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『ひと煮立ちした空想に、小さじ一杯の真実を!』


 「ヤナギダ事変……?」


 「うむ。 あーっと、スケッチブック出せる? 団地の屋上で作戦会議した時にシュンが出してたようなやつ」


 「スケッチブック? 出したことないけど、多分いけると思う」


 『ヤナギダ君』という内気な中二病の少年に興味を持った水嶋は、児童文学——子供向け近未来SF作品の二次創作みたいな遊びを通じて彼と交流を深めた。 ヤナギダ君が語るシナリオを、幼い彼女はスケッチブックに描き起こした。 それは一過性のブームのようなものだったのだろう。 次第にネタは尽き始め、2人は遊ばなくなっていった。しかしある日、ヤナギダ君は過去に例のない唐突さで水嶋達の前に現れたのだ。


 「よし、出せた。 ペンは……いつも俺が使ってるボールペンでいいかな」


 「上等じょーとー!」


 俺からスケッチブックとペンを受け取ると、ぺろっと舌を出し、袖をまくってペンを走らせた。 何を描いているかは分からないけど、スケッチブックをくるりと回したり、ペンの角度を小刻みに変える様が熟練の職人のようでとても格好良くて、見惚れてしまった。 それと同時に、かつて水嶋と創作をしていたヤナギダ君が猛烈に羨ましくなった。


 「それでね。 みんなの前でヤナギダ君は、スケッチブックを取り上げて叫び出したの」


 「さ、叫び出した……? 随分と思い切ったな」


 「うん。 見せたことのないページを何度もめくり直してた。 思いっきり両肩を掴んでブンブン揺すりながら『やっぱりお前にも未来の記憶があったんだな! 僕は間違ってなかった! 』って」


 「うわぁ、怖ぇ。 なんだそれ」


 「そう、怖かったんだろうね。 もうわんわん泣いちゃって。 アッコちゃんていう気の強い女の子が居たんだけど、『オラ離れろ! どっかいけヤナギダァ!』とか言って突き飛ばしたり、近くに居た男の子達が異変に気付いて駆け寄ってきて、ヤナギダ君を殴りまくったりしてた」


 「この話ヤバい奴ばっかり出てこない?」


 「それでもね、ぶっ飛ばされて顔を擦りむいても、血を流しながらゾンビみたいに立ち上がってきて、他には目もくれずグイグイ腕を引っ張るわけよ。『見せたいものがある! 話したいことも沢山あるから! 一緒に来てくれ!』ーって。 一生懸命叫んでた」


 『怖ぇ』と相槌を挟んだものの、なんだかヤナギダ君がすごく不器用で純粋で、心の強い奴だと思えた。 方法が間違っていたとしても、ヤナギダ君は戦ったのだ。 自分の中の純粋な想いを表現しようとした。 彼はもっともっと水嶋と遊びたかったんだ。 それを単純に恋愛感情だと呼んでいいかはわからないけど、限りなく近い色の感情だと思う。


 「……私はその一連の流れをね、ずーっと後ろから見てたの」


 「……は?」


 「ヤナギダ君ね、私がお家に色鉛筆を取りに行ってる間に……スケッチブックを持った優羽菜ちゃんに絡んでたの」


 まさかの結末だった。


 「う、ウソォ。 ヤナギダくん……やっちまってんなぁ」


 しかし、なんとも微妙なオチだ。

 はっきり言ってそれほど笑える訳でもなければ、悲壮感のようなものもそんなに漂ってこない。 ヤナギダ君のキャラが濃すぎるのだろう。


 「なんでかねぇ。 今考えるとただの勘違いだし、私と優羽菜ちゃん本当にそっくりだったから仕方ない事なんだけど……なんだかすっごくすっごくショックでさぁ。 私、既にボロボロのヤナギダ君に全身全霊のタックルかまして逃げたんだ。 泣きながら」


 当時の水嶋とヤナギダ君に想いを馳せてみる。 やっぱり水嶋の方も、恋愛感情に似た想いを抱いていたのではないか……そんな風に思えた。

 ボケっとしていた俺の鼻の穴に、彼女はそろりとボールペンを刺し込んでから、スケッチブックに描いた絵を見せてきた。 空飛ぶ車の絵だ。


 斜めに傾いた車体を上空から見下ろした構図で、絵心のある人間特有のアングルというのだろうか、俺には考え付かないような視点だった。 丸っこいボディには数字で「1124」と書かれている。 半円形の窓が付いていて、翼が4枚。 なんとなくてんとう虫みたいだな、と感じた。


