メタリック・タンクトッパー・タナカ
水嶋の「ちいさな初恋のめろでぃ」をBGMにメタナカと交戦する。 もう何度木刀を折られただろうか? 武器を木刀に変えたのは正解だった。 桃乃介に比べて再生成が容易な分、消耗が少なくて済むし、確実にメタナカの「メタル装甲」にダメージが蓄積しているのがわかる。
一度目は弱点を見極めようと攻撃を散らしていたが、比較的狙いやすい首から下に絞って攻撃を当てていく。
水嶋の歌うBGMがスーパーの閉店時に流れるホタルのあれに変わった事で集中の糸が切れ、いいのを2発ほど貰ってしまった。
「メタナカくんの中身って……黒いんだね」
後ろから水嶋の声。
「そう、黒と同じ色だっ 」
スピードにも慣れた。 この子供の身体でも、もはやラグは感じなくなっている。
「慶ちゃん……右腕が……」
「え、なに!? 」
「右腕だけ元に戻ってる……」
「右腕? 」
隙を見て一瞬だけ確認。
本当に右腕だけが17歳に戻っていた。
「本当だ、気持ちわるっ」
「もしかしてその感じで、一箇所ずつ元に戻っていくの……? 」
「わからん! 」
「最後まで顔が小学生だったら……」
「さぞかし滑稽だろうな! 」
「面白いものが見れそう」
「お前だけな! 」
メタナカの攻撃パターンが単調になってきた。ずっと変わらなかった表情も、心なしか少し苛立っているようにも見える。
時折、強引に俺を振り切ろうとする動作を起こすようになった。 決定的な一打を加えるならそのタイミングしかないけど、まだ我慢だ。 もっと動きが雑になるまで嫌らしく粘ってやる。
「慶ちゃん」
「何!? 」
「口を動かす暇があるなら、今どういう状況なのか説明して欲しいです」
「人にものを頼む枕詞じゃないな」
「お願いします」
「えっと、今はメタナっ! あっぶねぇ掠った……今はメタナカ氏のメタル装甲を剥がしにかかってる! 」
「それは見ればわかる」
「メタナカ氏の目的は、ここで俺や水嶋と戦う事じゃないん……」
一呼吸。 というより、メタナカ氏の攻撃が激しくなったので一時防戦に集中する。
「慶ちゃーん、それで? 」
「ちょっと今防戦中! あれ? 見えてないのかなぁ!? 」
「わかったよぅ、待つよぉ……オホン! 」
咳払いのあと、男をひたすら待つ女心を歌った歌謡曲が流れ始めた。 後ろの愛くるしいブルートゥーススピーカーは、木刀を打ち込めば止まるのだろうか?
「……あのなっ、レムの幼生を食べてブーストさせた負の感情を、実体の田中くんにぶち込もうとしてるんだよ! 」
「……そしたらどうなるの!? 」
「田中くんは負の感情に支配されて、生身で俺たちに危害を加える可能性がある! 」
「……それって、田中くんに黒が注入された状態になっちゃうってこと? 」
さすが水嶋さん、物分かりがいい。
「多分! とにかく、メタナカと田中くんの完全融合を阻止するべく俺は戦うから! いや戦ってるから! 」
「よくわからないけど、その装甲の剥がし方は何か意味があるの!? 」
「え? 剥がし方……? あ、やべ」
鋭いバックブローをもらった。
「ああんっ! よく見て! 躱せる攻撃だよ! 」
いやお前が話し掛けてくるせいだよ。
一瞬ブラックアウトしそうになったがなんとか持ちこたえた。 翼を扇ぐことで生み出された推進力を利用して繰り出すバックブロー、初めて見る攻撃だ。 もしかしてこいつ、『闘いの中で成長してやがる!』みたいな高いポテンシャルを秘めたタイプのあれか。 警戒しなくては。
しかし、それ以上に驚いたのは……。
メタナカの装甲が、綺麗にタンクトップ型に剥がれていた。 確かに胴体を狙っていた節はある、しかし、こうも綺麗なタンクトップ型に剥がれるものか? 偶然にしては出来すぎている。
装甲が剥がれた部分は当然、真っ黒な本体が露出している。その様はまるで、メタリックの肌を持つ人間が黒いタンクトップを着ているようだった。
——俺が、やったのか——?
