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「2人で『今』を、重ねていこうじゃないか」


 一連の流れからナルセは空気を察してくれたのか、凶悪なレムをシメたばかりの紫苑さんの元へ、太鼓持ちに駆け出した。


 「ハー、シオン姉サン早えェ! マジリスペクトだわ。 パネェ、パネェわマジで」


 謎の呪文を唱えているのが聞こえてくる。

 『いいから“色抜き”するぞ、ほれ、手伝え』という紫苑さんの言葉に『はいっ、お供させていただきます! 』と威勢よく答えていた。


 「どうして? どうして突然ショタ慶に? 」


 水嶋は目を輝かせて尋ねてくる。 俺はひと通り彼女の胸の感触や匂い等々、極上にして至福の時を堪能させて頂いたので、沸き立つ興奮を抑えながら平静に努めた。


 「よくわからない。 突然頭から蒸気が立ち昇って……小さくなっちゃったみたい」


 「それって小学校5年生だよね、多分。 運動会で不機嫌そうにお弁当食べてる顔と一緒だもん」


 本人ですら正確に認知できないこの身体の年齢を、具体的なシュチュエーションを持ち出して決め打ちしてくる。 俺よりも俺に詳しいっておかしいだろ。


 「……どこまで写真見たんだよ? 」


 「えっとね、厚紙のファイルに入ってるやつは全部。 パパさんが押入れから出してくれた」


 実は親父がそれを定期的に見返しているのは知っている。 データではなく、フィルムだった頃のアルバムだ。

 母ちゃんもたくさん写っていて、付箋みたいな紙に、直筆の一口コメントのようなものが添えられている。 俺はそれをじっくり眺めたことはなかった。 水嶋は俺の身体から、どんな表情でそれを眺めていたのだろう。


 「慶ちゃん……身体は子供になったけど、推理は? 推理は出来るようになったの? 」


 「期待に添えず申し訳ないけど、推理が出来るようになった感覚は一切ない」


 「そっかぁ、 そうだよね……当たり前だよね。 でも、もしかしたらこれから殺人が……」


 「殺人事件も引き寄せない」


 「そっか……」


 残念そうな顔をして俯く。 両手の指を絡ませて、モジモジしている。


 「……あ! そう言えばケナンくん、洋服がブカブカだね。 私、短パンとジャケットと……蝶ネクタイを生成してみる!」


 「ありがた迷惑だよ、ユリ姉ちゃん」


 ワンテンポ置いて、水嶋が声を殺して笑い始めた。 下を向いて肩を震わせている。


 「……ユリかぁ……うまいなぁ……そこが花で繋がるか……!」


ツボに入ったようで内心ほくそ笑んだけど、完全にラッキーパンチだった。

 彼女は息を吸い込んで立て直しを図るが、俺と視線を合わせると、再びクスクスと肩を揺らす。 それを2回繰り返した。


 「ところで……何の話をしてたんだ? 」


 俺は全ての流れを無視し、すっとぼけて水嶋に尋ねる。

 まさか牛丼屋での一幕が盗聴されていて、あの拡声器から深夜ラジオの如く生配信されていたなんて夢にも思っていないだろう。 ——紫苑さんがネタバレしてなければの話だけど。


 「んー? シオンおばさんと? 」


 シオンおばさんと言われると、美味しいクリームシチューとか作ってくれそうな温和な熟女をイメージしてしまうのは何故だろう。

 あと、重要な場面に限って風に舞うビニール袋みたいな思考ノイズが走る病気を治さないと。


 「帰りが遅かったからさ。 なんか話してたのかなーって」


 彼女は目を瞑り、サイドに垂れた髪を耳にかける。


 「最愛の人——。 その死に立ち会った過去のトラウマから、人を愛し、愛される事に怯えるようになってしまった少年Aの物語——。 」


 「……は? 」


 「それを、シオンおばさんに聞かされていました」


 「……………………………………ふはっ! 」


 (おび)か! 帯に書いてあるやつか!

 なんだこいつ……ふざけてんのか?