 「すごいなぁ! こんな早く描けるんだな。 なんだこの躍動感……かっこいい。 この数字は車のナンバー?」


 「まぁ、小学生だからもっと全然下手くそだったけどね。 そうナンバー。 数字は私の誕生日」


 思わぬところで水嶋の誕生日を仕入れた。

 11月24日、覚えておこう。


 「で、この車がどうしたんだ?」


 「あぁ、えっとね。 ヤナギダ君は怪我しちゃったし、私も突き飛ばしちゃったから……謝りに行ったの」


 「えらいな水嶋」


 「ヤナギダ君は間違えた事や優羽菜ちゃんを泣かせたことになんか一切触れなかった。 スケッチブックを開いて、この車のページを私に見せながら……こう言ったんですよ。 『これは僕が未来で乗っていた車なんだ。 どうしてお前がこの車を知っているんだ?』って」


 水嶋が自分の想像で描いた空飛ぶ車は、ヤナギダ君の愛車だったらしい。 なぜその記憶がある事を黙っていたのか、と彼女は詰め寄られたそうだ。

 この車を知っているということは、未来で自分と関わっている人物なのだろう、というロジック。

 『僕とお前の出会いは運命だぞ』と印象付けるヤナギダ演出だ。 ……エゲツないほど強引な手法。 ただ、小学生でこれが出来る子供を探そうとしたら、かなり骨が折れるだろう。 突飛な発想と行動力、決して周りの空気を読まない、という強靭な精神力が必須だ。


 「水嶋はどんなリアクションしたの?」


 「うん。 私にはわからないって答えた。 ただ想像で描いただけだよって」


 「……それに対してヤナギダ君は?」


 水嶋はおほん、と咳払いをひとつして、小さな両手で俺の右手を掴む。


 「『まだ思い出せないだけだよ。 心の1番深いところに沈んでいる記憶が、お前にこの絵を描かせたんだっ』」


 俺の目を見つめ、精一杯の低さであろう声色で、芝居掛かった台詞を吐いた。


 「一周回ってすごいなヤナギダ君……そんな小学生、本当に存在するのか? ちょっと好きになってきたぞ」


 「未来のヤナギダくんには、ドライブが好きな恋人が居たらしいよ。 私は間違えたことを謝って欲しかったんだよなぁ、 なによりも」


 ヤナギダくんは、顔になんかたいして興味がなかったのではないか。

  話しかけてくれた女の子。 絵が上手で、よく笑い、空想で一緒に遊んでくれる水嶋優羽凛が好きだった。

 2人を繋いでいた創作の糸……アイディアが切れてしまってからは、不器用なヤナギダ君は相当思い悩んだだろう。 どうすればまた前のように遊べるか……その願いを叶えるには、強引な手段に出るしかなかった。

 そして好きになった女の子がたまたま双子だった。 一世一代の大勝負を賭けたタイミングで『水嶋優羽凛』の象徴であるスケッチブックを、同じ顔をした妹が開いていた。

 

 それはもう……不運としか言いようがないんじゃないか。


 「その事件から私は、優羽菜ちゃんとお揃いの服を着るのを辞めました。 髪型も変えて、身に付ける物の共有も拒むようになりましたねぇ」


 当時の水嶋の気持ちを完全にトレースする事は不可能だ。 どうしてもヤナギダ君への同情が頭をよぎってしまう。 何故かって、俺は小学生の女の子でもないし、同じ顔の兄弟がいるわけでもないし、異性と2人だけの世界を作り上げた事もないから。


 「優羽菜ちゃん……確かに顔はほぼ同じだけど、ちょっとギャル寄りだよな。 水嶋とは全然趣味が違うんじゃないか?」


 「うーん。 髪色とか服装とかも不思議なもんでねぇ。 いつも私がやりたいな〜って思った事は、優羽菜ちゃんが先に口に出すんだね。 髪型も、カーディガンの色も、なんでもそうだったなぁ。 優羽菜ちゃんは私より一手早いんだよね、ほんの一手早い。 そうするともう、こっちが後追いになるわ被っちゃうわで、てんやわんやだから……私は違う方向へと踏み出すわけですよ」


