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『復讐』


 「水嶋、出るぞっ! 」


 「うん。 ……おぉー! 出てる出てる。 1回目よりは少し勢いが弱いかな? 」


 レムから溢れた『黄色』が、深夜の公園のど真ん中からじわじわと広がっていく。 穏やかな波打際に立っているかのように、その黄色い液体はゆっくりと足元へと近づいてくる。 隅っこのベンチにはスーツ姿のサラリーマンが座っていて、食い入るようにスマホを見ながらタバコをふかしていた。

 紫苑さんはレムから流れ出てくる黄色い液体を一瞥すると、「良い発色だね」と言って、サラリーマンの座っているベンチの方向に歩いて行く。 すぐにライターを擦る音が微かに聞こえたので彼女もタバコ休憩だろう。 俺と水嶋は迫ってくる液体から後退りしつつ、その光景を眺めていた。


 『うぉー!! まじか大穴! 当たった! 当たった! ……うわぁ、ヤバイ。 どうしよ、手が震える……!』


 「感情の蒸発パーティが始まったね慶ちゃん」


 「競馬……とかかな? 大穴って幾らくらいになるんだろうな」


 『二次審査通った! やったぁ! 』

 『明日納車だ……! ついに、ついに……!』

 『ぼく、モエちゃんの吐いた息をジップロックに閉じ込めてね、それをタイムカプセルに入れて……未来の自分に届けたいんだっ! 』

 『あぁ、相手に奥さんがいるっていう背徳感! 最高すぎて頭が溶けそう』

 『あー、横領した金どこに使うかなぁ、連休に海外旅行とか行っちゃうか』

 『自販機の当たりって……本当にあるんだ』

 『あ、明日新刊出る日じゃん!』


 「ひえぇ、ヤバイ人たくさんいるぅ」


 「いやぁ、さすが。 いい感情を喰ってるわ」


 目を瞑ると、『黄色』が蒸発していく『声』が幾重にも重なって、さながら嬌声のオーケストラだ。 洗練された個体は強い感情ばかりを喰らっている。 今までの駆除経験から、多感な思春期真っ只中の感情が多くなる傾向にある気がするが、そういった事を誰かと確認し合った事などないので、真偽のほどは不明。


 「……変態少年の声が一番やばかったなぁ。 モエちゃんの吐息を未来に届けようとしてるクソガキ。 ねぇなんの意味があるの? 絶対そのうち犯罪犯すでしょう」


 「おい水嶋ぁ、知らないのか? この街って本当にヤバイ奴のオンパレードなんだぞ」


 「どうしてそんなに楽しそうなの? 変態同士でシンパシーを感じちゃった? 」


 続いて、『青』 が溢れ出てくる。 ……心なしかレムから湧き出す色の勢いが増しているようにも見える。 さっき紫苑さんが脳天に打ち込んでいた拳が、ボディーブローのようにじわじわと効いているのだろうか?

 すると後方から彼女の鼻歌が聞こえてきて、それに気付いたナルセがヤンキー座りから立ち上がり、ベンチへと踵を返した。 そのタイミングで青の蒸発が始まる。


 『マカロン。 天国に行っても元気でね……さよなら……今までありがとう、マカロン』


 「……ペットに小洒落(こじゃれ)た洋菓子の名前付けるの、いつから流行ったんだろうな」


 「全国の “ショコラ” 集めて並ばせたら何kmくらいの行列が出来るだろうね? 」


 「ヘビの “ショコラ” だけで1.5kmは固いだろ」


 「ヘビの “ショコラ” は少ないと思うよ慶ちゃん。 ショコラの大半は茶色い小型犬でしょう」


 『またやらかした……どうして俺はこんなにダメなんだろう』

 『明日初戦から橋本・石田ペアかぁ……勝てるわけないじゃない、あんな人たちにさぁ』

 『あそこで損切りしとけば……あぁ、頭が真っ白だ……さて、楽な死に方で検索検索っと……』

 『お母さん。 うちのクラスライン、俺が発言するとピタッと止まるんだ。 きっと偶然だよね? 』

 『スカートの中5秒撮影したくらいで人生終わるのかよ……俺の人生で一番濃厚な5秒だったってことか? やってらんねぇわ、死のうかな』


 「う〜ん、いいねぇ。 新鮮な声だ」


 「そのテイスティング(フェイス)やめてよ」


 深夜の公園。 街灯の頼りない灯りの下、レムから次々と溢れる色が地面に広がっては蒸発していく。

 不安、驚き、羨望、不信、期待、希望。

 色の濃淡に合わせ、様々な感情が声となって響き渡る。

 レムの身体を揺蕩う色が6割ほど抜けた頃には、大勢の声が入り乱れて、内容を把握するのが難しいほどの盛況を見せた。 ここまで来ると、この祭りを楽しめるのは聖徳太子くらいだろう。 カラフルな液体は四方に拡散し、端から順に光の粒となり霧散する。 少なくとも同時に20人以上の声が同時に上がっているように思えた。


 「ねぇねぇ。 なんだか悲しい声も、卑屈な声も、ちょっと面白く感じちゃうね。 不謹慎だけど」


 しゃがんで様子を眺めていた水嶋が、俺のシャツをくいっと引っ張って、同じ姿勢になるよう促してきた。 俺はそれに従い、ゆっくりとその場に腰を下ろす。


 「うん、なんとなくわかるよ。 顔も名前も知らない人の声だからなぁ、最初の頃は作り物みたいな感じがして、ちょっと別の世界で起きてる事みたいに思えるんだよな」


 レムの身体から殆どの色が抜けた。

 残りは濃い橙色、そして、『怒り』の赤。


 「水嶋、もうすぐ赤が抜けるよ」


 「怒ってる声は顔が見えなくても怖いんだよなぁ」


 浴衣の袖をごそごそと(まさぐ)って、ついさっき渡した耳栓を取り出した。 ちらりと後方のベンチに目をやると、紫苑さんも一服を終えて立ち上がり、こっちに向かって歩き出したところだった。 ナルセはサラリーマンの後方から顔を近づけて、一緒にスマホを眺めているようだ。