 驚きのあまり約10秒間の茫然自失を経て吹き出してしまった。

 

 「少年Aって、苗字の頭文字なのかな? 」


 「うん。 相原のA。 少年A.K」


 「……おっと直球投げてきたな。 えーっと、なんだっけ? ストーリー」


 「最愛の人——。 その死に立ち会ったトラウマから人を愛し愛される事に怯えるようになってし……」


 「あ、やめてやめて。 オーケーもういいわ、なんかそれ凄く恥ずかしいからやめて」


 こいつ本当にヤバいな、ついさっき人里に降りてきた山奥の怪物かよ。 まだデリケートな人間の心というものを理解できてないんじゃないか? 最初に遭遇した俺が人間の心を叩き込んでやらなきゃダメか?


 「悲劇のヒーローを気取るんじゃない」


 「うんうんそうだよな、悲劇の……うえっ!? 」


 ……あれ? 何が起きた……?

 こっちも別に慰めて欲しかった訳じゃないし、優しい言葉を待っていた訳でもない。 水嶋の事だから天然で名言とか漏らすんじゃないか、という微かな期待を持っていたのは否めないけど。

 ……あ、冷たっ! 視線が冷たすぎて鼻の奥痛くなりそう。 なんでだ? 俺、何か悪いことした? 水嶋がなぜ攻撃的なのかわからないけど、なんとなく強烈な追撃が来そうな気がする。 どんな弾が飛んでくるかわからない、心の準備をしておかないと。


 「……悲劇のヒーローを気取るんじゃない」


 「まさか同じ砲弾が飛んでくるとはな」


 【悲劇のヒーローを気取るな】か。 確かに言えているのかもな。 でも、水嶋はどんな気持ちでそれを言っているんだろう?

 クヨクヨしてるんじゃない、過去に囚われて、下を向いてばかりいるんじゃない。 そんなところだろうか? それにしても安易な言葉じゃないか。

 ……俺は一体何を凹んでいるんだろう。水嶋に俺の気持ちなんてわからないんだ、仕方ないだろ。 他人に期待するな、依存するな、甘えるな。 いつでも自分が求めている言葉を用意して貰えると思ったら大間違いだ。


 「……水嶋に俺の気持ちはわからないって思ってる? 」


 「えっ! 読心術!? 」


 「毎日湯船で足を伸ばせる人に、俺の気持ちはわからないって思ってる? 」


 「うん、そこまでは思ってないわ。 うちのアパート、湯船狭かったよな? なんかごめんね。 大家にクレーム入れとく」


 「気持ちはわかりません。 今のところはね。 シオンさんにも深くは聞いてないし、聞きたくなかったから」


 手のひらをこちらに向けて、ほくそ笑む。 そのジェスチャーが何を表現しているのかは不明だ。


 「おーい慶太ー! ごめん、“色抜き” 手伝ってー! 」


 紫苑さんの声で会話が途切れた。

 きっとレムのサイズ、色彩的に苦戦を強いられいるのだろう。 大きさはもちろん、均等でバランスの取れた配色である程、体内の感情を(ほぐ)すのが難しい。 でも今はそっちを手伝うよりも、水嶋との会話が重要だ。


 「悪いけど今、取り込み中です! 」


 「えー!? じゃあゆうりちゃんでいいや! ちょっと手伝ってー! 」


 「はーい! 今いきまーす」


 「うぉーいお前ら待てコラぁ! その優羽凛ちゃんと取り込み中なんだよ俺は! 」


 無視して飛び去ろうとする水嶋を追い、右手首を掴む。


「てぇいっ! 」


 振り返った彼女は奇声を上げて、俺の腕にチョップを入れた。


 「あ痛ぁっ! 」


 あまりの激痛に手を離す。 思いっきり変なところに入った、骨の髄からじぃんと痺れる急所みたいなところにキマった。 狙っていたなら末恐ろしい山奥の怪物である。


 「水嶋、何か怒ってる……? おれ、何かしたか? 嫌な所とか、発言があったらちゃんと言ってくれ」


 「ないよ」


 「本当に? さっきからやけに辛辣だけど……」


 「うん、本当。 なにも治さなくていいし、そのままでいいと思う」


 ……あれ。

 俺には、治さなきゃいけない部分があるんじゃなかったっけ? 本当はこのままじゃいけないと分かってるのに、見えない何かにビクビクして、変われないまま平凡な毎日を築き上げて。 水嶋を好きになってからも、そうやって殻に閉じこもって、守りに入っていたんじゃなかったっけ?