無意識に打ち込んでいた木刀が、メタナカにタンクトップを着せる結果になったとでも言うのか。 否。 違う。 俺はむしろ、奴が着ている装甲を必死に脱がせにかかっていたのだ。 必死に脱がせていた筈が、なぜか逆に、タンクトップを着させる結果になっていた。
そんな禅問答みたいな事が——。
「慶ちゃん! 急に劣勢になってるけどどした!? またアホなこと考えてるんじゃないだろね!? 」
「……オラァ! 」
水嶋の声援を受け、俺は再び気合を入れ直し、目の前の一打一打に集中する。
メタリック・タンクトッパー・タナカに対し、どんどん手数を増やしていく。 しかし相手は熱くなる俺を嘲笑うかのように太刀筋を見極め、いとも簡単に躱すようになった。
まるで、タンクトップの形を守るように——。
冷静になれ、と自分に言い聞かす度に頭へ血が昇って、攻撃の精度が落ちていくのがわかる。一対一の立ち会いでここまでの屈辱を受けた事はない。 ましてや、後ろで水嶋が見ているのだ。 こんな情けない姿を見せたくなかった。
メタンクトッパナカがニヤリと笑う。
……笑ったように、俺には見えた。
それは、俺が苛立ちの中で垣間見た幻なのか。 それとも。 その笑みの真意が俺への嘲笑だとするならば。
——タンクトップになる為に、わざと打たせた? タンクトップ型の隙を故意に作っていたのか?
「なーに笑ってんだ田中コラァ! 」
——しまった、捕まっ——。
みぞおちに食らった。木刀が手から離れて落下していくのを見た。 眼球がひっくり返るほど苦しい。 おぅ、おぅ、と喉の奥から情けない音が漏れる。 頭を掴まれた。
「慶ちゃん負けるなぁ! 」
吹っ飛んでいきそうな意識を強引に呼び戻す。左手に木刀を再生成。 力を振り絞ってメタッパナカの腕に叩き込む。
「クソっ……」
間合いを取る。 おそらく水嶋がすぐ後ろにいる。
「熱くなるな、落ち着け、冷静になれ」
自分に言い聞かすようにつぶやく。
メタパナカの右腕の装甲がボロボロと剥がれ落ちた。 効いた! 最後に叩き込んだ木刀だ。 ざまぁみろ!
「あぁん! 綺麗なタンクトップだったのにぃ! 」
外野うるせぇな。
俺は木刀をメタパナカに向けて、不敵な笑みを返してやった。
「タンクトップのバランスは崩したぜ? メタパナカ君よぉ……! 」
「ん、メタパナカ? ……あぁ、メタリックタンクトッパータナカの略か」
後ろでエスパー少女がケタケタと笑う。
メタナカに戻ったメタパナカはキョトンとした顔で俺を見据えている。 考えたくないけど、タンクトップにそこまでこだわりはなかったのかもしれないな。このクソッタレ。
「慶ちゃん、上半身が元に戻ってるよ」
「あ、ほんと? 顔はどう? 」
「顔と下半身は小学生」
「……斬新なフォルムだな。 どうだ? キモいか? 」
「キモかわいい」
「サンキュー! 」
またメタナカに向かって木刀を打ち込んでいく。……それにしても、装甲を剥がすたびにメタナカのスピードが上がっていくのは気のせいか?
鎧を剥がすことによって弱体化、あるいはなんらかの突破口が見えてくると自然に考えていたが、メタナカの攻撃は鋭さを増すばかりだ。
左右の猛烈なパンチに加え、要所要所でドチャクソ鋭いローキックを挟んでくるようになった。 その右のローは、確実に俺の左太腿にダメージを蓄積させていた。
『アイハラの軸足を破壊してやろう』という強い意志を明確に感じさせる攻撃だ。
「左のフトモモばっか蹴ってくんなよオメェよぉ!」
俺は半泣きで叫ぶ。水嶋が笑う。
口元と翼、下半身だけを残して装甲を剥がし切った。 マスクをして、タイツを履いているようなコーディネートに仕上がったが、それがまた圧倒的強者感を醸し出している。
パワーでは勝てない。 スピードは僅かに俺が上回っているけど、そのアドバンテージは体力の消耗によってどんどん削られてきている。 戦いが間延びすれば不利になる一方だ。
「慶ちゃん、私が捕まったら覚醒する? ねぇねぇ、私が手を出されたら覚醒する? 」
「そんな事になったら俺は誰にも止められなくなるぞ。 メタルケイタになってこの世界すら滅ぼすだろうな」
「やだもう……慶ちゃんたら」
なんだこのバカな会話。 危機感がまるでねぇな。
「あー! 街のレム達が帰っていってるよ! 」
朝焼けに照らされて、レム達の粒子がちらちらと舞っていた。
「戻るのか……? でも、メタナカはどうなるんだ……? 」
メタナカが震えている。
「ヴヴ……ヴヴ……アイハラ……ドケ……相ハラ、どけ……ドゲェーーーー! 」
【ガシャァン! 】
メタナカの拳が、民家の窓を叩き割った。
水嶋が短い悲鳴をあげる。
何が起きたのか、はっきりとその現象を見ていたのにも関わらず。
俺の頭は理解を一旦拒絶して、全身へ『戦慄』の指令を出していた。




