たちはそのまま真っ直ぐ公園に向かい、木陰の芝生に腰を下ろした。 水嶋はへらへらしながら膝の上にぺちゃんこのサンドイッチを置き、「食べてもらうのってこんなに緊張するんだぁ」と嬉しそうにしている。
「おぉ……うまい! 」
ペチャサンドは、普通に美味かった。
なんせパンに美味しいものを挟んであるのだから不味くする方が難しい。 ハム、レタスという基本の具材に、スクランブルエッグ的なものやマヨネーズとトマト、きゅうりなどでバリエーションを増やしている。
「ブルーベリージャムのやつ、なんかちょっと斬新な風味がしたな。 しょっぱいっていうか、酸っぱいっていうか」
「お! 舌が肥えてるね〜。 隠し味が入ってるんだよ! 」
「なんか混ぜたの? 」
「ケチャップ」
「なんで混ぜたの? 」
「無個性なサンドウィッチ伯爵に個性を与えたかった」
実は初めて食べる水嶋の手料理に心の底から感動し、涙が出そうになっていた。 ブルーベリージャムにタバスコを混ぜられていたとしても、その感動の質というのは変わらなかっただろう。 その余韻に浸っていると、水嶋が中村家での話を尋ねてくる。
「あぁ……シラスがさ、入れ替わりの実例を挙げてくれたろ? 聞いてた? 」
「うんうん、男と女が入れ替わって……片っぽが死んじゃったやつ」
「そうそう。 それ、シラスの話なんだよ」
「……どぇ!? 」
水嶋は口を開けて5秒くらい固まった。
「一階で話を聞いてる時からなんか引っかかるな〜とは思っていたんだけど……二階に行ってみて、もしかしたらって」
「えー、えー、どうしてその結論に? 」
俺は一階で話している時点で、その発想の尻尾を掴んでいたのだと思う。 だからこそ、大量に貼られた幼いシラスの写真が遺影のように見えたし、レムのフィギュアのクオリティが上がっていたのも、製作者が変わっているからではないか、と考えてしまった。
……最下段に並んでいた下手くそなフィギュアは、本当の中村真心が作ったものではないのかと。
それに、シラスとの会話の節々から「元は男だった」という匂いが漂ってくる気がしてならなかったのだ。 例えば元々はレズで、今は男が好きだという発言。 これは男性だった頃の名残で女性が好きだったが、中村真心の身体に馴染むにつれて男性を好きになっていった、という風にも取れる。
極め付けはシゲオさんの話だ。
昨晩、幽体のシゲオさんにシラスのことを尋ねた時「俺が最後に教えた子」と表現していた。 それはシゲオさんがシラスの新人教育を行ったことを意味している。
——それ、本当ですか? どうですかね、居たような、居なかったような……
シラスはそう答えた。
京都の哀楽喜神社に民俗学者と同行したり、俺とメタナカの戦いをわざわざメモに取ったり、レムのフィギュアを作り続けるほど幽体に固執しているシラスだ。
始めての幽体離脱でノウハウを教わった「師匠」とも呼べるシゲオさんに対する印象が薄いことに、違和感が生まれない訳がない。
『シゲオさんから新人教育を受けていたのは、入れ替わる前の中村真心だったのではないか』
俺はそう考えて、最後にシゲオさんの話を振った。
「……なんだかそうとしか思えなくなってきた」
俺の話を聞いてそう呟くと、しばらく無言で空を眺める。 きっとシラスとの会話を反芻しているんだろう。 ……こうして実際に口に出してみると、一つの疑問がふわっと浮かび上がってきた。
「そういえば……なんでシラスは中村真心の姿で幽体離脱してるんだろう……? 俺たちはお互いの身体から本来の姿で抜けるのに」
魂が別人なら中村真心ではなく、元の姿で幽体離脱するのが自然だ。