 ——すっ、と夜風が頬を撫でた。 下から紫苑さんとナルセの笑い声が耳に届く。 きっと、アホな話で盛り上がっているんだろう。

 二人の元へ向かおうとした水嶋が、再び俺に向き直る。 ニヤニヤと顔を綻ばせながら、ゆっくりと近付いてくる。


 「過去も未来もここにはないから、2人で今を重ねていこうじゃないか 」


 照れ臭そうに顔を傾けて視線を逸らす。

 そして彼女は、また笑った。


 「……恥ずかしいね。 まぁお互いこの世界に酔っ払ってしまっているので、今のはとりあえずノーカンって事で」


 急に視界がぼやけて見えなくなった。 水嶋の背中が遠退いて行くことだけはわかる。 また目眩が来る? 過呼吸になって、頭から蒸気が上がって、もっと小さくなってしまうのか?

 違う、もう大丈夫だ。 涙が溢れて、止まってくれないだけだ。


 「慶太! なに突っ立ってんだ、早く来い! ゆうりちゃんがめっちゃおっぱい揉んでくるぞ! この子の暴走を止めろ! 」


 頬を伝った涙の通り道が、風に晒されてヒリヒリした。 瞳が涙の生産を止めない。 荒々しく拭って、鼻をすする。 両頬をばちんと叩く。 泣いてる場合じゃないんだ。

 水嶋が「さっきのお返しじゃあ」と叫び、作業をしている紫苑さんの背後を取って豊満な乳をモミモミしていた。


 「んわぁ、 ほんと今は手が離せないから! ゆうりちゃんやめて! 」


 「ユーリちゃん気にするな! もっと揉んでシオン姉さんを喘がせるんだ……!俺はその喘ぎ声だけで3日くらいは楽しめる。 ……ユーリちゃんそれじゃ甘い! 手のひらの圧じゃなくて、指先で刺激するんだ! 」


 「おいジロー、童貞みたいな事言ってんなよバカ! 童貞は慶太だけで充分だ」


 涙を拭って3人の元へ飛んだ。 まったく、あいつら俺の鋭いツッコミがなきゃ全然纏まらないんだから。 今行くぜ。


 「ったくぅ! 誰が童貞だぁ! 」


 ナルセと紫苑さんが同時に顔を上げ、「お前だろ」とハモった。 水嶋がモミモミタイムを継続し、紫苑さんの耳に弱い息を吹きかける。 耳へのソフトな愛撫を受けた紫苑さんは悶えながらも作業を続けた。


 「あれ……? 耳吐息があんまり効かない……? 優羽菜ちゃんにはめっちゃ効くのに! 」


 「甘いよゆうりちゃん。 私にとって耳は性感帯じゃない、ちょっとくすぐったいだけだ」


 「確かに俺は童貞さ……ちょっと浮わついてたけど、正気に戻ったよ。 何やってんだあんた達」


 「つーかケイタ手伝えよ! こいつデカイし配色がやたら整ってるしで相当めんどくせぇわ」


 全員のセリフが入り乱れると、どういう訳か3人の視線が俺の顔に集まる。 そして、ナルセと水嶋が声を上げて笑った。 紫苑さんだけが、目を丸くして俺の口元を凝視している。


 「慶ちゃぁん、鼻血出てるよ」


 唇に生暖かい液体が滴るのが分かった。液体は口内に侵入し、鉄みたいな匂いを展開する。 慌てて拭うと指先が赤く染まっていた。 顔を上げると、したり顔の紫苑さんが口を開く。


