導入の夢 〜肌色の天秤〜
俺が墜とされた場所は、荒廃した遊園地だった。
敷地は八割以上が植物の侵食を受け、辛うじて原型を留めているのは観覧車やコースターの鉄骨だけ。
地盤は液状化を伴い、足首まで海水に浸かってしまっている。
【バッテリーレベル、ロゥ】
腕時計型の端末からバッテリーの低下を報せる警告が鳴る。 もう飛べるだけの電力は残ってないし、落下の衝撃で両足はじんじん痺れて、立っているのがやっとだった。
「旧人類はバッテリーがないと空も飛べないんだなぁ」
上空から新人類に声をかけられた。
右半分だけ髪が長いその細身の男は、伊予柑が山盛りに入った木製のカゴを両手で抱え、旧人類にはない大きな翼をバサバサと忙しなく羽ばたかせている。
それは天使のように白い羽毛に覆われている訳ではなく、肌と同じ色の、肥大した腕のような翼だ。 イメージとしては鳥よりもコウモリの羽根に近い。 ちなみに俺はそれを羨ましいと思ったことは一度もなかった。 当然の事ながら、そいつは全裸だ。
「自力で空を飛ぶのは、大昔から神様の役目だったんだよ」
飛べないことを揶揄された俺がそう答えると、男は呆れた顔で首を振った。 動作がいちいち憎たらしい奴だ。
「じゃあ僕は神さまってことになる訳か? 旧人類ってば、肉体どころか考え方まで古いときた。 まったく相手にしてられないね。 ……ほら、施しだ。 伊予柑をやるよ」
空から投げられた伊予柑をキャッチして、そのまま片手で握りつぶしてやった。
「人に情けをかける前に、その汚ねぇ身体に布でもかけろよゲス野郎」
男は目を丸くして俺を見つめ返してきた。
口元がピクピクと痙攣している。
「……アハハッ! こりゃ驚いた! こんなにイキのいい旧人類は久しぶりに見たよ! なぁキミ、空で撃墜されたのだろ? さっき向こうで行き倒れてた旧人類は両腕が折れてたみたいでさ、僕が捨てた出来損ないの伊予柑を、犬みたいに食っていたんだぜ」
俺はまくし立てる上空の男を睨みつけ、腰のホルダーから銃を抜き取り、見せつけるように両手で弄んだ。
「アハ、それ知ってる! 火薬で弾丸を飛ばす、旧式の銃だろう!? ぼくら新人類の身体には傷一つ付けられない旧人類の遺物だ! なんでもお前らは、追い込まれるとそれで自分の頭を撃ち抜くそうじゃないか! 」
男は声のトーンを上げて目を輝かせている。 と思ったら眉間に皺を寄せて首を傾けた。 コロコロと表情が変わり、喋り方も芝居がかっていて鼻につく。 まるで不愉快を煮詰めて人の形にしたような生き物だ。
「……えっと、なんというんだっけ? その死に方。 自殺なのだけれど、古い言い方があったような……あ、そうだ! セップク、セップクと言うんだよな? なぁ、見せてくれよ、旧人類のセップクってやつをさぁ! 」
男が降りてくる。 伊予柑のカゴを足元に置いて、俺の銃を物珍しそうに眺め始めた。
「なぁ新人類様よ。 これ、クラシカルでかっこいいだろ? 鉄で出来てるんだ」
「かっこよくなんかないよ。 古臭いったらない。 鉄なんて重くてちょっと硬いだけじゃないか」
「触ってみるか? 」
「ごめんだね、旧人類の手垢まみれの鉄なんてゾッとする。 ……なぁ、セップクは勘弁してやるからさ、一度それを空にむけて撃ってみてくれよ。 その銃ってすごい音が鳴るらしいじゃないか」
「いいよ。 じゃあ、耳を塞いでな」
「耳を塞いだら聞こえないだろ? 」
「耳を塞いでも聞こえるから安心しろよ」
「そうか、わかった! 」
男が両手で耳を塞いだ瞬間、俺は引き金を引いた。 緑色のレーザー光線が無音で男の額を貫ぬくと、ぎょろりと白目を剥いて、そのままドサリと後ろに倒れこむ。
「な、死神の声が聞こえただろ? 」
今の攻撃で残りのバッテリーを使い果たしてしまった。 新人類の身体は海水に半分浸って、頭から流れる血が扇状に広がっていく。
ここからは死後硬直が始まるまでが勝負だ。 自殺に見せかけるため、死体の腕を斜めに伸ばしてから足をクロスさせて滑稽なポーズを取らせた。 これでもまだ物足りなかったので、マジックペンで全身に念仏を書き込み、撃ち抜いた額の周りだけ円形にスペースを空けた。
少々時間をかけ過ぎたが、偽装工作は完璧と言えるだろう。
「これでよし、と」
——慶ちゃん。
「……ん、なんだ……? 」
——慶ちゃん、助けて!
