爆誕! ファンタジーの謎を解き明かす系ヒロイン!
「もっと聞きたい事があっただろ? 」
俺と水嶋は、最後にシゲオさんと熱い抱擁を交わして別れた。
現役を引退する間際に入隊したシラスはとても器用でセンスに溢れ、有望な人材だったそうで、「今はあれが親方になってるだろう? 」と嬉しそうに語ったが、俺が実情を話すと、目を丸くして驚いていた。 現在の親方を務める有部咲紫苑の名を出してみたけど全く知らない様子で、そこから俺は深く突っ込まなかったし、水嶋もそれに倣って詮索しなかったのが意外だった。
「う〜ん、聞きたい事は山ほどあったけどねぇ。 でも繁男さんにもリミットがある訳だし、あれ以上私たちの話に付き合わせるのもあれかなぁ、と……うん、そう思ってしまった訳だね」
「……そっか」
あの一幕で、俺と同じ気持ちを抱いていたのがとても嬉しかった。
破天荒で自由奔放ではあるけれど、決して自分本位な訳じゃない。 キチンと条件が揃えば他人の気持ちを慮れる女子だ。 ただ、条件が揃わないと途端にサイコパス臭が漂う傾向にあるだけで。
「これは収穫だぞぉ。 まさかしらすちゃんが30年も前から祥雲寺にいる超ベテランだったとは……しかもシゲちゃんの口振り的に、真の実力を隠しているっぽいね。 実は物凄く強いんじゃ? 」
「どうかねぇ」
シラスが索敵に使う人形『サジ』の精度はかなり高い。 でも、それが他の人形使いと比べて飛び抜けているかと言ったらそうでもない。 実力を隠しているというよりも、レムにあまり興味がないような、駆除に関するモチベーションが俺たちよりも数段低いような印象はある。
リミットのあるシゲオさんに対し、俺と水嶋がシラスについての質問を優先したのは同じだけど、その目的はきっと違うだろうと感じていた。
水嶋は多分、仲良しになったシラスという人格へ純粋な興味を持っていたから質問したのだろう。
「……お前、シラスとネットで接触する気満々だろ? いや、それどころか実際に会う気だな? 実体の……42歳のシラスが見たいんだろ」
「はは! そんなの当たり前でしょう! いいかい慶太くん。 私はとっくに幽体離脱の謎を解き明かす系ヒロインにシフトしてるんだよ。 私はね、鍵は彼女が握っていると睨んでいる。 魂のジャーナリズムに火が付いてんだ! 」
「その辺は勝手にしてくれていいけどさ。 まぁ、仲良くなれるといいな。 ……でも、ナルセとかボブとは2人で会ったりすんなよな」
「……どうして? 」
「どうしてって、そりゃ……あ、危ないしな。 実際はどんな奴かわからないし」
「……ふーん。 別に私の勝手でしょう、そんなの」
「……じゃ、じゃあお、お前はあれか? SNSとかオンラインゲームで知り合った男と会ったりするのか! それと同じ事だぞ! 」
「現代の出会いの形としては普通じゃないの。 それとは話が全然違うし」
「……チッ。 とんだアバズレだったみたいだな……」
「あれ!? 聞こえたぞ!? さすがに言い過ぎだろぉ! それはケンカになるやつだぞぉ! 」
「はぁーん! じゃあどうすんだよ、ナルセが前科55犯のシリアルキラーと窃盗団のボスとの間に生まれた重罪人のサラブレッドだったら! 本人も前科モンだろあんなもん! 」
「ふふっ……なに訳わからないこと言ってるの。 あんなナルセさんだって、罪深い親を反面教師にして幼い頃から出家を視野に入れてるくらいの聖人かもしれないでしょ」
「……じゃあボブがIT関連のベンチャー社長で年収12億の若手実業家だったらどうすんだよ! あぁん!? 」
「それは全然良いでしょうよ」
「え……? あぁ、それは別に良いか。 寧ろコネで雇ってもらいたいしな……」
「おうバカども、人の悪口で盛り上がる時は周りを見てからにしろよな」
肩を叩かれ振り返った瞬間、左頬に拳が飛んできた。 俺の反射神経をもってすれば充分に避けれる拳速だったが、甘んじて受け入れて自らの罪を清算。 同時に正気を取り戻す。
「ふぃ〜、ペパーミントキャンディみてぇなパンチだ。 頭が冴えるぜ」
「何言ってんだバカ。 ほんでユーリちゃん? 君は位置的に、俺が近付いてくるのガッツリ見えてたよね 」
水嶋はその言葉に応えるように、ヒュゥ〜ッ、と口笛を鳴らす。 とぼけてる奴が鳴らすやつではなく、なぜか「やるねぇ」のニュアンスが乗った口笛だった。
「え……? なんでいま口笛吹いたん? 」
「とぼけるならニュアンス間違えてるしな」
