味玉ラーメンの注文を厨房に伝えるニュアンスで
更新が滞ってしまいました。ごめんなさいm(_ _)m
読者様からご指摘のあった部分を加筆し、差し込み投稿させていただきました。それに伴い、前後も多少改稿しております。なお、ストーリーに大幅な変更はありません。
タイトル
「おやすみ、奇妙な素晴らしい世界」から
「導入の夢〜肌色の天秤〜」まで
がまるまる加筆分で、その前後と一部を修正してます。 よろしければそちらもお読みいただければ幸いでござます。 引き続きお楽しみいただきたいです。 見捨てないでください。
お目汚し大変失礼しましたっ。
「どした慶ちゃん。 電池切れかい? ……あっれぇ、プラスとマイナス間違えたかな? おーい」
精神が漲っているのを感じていた。 鍋に張った水が沸騰する寸前の、あの静かな喧騒が体内でふつふつと始動したような感覚だ。
水嶋曰く、俺の幽体は小学校五年生くらいの姿に巻き戻っていて、今、その理由が少しだけわかった気がしている。
きっと俺は、当時の気持ちを取り戻そうとしてるんだ。
小学五年生はアキが生まれた年。 俺はあの時、生命の誕生を目の当たりにした。 ハルはまだ低学年で、力の差は歴然だった。 違う意見をいとも容易く、腕力でねじ伏せる事ができた。
それは発芽したての、まだ脆くて小さな『兄の自覚』というものだったのだろう。
母ちゃんは元気すぎるほど元気で、親父も仕事が順調だったのか、活力に満ち溢れていたような気がする。
全ての歯車がこれでもかと噛み合い、高速回転していたあの頃。 俺はその歯車から絶えず生産されてくる無敵感や万能感を貪りながら過ごしていた。
そうだ……思い出せ、もっと主張しなくては。 いろんな意味で過去の記憶や感情を抹消しようと必死だったけど、改めて思い返してみるとずいぶん日和ったもんだ。 今こそ封印を解き、心の慶太を呼び戻す時。 エゴイストになるんだ。
「ふふ……ははははは……! 」
「え。 なに? わ、笑ってる……? 」
——抜刀する。 何百体ものレムを斬ってきた無双の刃、桃乃介を月の光に翳してみる。 そしてゆっくりと腰を沈め、構えた。
研ぎ澄まされた集中力が周囲の音を遠ざけていく。 ……静かな夜だ。 隣の水嶋が固唾を呑む音が、俺の魂を震わせた。
「ッ破ァァァァアァアーーー!!! 」
「うっ、うわァァアー!!! 」
……振れる、振れるぞ。 通常時の幽体に引けを取らない剣速だ! 俺の高校生ソウルが刀に伝わっている!
「び、びっくりしたっ、どっ、どうした慶ちゃん! 突然大声出して……発作か!? 」
「ふっ、まぁ落ち着けよ」
「こっちのセリフだ! 」
刀身を鞘に収める。 少し離れた紫苑さんとナルセがぽかんと口を開けて呆けているので、交互に視線を送って満面の微笑みをプレゼントした。
「さて……ウォーターガンの調整はどうだ? 相棒」
「え、ウォーターガンは……まぁこんな感じだぜ相棒」
「……調子がよさそ、ブフッ、ゴフッ、良さそうだ……ごめん、ゴフッ、もういい、顔に撃つのやめてくれ」
顔面にブチまけられたターコイズブルーの塗料を拭う。 水嶋は口をすぼめて顔を傾けている。
「まぁいい、行くぞ水嶋……! 俺の背中を……見失うなよ? 」
「おう、いってらっしゃい! また会える日を楽しみにしとるよォ」
「会話の筋も見失うなよ」
「ボンレスハム太郎を見つけるんでしょ? 」
「そう、ボンレス太郎を特定する事が急務だ。 それが殲滅作戦の第一歩となる」
「めんどうくさいなぁ。 というか、この一帯だけで何世帯あると思ってるの? 見つからないに決まってるでしょ」
「頼む、わかってくれ。 もしこのままボン太郎を泳がせて、万が一でも水嶋が拐われたりした日には……考えただけで胃が痛くなる。 出来ることは全てやっておきたいんだ」
「……そんなの、慶ちゃんがずっと一緒に居てくれたらいいじゃん。 ボディーガードしてよ」
「もちろんそのつもりだ。 でもそれだけじゃ万全とは言えない」
「え? もちろんそのつもりなの? 」
「ん? もちろんそのつもりだよ」
「ふむ……なるほど、そうなのかぁ」