 「てんやわんやか。 でも俺は……今の水嶋が1番の、最高の水嶋だと思うよ。 色んなことを優羽菜ちゃんが先にやってくれてよかったよ」


 そんなこと言ってるとチューしちゃうぞ、と水嶋がおどけてみせた。 じゃあこっちは舌入れちゃうぞ、と返しそうになったけど、ギリギリのところで踏みとどまる。

 

 「昔から優羽菜ちゃんはモテたんだよね。 なんかふわっとしてるし、女の子してるし。 ……色んな人から可愛がられてたんよねぇ。 まぁ……その性格の違いがあるからこそ、ずっと仲良しでいられるんだろうけどさぁ」


 甘酸っぱくもなければ、ほろ苦くもない、初恋なのかどうかも釈然としない話。

 “ヤナギダ君”というキャラの濃過ぎる少年と、幼い水嶋の淡い思い出。 その話はほんのり卑屈で自虐的な方向へ舵を切った。

 俺からしてみると、何故そんなことでナイーブになってしまうんだろう、としか思えない。 ただそれは絶対に口に出すべきではないと判断した。【慶ちゃんにはわからないよね】で会話が終わる未来が見えたからだ。


 「えっと……? それでヤナギダ君はどうなったの?」


 俺の言葉に、水嶋は突然頭を抱えた。

 何か小さい声で、ボソボソと喋っているようだ。 俺は「大丈夫か」と一声かけて、彼女の言葉に耳を傾けた。


 「うーん、やっぱりそうなるよなぁ……ヤナギダ君成分が濃すぎて、そっちに気を取られちゃうよね。 ヤナギダ君の話面白いからどうしても細かく話したくなっちゃうんだよなぁ」


 「……水嶋? 何言ってんだ?」


 「ねぇどう思う? 私的にはね、私を知ってもらう取っ掛かりとして最適なエピソードだと思うのよ……ヤナギダ事変は。 ヤナギダくんを盾に、自分の悩みというか、脆い部分をさらけ出せる。 でもこれくらいじゃあのお兄さんの心は開けないよね」


 「……え? ……あのお兄さんって? なんの話?」


 「慶ちゃんだよ慶ちゃん、本物の。 私たちいつも本っ当にアホみたいな事しか喋らないからさぁ、自分の内面を掘り下げるような話をするのが恥ずかしくてしょうがないんだよぉ〜……本番じゃ絶対うまく話せない。 ふざけちゃうと思うぅ……」


 水嶋は語尾を力なく伸ばし、両手で顔を挟んで下を向く。

 ……心にチクリと棘が刺さった。 見てはいけないものを見てしまったような、人様の大切なものを内緒で弄くってしまったような。 自分はとても卑怯な立場で水嶋と接している事実を、はっきりと突きつけられた気がした。


 「慶ちゃんの身体でパパさんに根掘り葉掘り聞いてしまったからなぁ。 あれは本当、ギリギリ反則だと思うんだ……正々堂々、本人の口から聞き出さないと。 うん、それにはまず自分が心を開かないとね。 私の事を知ってもらう」


 やばい、どんどん自分が惨めに思えてくる。 あと親父にどこまで聞いたんだろう、この子。 余計なこと喋ってないだろうなあのおっさん。 その辺も聞いといたほうがいいか。 いや……今は下手に動かない方がいいのか?


 「もう少し付き合ってね? 次は進路の話を練習する。 自分はこれから何がしたいか、どんな人生を歩んでいきたいか。 ちょっと重いかなぁ……? いや、多分ちょうどいいよね。 慶ちゃんにも斬り込んで行きやすいし……よし、こっち向いて」