「……ユーリ姫? まさか、ユーリ姫なのか!? 」
辺りを見回すも、ユーリ姫の姿どころか、人っ子ひとり見当たらない。 何度も大声で名前を叫んでみたけど、返事はなかった。
茜色の空には巨大な青白い月と、それを囲む3つの衛星。 24色の虹と天の川が重なって、いつもとは違う空が不吉さを暗示しているようだった。
俺はそこで異変に気付いた。 方々へと視線を動かしていたのでわからなかったが、半壊した観覧車が、しばらく見ていないと気付けないくらいのスピードで稼働しているのだ。
いつの間にか観覧車の下では全身黒タイツの人間が行列を作っていて、1人ゴンドラを降りては、入れ替わりで1人が乗り込んでいくサイクルを繰り返している。
「おい! ユーリ姫を見なかったか! お前ら、こんな所で何をやってるんだ」
ゴンドラを降りて立ち去ろうとする全身タイツに声をかける。
「ユーリ姫? 知らないね。 私は今から仕事に行くんだ。 毎朝満員コースターで参ってしまうよ」
ジェットコースターも稼働している。 発展途上国の列車の如き乗車率で、人の上に人が乗り、コースターから溢れんばかりだ。
レールは遊園地の一角からさらにどこまでも伸びて、先が見えない。 海の向こうまで続いているようだった。
「この間なんてね、痴漢に間違われて、腕に刺青を掘られた」
「い、刺青を……? 」
「最近の女は、コースターでお尻に手が当たっただけで刺青を彫ってくるんだ」
「どこで……? 」
「その場で」
「その場で……? 」
「ご覧の通り、あの乗車率だからね。 身動きが全く取れない状況で、駅に着くまでの間に彫られる。 溜まったもんじゃないよ」
「それは酷いな……まるで世紀末だ」
「ほら、これがその時の刺青だよ」
男の左手の甲には『マンハッタン』とカタカナの刺青が小さく彫ってあった。
こうも達筆に『マンハッタン』と彫られると、色々と勘ぐってしまう。
もしかして、このマンハッタンを見せればニューヨークまでの航空券が割引になるとか、トール分の料金でグランデにしてもらえるとか、そんな特典があるのだろうか。
「これはどういう意味なんだ……? 」
「うん、これを港で見せれば、マンハッタン行きの蒸気船にタダで乗れるらしい。 休暇が取れたら行ってみようと思っているよ」
男はその左手を誇らしげに掲げて去っていく。
「慶ちゃん! 助けてぇ! 」
「ユーリ姫! ……やっぱり、観覧車か……! 」
3時の位置にあるゴンドラの中にユーリ姫の姿を確認。 足の痺れは治っている。 全力疾走して観覧車の麓に向かう。
「割り込みだ! ちゃんと並べ! 」
行列の全身黒タイツ集団から投げられる怒号と罵声。 それを無視して振り切って行くと、スタッフらしき男が両手を広げて制止してくる。
「止まれ! 並ぶんだ、そしてチケット代の9400万円を払え! 」
「戸建てより高ぇ! 」
ノータイムでぶん殴って、地上に着いたゴンドラに飛び乗った。
当然ながらこのゴンドラがユーリ姫を乗せたゴンドラに追いつく日は未来永劫訪れない。 だから、自分の力で追いつくしかない。
流れに身を任せているだけじゃ辿りつけない場所がある。どうしても手に入れたいものというのは、まるで磁石の同極みたいだ。 いつだって安全な距離を保ったまま、逃げるように少し先をいってしまう。
「よいしょぉぉお! 」
扉を蹴破ってゴンドラの屋根によじ登る。
まだそれほど高くないので恐怖心は薄い。
ユーリ姫の捕らわれているゴンドラは5つ先。 このまま鉄骨部分を伝って行けば辿り着けるはずだと希望を抱いたとき、ガゴン、と不吉な音がした。 一つ先のゴンドラが外れかかって、ブラブラと揺れている。
「おい、中に誰かいるのか!? すぐに扉を蹴破ってこっちに降りてくるんだ! 」
