水嶋優羽凛は夢の中。“ヤナギダ君”について、語り始めるのでした。
改稿版 水嶋優羽凛は夢の中
心の中で相当イキりながらレムに斬りかかった所まではよかった。
しかし相手が意外にすばしっこくて捉えにくいタイプで、俺の気持ちも見事に空回りしたのもあって、結構手こずってしまった。 恥ずかしい。
〆たレムを分かりやすいよう背の高いマンションの屋上に放置し、気を取り直して約束の場所へ急ぐ。
昨晩水嶋と幽体で別れた、あの建設中のビルだ。
「あれっ、もしかして祥雲寺の慶太くんじゃん? ヤバイウケる! 超ラッキーなんだけど! えっなんでこんなとこに居んの!? ヘルプ!?」
見たことがある顔だった。 イケイケな感じの、キャバ嬢みたいな20代前半の女性。 多分、いつだかのヘルプの時に見かけたのだろう。
「あ、おはようございます! ここってどこの管轄でしたっけ? 」
「えーこの辺? 高座桜ヶ丘西急ストアじゃん! これから朝礼だわ〜! え、慶太くん何してんの? 今日マジでレムクッソ多くねぇ? 」
高座桜ヶ丘の西急ストア。 そうだ、半年くらい前にヘルプに来たことがあって、彼女はその時もずっと騒いでたから印象に残ってる。
「えっと、ちょっと用があって。 あの、朝礼で報告してもらえますか? 今そっちの3丁目ら辺で羽根付きシメて、マンションの屋上に放置してあるんで……捌ける幽体を3人くらい振ってもらうようにって」
「え!? ガチで? もう出たの!? つぅか昨日も超〜レム混んでてぇ、ウチのエリア、ハネちゃん2体出てっからね。 つぅかぁ、一人でハネちゃんシメたんすかぁ? ウケる! ヤバぁ〜」
「こっちも忙しかったんですね。 俺ちょっと急ぎなんで、行きますね? よろしくお願いします! 」
「うんわかった、オッケー伝えとく伝えとく! 今日も忙しくなりそうだからがんばろー! 」
手のひらをこちらに向けてきた。 一瞬戸惑ったが、ハイタッチを求めてきている事にすぐに気付き、それに応じてパチンと鳴らす。
「またヘルプ来てね〜! 」
生まれながらなのか、環境に適応するためにそのスタイルを取ったのか。 いずれにせよ初見でインパクトを残せる底抜けの明るさは、こっちの気の持ちようで毒にも薬にもなる。
ぶっちゃけ前回は鬱陶しい女だな、と思ったけど、今の俺には何故か栄養ドリンクみたいな効果をもたらしてくれた。
その後も2人の幽体と会ったけど、そのどちらも俺の顔を知っていたようで、怪しまれる事なく通過する事ができた。
昨日水嶋と別れた建設中のビルと、そのクレーンが見えてくる。俺はさらに高度を上げて飛んだ。
「水嶋ぁー! 」
水嶋は昨日と同じパジャマを着て、クレーンの先で修行僧のようにあぐらをかいていた。 目を瞑って瞑想のポーズを取っていて、何故か頭にはレムの幼生が乗っていた。
俺が遠くから声をかけると、カッと目を見開いて立ち上がり、こちらに向かって飛んでくる。
「うはぁ! 本当に出てきたぁ〜! 」
俺の胸に飛び込んで、抱きついてきた。
「ありがとう、約束守ってくれて……すぐ来てくれたんだな。 遅れて悪かった」
頭に乗ったレムを触ろうとしたら、ピュッとクレーンのアームに飛び移り、滑るように降りていった。
「んーーー! 」
水嶋は全然話を聞いていない。 俺の胸に顔を擦り付けてシーハーシーハー言っている。
「やっぱりあれが効いたのかなぁ」
「なんだ? 何かしたのか」
「寝る前にお母様の遺影の前でぇ、今夜も夢に息子が出てきますようにってお願いしたんだよぉ〜」
「母ちゃんも天国でびっくらこいてるわ」
顔を離して俺を見上げる水嶋。
摩擦で鼻の頭が赤くなっている。
「えへへ」
可愛い! 直視できない!
