人ならざるモノ。
題名テスト中です。
「この楽しい世界を卒業しちゃうところだったの……? 私まだ2日目だよ! 」
俺も幽体離脱してレムを惨殺するのが好きだ。 それこそライフワークになりつつあったし、できれば離れたくはない。 自分に正直になれば、水嶋がこれからも幽体離脱するならそれでいいと思い始めていた。 俺の助手として常に隣に居てくれるなら、そんなに楽しいことはないからだ。
「落ち着け水嶋。 まだ大丈夫だ、もうこの世界を考察するな。 詮索するな! 考えなくていい……感じるんだ! 」
「慶ちゃんごめん、私が変なこと言い出すから……」
「いいんだよ。 俺だって知らなかったんだから、水嶋に罪はない。 ……控えめに言って、全ての罪は紫苑さんにある」
「だからごめんて。 そんな反応になると思わなかったわ」
「どうしてそんな大事なことを黙ってたの! 」
「せっかく没入してくれてたのに、言ったら慶太がいつ卒業しちゃうかわからないだろ」
「………… 」
水嶋は目を閉じて眉間に皺を寄せる。
「ダメだっ! 私、気になり出すと止まらないタイプだからどうしても考えちゃう……! このままじゃ幽体離脱をクビになる! 」
「よし……いいか、強引に『無』になろうとするな、そっちは座禅組んでるおっさんに任せとけ。 ……他のことを考えればいいんだよ。 お前は動物が好きだろ? 」
「ウン、ドウブツ、スキ」
「よし。 じゃあイメージするんだ。 ……お前は今、砂漠にいる。 サボテンひとつないからっからの砂漠を、ラクダの上に乗って旅をしているんだ」
「ウン、サバクヲ、タビ、シテル」
「水筒は空っぽだ。 暑くて喉がカラカラだし、オアシスも見当たらない。 でも、お前が乗ってるラクダのコブにはメロンソーダがたっぷり入ってるんだ。 どうだ? 幸せだろ? 」
「ウン、シアワ……セ……あれ? それ幸せなのはラクダだけじゃないの……? 」
「考えるなっ! 感じるんだよっ! 」
「ごっ、ごめん! 」
「……もうお前ら今すぐ卒業しちまえよウゼェなぁ! 」
紫苑さんは少し前から『引退』を『卒業』に言い換えている。 きっと、幽体の世界から弾かれてしまう事を、門出のようなニュアンスで認識しているのだ。
「というかぁ、シオン姉さんはそんなに慶ちゃんに離れて欲しくないんだ〜……」
「うん、私は慶太に依存してるもん。 世の中で信用してるのコイツだけだし」
少し前に紫苑さんの身の上話を聞いていたからわかる。 その依存は恋愛的な感情とはかけ離れた好意であると。
「なっ……! あ、あっそ。 どうでもいいけど、今後は私の許可なしに慶ちゃんと2人で会わないでもらえます? 」
「えーなんで。 ヤダ」
「私もヤダの! 」
「水嶋、一応は親戚だから」
「はぁ〜ん? 一応? 『実は血の繋がりがない親戚のお姉さん』なんて男の子がいっちゃん簡単にやられちゃうやつでしょ! 」
「それはニッチな性癖だって! 俺にその属性はないぞ」
「じっくり時間をかけて属性を付与するのが魔女の手口なんだよぉぉ! 」
「訳わからない事言ってないでほら! 残りの時間を有効に使うぞ! 」
紫苑さんがため息をついたタイミングで、下からナルセが浮上してきた。
「ハネツキは居ないっすね〜。 幼生はウジャウジャいるし未成体も多いから、またそのうち大量発生しそうだわ。 シオン姉さん、どうします? 」
「ん〜、警戒区域経由で祥雲寺に帰るか。 救援信号も上がらんし、まぁ大丈夫だとは思うけどさ、一応」
「あのナルセさん。 例の、みんなで捌いたレムが出た家まで案内してもらえませんか? 」