「いいか、何のアテもなく探すわけじゃない。 ある程度は絞れてるんだ。 もう時間があまりないから続きは移動しながら話す」
紫苑さんは「上空にいるから、なんかあったらすぐに知らせるように。 他所様のプライベートな空間では最低限の気を使うこと」と当たり前のことを言い残して、ナルセと共に空へ昇っていった。
きっと俺が今この姿であることで、戦力外だと見なしているからこそ、自由にさせてくれるのだろう。
水嶋はめんどうだとか物理的に無理だとか、物理法則を無視したこの世界でボソボソ文句を言いながらも後ろをついてくる。
俺は捜索をするポイントを、後方の水嶋に早口で説明した。
レムが一度の活動で移動する範囲なんてたかが知れている。 俺たちが捌いた時点でボン太郎の感情を喰らっていたということは、最初にナルセがあの個体を発見した家から、そう遠くない場所でボン太郎が眠っていたことを意味する。 つまり、あの周辺を探ればボン太郎の寝床が見つかる可能性が高い。
「まぁ、言ってる事はわかるけどなぁ」
「もう一つ……バイクだ。 今回はちょっとヤンチャなバイクがある貧乏くさい家に狙いを絞る。 集合住宅ならまず、駐輪場から当たるんだ」
「貧乏くさい家? 」
「DQNなんかどうせ全員貧乏人だろ」
「うわ、本性出てるぞぉ。 それは偏見だよ、貧乏人でも冴えない天然パーマ野郎が居たりするし」
「貧乏人に冴えない天然パーマなんて一人も居ないね。 少なくとも俺は見たことがない」
「貧乏で鏡も買えないのかな? あぁ、でもなぁ、バイクがヤンチャかどうか判断出来るほど目が肥えてないからなぁ。 DQNのバイクってどんなん? ステッカーとか貼ってあるの? 」
「その辺はフィーリングだな。 でも大体パッと見で分かるだろ? 多分、やたら角が多いのが奴らのバイクの特徴だ。 アイツら、角が多ければ多いほどカッコいいと思ってる節があるから」
「心が尖ってるからね。 ……あぁんガバガバだなぁ。 でも友達の家とか、彼女の家に泊まってるパターンもあるかもよ? 」
「おう、それならそれで構わない。 欲しいのは手掛かりだからな。 それともう一つ、寝てるのが家じゃないってパターンもある」
「……あ、漫画喫茶とか? 」
「あと病院とかな。 あの時、泡吹いて失神してたと思うから、あの状態で見つかったなら救急車を呼ばれるかもしれない」
「なるほどねぇ。 じゃあ隊長、ナイフ持ってたしお巡りさんに捕まって留置場で寝てるパターンもあるのでは? 」
「最初はそれも考えたけど……あの状況をお巡りさんが見たら、完全にボン太郎の方が被害者だよなぁ。 泡吹いて倒れてる訳だし、ナイフも俺たちが落としてったって嘘付けば通りそうだし……お前も顔面に何発か追い拳打ち込んでるしな」
「なんかさっきから薄ら笑い浮かべながら喋ってるけど、普通に内容がエグいね」
片側二車線の道路。 両サイドにはテナントビルが建ち並び、24時間営業の飲食店やコンビニなどの明かりが煌々と灯っている。
俺たちは中央分離帯の上を浮遊して、ナルセがあの個体を発見した住宅街の方向へ進んだ。 この辺り一帯はメインストリートを一本外れると細い道路が入り組んでいて、住宅が密集して窮屈そうに並んでいる。
「じゃあ慶ちゃん、二手に別れよう。 ヤンチャなバイク見つけたら、『ヤンチャバイク入りましたぁ〜!』って叫んで報告ね」
「なんか意味あんのかそれ」
「『ヤンチャバイク入りましたぁ〜!』は、味玉ラーメンの注文を厨房に伝えるニュアンスで」
「そのニュアンスは店員さんの匙加減だろ」
「んあっじたまルァーメェン! 入りましっとぅあァ〜! 」
「おいうるせぇぞバイトのねーちゃん。 この店はどんな教育してんだ」
「言ってみ? 慶ちゃんもやってみ? 意外と気持ちよくてスカッとするから。 ほれ」
「嫌だよ。 乗ってやったけど聞いてるだけで恥ずかしかったんだから」
「いーからいーから! こんな夜道でオーダー通す機会なんて滅多にないぞ。 やってみ、本当に気持ちいいから。 びっくりするから」
し、しつけぇー! 鬱陶しいー!
