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『死にゆく老人』


 一歩前に踏み出して、水嶋を下がらせる。 本人も警戒をしているようで、俺の身体に隠れるような体勢をとった。

 おっさんは威圧感に溢れた顔面を壁から突き出し、俺の全身を睨め回してくる。

 太い眉、角ばった顔、ぎょろりとした目。 ほぼ全てのパーツが平均的な日本人よりデカイだろう。 そのままそっくり縄文時代にタイムリープさせたら平然と土器作りに(いそ)しみそうな面構えだ。


 「ここで何をしてるんですか? 」

 「返答を間違えたら大変よ? 」


 「お前らは祥雲寺の駆除隊だろ? 」


 質問に質問で返された。 駆除隊の存在、ここが祥雲寺エリアであることも知っているということは、少なくとも素人の突発的な幽体離脱ではない。 ……旅行者か?


 「おっしゃる通りです。 あなたはここで何を? 」

 「こちらの質問に質問で返すのは如何なものかしら? でも、そうね。 答えてあげる。 私たちは…… “祥雲寺レムバスターズ” の……ケータ&ユリエルよ 」


 「どうしてこの家に忍び込んだ? 」


 なんだ……? 逆に尋問されている……?

 一体何者なんだ、この縄文系おじさんは。 こいつがロリコンだとしたら、俺の出会う人間たちのロリコン率がまた上がってしまう。


 「それは話すと長くなるので……ただ、許可は貰っています。 責任者は付近の上空から索敵中です。 僕は立場上、あなたを見逃すわけにはいきませんよ」

 「私が代わりに教えてあげるわ。 この家に入ったのは悪の根城を突き止め、この手で討ち取る為……。 邪魔をするつもりなら、それなりの対応をさせていただくわよ」

 

 「……ごめん水嶋、ちょっと黙っててくれる? 」


 「えっわたし?」


 「……大変そうだな、少年。変な女と組まされて」


 「いえ、俺が望んだ事なので」


 「酔狂な奴だ」


 約3秒の間。 おっさんは眉間に皺を寄せて「うぅん」と唸る。


 「こりゃあ一体、どういうことなんだべなぁ……? 」


 俺が最も呟きたかった台詞を先に言われてしまった。 水嶋は突っ込まれる事も絡まれる事もなくスルーされたのが恥ずかしかったのか、なんだかちょっと照れ臭そうに俯いていた。


 「……あぁ、そうだ。 これやるよ」


 そう言っておっさんが壁を抜けてきた。

 全身像が露わになる。 顔のイメージとは裏腹に思いのほか小柄で、首に掛けられた白い手ぬぐいと、年季が入った藍色の作務衣(さむえ)が、激しく『職人感』を醸し出している。

 おっさんはおもむろに懐からソフトボール大の「(コク)」を取り出して、こちらに放り投げてきた。

それを見事にインターセプトした水嶋が無邪気におどけて見せたが、おっさんは気にも留めずにじっと俺を見据えてくる。


 「……おい少年、お前相当強ぇべ? めんどくせぇから2人まとめて飛ばしてやろうと思ったんだが……まるで隙がねぇな。 その日本刀で戦うのか? 」


 おっさんが渡してきた(コク)を、水嶋が両手に持って眺めている。

 そのサイズ感と色の深さ。 それらを鑑みるに、黒の持ち主は「そこそこ」の個体(レム)だっただろう。  このおっさん類人猿みたいなツラして実は出来るやつなのだろうか? 確かに、ベテランの風格を備えている気はする。 壁を抜けてからは常に半身で、いつでも攻め、守りに移れる体勢を崩さない。


 「……後処理まで全部、一人でやったんですか? 」


 「ん、そうだ。 他に誰がいる? ここにくる途中に完全体(ハネモン)見かけたから殺ってみたんだ。 25年振りだったが……身に染みた動きってぇのは、案外鈍らないもんだ」


 「え。 に、25年振りってどういう……」


 「これも何かの縁かもな」


 「ちょっと待っ……」


 意味深な言葉を残しておっさんは隣の部屋へと帰っていく。 くそったれ、100点満点のヒキを作って戻りやがって。 そもそもどうして縄文時代からタイムリープしてきて現代幼女の部屋に入り浸ってるのか、その理由をまだ聞いてない。

 どちらにせよ、このまま放置という訳にはいかないだろう。


 「隊長、もしかしてあれ……おもしろおじさんですか? 」


 「あぁ……かなりハイレベルなインタレスティングおじさんだな」


 「よぉし……! 」


 「やったるぞぉ、じゃねぇよ」


 「そんなこと言ってないでしょう」


 「顔に書いてあるんだよ」


 「あのねぇ。 この世界が現実の延長だってちょっとだけ受け止入れてから、私もおとなしくなったの。 序盤よりずっと落ち着いてるでしょ? そんなねぇ、いつまでもハイパーヤンチャガール扱いしないで貰えます? 」


 「はいはい、わかったわかった」


 「ちゃんと常識と節度を持って接するよ、相手は目上の人だしね。 まずはあの人のテリトリーにお邪魔するわけだし、入室の挨拶からだね」


 「別にそこまでしなくていいよ」


 水嶋は「おほん」と喉を鳴らして、清々しい表情を壁に向けた。


 「おーい! ロリコンのアウストラロピテクスぅー!! (へぇ)るぞぉー! 」


 「ウルトラヤンチャガールにも程があるわ」


 部屋の中では作務衣を着たおっさんが幼女の枕元に立っていた。 絵面としては完全にホラーだ。


 「なんだお前ら、俺には後ろめたい事なんて何もないぞ。 この子は俺の孫だ。 寝顔を見るくらいいいだろう」


 ……孫か。 最初からおっさんだったから失念していたけど、実年齢が見かけより上のパターンならあり得ない話じゃない。 嘘をついていないとすれば、このおっさんは階下にいる中年夫婦の親という事になる。 実体は70代くらいか。