今日の幽体離脱が終わってしまう前に、どうしてもそこだけは行っておきたかった。 おととい水嶋の身体に入った俺を襲い、返り討ちに合ったボンレスハム太郎の「怒り」を体内に取り込んだ個体が現れた場所。 最終的には紫苑さんが仕留めたけど、第一発見者はナルセだった。
「いいけど、どの辺だっけなぁ、祥雲寺エリアはプライベートでも来ないから土地勘がねぇんだよ」
先頭にぶつくさ言ってるナルセ、続いて俺と水嶋、少し離れて紫苑さん。 その編成で、件のレムが出没したポイントへ向かって空を泳いだ。
目的地周辺に差し掛かった時、ナルセが振り向いて「この辺だ、この辺」と住宅街に降りていったので、俺たちも後を続いて降りていく。
そのタイミングで水嶋が俺の前方に躍り出て、にっこりと愛くるしい笑みを作った。
「ねぇ慶ちゃん、明日はどうする? 」
「明日かぁ。 なんか色々ありすぎて頭の整理が追いついてないんだよな」
「……え。 頭の整理が追いついた事なんてあるの? 」
「おう、意外かもしれないけど追い越す事だってあるぞ。 まぁ……明日のことは明日考えるよ。 起きたらすぐ連絡する」
水嶋は不敵な笑みを崩さない。 何を考えているのかわからないことに慣れてしまった俺は、もはやこれに動じない。 後方にいる紫苑さんの軽やかな鼻歌が聞こえてきた。
「……私にアイディアがあるよ。 幽体でわざわざ探さなくても、敵を合法的に倒して、事態を丸く収める方法」
自信満々の表情。 意図的にしゃくらせた顎が、溢れんばかりの自信を反映しているかのようだ。 どうせロクなこと言わないだろうけど、多分聞かなくても喋り出すやつだと諦めた。
「どんなの? 言っとくけど俺は真剣だからな。 ネタみたいなくだらないアイディアだったら土下座してもらうぞ」
「随分と高圧的だなぁ? くだらない提案だったら土下座でも土下寝でも土下ロールでもしてやろうじゃねぇかよォ」
「土下ロールに至ってはただのでんぐり返しだろ 」
しゃくり上げた顎を元に戻して前髪を撫でると、「えーっと……」と切り出した。
「慶ちゃんがやろうとしてるのは、やられる前に根回しして終わらせてやろうって方針でしょ? それもいいと思うんだけど、もっとおもしろ……違うアプローチの攻撃を考えたんだよ」
「ほう……もっと面白い攻撃か。 申してみろ」
「あえて正面から決闘を申し込む。 タイマンでケリつけようぜ!って」
「土下座な。 土下寝と土下ロールは要らないからその分を座の方に差し替えで計3ドゲザな」
「絶対うまくいくって! DQNってそういう……プライドを賭けた戦いが好きでしょ! 『いい度胸じゃねェか……受けて立ってやる! 』みたいな」
「……漫画の読みすぎだよ」
「相原慶太vsボンレス・ハムスキーの異種格闘技戦。 恨みっこなしの真剣勝負。 私もせっかく男になったんだし一度くらい全力で殴り合いしてみたいし……ほら、不良漫画みたいな熱いやつ」
「本当に漫画の読みすぎだったとはな」
「何なに? トラブってるヤンキーとタイマンか? 私も見に行く〜。 レフリーやるよレフリー」
後ろを飛んでいた紫苑さんがウキウキで間に割って入ってきた。
「安全な所から煽るのやめてもらっていいですか? 」
「ヤンキーとヒョロ根暗の一騎打ちは盛り上がるぞぉ」
「慶ちゃんはただのヒョロ根暗じゃないですから。 はぁ、おもしろいと思ったんだけどなぁ……探り合ったり襲撃を恐れて警戒するより、いっそ決闘にしちゃった方が後腐れなくていいかなぁと……」
「俺はいいけど、水嶋が危ない目に合いそうだからダメ」