「いい右ストレートだったもんで、つい」
そっちへの口笛かい、と喉元まで出かかったが、これ以上男2人のツッコミで気持ちよくさせるのも相当に不愉快だったので、鼻で笑って中指を立ててやった。 対する水嶋は両手の中指を立てて報復してくる。
「どうだよ? 探してる男は見つかったんか? 」
「いやぁ、ダメですね」
「まぁ無理だと思ってたけど。 何日かかるかねぇ」
「紫苑さんはどうしてます? 」
「上にいるよ、住宅街にネコ走らせてる。 あのネコって索敵も出来るんだなぁ、謎だわ」
俺たちと別行動を始めてから、2体の完全体が出たことを聞かされた。 2体とも紫苑さんが瞬殺してしまって自分の出る幕がなかったと悲しそうにしていたけど、後処理が既に終わっているのはナルセの高度な技術に拠るところが大きいだろう。
「で、どうする? こっち手伝う? 」
「取り敢えず紫苑さんの所に。 聞きたい事もあるので」
ナルセの後を追い、3人で上昇する。
紫苑さんは上空で双眼鏡を構えて、寝そべりながらくるくると旋回していた。 遊んでるようにしか見えないが、彼女なりに楽な姿勢でレムを探しているのだろう。
「お疲れ様です」
「おー、見つかった? 」
「ダメです」
「だろうな」
「俺は索敵戻りますよ姉さん。 出たら呼びに来ますんで」と言って、ナルセが街に降りていった。 水嶋が強いレムを探しに行こうと上機嫌で提案してきたので首を横に振る。 俺の真剣な雰囲気を察してくれたのかはわからないが、それ以上は絡んでこなかった。
「紫苑さん、俺に何か隠してることはありませんか? 」
「ないよ」
不自然すぎるほどの即答。
「シラスの実年齢は42歳って言ってましたよね? で、母ちゃんの友達。 生きてたら同い年です」
「そうだね」
「紫苑さんは母ちゃんと仲が良くて、いつも俺の話を聞かされてたって言いましたよね? 」
「ん〜……うん」
「……どこで聞かされてたんですか? 紫苑さんが上京したのは18歳で 6年くらい前です、その当時はアキがお腹の中にいたはず。 母ちゃんパートもしてなかったし……しょっちゅう息子の話を聞かされるほど、どこで仲良くしてたんですか? 」
「あぁ……まぁ親戚だしな。 メールとかもしてたし……」
この歯切れの悪さが、そのまま答えだ。
「もしかして、母ちゃんも祥雲寺のメンバーだったんじゃ」
「えぇ!? そうなの!? 」
水嶋のリアクションが紫苑さんを追い越していく。 言われた本人は俺の言葉に一瞬止まり、くるりと身を翻して体勢を変えたと思ったら、腰をひねってストレッチを始めた。
「……うん、そうだね」
「そ、そうだね? んなサラッと」
「聞かれなかったから」
俺の隣で険しい顔を決め込んでいた水嶋に突然接近して、前髪をピンで留める。 「ほら可愛い。 やっぱり可愛い子はガンガンおでこを出していくべきだね」と笑って、俺に同意を求めてくる。 唐突にデコを露出させられた水嶋は目をパチクリさせて俺にクエスチョンマークを送ってきた。
「もしかして母ちゃん、死ぬ直前まで幽体離脱してました? 」
「うん。 してたよ」
「元気に? 」
「元気ではなかったかな」
「ちょっと、俺の質問だけ軽く打ち返すのやめてくださいよ」
「……慶太、怒ってる? 」
「あ。 いや、全然。 怒ってないです」
「桃乃さんの最後の言葉も知ってるよ。 聞きたい? 」
俺は紫苑さんを信用していない訳じゃない。 母ちゃんが死んでからは誰よりも深く関わってきた存在だと自負しているし、俺をとても可愛がってくれていたのも知っている。
——だからこそ。
今紫苑さんの口から語られる言葉は、もう本当の言葉ではない。 もしも彼女が一言一句偽りなく、母ちゃんの最後の言葉を記憶していたとしても、それを証明するものはない。
たとえば俺の前に見知らぬ霊能者が現れて、「君のお母さんはこんなことを言っていたんだよ。 だからくよくよしてないで前向きに生きていくべきだ」と語られるのと変わらない。 それはほんの気休めにしかならないだろうし、多分、今の自分には必要のないものだ。
「うーん、どうして黙っていたんですか? 3年も。 まぁ、気付かない俺も俺ですけど」
「言ったら信じてたか? 」
「……信じたとしても、あまり響かなかったかもしれないですね。 うん、あぁ、でもどうだろう」
「なるほど、面白いなぁ」
「なんだよ水嶋」