 「……やっぱりな。 浮力の使いすぎだ」


 「……やっぱりって……? そんなに使ってないですよ、ここまで」


 「ふりょくって何? 浮く力の浮力? 」


 浮力。 幽体を維持するエネルギーをこの世界ではそう呼ぶ。 幽体操作も、幽界物質の生成も、『浮力』という有限のエネルギーを消費して行っている……と、されている。

 紫苑さんがそれを簡単に説明すると、「要は、この世界の体力ね」と水嶋が独りごちて鼻で笑った。


 「水嶋にウォーターガン渡したり、多少強いのと闘ったりもしましたけど。 使い過ぎって程は、全然……」


 「多分、ゆうりちゃんの幽体を肉体から剥がすのに莫大な浮力を使ってるんだろ。 そう考えれば辻褄が合う。 お前、入れ替わった時鼻血出したって言ってたよな」


 「幽体が小学生まで退行したのも……? 」


 「そこでも消費してるかもね」


 「というか、浮力って使いすぎると鼻血が出るんですか……」


 「駆除とか、普通に幽遊(ゆーゆー)してるくらいなら鼻血出るほど消費しないけどな。 私は何回か見たことあるよ、幽体で暴走して鼻血出してるバカ」


 「どういう状況で鼻血出すんですか? 」


 「大抵は幽遊とか、幽体同士のケンカでカッとなって出すんだよ。 今まで3回見たな。 大阪出張で一回、茨城の講習で一回、江戸川卓球センターのヘルプで一回」


 紫苑さんはナルセをこれでもかというくらいにガン見して、ナルセの方は目の前のレムに集中して作業を進めていた。 なんとなく状況を察したけど、手元を見ていると、確かにナルセの技術は相当高いものがある。 仕事が早いというのは口だけではないみたいだ。

 

 「そう言えば、超常的な能力を使い過ぎて鼻血が出る、って色んな創作で描写される定番(テンプレ)だね。 血が出るのは目でも耳でも口でもいいのに、 “限界を超えてます” みたいな表現するのに凄くしっくりくるし、見ててまんまと心配になるね 」


 手持ち無沙汰の水嶋が、公園の上空を旋回しながら話している。


 「あぁ……スケベな事を考えててオーバーヒートする、っていうイメージの強さから転じたのかもね。 それか、最初にそれを描写した作家がレムの駆除やってたか」


 紫苑さんが答える。


 「あーもう、ぼーっとしてないでとりあえず拭きなよぉ」


 水嶋は呆れたように言い放つと、俺に近付きながらハンカチを生成して、強引に鼻血を拭ってきた。


 「悪い、ありがとう。 それにしても水嶋さん、生成すんの上手くなり過ぎじゃないっすか? 才気溢れまくってて危機感を抱いてるよ俺」


 「生成上手は床上手っていうからね。 ウォーターガンも出せるようになったよ」


 「前半はスルーするけど、後半はさすがに嘘だろ」


 「本当だよ。 ほら」


 「……あれぇ、 ウソぉん」


 俺は目を疑った。 あまりの衝撃に裏返った間抜けな声を漏らしてしまった。 変な汗が全身から滲み出て、鳥肌が騒ぎ立つ。

 水嶋は涼しい顔で加圧式ウォーターガンを生成した。 それも俺が貸したものをトレースした訳ではなく、水嶋仕様にカスタマイズされている。 まず、サイズがでかい。

 そもそも俺の【KIT-14】は、ハルがまだ低学年くらいの頃に母ちゃんに買ってもらった加圧式ウォーターガンをモデルにしている。

 子供用にしてはしっかりとした作りで、『みずてっぽう』と呼ぶには可愛げが足りないくらい無骨なオモチャだ。

 それに対して水嶋が生成したものは、軽く見積もっても倍以上の大きさで、例えるならアコースティックギターくらいデカイ。

 KIT-14に付いているものと同じ容量のタンクが5本実装されている。 コワイ。


 「……何それ。 なんで今日、幽体離脱(ぬけ)たばっかりの素人がそんなの出せるんだ」


 「……え? うーん……才能……かな? 」


 「タンク五本あるけど、それ全部違う色が入ってるのか? 」


 「うん! 白だけじゃつまらないから……ピンクとミントグリーンとターコイズブルー、ラベンダー……」


 「ったく、ここぞとばかりにパステルカラーで攻めて。 女子力が高いなぁ、水嶋は」


 「てへっ」


 「てへっ、じゃないよ。 あ、ごめんちょっといい? ……ナルセさん! 」


 「あー? なんだよ」


 「ナルセさんていくつからホッケーやってるんですか? 」


 「なんだよ急に。 2年生からだよ」


 「武器のスティック、どのくらいで生成出来るようになりました? 」


 「一週間くらいかな? 早えだろ。 ていうか手伝えって! 」


 「水嶋、今の聞いた? あの棒みたいな武器を生成するのに一週間……」


 「見てみて、ここのレバーを引くとタンクが切り替わるの。 ピストルのリボルバーみたいに全体が回転する。 まずはターコイズブルーで染め上げてから、ピンクをアクセントにまぶしたり……いろいろ出来るでしょう? それとね……」


 「ちょっと紫苑さん! ここにヤバい奴がいまぁす! 」


 「……お前が連れて来たんだろ。 だから言ったじゃん。 その子バケモンなんだって、色んな意味で」

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