目的のポイントを見つけたらしく、ナルセが俺たちを呼びに来たので会話は中断された。 ナルセが指を差した方角に視線を送る。
「ほれ、向こう。 今、赤になった信号あんだろ? あそこを左折した通り沿いの右手側。 茶色いシャッターのでかい地下車庫がある、コンクリ剥き出しの家。目立つからすぐわかると思う」
「あれ? 誘導してくれないんですか? 」
「俺はシオン姉さんと帰るよ。 あの一帯抑えてたハネツキはもう殺してるしな。 あ、そうだ。 お前『黒』あるなら出せよ、持ってってやるから」
「そっか」
ポケットから黒を取り出して、白いマジックペンを生成。 「ケイタ 祥雲寺」とサインしてナルセに手渡す。
「名前書いて提出するんだぁ。 ふぅん」
水嶋がとぼけて離れようとしたので袖を掴んで引き止める。 シゲオさんが処分したレムの黒をインターセプトしておどけていたのを思い出したからだ。 「こら、出しなさい」と睨み付けると、「ふぁい」と気の抜けた返事をして袖口からはんぺんのような白い物体を差し出してきた。
「いや、黒を出せって。 なんだ? このはんぺんみたいな……」
「みたいなやつじゃなくて、はんぺんです! 」
「なんで怒ってんだよ。 お前な、隙があったら練り物を生成する癖なんとかしろよ」
「お前らそのバカみたいなやりとり飽きねぇの? 」
「まぁね。 ライフワークになりつつあるので」
「水嶋それ気に入ってるな」
水嶋は俺から白いペンをひったくり、懐から取り出した黒に「都立清涼高校2年C組 ケータ&ユーリ」と書き殴ってナルセに突き出した。 俺たちはB組なのでツッコミどころだったんだろうけど、特に盛り上がりそうにないのでスルーした。
「なんかいろいろと勝手な事してすみませんでした紫苑さん。 俺、まだ引退しないですからね」
「こちらこそだね、ごめんな。 まぁどうだかねぇ。 それは私たちが決める事じゃないから」
「じゃあねシオン姉さん。 一生会えないといいね」
「あ! ゆうりちゃんまたねぇ〜、こら逃げるな! 減るもんじゃないだろ! もう殺したりしないよ〜」
「は、離せっ、やめ、私の……初回限定版のキスが奪われ……る……え、何この人、力強すぎでしょっ……! 慶ちゃぁん! 貴重なファーストキス持ってかれるよぉ! 」
「ナルセさんありがとうございました。 お世話になりました」
「おう、明日も忙しそうだったら手伝いに来るよ。 ……プライベートでも全然ウェルカムだから困ったらいつでも連絡してくれよな。 ほれ」
「困った時頼りにならないのはもう知ってますからね」
喋りながら手のひらにペンを走らせていたナルセは、そのまま俺の顔の前に翳して見せてくる。 そこには『N-Zilow.0818』という文字が書いてあった。 水嶋と会った時に紙に書いて手渡していた、メッセージアプリのIDだ。
「覚えたか? 」
「はい、覚えました。 スペル弄って他のジロウに差を付けてる感じが最高にダサいですね」
「うるせぇな。 正しいスペルがどっかのジロウに使われてたんだよ」
俺と水嶋は2人とそれぞれ握手を交わし、祥雲寺の方向へ飛んでいく背中を見送った。 別れのやりとりをしている間もずっと、「決闘を申し込む」という突飛な提案について考えていた。
閃きの尻尾を捉えたとでも言うのか、水嶋と紫苑さんとの会話が終わった時、頭の片隅でピリッと静電気が起きたような錯覚に襲われたのだ。
「……本当に面白いかもしれないな、水嶋のアイディア」
「でしょう? でもまぁ慶ちゃんの言う通り、相手の反応がわからないからなぁ」
「こっちの提案に応じざるを得ない状況に追い込めたら……」
「……ん? 」