「慶ちゃんにとってこの幽体離脱はなんでもない日常の延長みたいな感じだったけど、ママが幽体離脱していた過去はまるっきりファンタジーになるんだなって」
「……その通り。 それに私、苦手なんだ。 人を慰めるの」
「でも、ということはですよ? 祥雲寺の今いるメンバーって、母ちゃんのこと知ってる人が多いんじゃないですか」
「多いよ。 すももちゃんがお前の母親って事は知らないけどな」
「スモモちゃん……? 」
「桃乃さんがこっちで名乗ってた名前。 みんなにそう呼ばせてた」
「あぁ……なんか知りたくなかったなぁ……」
「なんでぇ、可愛いじゃん。 ママは最後の最後まで………………アラフォーのすももちゃんだったんだよ」
「おい亡き母をイジるのはやめろ、まだそこまでは癒えてないんだよ。 お前な、どっかのレモンちゃんに会ったら同じこと言ってやれよな」
「どうせシオン姉さんの嘘だって。 すももちゃんなんて」
「そうだな、そういうことにしておこうな」
「アラフォーですももちゃんを名乗る三児の母なんてこの世に存在するわけがないもの。 ね? そうだよね慶ちゃん」
「うわっ、しっつけぇなこの女! キミ近いうち友達が軒並み離れてくと思いますよ」
「あなたが残ってくれればそれでいいの」
「ありがとう。 その可愛いお口に木工用ボンドを流し込んでやりたいよ」
「変態」
「まぁなんつーか、慶太は本当に、桃乃さんの話をガッチリ封印してたからなぁ。 簡単に切り出せるような話題じゃなかったんだよ。 私にだってそのくらいの空気は読めるから」
俺は、もしかしたら、と気になったから聞いただけだ。 その事実に対してどうこう言うつもりはないし、これ以上深く首を突っ込む気もなかった。 結果的にその事実を隠されていて良かったとすら思う。 あくまで、結果的に。
「言うか迷ったんですけど、さっき25年ぶりに幽体離脱したって老人に会ったんですよ。 その人、実体が危篤状態だって言ってました」
「ん? 25年振りってどういうこと? 」
興味を持ったみたいだったので、簡単に説明をした。 駆除歴30年以上で引退していたベテラン、死の間際の突発的な幽体離脱、そして、当時新入りだったシラスの教育を担当していた事。
「えー、会ってみたい! どこ? どこにいるの? そんなセンセーショナルな幽体……もっと早く報告しろよなぁ! 」
「あ、斬りました」
「……は? 」
「はい、ヨダレ垂らしながら若い夫婦の営みを覗いてたんで。 違反です、ザクッと頚動脈をいかせていただきました」
「あぅ……うっわぁ……お前たまに凄いこと言ったりするけど、これは久し振りに引いたわ」
「……水嶋も首から吹き出す血吹雪を見て『マーライオンみたいやぁ』って目を輝かせてましたしね。 な? 水嶋」
「うん。 あの貧相な老体にあれだけの血液が残ってるものなのだね」
「お前らそのノリ実体に持って帰るなよ、マジで。 サイコパスカップル逮捕のニュースなんて聞きたくないぞ」
「やだなぁカップルなんて。 気が早いわよね? あ、な、た」
「幽体の引退ってどういう条件で起こるんですか? 俺が入ってから、引退というワードすら聞いたことがなかったと思いますけど」
「うーん、引退ってのはつまり、幽体離脱出来なくなる事なんだけど。 幽体離脱が不安定になって、シフトに穴あけまくる前兆がある人と、突然いなくなる人がいる。 1週間も空いたらまず戻れないね。 その辺はまぁ、私よりも長いしらすちゃんが詳しい」
——白州怜紋。 これまではずっと、なんてことないただの部下だった。 幽体離脱歴は俺よりは長いものの、年下で大人しい女の子という認識でしかなく、特に興味もなかった。 しかしここに来て怒涛の新事実攻勢をうけ、もはや実際シラスに会って話を聞くのがマストになっているような勢いだ。
「さて……と、いろいろと明日に持ち越すことがあるな。 紫苑さん、明日の昼間って時間ありますか?」
「時間はあるけどお前に割く分はない」
「急に突き放すじゃないですか」
そろそろタイムリミットがくる。
紫苑さんの話をスピーカー越しに聞き、シラスの正体を知り、シゲオさんに出会った。 噛み砕いた全ての要素から着想を得て、また一つ俺の知らなかった事実が明らかになったけど、何よりも気になっていたことは話題に出さなかった。
……もしかしたらシゲオさんの幽体も、俺が肉体から剥がしてしまったのかもしれない。
「はいはいはい! 」
水嶋が元気よく手を上げる。