やらないと終わらない夏休みの宿題並みのプレッシャーかけてくるじゃんコイツ。
「わかったよ、ったく。 ……ぁ、味玉ラーメン、入りましたぁ! 」
「……アハハ」
「愛想笑いだけはやめろよ」
「いや、予想外にいい感じだったからリアクションに困っちゃってさ。 ……もしかして普段から注文通してる? 」
「普段から通してたらもう少し照れずにやれたと思う」
何かあった時すぐにフォローができる距離感を保ったまま、手分けして一戸建ての庭先や集合住宅の駐輪場を探ることにした。 もちろん、レムを見つけたら即離脱するように釘を刺しておくことも忘れなかった。
捜索開始直後に2杯の五目タンメンとラーメン半チャーハンセットのオーダーが入る。 やれやれ、威勢のいいバイトが入ったものだ。 俺はシカトした。
「ヤンチャバイクぅ! 入りやしたぁい! 」
「おいうるさいぞ水嶋! いい加減に……えっ!? ヤンチャバイク入った!? 」
「ヤンチャバイク一丁入りましたぁ! 」
急いで駆けつける。 ごく普通の一軒家で、外観は周囲と比べると新しく、駐車場のコンクリートも綺麗で、最近建てられた家だと分かる。
水嶋が浮いている下には駐車場があって、国産のオレンジ色をしたミニバンと、その脇に中型のバイクが停められていた。
「見てよ。 かなりヤンチャじゃない? 」
「おぉ、確かに……特にこの」
「その脇に付いてる……大砲みたいなやつでしょう! わかるわかる! 」
「いや違う、このハンドルの角度がかなりヤンチャだろ。 乗ったら相当な前傾姿勢になる。 ヤンチャ率85%……? それ以上か……? 下手したら90%越えるぞ」
「はぁ〜なるほど、ハンドルの角度ねぇ……? やっぱ男の子は着眼点が違いますねぇ……私はどうしてもこのピカッピカの大砲に目が……」
「これマフラーな。 後続車に撃ちこんでるバイク見たことあるか? いや、ヤンチャバイクの品評会をしてる場合じゃない。 早速お邪魔しよう」
「へへ……これは匂う、匂うぞぉ! 鬼が出るか蛇が出るか……はたまたボンレスハムの化身か……! 」
「よし行くぞ水嶋、よそ見はするなよ。 レムがいたら逃げる。 迅速に寝てる人間の顔を確認するんだ」
「……あいよ。 はぁ、何このイベント……。 つまんね」
「……急に戻るなよ、正気に」
「急に使うなよ、倒置法」
しょうもない会話のキャッチボールをしつつ、庭先のアプローチから玄関へ向かう。 「めっちゃ強い巨大なレムでも出ないかなぁ」という不穏な台詞をスルーして玄関から突入すると、廊下の奥から男女が言い争うような声が聞こえた。




