表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/101

『入れ替わり 実例 』【検索】


 2回目のお風呂イベント。

 まずは優羽菜ちゃんがいる間に洗面台でメイク落としの指南を受けた。

 熱いシャワーであらかじめ風呂場全体を曇らせておく先制攻撃を仕掛けたものの、やはり鼻血は出る。 心も体も火照ってしまうと鼻血を垂らすというのは、もはや恒例の生理現象なので、汗を流すのとさほど変わらない気持ちで流し去った。


 曇った鏡の顔の部分だけを拭い、セルフモザイクを作って身体を洗った。 夢じゃないことを確認する意味で、胸を二回ほどさりげなくタッチしてみたところ、鏡に映った水嶋のご尊顔がほぼほぼ仏だったので、もう一度だけ揉んでおくことにした。 日本人は仏の顔が3ターン継続する事を幼い頃から大人たちに刷り込まれているのだ。


 風呂から上がり、ゆうなちゃんが出しっぱなしにしていた化粧水や乳液を顔面に荒々しく塗りたくり、適当にドライヤーをかけ、歯を磨く。 リビングでミネラルウォーターを2杯飲んで、ママにおやすみの挨拶をしてから部屋への階段を駆け上がった。

 パパは帰ってきていないようだ。 また飲み会だろうか?


 「ゆうなちゃん、パソコン使うね」


 「んー。 どぞー」


 ゆうなちゃんは既にベッドに入って少女漫画を読んでいた。 パソコンを立ち上げて、パスワードを入力する。


 「よし、と。 ……ユーリマグナム、発射ぁ! 」


 エンターキーをスパァンと叩く。


 「……え、何? 」


 ゆうなちゃんが笑った。


 検索ワードを何度か変えて入れ替わりについて調べたが、大抵は映画やドラマ作品のページで、実例とされる情報があっても胡散臭いものばかりだった。

 例えば匿名掲示板に書き込まれていた入れ替わり体験を抽出して記事にしたものや、実際に騒動になった外国の事例などを纏めたオカルト系のサイトなど。 中には当事者たちが注目を浴びようとイタズラを仕掛けていた事が発覚しているものもあった。

 ネタが割れてないその他の事例も、その類の裏があれば納得できるレベルの眉唾な話だ。

 しかし、創作として見てもなかなか興味深い話が多くて、目的を忘れてついつい没頭してしまった。

 一息ついて時計を見ると、あっという間に40分ほど経っている。


 「どうしたの、調べ物? 真面目な顔しちゃって」


 ゆうなちゃんが指で頬を突いてくる。

 近づいている気配すら感じなかったので飛び上がるほど驚いてしまった。


 「んんー? ……なに、入れ替わり? また調べてるの? もう散々調べたじゃん」


 「そうなんだけど……何か糸口があるかと思ってさぁ」


 「ふぅん、糸口ねぇ。 変なの」


 ……あれ? 今なんて言った? ()()()()調()()()


 「ちょ、ちょ、どういうこと? 調べたって」


 「……ゆうりちゃん昨日から本当に変だよ。 どうしちゃったの」


 キーボードの脇に置いていたスマホを手に取る。

 水嶋の番号を表示させ、椅子から立ち上がって部屋を出ようとしたら、ゆうなちゃんに腕を掴まれた。


 「ダメだよ。 どこにいくの? こんな時間だよ」


 「ちょ、ちょっと電話を……」


 「誰に? ここでも出来るでしょう」


 「じゃあトイレに……さっき水を飲みすぎちゃっ」


 「ここでも出来るでしょ」


 「……いや出来るかぁ! 急に怖いわ! 」


 「ゆうりちゃん、座って」


 「はい……」


 真剣な顔をしたゆうなちゃんが俺をじっと見つめてくる。 その熱視線に火傷寸前まで追い込まれ、顔を伏せた。


 「昔、私たちが小さい頃、入れ替わっているって言ってママを困らせたでしょ? ゆうりちゃんはゆうな、私はゆうりだって言い張ってさぁ。 ……思い出した? 」


 「あ、あ〜……その話ね、うん! うん! 思い出した! 」


 「私たちはその事を全然覚えていなくて、ママに聞いた時びっくりした。 それで、ゆうりちゃんは本当に入れ替わってたんじゃないかって……同じような話がないか調べていたでしょう!? 思い出した!? 」