 「さっき仰ってた25年振り、というのはどういう事ですか? 」

 

 「ん? そのままの意味だ。 幽体離脱したのは25年前に引退して以来……昔は俺も祥雲寺の駆除隊だった」


 縄文系男子のおっさん、もといお爺さんは愛おしそうに目を細めて、寝息を立てている少女を眺めていた。 口元にかかった髪が気になったのか、手を伸ばしてみたものの、当然その髪に触れる事はできない。


 「昔よりレムが綺麗になったよな、平均的に。 俺が現役の頃はもっと汚ねえ色だった。 奴らも進化しているのかね」


 ……なんか急に胡散くせぇな。 適当な事言ってるだけじゃないのか? この人。


 「引退ってどういう事? 幽体離脱できなくなるの? 」


 水嶋が耳打ちしてくる。


 「よく知らない。 俺が入ってから祥雲寺のメンバーは1人も引退してないしな」


 「最後にこの子の顔が見れてよかったよ……」


 「……最後? どうして最後なの? 」


 水嶋が食いついてるけどもういいや、さっさと離脱して紫苑さんに報告しよう。 俺達はこんな所で油を売っている場合ではない、生死をかけた戦いの重要な下拵えをしなくてはならないのだから。


 「水嶋行こう、もう敵意もないみたいだし、変態感もそれ程ないから大丈夫だろう。 紫苑さんに報告して終わりだ」


 爺さんから距離をとって、口元を隠し、ウィスパーボイスで提案する。 水嶋も耳に掌を翳してくれたので、爺さんには聞こえない内緒話として成立したはずだ。


 「いやいや隊長、あいつ変態感丸出しでしょうよ。 ここで離脱っすか? ノンノン、もっと掘り下げていきましょう。 絶対掘り下げられたがってるよ、 見てよあの横顔」


 視線だけ動かして様子を伺ったが、お孫さんの寝顔を愛しそうに見つめるおっさんにしか見えなかった。


 「お前は新しいおもちゃを見つけた顔してるな。 ボン太郎探ししたくないだけだろ」


 「ねぇ、あれ絶対『食いつき待ち』の表情でしょう。 なんだかさっきも、こっちの興味を引きそうな言葉を選んでたっぽいし」


 「そうか? ピンとこないな。 さぁ、せーので離脱するぞ。 準備いいか? 」


 「嘘ばっかり! 本当は気になるんでしょ? 」

 

 「俺はよぅ……もう長くねぇんだ。 自分の身体の事は自分が一番よくわかってる。 多分、今日明日が山だろう」


 俺たちの密談を横目で見ていたおっさんが明瞭な発声を子供部屋に響かせた。


 「ほらほらほらほら、変なこと言い出した! 痺れ切らして自分から語り出しましたよ隊長! 」


 「……うん、なんか聞いて欲しそうだけど、心を鬼にして去ろう」


 俺は声のボリュームを上げて、おっさんにお暇させていただくことを丁寧に伝えた。

 するとおっさんはおもむろに武器を生成、その刃を俺の鼻先に向けてくる。 隣の水嶋さんが「うわぁ」と声を漏らした。


 長い柄の先に50センチくらいの刃が付いている。 所謂、薙刀(なぎなた)というやつだ。


 「まぁ……慌てるなよ、気が変わったんだ。 少しゆっくりしていけ」


 「この薙刀は、慌てたら殺すって認識でいいですか? 」


 隣で水嶋がウォーターガンを構えた。

 トリガーに掛かった指先を横目で覗く。

 彼女が指を引けば一瞬、相手の視界を奪えるだろう。 その時、抜刀(ぬく)か逃げるか。


 ……抜刀(ぬく)。 直感的な思考。

  指は動かない。 呼吸音。 間。 相手の黒眼が銃口へ流れる。 刹那の隙。捉える。 薙刀を左手の甲で払い除ける。


 同時に抜いていた桃乃介の切っ先を、おっさんの喉元に突きつけた。


  おっさんは「おぉう……?」と間の抜けた声を漏らし、再び俺の顔を見上げる。


 「……こりゃ驚いた、本当に速えぇなぁ、お前。 何年目だ? 幽体捌きが玄人のそれだ」


 薙刀を消去(キャンセル)し、両手を上げて無抵抗を主張したので、こちらもゆっくりと刀を降ろす。 トクンと跳ねた心臓を諌めるように息を吐きながら水嶋の方をチラ見すると、「出たぁ、すんげぇドヤ顔」と、働きには不釣り合いなコメントを頂いた。


 「 なぁ、お二人さん。 人生には巡り合わせってのがあんべ? それが上手く嵌ったときは幸運と呼ぶし、嵌らなければ不運だと嘆く。 受け入れて諦観してりゃ運命だ。 俺とお前らの出会いは……どれだろうな? 」


 俯いたおっさんが『死にゆく老人の、最後の話し相手になってくれ』と静かに呟いて、俺と水嶋は顔を見合わせた。


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異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
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