小学生くらいの可愛らしい女の子が扉を開けて降りてくると、5人10人と次々に子供たちが姿を現した。
「おい! いったい何人出てくるんだ、中にワープホールの出口でもあるのか! 」
「はい! 私たちは4年3組、総勢34名です! 」
「そうか、ありがとう。 君はメガネのフレームが赤いから学級委員だな? 今すぐ戻ってワープホールを封鎖してこい!」
「でも私、学級委員じゃないし……」
「学級委員でもないのにフレームに赤をチョイスするなとお前のマヌケな両親に伝えとけ」
赤フレームちゃんが泣き出した。 小学生くらいだとまだ泣いとけば許されるみたいな甘えがあるのか。
しかし一向にラチがあかない。 俺は無尽蔵に降りてくる4年3組を無視して鉄骨伝いに登っていく。 子供達の一段上は高校生くらいのカップルだった。 俺の姿を確認するとこれ見よがしにディープキスを始めたので、銃を構えてホールドアップさせた。 無条件降伏、銃はキスよりも強し。 俺の完全勝利だ。
「ユーリ姫! 無事か!? 」
ユーリ姫を乗せたゴンドラのすぐ下へと迫る。 ちょうど2時の位置で、遠くの街まで見渡せるくらいの高さになった。
「慶ちゃん、気をつけて! 」
「大丈夫だ! 股関節がいつもより柔らかいから簡単に登れる! すぐに行くから待ってろ! 」
ユーリ姫は手錠をかけられていた。 自力の脱出は不可能だ。
「ケータ・アイハラ……旧人類だな」
「誰だ! 」
ユーリ姫の頭上、ゴンドラの屋根に男が座っていた。 俺と同じ空中戦闘用のドローンを背負っているので新人類ではない。 どう見ても普通の真面目そうなおっさんで、ユーリ姫を攫った敵とは思えなかった。
「ケイタくん。 ユーリ姫は我々の希望なんだ。 お前のような弱小一兵卒に預けるわけにはいかないのだよ。 返して欲しければ、力尽くで奪い返してみるんだな」
「言われなくてもやってやるさ! ユーリ姫は返してもらう! 」
「ハハハッ、笑わせるな。 ここまで飛んで来なかったところを見るとバッテリーが切れているようだが……? その丸腰で何が出来るって言うんだ」
男が顎を上げて高笑いする。
俺はホルダーから銃を抜き、銃口を相手に向けた。
「電力なんて要らねぇよ。 お前も旧人類ならコイツの恐ろしさを知ってるだろう? 」
「それは……旧式の銃か!? 」
「おっと動くな! コイツには6発入ってる。 少しでも変な動きをしてみろ、全弾ぶち込むぜ? さぁゆっくり両手を上げな」
「なぜそんなものを……! 」
「俺は骨董品が好きでね、新人類には通用しないが、お守りとしていつも持ち歩いてるのさ。 まさかこんなところで役に立つとはな」
「ふむ……随分とよく喋るな」
「ユーリ姫を解放しろ。 命だけは助けてやる」
「ふむ、なるほどな……ハハッ」
「何が可笑しい! 動くんじゃない! 本当に撃つぞ! 」
男は屈伸を始めた。 首をポキポキ鳴らして不敵な笑みを浮かべる。
「なぜ撃たない? 私はこうして、お前を殺す準備体操を始めているぞ」
汗が背中を伝うのがわかった。
銃を持つ右手の震えを悟られてはいけない。 左手を添えて強く握った。
「さっきまでの威勢はどうした? ……そうそう、たった今通信が入ってね。 この敷地内で非武装の新人類様が頭を撃ち抜かれて死んでいたそうだ。 ……凶器は新型のプラズマガンだと思われる、とな」
「……知らないね。 なんの話だか」
「そのレトロな銃には弾が入っていないのか? そもそもレプリカなのか? それとも……旧式を模した騙し討ち狙いの最新型プラズマガンだが、バッテリー切れ……なんて事はないよなぁ? 」
ハッタリはバレている。 少しでも時間を稼いで突破口を見つけるんだ!