「あ、言われてみればそうだねぇ。 男の魂なら男の姿で幽体離脱するはずだもんね……でもさぁ、何十年もあの身体で過ごしてたら、魂だって真心ちゃんの形になるんじゃない? 」
「……そんなもんかね、魂って」
「私たちだってあと5年もすれば魂の形も入れ替わるでしょ」
「さらっと怖い事言うんじゃないよ。 縁起でもない」
「それよりもさ、病気の男に女の子が自分の身体を譲るってシュチュエーションが気になるね。 ただ単に戻れなくなっただけなのかな」
「シラスは『女の子がそれを望んだ』って言ってたなぁ。 本当の理由次第では……もしかしてシラスってすげー悪い奴なのかもな。 客観的に見たら、女の子の身体を奪って生き長らえてるってのは事実なんだし」
「……う〜ん、なんとなく、そうは思えないけどなぁ……しらすちゃん結構ぶっ壊れてるじゃない? 変な迷路を睡眠薬代わりにしてたりさぁ」
「なんか……葛藤があるんだろうってのは俺も感じたよ」
「あぁ、おもしろい、おもしろい! 」
水嶋はカバンからレムのフィギュアを取り出した。 といっても、タオルでぐるぐる巻きにされているのでご尊顔は見えない。
「これ、私が貰ってもいい? 」
「どうぞどうぞ。 うちに持って帰ってもどうせアキに壊されるし」
嬉しそうにタオルを解いてレムのフィギュアを露出させると、ごろんと芝生に寝そべって眺めはじめた。 お気に入りのお人形を持った子供みたいだ。
「水嶋、ごちそうさまでした」
「おや。 『うまい! 』だけで満足してしまっていたよ……お粗末様でした」
「次の行き先……決まったぞ」
「お? ボブでしょ? 」
「いや、高くて美味いデザートを食べに行こう。 なんでも奢ってやるから好きなだけ食べていいぞ、太るのは俺の身体だしな」
「な、なんてまばゆい輝きを放つ提案なんだ……」
「と、その前に……」
俺は水嶋から少し離れて、ベンチにスマホをセットした。 カメラアプリを立ち上げて動画撮影を起動済みだ。
「んー? 何しておるのー? 」
「水嶋優羽凛が絶対に言わないこと! のコ〜ナ〜」
「はっ!? 」
「ペロリン星からやってきたぁ〜ユーリ姫だニャン! 今日も尻尾をフリっフリっ! ペロペロリ〜ンっ! はぁ〜、メロメロにゃんにゃんビーム、発射だにゃん ! にゃにゃにゃにゃ〜っん! 」
呑気に寝転がっていた水嶋がREC中のスマホを目掛けて一目散に走り出す。
オリジナリティ溢れる萌え萌えの振り付けを終えた俺も、ワンテンポ遅れて地面を蹴る。
——スマホ争奪戦。
ビーチフラッグならぬ、パークスマートフォン。 奴も流石のスピードだが物理的な距離に圧倒的な開きがある。当然、軍配は俺に上がった。
「はぁ、はぁ、貴様ぁ……その動画をどうするつもりだっ」
「決まってるだろ? 編集して家宝にするのさ。 ようつべにアップして水嶋の可愛さを世間にお伝えするのもいいなぁ。 フハハハハ! 」
「さては他にも撮ってるだろォ! そのスマホをよこせぇ! 」
「元に戻ったら消してやるさ。 それまでこのスマホに閉じ込められた『萌え萌えユーリにゃん』は人質だ。 次に俺の身体で悪さしようものなら……この動画をクラスメッセのトークルームに放流する」
「こ、このド畜生めっ……! 私が学校で築き上げたクールなイメージがっ……余計な知恵をつけやがって……くそぅ……」
……あれ? こいつなんでズボン脱いでるんだ?
「おい待て待て! おれに前科でもつける気か!」
水嶋がピタリと動きを止め、ズボンを上げた。
「お楽しみのとこすんません。 えーと……相原慶太くん、だよね? 」
「……はい、そうですが」
「君は水嶋ゆうこ……あれ? ゆうか? なんだっけな」
振り返ると、そこには死神が立っていた。