この終盤に来て、またお馬鹿な事を言いだすんだろう。
「はい、水嶋ユーリさん、どうぞ。 手短に」
「ええ、私ですね、幽体離脱の謎について、一つ仮説を立ててみました! さっき思いつきました! 」
「仮説? 」
双眼鏡を覗いていた紫苑さんが、へぇ、と言って顔を上げた。
「この世界って、慶ちゃんが見ている夢なんじゃないかな」
またおかしなことを言い出した。
俺たちの魂は肉体から抜け出して、今はこの現実の中でふわふわと漂っている。 真下を走る新聞配達のお兄さんは今日の朝刊をポストに差し込んでいるし、明かりの灯った家では大学生が徹夜でレポートを書いていたり、昼夜逆転生活をしている引きこもりが録画したアニメを見ていたりもするだろう。
夢は幽体離脱の前に、とっくに終わっているのだ。
「……というと? 」
俺がそう返すと、水嶋は顔をしかめて、コメカミに指を当てる。 その仕草がとても可愛らしいと思った。
紫苑さんはあくびをしながら、レムを捌く際に使用する鉈を生成して、その刃に指を滑らせていた。
「私やシオン姉さんは夢に招待されたゲストなの。 オンラインゲームみたいに、慶ちゃんの夢のサーバーにアクセスできる権利を与えられて、今ここでプカプカ浮いている」
言いたいことはなんとなーくわかった。
「どう思います? 紫苑さん」
「おもしろい」
彼女は鉈の刃に視線を落としたまま短く答える。 顔を上げないし、それ以外の感想はないみたいだ。
水嶋が俺を見つめている。 眉毛を上げて、意見を求めている顔だった。
「一人が見ている夢に、みんなが参加してるって事だよな? それが正解だって前提なら……別に俺の夢じゃなくてもいいだろ。 紫苑さんでもいいし」
「それはゆうりちゃんが、お前をこの世界の主人公だと思ってるからだ」
唐突に放たれた言葉に理解が追いつかない。
「主人公……? 」
「ファンタジーには必ず主人公がいる。 でも現実は、一人一人みんなが主人公だ。 私は、私が主人公だと思ってこの世界に浮かんでる」
紫苑さんの持っている鉈が。
月光を受けてギラリと光る。
その刃が。
水嶋の首を目掛けて、最短の導線で走りだす。
見ていた。
見えていた。
『信じられない』
その思いを認識する前に。
俺の右腕と『桃乃介』が。
——凶刃を捌いた。
【ギィィィン! 】
甲高い音。 水嶋が驚く。
鉈は紫苑さんの手を離れ、落下しながら霧散した。
「……私が教えた時より速いなぁ」
「何してるんですか、紫苑さん」
「そんな怖い顔すんな。 お前がゆうりちゃんを守れるか、試したんだよ」
嘘だ。
確実に殺しにいった。
水嶋はぽかんと口を開けて、俺と紫苑さんの間で視線を泳がせている。 何が起こったか、目で追えなかったのだろう。
「えっと今、悪霊に取り憑かれるタイミングでもあったんですか? 神父さん呼びましょうか? 」
「そんなに怒ってる顔も初めて見たなぁ」
「紫苑さん」
「わかった、わかったよ。サーセンしたっ」
「……何? 何の話? 」
「この世界が大好きなんだよ私は。 本当は誰にも邪魔されたくなかった。 ……幽体離脱を卒業していく人達の共通点を教えてやろうか」
「聞きたい聞きたい! 」
殺されかけたことに気付かないまま無邪気に詰め寄ろうとしたので、俺は二人の間に身体を入れた。
「この世界に疑問を持ち始める。 ここで起こるあらゆる現象について、考察してみたり、他の幽体と意見を交わそうとする。 そういう奴から卒業していく。 みんなそれを知ってるのか、無意識に感じ取ってるからなのかは分からないけど、だから言わないし、考えようとしない。 この世界に弾かれたくないから」
幽体離脱は抜け出すものなのに、『弾かれたくない』という紫苑さんの表現はまるで、入っていくような感覚を表している。
まさにさっき水嶋が言っていた「サーバーにアクセスしている」発言と繋がっているみたいに思えた。
「じゃあ……水嶋の仮説が正解だっていうんですか? 」
「わからない。 わからないけど……私が彼女を殺そうとしたのは……」
言葉を区切って水嶋を見た。 続けて、俺に微笑みかけてくる。
「えっ、誰を殺そうとしたって? 」
「うん、ちゃんと受け入れてたつもりだったんだけど……慶太が卒業していっちゃうって考えたら、身体が勝手に動いてた。 ごめんね、反省」
水嶋に頭を下げてから、タバコを取り出して火をつける。 その手は小刻みに震えていた。