「……旧人類の中に裏切り者がいるのは知っていた。 お前はどうして新人類に加担するんだ? 今はいい顔をしてても、いずれ奴隷にされるだけだぞ」
「滅ぶよりマシだ」
「……旧人類としての誇りはないのか? それに、なぜユーリ姫を攫った? 」
「……新人類の方々はユーリ姫の『入れ替わり能力』に関心があるそうでな。 この取引が上手くいけば私の地位も安泰だ」
ゴンドラの中ではユーリ姫がソーラン節を踊っていた。 さすが「狂乱の姫」と呼ばれるだけある。
「……保身のために姫を売るのか! 旧人類の恥さらしめ! お前は新人類の口車に乗せられてるだけだ! 」
「もう黙れ。 じき取引の時間だ……この観覧車のてっぺんで引き渡しの手筈になっている。 新人類の方々がユーリ姫を迎えにくるんだよ。 その前に……お前は私の手で殺してやろう」
男は人差し指を俺に向ける。
ゴウン、と振動と共に低い音が鳴った。
観覧車が静止したようだ。
「冥土の土産だ。 私が新人類様から授かった能力を見せてやろう」
次の瞬間、男の人差し指からドロドロした液体が飛び出してきた。 狭いゴンドラの屋根では躱しようがない。 俺は全身にその液体を浴びてしまった。
「くそっ、毒かっ……! 」
「それはハチミツだ」
「なんだ、ハチミツか……。 ハ、ハチミツだと!? 」
「私は人差し指から無限にハチミツが出る能力を授かったのだよ、ケイタ君」
なんてこった。 信じられない。
新人類は、そんな凄まじい能力を旧人類に譲渡できる術を持っているのか。
無限にハチミツが出たら仕事には困らない。 パティシエになれば喋って動けるハチミツ製造機として重宝されるし、山に入れば冬眠前のメス熊にも相当モテる。 その気になって瓶詰めで売れば、養蜂家の既得権益をいとも簡単に奪い去り、蜂の巣に胡座をかいた権力者達を失墜させる事だってできる。
……瞬く間に互いのゴンドラがハチミツ漬けになった。 指先で掬ってぺろりと舐めてみると、今まで食べたどんなハチミツよりも濃厚で甘く、身体中の細胞が息を吹き返したように力が漲ってくる。
「ハハハハハ! どうしたケイタ君、恐怖で顔が歪んでいるようだねぇ! 恐ろしいだろう、そうだろう! 私はこの最恐の能力でこの世界を、全人類を……おっと、あっやべ、ウワァァァーーーーーーーー! 」
男は自ら絞り出したハチミツに足を滑らせて落下していった。
「策士蜜に溺れるってとこか……成仏してくれよな」
ハチミツに塗れた観覧車は滑る。
水が低いところへ流れていくように当たり前のことだ。 それでも俺は決死の思いで食らいつき、とうとうユーリ姫のゴンドラへ手をかけた。
「慶ちゃん! やっと来てくれた! 」
ユーリ姫が手錠を自力で引き千切って、抱きついてくる。
「助けいりました? これ」
「どうしてベトベトなの? 」
俺のベトベトな身体にドン引きのご様子だ。
「ハチミツを無限に出す敵と戦いました。 まだ安心はできませんよ、姫」
新人類が3人、こちらへ飛んでくるのが見えた。 ユーリ姫を引き渡す取引に遣わされた使者だ。
「姫! 予備のバッテリーをお借りできますか? 追っ手を迎撃します! 」
「いやぁ、スマホゲーの電力消費が激しくて……予備のバッテリーまですっからかんでやんす。 月一のイベントがあってさぁ」
「このバカァ! だからクレイジープリンセスとか言われるんだよぉ! 」
「おぉ、何をぉ! やんのかぁ!? 」
万事休すだ。 新人類3名が立ちふさがった。 若い男が2人、小太りの女が1人。 このまま俺は殺されて、ユーリ姫は攫われてしまう。 俺の命なんてどうでもいいが、ユーリ姫はきっと激しい拷問を受けるだろう。 非人道的な扱いを受け、彼女の心は粉々に打ち砕かれてしまう。
——それならいっそ、2人でここから飛び降りて——。
【キーンコーンカーンコーン】
心中を決意して姫の腕を掴んだその時、園内に大音量のチャイムが響き渡った。
【えー、ご来場の皆さまにお知らせ致します。 ただ今、凪町コスモパーク上空付近にて、怪人ヨクバリーの姿を確認しました。 通過まで2分と予想されます。 新人類の皆さまは警戒の上、直ちに避難することを推奨致します】
不気味な音楽が流れ始めた。 これは怪人ヨクバリーのテーマだ! ヨクバリーが近くにいる!