 「……うん。 そうだった」


 「ゆうりちゃんこの二日間くらい、本当におかしいよ ……相原慶太の名前が挙がってから。 やっぱりそのせいなの? 」


 「ううん、絶対に違う。 それは関係ないの。 ただ、ちょっと記憶が飛び飛びで……」


 俺はその場しのぎで嘘を塗り重ねる。 水嶋の過去にそんな事があったのか。 過去の入れ替わりという現象が嘘か真実かは置いといて、水嶋にとっては馴染みのない言葉ではなかったのだ。


 「ねぇ、明日病院に行こう? 私からのお願い、いつも聞いてくれるでしょ? MRI撮ってもらおう」


 手を握ってくる。 今にも泣き出しそうな顔だ。 ちょっと違った方向だけど、めっちゃくちゃに心配されている。

 ……MRIって、たしか変な筒の中に入って精密検査するレントゲンの王様みたいなやつだよな、最近テレビで見たことあるぞ。 さてはゆうなちゃんも見てたな。

 ……よし。 精神科への前哨戦として、物理的に脳がどうにかなってないか調べてもらうのは、ある意味、正しい手順かもしれない。


 「うん、明日行ってみる」


 「私もついて行くからね」


 どうしよう、お医者さんに『驚きました。 これは相原慶太という男性の脳ですね』とか言われたら。 脳の入れ替わり。 うわ気持ち悪、吐きそうになってきた。


 ……それにしてもこの姉妹愛ときたら。


 「ゆうなちゃん……いつもありがとう」


 「……え? 」


 「ゆうなちゃんって本当に優しい。 すごく素敵だと思う。 変な男に騙されちゃダメだからね」


 彼女は目を潤ませて、口元をわなわなと震わせていた。


 「……うぅ……両方ともこっちのセリフだよぉ〜! うわぁん! 」


 俺の胸に飛び込んできた。


 「んあぁ〜! 」


 胸の谷間に顔を埋めて泣き出した。

 頭を撫でたら落ち着くかな、とふいに考えて、サラサラした猫っ毛をひと撫でした途端にその魔力に取り憑かれてしまった。 シャンプーの匂いが脳にダイレクトアタックをかましてくる。 こんな武器を持っていたら人生という名の大海原を、どっかの聖人のように真っ二つに切り裂いて悠々と渡る事ができるだろう。 人間は根本的に平等じゃないと実感した。


 「もう少し入れ替わりについて調べるね」


 ゆうなちゃんは胸からずり落ちて、今は俺の太ももを抱きかかえるような姿勢をとっている。


 「どうして? もうお布団行こうよぉ」


 「いや、ちょっと面白いんだよ。 ……例えばこの匿名掲示板の書き込み」


 「んん〜? どれどれ? 」


 さっき見ていたページを表示させる。


 「この書き込みをしてる人は、大学生の時に小学生の男の子と入れ替わったんだって。 軽トラに撥ねられそうになっていた子供を助けようとしたんだけど間に合わなくて、結局は2人とも撥ねられちゃうんだけど、同時に意識を失って入れ替わった」


 「……ふぅん。 大学生が子供になるのはいいけど、子供が大学生になると大変そうだね」


 「あ、そうそう。 大学生の身体に入った男の子は、頭を打ったのがきっかけで幼児退行してると思われたんだって」


 「うんうん、それでぇ? どうなったの? 」


 「結論を言うと、この書き込みをした人は中学生まで成長して、当時の自分では入れなかった志望校を目指して今も猛勉強していると」


 「えっ、元に戻れてないんだ? 」

 

 「意外と、元に戻らないままっていう結末が多いんだよね……。 ちなみにこの2人は、そもそも最初から元に戻る気が全くないの。 なんでだと思う? 」


 「うーん、入れ替わった人生が楽しいから? 」


 「……その通り! この小学生、実はいじめられっ子だったんだって。 一方の大学生は結構イケメンで、友達も沢山いて、支えてくれる人が沢山いた。 コンプレックスは志望校に落ちたことだけ」