「ちょ、恥ずかしいからそろそろ離れてくれ」
指先で乳首の僅か上をグリグリしてくる。
「今夜も私を寝かせない気かぁ? このこのぉ」
「お前自分で言ってて恥ずかしくないのか? 」
「羞恥心なんて自分の身体に置いてきたぜ。 ……あ、そうだ。 昨日のあれ出せる? 水鉄砲」
「加圧式ウォーターガンな」
加圧式ウォーターガン【AK-14】を生成して水嶋に手渡してやる。
「そうそう、これこれぇ! というかやっぱり、今日のドリーム慶ちゃんは昨日のドリ慶と繋がってるんだなぁ。 良かった」
水嶋は大切そうにウォーターガンを抱えて、俺にニッコリと微笑みかけてくる。
「ささ、昨日のポジションに座ってくだせぇ」
そういえば昨日、幽体での別れ間際「話したいことがある」と言っていた。
【今夜、無理に合流しなくていいよ】
今晩、車で送ってくれた時の、紫苑さんの言葉が脳裏をよぎった。
俺は水嶋の指示通りに昨夜と同じクレーンの先っぽに座ると、彼女もその隣に腰をかけた。
「じゃあ約束通り、話を聞いてね」
「うん、いいよ。 それにしても夜景が綺麗だなぁ……レムも多いわ」
「こっち向いてよ」
「いいだろ耳だけ向いてれば」
「ダメ。 一回こっち向いて」
目を合わせる。 3秒見つめ合って、堪えきれずに目を離した。
「よし、じゃあ話すよ」
「はい、どーぞ」
水嶋は何度か足をばたつかせて、んん、と喉を鳴らす。
「ユリエル小学生の頃、郊外のマンションに住んでたんだけどさぁ」
「……待て待て! 昨日のユリエル引っ張るのか? 漫談始まるのかと思ったわ」
ユリエルがケタケタと笑う。
「なんだ、今宵もキレッキレじゃないかドリ慶! 」
「恥ずかしいからやめて。 続きどうぞ、もう突っ込まないから」
「オーケーオーケー、その同じマンションにね、“ヤナギダ君”って男の子がいたの。 これはヤナギダ君と幼い私のお話」
……なんだ? この状況で突然ヤナギダ君の話を始める年頃の娘は、北半球をしらみつぶしに探しても見つからないだろう。 正直、ロマンチックとも言えるこのシュチュエーションで期待してしまっていた自分もいる。 肩透かしを食らった気分で、どんな顔をしていいかわからなかった。
「や、ヤナギダくん?」
「うん。 ヤナギダくんは変わった人で、地球人じゃなかったの」
「助走なしで大跳躍するのやめてくれないか?」
遠くを眺めていた視線を一瞬だけ俺に向けて、「ふははっ!」と愛らしい声をあげた。
「……ヤナギダくんの話していい?」
「うん、まぁ、こんなところでよければ」
皮肉を言ってみたが無反応だった。
水嶋は髪を弄ったり、視線を泳がせたりしながら、つらつらと語り始める。 明らかにこれまでの水嶋とは変わった様子で、普段学校で喋っている時とも雰囲気が違う。 真剣に俺の表情を確認しながら、たどたどしく喋っている印象を受けた。
——水嶋の住んでいたマンションやその近所には、同世代の子供達が沢山いたそうだ。
彼女はいつも双子の妹である優羽菜ちゃんと一緒に、巨大なタコの遊具がある「タコさん公園」で遊んでいたらしい。
「同じマンションだったり、近所の子だったり……6〜7人くらいのグループができて、いつも遊んでたの。 それでね……」
ヤナギダくんは、彼女たちが公園で遊びだすと何処からともなく現れて、ベンチに座って本を読んでいた。
水嶋が何気なく近付いて確認すると、それは挿絵のついた、いわゆる児童文学。
表紙には、近未来の街で人間と異星人が共存しているイラストが描かれていたそうだ。
「女の子はみんな気味悪がってたんだぁ。 男の子はちょっかいをかけてからかっていたし。 でも私は少しだけ話がしてみたいと思って、勇気を出して後ろから声をかけたの。 何を読んでいるの、って」
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『ねぇ何を読んでいるの?』
『これはね、僕らの“記憶”だよ』
『記憶?』
『そう。 この本を書いた人は、僕と同じ記憶を持っている。 僕にもあるんだ、この時代を生きた記憶が』
『ヤナギダくんは未来で生きていたの?』
『そうだよ。 作者はこの本で、僕に語りかけてるんだ』
『……? なんて語りかけているの』
『“君は1人じゃない”って』
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ヤナギダくんは、その本に描かれている近未来の事柄は全てノンフィクションで、自分はその時代に生きていた異星人の1人だと主張したらしい。 ここまで水嶋の話を聞いて、俺は思った。
……なんの話を聞かされてんだ。
美しいほどシンプルな感想だ。
水嶋がこの話を始めた意図を考察する余裕はなかった。 しらけ顔の俺を確認しても話を止めないから。
【若くして中二病を患った狼少年と、それに興味を持った1人の少女】
ただそれだけの話だけど、なぜかちょっとだけ惹きつけられるものがある。 俺は先を促すように『続きをどうぞ』と手のひらを上に向けた。
「うん。 その時は意味がよくわからなくてすぐに離脱した気がする。 やっぱりちょっと変わった人だったなって。 でもね、なんだかヤナギダくんの落ち着いた感じとか雰囲気に触れて、少し気になるようになったの。 これは恋愛感情とかじゃないよ。 幼いながらに、人としての興味が湧いたんだ」
言葉の途中で、まさかこれは初恋の話なのでは? と脳裏に浮かんだけど、杞憂に終わってホッとしている自分がいる。 水嶋は何かを思い出そうとするように、人差し指をこめかみに当ててから話を続けた。
「私、子供の頃から絵を描くのが好きだったのね。 ……どうしてだかわかる?」
「え? いや、わからないよ」
「妹の優羽菜ちゃんは絵が下手だったからだよ」
絵本。 昨日水嶋の部屋で読んだ、絵本の事を思い出した。 アルマジロ……そう、“あるまじろうの大冒険”だ。 ゆうなちゃんが不得手だから絵を描く?