 向き合う。 顔が近い。 顔が赤い。

 顔面が火照っているのがわかる。 俺の顔も郵便ポストがびっくりするくらい赤くなってるはず。


 「よし。 慶ちゃん私ね、実は……」


 「あーーー! あーーー! あーーー!」


 全力で叫んだ。 水嶋の声を搔き消すように。


 「うぉお! なんだ!? 壊れてしまったのか慶ちゃん!」


 「なぁ水嶋! 踊ろう! 俺と踊ろうよ!」


 「だめだ壊れたなこれ」


 俺は水嶋に手を差し出す。 さぁフォークダンスを踊ろう。 この最高に非現実的なシュチュエーションで思い出を作ろうじゃないか。 真面目な話は後回しにして、この状況をアホみたいに楽しもう。


 「ごめんチェンジで」


 差し出した手を叩かれた。


 「いやそういうチェンジのシステムとかないから。 さぁ、朝まで踊ろう! なぁユリエルっ! 」


 「失せろ」


 「もう少し上品な言葉でキャッチボールしようぜ!」


 「ここに来てバグかぁ……しょうがないなぁ。 はぁ……」

 

 しょんぼりしながら下降していくユリエルの背中を追った。 回り込んで両腕を広げる。


 「ユリエル、待ってくれ。 落ち着いて」


 「誰がユリエルだ! 気持ち悪い」


 「自ら掛けたユリエルという名の梯子を外すな!」


 「粘っこいなぁ! まとわりつくようなツッコミしないで! 」


 「 “粘っこい” はやめてくれよ。 ……なんか語感的に1番効くわ。 クリティカル入る」


 「……私は次の慶ちゃんを探しに行くんだから。 邪魔しないでよね」


 「なんだ “次の慶ちゃん” って。 別にこの世界の慶ちゃん量産されてる訳じゃないからな! ……ちょい、待てって水嶋。 おいってば ……こら! 小さく左右へのフェイントを織り交ぜながら逃げるんじゃない! フハハっ、こーらぁ! 逃げんなってぇ!」


 「もう! 粘っこい奴だなぁ!」


 「 “粘っこい” はやめろって。 …… “粘っこい” だけは絶対やめろって言ったよな!」


 水嶋の心ない言葉に声を荒げたその時、周囲に甲高い不協和音が響き渡った。俺も水嶋も反射的に耳を塞ぐ。 音の正体は拡声器のハウリングに違いない。 そして、拡声器(そんなもの)を使うのは。


 【慶太く〜ん。 ゆうりちゃぁ〜ん。 随分とまぁ高い場所で乳繰(ちちく)り合ってたんですねぇ〜。 高所作業ってやつですか〜? 危険手当は出ないので安全確認は怠らないようにね〜】


 紫苑さんしかいない。

 あぁ、ほんと下ネタ好きだなあの人、こっちは上品に過ごしてるのに。


 「うげぇっ! しおん!? おい慶ちゃん、触れ込みと違うじゃないかよォ。 祥雲寺に居るんじゃなかったの」


 下から紫苑さんが接近してくる。 いつもと変わらない濃紺の和服。 左肩に拡声器のスピーカーを背負い、右肩には三毛猫が座っている。 いつもと違うのは、猫以外のパートナーが隣にいる事だ。

 見覚えのない幽体で、頭にはヘルメットを被っている。 アメフト選手のような格好をしていて、手には身の丈に近い棒状の武器。 その幽体は飛行の仕方に癖があるみたいで、まるでスケートで氷上を滑っているような動きをしていた。


 「くらえぃ! 悪霊退散っ!」


 水嶋はショルダーバックのように肩から下げていたウォーターガンを構え、下に向けて発射した。 向かってくる2人は当然のようにヒラリと躱し、一瞬で俺たちの目の前に立ちはだかる。 今度はほぼゼロ距離の状態で発射したが、紫苑さんが赤い和傘を生成してあっさり防御された。


 「あ、あれ? インク切れだ……! くそぅ! 慶ちゃん新しいの出してっ。 今度は傘からこの女の命まで、幅広く吹っ飛ばせるイカした(ヤツ)を」


 「ゆうりちゃんおつかれー。 やっぱり来れたんだね。 何時間ぶり? あぁん可愛いなぁもう。 ねぇなにそのパジャマ、可愛すぎてお姉さん度肝抜かれたよ。 上で慶太とイチャイチャしてたの? どこまでしたの? こっそり教えてよ。 慶太上手だった? 」