「紫苑さんが『盛り上がる』って言ってたけど……人を集めて、決闘をショーにするんだよ」
「……わかんないわかんない。 丁寧に。 丁寧にお願いします」
「不確定なことが多いから軽く聞いて欲しいんだけど、勝負が成立しないのは向こうが犯罪者だからだ。 話なんか聞いてくれずにボコボコにされたり恐喝されたら終わりだもんな」
「こっちも正当防衛とは言え、先にボコボコにしちゃってるからねぇ」
「多分、あの時よりもたくさん仲間を引き連れて来るだろ。 恐喝や脅しがまかり通るのは戦力に差があるからなわけで、それならこっちも、傭兵を雇って戦闘力を上げれば」
「よ、洋平を雇う? うちの学校にそんな強い洋平いたっけ?」
「こっちの傭兵には戦意がなくていいんだ。 見掛け倒しでも、相手に戦力が拮抗してると少しでも勘違いさせることが出来ればうまくいくかもしれない」
考えをまとめながら、少しずつ口に出していく。 水嶋から疑問が出るたびに状況を整理して、最初に捕まえた閃きの尻尾を離さないように引きずり出していくようなやりとりを続けた。
「……うん、そんなに上手くいくとは思えないけど……それおもしろそう! 楽しそう! ねぇ、慶ちゃんあいつに勝てそうなことある? 」
「……囲碁とか? 」
「DQNは囲碁なんてわからないでしょ」
「それは偏見だろ。 俺もわからないし」
「わからないんかい。 大体、そんな地味な勝負じゃギャラリーが盛り上がらない気がするなぁ」
「囲碁に謝れよお前。 あとは剣道とかなら勝てるかな……? 」
「慶ちゃん剣道やってたの? だからカタナで戦うんだ」
「うん、とっくに辞めちゃったけどな」
「向こうが素人だったら受けないだろうなぁ。 DQNグループの中に剣道やってる人がいたら乗ってくるかもね」
「それよりも問題がある」
「どうやって交渉まで持っていくかでしょ? 」
「あ、そうそう。 1人の時に奇襲かけられたらやっぱり終わるんだよな。 その時入れ替わってるかどうかも重要になってくるし……どっちがいいんだろうな? 」
「そりゃあ入れ替わってた方がいいでしょう。 私自分の身体で脅されたら生まれたての子鹿みたいになっちゃうよ」
「そっか。 俺は水嶋の身体でも木刀とか持ってたら結構戦力になるしな」
「私の身体でずっと木刀背負ってるの? 生活指導はちょっと勘弁してほしいなぁ」
「どちらにしても、なるべく一緒に居ないとダメだな」
「うん、ずっと一緒にいる。 楽しみだね」
「お前はなんでも楽しめるみたいだな」
「なんでもは楽しめないよ。 楽しめることだけ」
現実的かどうかは抜きにして、思い通りにうまく事が運んだら、俺が実行しようとしていた作戦ではカバーしきれない部分を補える気もするし、何より水嶋の言っていた通り後腐れがなくていい。このアイディアは本当におもしろいと思った。
……ただしそれは他人事だったら、の話だ。 当事者として実行するとなるとかなり恥ずかしいし、いろんな意味で勇気が必要だ。 そして、人生最初で最後の斬新な体験になる事は間違いない。
「私たちに復讐しにくるなら、確実に高校の近くで待ち伏せするだろうね」
「うん。 まぁ、とにかくもう時間だ。 今日はナルセさんがあのレムを見つけた家だけ探って、あとは明日考えよう」
さっき指示された信号の方へ向かい、高度を下げながら左へ進むと、少し勾配のついた一本道の左右に戸建てが建ち並ぶ通りに出た。
「……あれ、なに? ……誰か立ってる? 」
白み始めた東の空。
遠くでカラスが鳴き声をあげる。
新聞屋さんのバイクが目の前を通り過ぎた。
——その先に。
人ならざるモノが立っていた。