2人1組で、足りない部分を補おう、みたいな事だろうか。 ……いや、きっと違うな。 もっと深くて、いじらしくて、人間臭い話だろう。
「あるまじろうの大冒険」
「……あぁ、そっか。 あるまじろう完成させなきゃなァ。 いつになるやら」
思い出したように呟くと、俺の目をじっと見つめてくる。 いや、睨んでいる?
そういえばヤナギダ君がどっか行っちゃったな。 今はヤナギダ君の話が聞きたい。
「あ。 ごめん、それからヤナギダ君と話すようになって、ある遊びを始めたの。 いつも読んでいる本を、ヤナギダ君が解説してくれるわけよ。 挿絵を指差して『この建物は異星人専用のレストランなんだ』とか、文章で説明されてない部分を捕捉してくれたりする」
「へぇ。 ヤナギダ君は想像力が豊かな子だったんだな」
「ヤナギダ君の種族は、人間が食べているような養殖された生物が食べられなかったらしいよ。 肉や魚は野生のものだけ。 野菜の中でも、豆類は食べられない」
「なんだそれ。 異星人の宗教的なあれなのかな? 」
「未来のヤナギダ君の親友は、本には載ってない種族の異星人だったりしてね。 身近にいた人達の外見の特徴とか性格を教えてくれるんだ。 私はヤナギダくんが喋った事をメモして、家に帰ってから絵を描くの」
「はぁ、なるほど。 その本の二次創作みたいな事をしてた訳だ?」
「うん、そうそう! 私がヤナギダ君の話からイメージした異星人を描いてきて公園で見せると、彼が赤ペン先生になって、ダメ出しする」
「添削するんだな。 ……で? それがどうした? なんの話されてんの俺」
「なんで怒ってるの」
「は? 怒ってないけど」
「なんかこう……テクニカルなツッコミがこないじゃん」
「俺だって四六時中テクニカルなツッコミ繰り出そうとしてる訳じゃないわ。 というかテクニカルなツッコミってなんだよ恥ずかしいな。 で、続きは? 」
「うん……。 それが楽しくてね、時々グループを抜けてヤナギダ君と遊んでた。 みんなからは心配されたけどねぇ」
水嶋は髪を耳にかけ、少しだけ寂しそうな顔をした。
「でもそれから、だんだん頻度が少なくなってさ。 飽きたと言うよりも、今思うとネタがなくなってきたんだね。 ヤナギダ君もあんまり公園に来なくなっちゃた」
「フハハッ、ヤナギダも万策尽きたんだな。 一生懸命考えたお伽話で友達作ろうとしてたのになぁ。 中二病の成れの果てってやつだ」
……しまった、 心の声が先走った。
ヤナギダ君へのジェラシーむき出しでめちゃくちゃ恥ずかしい。
「はは……なーんちゃって」
なーんちゃって? おれ今なんちゃってって言った? 何してくれてんだこのやろう、先走り声ダダ漏れの上に、最低の誤魔化し方をお漏らししてくれたな。 締まりの悪い声帯め。
「会わなくなってからは自分で空想したものを描くようになったんだ。 ヤナギダ君が座ってたベンチで、あの本の世界観に沿ったものをね。 そしたらね、私の描いていた絵を見たゆうなちゃんがみんなを呼んできて、あれ描いてー、これ描いてー、が始まっちゃった」
あれ、無視してる……? 俺が吐き出した醜い心の内をスルーしてる! 逆に恥ずかしい、むしろ弄ってくれよ。 水嶋は初っ端で恋愛感情を否定してたけど、初恋の話を聞いてるみたいな気がして小刻みにダメージ入ってるんだよな。
「友達の女の子が悲鳴を上げたの。 ぎゃーっ!! って。 もうほんと、全力の悲鳴。 みんなそれでビクーッてなって、走って逃げだす子もいた。 なんでかって、突然現れたヤナギダ君が後ろからスケッチブックを覗き込んでたんだよ」
「うわぁ。 ちょっとしたホラーっぽい。 忍び寄るヤナギダ君も怖いけど、女の子たちも残酷な反応するよな。 ちらっと現れただけで悲鳴上げて逃走って」
「……まぁ、嫌われてたからね。 一緒にいる時も、私の友達が近付いてくると逃げてくような人だったの。 自分が嫌われてるって分かってたからじゃないかな? だからこの時に彼が現れたのは、皆にとっても衝撃が大きかったんだと思う」
「……そんで、どうなったんだ?」
「うむ。 ヤナギダ事変は、ここから始まるのだよ」
水嶋は人差し指を立てて、語気を強めた。