 「あ、あっ! やばっ」


 まもなく最初の怒声が上がる。 水嶋が耳栓を落としたのを見て、即座に耳を塞いであげた。 両手で顔面を挟み込んで、人差し指だけを耳の穴に挿入する。


 『俺パスタ買ったよなぁ!? なんでスプーンが入ってんだよぉぉお、あのクソ店員がぁ!』


 その声を皮切りに怒声のオーケストラが開幕した。 耳に指を突っ込まれた水嶋はニヤニヤと不敵な笑みを貼り付けていたけど、しばらくするとレムの方へ視線を向けて、こんこんと色が湧き出てくる様子やら、地面に広がり蒸発していく様を眺めていた。


 「この後も一緒に行動するだろ? 」


 突然紫苑さんに肩を叩かれて、振り向いた拍子に水嶋の耳を撫でるような形になってしまった。 不可抗力以外の何物でもなかったけれど、水嶋が『んっ! 』と声を漏らして頬を染めつつ、口元を抑えて恥ずかしそうな表情を浮かべるという空前絶後のラッキーパンチが俺の下半身を掠めた。

 しめしめ、これはもっといい反応を頂戴するしかないな、とほくそ笑んでいると、延髄に鈍い痛み。 紫苑さんの水平チョップである。


 「一緒に行動するだろ? 」


 「この身体じゃ単独行動は危なそうですしね。 役に立たないかもしれないですけど」


 「ゆうりちゃんも居るしな」


 「あと、入れ替わりの解除……考えないと」


 「それはまぁ、『夜明け』を待つしかないだろ。 急ぐもんでもあるまいよ」


 「いや人の身体なんだと思ってるんですか。 急ぎますよ」


 水嶋が「おほん」とワザとらしい咳払いを一つして、耳に入った俺の指を乱暴に振り解いた。 そして自ら耳栓を生成し、耳に詰めている。

 一方で怒声のBGMはどんどん加速していく。 他の色はほぼ蒸発を終え、時々微かに聞こえる程度になり、深夜の公園に響く声は怒り一色になってきた。

 街コンで相手にされなかった事で発狂、先生の理不尽な指導に絶叫、公共施設でのモラルに欠けた行動に憤慨、時間外労働と横柄な上司への罵声。

 怒りに限った話ではないけど、感情の込もった声は聞いているだけで、精神に大きな負荷(ストレス)が掛かっているような感覚に襲われる。 普段はわりと無心でやり過ごしていたが、そんなことを考えていたら少し気分が悪くなってきたので、すぐさま耳栓を生成する。

 そのタイミングで水嶋が背後に回り、俺の両肩に手を掛けてきた。


 行動の意図がわからず戸惑っていると、耳元に彼女の顔が急接近してくる。 蒸発していく色が煩いので、耳元で話をしようとしているのだ。 そう察し、こちらからも耳を近付けて言葉を待った。


 「……ふぅ〜〜〜っ」


 「あひゃうんっ」


 意識が飛んでしまうかと思った。 生まれて初めて味わう感触に脳が混線したのか、俺は膝から崩れ落ちてしまった。 こういうのを、『腰が砕ける』と言うのだろうか?

 耳を抑えて振り返ると、水嶋が腹を抱えて爆笑している。 こんな状況で耳に吐息を吹きかけて来る破天荒っぷりに恐れ(おのの)いたが、よく考えればこれはさっきのお返しなのだろう。

 耳を少し撫でられたくらいで「んっ!」なんていう童貞男子狙いのあざといリアクションを取ってしまった事は、水嶋優羽凛にとって相当な屈辱だった筈だ。

 対する俺も、「あひゃうんっ」などというエロ漫画も裸足で逃げ出すようなリアクションを……



 『あのクソ女……天パー野郎……絶対に殺す。 社会的に抹殺してやる……』



 「……え? 」


 慌てて振り返る。

 赤黒い液体が霧散した所だった。

 確かに聞こえた、超重低音の唸り声。

 この世の恨みを煮詰めたような声だ。


 記憶を遡って、状況を思い出してみる。 ……そうだ、あの時……一昨日の路地裏だ。 畳み掛けるハプニングと、打開しなくてはならない問題に追われて、後先を考える余裕がなかった。 あの後アイツはどうなったんだ? 最後はどんな形で逃げ切ったんだっけ? 思い出せ、俺!

 なぜか勝手に『警察に捕まってくれた』という都合のいい認識をしていた。 本当にそうか? 確実に捕まったと言えるか? ヤンキーが女子高生に絞め落とされたらどうなる? その屈辱は、復讐心はどこまで加速する?


 ——社会的に殺す。


 あぁやっべぇなぁ……うん、クッソ怖ぇ!

 社会的にってなんだよ、生きた心地なんてさせねぇよ? みたいな事だよな。 あぁ、冷や汗が止まらない。 そうだよ、問題は何一つ解決してなかった!


 レムを見ると、色がほとんど抜けていた。 とても「綺麗なトコロテン」とは言えない出来だ。 締まりの悪い蛇口みたいにポツポツと、体内に残った色の雫が垂れている。

 その光景を見て、水嶋が耳栓を外した。


 「み、水嶋……かなりヤバイかも」


 「え、立てないの? ねぇねぇなんで立てないの? 慶ちゃんって耳がそんなに弱いんだ? まったくぅ、いやらしい子だよっ! 」

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異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
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