新人類は放送を聞いた途端、慌てて飛び去っていく。 それを追うように、緑の光線が三本、茜色の空を雷のように走った。
「ヨクバリー……! 」
3人の新人類はそれぞれ空中で体を仰け反らせてから、力なく堕ちていく。
「おや、君たちは旧人類か。 襲われていたのだろう? 怪我はないかね? 」
「ヨクバリー! 」
「いや慶ちゃん、誰なのヨクバリーって」
ヨクバリーが隣のゴンドラに着地すると、俺とユーリ姫を交互に見て、驚愕した。
「なんと……! 」
そう低く漏らすと、その場に跪いた。 片膝を立てて深々と頭を下げる。
「ユーリ姫様! お初にお目にかかります!」
「だ、誰ですか? あ、助けてくれてありがとうございます。 頭を上げてください」
「勿体無いお言葉……身に余る光栄に存じます。 ……私は、私はヨクバリーと申します! いつか姫君にこの名を知っていただきたく、日々研鑽して参りました。 まさかこのような形でお目にかかれる日が来るなどとは……」
「ノリがわかんない! 慶ちゃんバトンタッチ! 」
「おう任せろ! ヨクバリー先生! 俺は、俺はずっと前からあなたに憧れて……あなたは俺のヒーローです……ありがとうございます! 」
「ダメだこの人もおかしい! 」
恐怖心から解放されたのに、俺の身体はブルブルと震えていた。 心の奥から発せられた感動や興奮といった感情が、全身に伝わってこの身を震わせている。
「ヨクバリーさん、なぜこんな場所に……? 」
「あぁ、なに、ただの通りすがりだ。 新人類の底知れないパワーの源はジューシーな果物だからね。 さっきまで千葉県で梨とパパイヤを制圧していたんだ。 これから愛媛まで飛んで、伊予柑と桃を抑えにいく。 ……大勝負だ」
「ヨクバリーさん! もしよかったら……俺たちも連れていってくれませんか! 」
「……何を言っているんだ君は。 姫君を戦火に晒す訳にはいかないだろう? 私には私の、君には君の役割というものがある」
「俺の役割……? 」
「そうだ。 弱くても、ダサくても、間抜けヅラでも……それから、バッテリーが切れていても。 ユーリ姫にとってのヒーローは……君なんだろう? 」
ヨクバリーは左胸のホルダーから予備のバッテリーを抜き取り、俺に放り投げてきた。 ……そして。
「姫君の顔を見ていればわかる」
そう言った。
「えっと、間抜けヅラはちょっと言い過ぎじゃないですか」
笑顔で俺の肩を叩き、またユーリ姫に深々と頭を下げた。
「ユーリ姫に仇なす新人類と、この命が果てるまで戦いぬく所存でございます。 姫の行く末に、幸多からんことを。 心よりお祈り申し上げます」
そう言ってヨクバリーは黒いマントを翻し、飛び去っていった。
俺は彼に貰ったバッテリーを握りしめ、ベルトに装填して、ユーリ姫を抱きかかえる。
「行くぞ、水嶋」
「行くって……どこへ? 」
「お前を安全な場所へ連れて行く」
「……私、安全じゃなくてもいいよ」
「は? 何言ってんだ」
「幸せなら、安全じゃなくてもいい」
「安全じゃないと幸せにはなれないだろ」
「はぁ〜あ。 わかってないなぁ慶ちゃんは。 人を愛したことないでしょ? 」
空中戦用ドローンを起動。
身体が宙に浮く。
「高度を上げるぞ」
低空では見つかるリスクが高い。
最低でも雲の上だ。
ドローンの出力を上げる。
浮遊感。
心地よい浮遊感。
——浮遊感?
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幽体離脱!
めちゃくちゃ変な夢見てた気がするし、凄まじい疲労感に襲われてるけどなんとか抜けた! 水嶋も抜けただろうか? 急いで迎えに行かなくちゃいけない。
俺はすぐさま浮上して屋根の上に出た。
「おぉ……穏やかじゃねぇなぁ」
見渡す限り、レムの幼生の大群。
夜空には巨大な羽根付きが悠々と泳いでいた。
「30秒で片付けてやるよ……! 」
桃乃介を抜刀。 刀身を月明かりに晒す。
今宵の月光はいかがなもんだい? 相棒よ。 さぁ、ひと暴れしてやろうじゃないか。
——準備運動くらいにはなるだろ!