 「はぁー、なるほどぉ。 入れ替わって、お互い満たされなかった部分が埋まるみたいな? その大学生の頭脳があればいじめもなくなるのかな? 」


 「書き込みはその部分がメインでね、小学生の身体になった大学生が、いじめっ子達をいろんな方法で撃退して……味方を沢山作って立場を逆転させる」


 「ほぉ、変わった復讐劇みたいな感じだ」


 「事故のきっかけも、男の子がいじめられっ子にボール拾いをやらされていて、慌てて横断歩道を渡ったときに起きた事だったんだって。 取りに行くのが遅れると殴られてるのを、この大学生は近くで見て憤りを感じてた」


 「面白いけどぉ、絶対創作だよねぇ」


 「うん。 私もそう思う。 あとこれも違う意味で面白いよ 」


 別のタブを開く。 要点は頭に入っていたので、掻い摘んで手短に説明した。


 1913年、イタリアのミラノは雷雲に覆われていた。

 31歳のラウラ・マッセリアという女性が運悪く落雷のすぐ近くにいて、その衝撃で意識を失ってしまう。

 彼女は目を覚ますと、自らを港町に住む22歳のレナータ・デットーリと名乗った。

 人格、住所や落雷の直前の行動、自分の過去の記憶、言葉の訛りまで、全てが以前のラウラとはかけ離れたものになり、彼女は精神病院に収容された。


 それとほぼ同時刻に約600キロ離れたペスカーラという都市で、レナータ・デットーリという女性が同じく落雷に打たれて病院へ搬送されていた。

 彼女は目を覚ますと、逆に自らをラウラ・マッセリアを名乗った。

 

 「この2人は全くの他人なんだけど、人格や過去、本人しか知り得ない情報まで全部入れ替わったんだって。 病院側の診断記録や周囲の証言まで、すべて正式な文書として記録に残ってた」


 「ほぇー。 なんかさ、同時に雷が落ちるくらい奇跡のパワーがあれば、そんな事も起きんじゃないかと思っちゃうねぇ」


 「たぶんそれが、オカルトマジックなんだと思う」


 「オカルトマジック? 」


 「さっき話した大学生の奴もそうじゃない? 轢かれそうになった子供を見かけて、助けようとして、一緒に轢かれる。 これもほぼ奇跡 」


 「うんうん、そうだねぇ。 普通に生きてたら滅多にないし、轢かれそうになった所を見たとして……そこに飛び込んで一緒に轢かれるなんて、漫画の世界だよねぇ」

 

 「入れ替わりっていう本命の前に、導入で準備運動させるんだよ。 多分」


 「ふんふん……うん? どういう意味? 」


 「書き込みの例だと、同時に同じ車に撥ねられるっていう奇跡。 落雷は奇跡に加えて、莫大なエネルギーが発生するって誰でもイメージしやすいでしょ? もし個人がそんな奇跡みたいな事態に遭遇したら、『その先には想像もできない展開が待ってるんじゃないか』と思わせる力が充分ある」


 「ほぉー、なるほどぉ……たしかに。 あ。 それで、イタリアの2人はどうなったんだい? 」


 「それがね、すごく面白いんだ」


 俺はもう一度ざっと記事を読んで、その後の展開を確認した。


 「俺も初めて知ったんだけど……ゆうなちゃん、21グラムの魂って知ってる? 」

 

 「知らなぁい。 なに、それ」


 「アメリカのお医者さんがね、人間が死ぬ間際の体重の変化を記録していて、人は死んだ直後に体重が約21グラム減少するって発表したんだって」


 ゆうなちゃんは唇に指を当てて首を傾げる。 大変あざといが、それでいて嫌味がなく、かわいらしい。


 「死体がダイエットするの? 」


 「えっと、今はもちろん否定されてるんだけど、その減少する21グラムが人間の魂の重さだって主張する論文が当時、世間を騒がしたんだ」

 