 一瞬で水嶋の後方に回り込んだ紫苑さんが耳元で囁いている。最高の滑舌、息継ぎナシ、まさに怒涛の下世話トークだった。


 「な、なんなのこの人…… 」


 「紫苑さんこんなとこで何してるんですか」


 「ん? 欠員も出なかったし、団地の様子でも見に行こうと思って目に入ったレム片っ端から殺してたら、なんか聞き覚えのある喘ぎ声がしたから……」


 「あんた欲求不満だろ」


 この場所は祥雲寺から団地までのほぼ直線上に位置している。 俺たちは紫苑さんの通り道の上空で話していたのだ。 俺が大声を出したから気付かれてしまったのかもしれない。


 「ゆうりちゃんどう? この世界楽しいでしょう。 今日もレム見た?」


 「昨日……いやおとといか。 会ったとき、夢に出てきそうって思うくらい腹立ったもんな……この女、本当に出てきたよ……邪魔すんなよなったくよぉ」


 俺の背中に隠れた水嶋がブツブツと喋っている。


 「というか紫苑さん。 こちらの方は……?」


 さっきから隣で棒立ちしている幽体が気になった。 近くまで来てわかったが、これはアイスホッケーのユニフォームだ。 持っている棒は先端が湾曲しているし、なによりスケート靴を履いている。 ただヘルメットが影になって、表情がわからない。


 「あぁ、ごめん。 忘れてたわ。 彼は江戸川卓球センターからヘルプに来てく」


 「成瀬(なるせ)慈朗(じろう) っす。 ジローさんって呼んでいいよ。 “祥雲寺の昇り竜”……お前の名が知れ渡ってから、ずっと会いたいと思ってたんだ。 よろしくなケイタ」


 ヘルメットを外し、食い気味に自己紹介した“ナルセジロウ”という男は、超がつくほどのイケメンだった。 目鼻立ちがはっきりしているし、顔面に全く無駄がない。 髪の色も明るくて、スポーツマンというよりも、アイドルグループの右から2番目くらいでスカしてそうな面構えだ。 年齢は19〜20くらいの大学生くらいだろう。


 「“江戸川卓球センターの残念なイケメン”とはジローの事だ。 慶太に会いたがってたんだよ。よかったなジロー」


 紫苑さんがナルセの肩を叩く。


 「シオン姉さんそれマジ笑うんだけど。 この世に残念なイケメンなんて存在しないから。 だってイケメンの時点で残念じゃなくね?これ真理っしょ」


 「……な? 残念だろコイツ」


 俺の肩越しに様子を伺っていた水嶋が、2人のやりとりにふふっ、と笑いを漏らした。


 「……ナルセさんでしたっけ? 会いたかったって……なんか俺に用があるんですか? 」


 「ん? あぁ。 勝負したいと思ってたんだよ。 なんか持て囃されててウゼーから。 祥雲寺の若頭になったんだろ? どうせ陰キャが調子こいてんだろうな〜って、想像するだけでイラっときてた。 想像通りだったわ」


 この世界って、こういう奴もいっぱいいるんだろうなぁ。祥雲寺はメンバーに恵まれてるって誰かが言ってたな……きっとその通りなんだろう。


 「勝負とかそういうのはちょっと。 すみません、江戸川卓球センターでしたっけ? ナルセさんどころか支部名すら存じ上げないですけど、ヘルプに来てくれてありがとうございます。 その辺のショボいレムにやられないように気をつけてくださいね」


 ナルセの表情が『殺すぞ』と語りかけてくる。 いつのまにか隣に並んでいた水嶋は「なんか面白いやつ出てきたね」と耳打ちしてきたし、紫苑さんは肩に乗った三毛猫に人差し指を舐めさせていた。


 「あー……いいよいいよ。 ウチ暇だったし。 お前との勝負もいいわ。 他に目的見つかったから」


 ナルセはちらりと水嶋を見る。

 ゆっくりと距離を縮めて微かに笑う。

 水嶋は目の前に来たナルセを見上げた。

 俺は無意識に、桃乃介の鞘に手を添える。

 

 「ゆうりちゃんだっけ? いくつ? めっちゃ可愛いね」


 その手が水嶋の頰に届くより先に、桃乃介の切っ先を喉元に添えてやった。


 「少しでも触れたら()ばすぞ。 ()ってやるから下降りろ」

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異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
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