 「……ほうほう。 死ぬと魂が抜けるから、その分の体重が減るって事かぁ……いやー、まず論文出してるのも面白いけどぉ、そんな嘘くさい話で世間が騒ぐかなぁ? んで、それが入れ替わりの話とどう繋がるの? 」


 「これって現代よりずっとまじめに、魂の存在を科学的に証明しようとした人と、その支援者が居たってことなんだよ。 さっき話したイタリアでの入れ替わりも実は……魂の存在を証明したい勢力がでっち上げた事件だったんだ」


 「んんー……? 」


 ゆうなちゃんは小動物のようにきょとんとした顔をする。 間が空いたので、記事の後半をざっと読み返した。


 「……あぁ〜、あー、そういうことか! 人間に魂みたいなものがある前提だもんね、入れ替わりって。 あれ? でも正式な記録が残ってるとかなんとか言わなかった? 」


 「正式に記録された。 でもね、その裏でその勢力が組織化した団体が動いてたんだ。 根回しというか、お金を投じて工作してたんだって。 事実は事件当日に、両方の土地で激しい落雷があった事だけ」


 「え。 あとは全部でっちあげ? 病院とか、登場人物みんな仲間で、グルなの? すぐバレそう」


 「うん。 ただ仕組んだ方は、2人が送られる精神病院だけは仕込みナシで診断させたいって考えた。 600キロ離れた2人を同じ精神病院にぶち込む所までは根回しして、成功した。 凄いのは入れ替わりの芝居を打った当事者2人が、見事にその病院の精神科医を騙せたっていう」


 「ようは、裏で工作してた人たちが、当事者2人にお互いのことを勉強させたってことだよね? 」


 「あー、そうそう。 この女性二人は、やっぱりお金で雇われたんだって。 内密に情報を流して、もちろん互いになりきる芝居の練習も周到にやらせた。 当時は女性の扱いが酷くて、労働も過酷だったから喜んで請け負ったみたい」


 「そこまでやったのに、どうしてバレてしまったの? 」


 「ばっちり病院側に記録と記憶が残るように、一ヶ月半後にタイミングを合わせて正気に戻るってあらかじめ決めていたんだけど、ラウラの方が芝居に疲れてゲロったらしい」


 「あはははは! なんかもったいないね、うまくいってたのに」


 実際は、雇われた彼女たちはそこまで大事になるとは思っておらず、精神病院の劣悪な環境や懐疑派による激しい追求に、一ヶ月保たずに精も根も尽き果ててしまったそうだ。

 最終的には、口封じに雇い主から暗殺される、という妄想に取り憑かれてしまったラウラが自白した。

 軽い気持ちで請け負った芝居が、本当に精神病を患わせる結果になったのは皮肉だ、と記事は締めくくられている。


 ゆうなちゃんの反応が思ったよりもよくなかったので、せめてポップなオチを付けようという思いから、その辺りのリアルな部分は伝えないことにした。


 「なるほどねぇ。 人間に魂があることを証明するために、まずは入れ替わりを証明しようとしたって事かぁ……」


 「アホだよね。 魂の存在を本当に知ってたら証明しようなんて思わないし、嘘つき呼ばわりされるリスクなんて犯さないよ。 結局、本人たちも心から信じたい思いでそこまでするんだろうね」


 「魂の存在を知ってるような口振りだねぇ」


 「あ、いや、深い意味はないよ」


 「うーん、面白いけど、ゆうりちゃんの趣味じゃないよなぁ」


 「え、そう? あいつこういうの好きそうじゃない? ……あっ 」


 やばい。 またやっちゃったか?

 いや、流せるよな。 流してくれるよな? 今までだってそうしてきたじゃないか。

 ゆうなちゃん、そんなに目を細めて見つめないでくれ。


 「こんなこと言いたくなかったけどさぁ」


 「どうしたのゆうなちゃん、急に糸こんにゃくみたいな目ぇして。 なんてねぇ、あは。 あー、なんか今日は疲れちゃったし、私はそろそろ寝ようかな〜っ」


 「ねぇ」


 「……はい」


 「誰かと入れ替わってないよね? 」


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