『ゆうりマグナム!』
水嶋家のドアを解錠した途端、室内から廊下を駆ける気配を感じた。 扉を開くと優羽菜ちゃんが玄関先で両手を広げて、「おかえりぃ、ゆうりちゃぁん」と含みのある笑みを浮かべながら仁王立ちしていた。
「ただいまぁ。 どうしたの? 嬉しそうな顔して」
「こっちのセリフじゃい! どうだった? 楽しかった? ……って聞かなくてもわかりますよぉ〜。 ささ、こちらへ、姫」
「元気だなぁ、ゆうなちゃんは」
「そりゃもう。 あ、ちなみに私の方はあまり楽しくなかったから聞かないでね。 ……おや姫さま、どうなさいました? 玄関とにらめっこして 」
「いや嗅がないよ! 嗅がない! 」
「……なにを? 」
俺は自分とほぼ同じ顔の妹に導かれてリビングへ突入した。 美人なママはテーブルでノートパソコンとにらめっこをしている。 べっ甲のフレームのメガネをかけていて、エロ可愛さがゾーンに入っているようだった。
「おかえり、優羽凛。 どうだった? お風呂の前に聞かせてよぉ」
俺とゆうなちゃんは並んで椅子に座り、母親と向き合った。 つくづく思うけど、こんな豪勢な女性陣に毎日囲まれて生きるお父さんはさぞかし幸せだろう。
「凪町のコスパ行ったんだよね? お昼くらいから連絡が返ってこなかったから、よっぽど楽しんでるんだろうなって思ってたんだよぉ」
俺は今日の流れを思い返しながら、要点を押さえて2人に語った。
朝のカフェ、遊園地で乗ったアトラクションやヒーローショーのこと。 しゃぶしゃぶを食べたこと。
双子の姉の方が休日に男女で遊園地に行ったのが余程センセーショナルだったのか、ママもゆうなちゃんも横槍を入れることなく完全に聞き手に回って、俺の一方的な話に聞き入ってくれた。
コースターで撮られた写真を見せると、2人とも爆笑して、ゆうなちゃんに至っては笑いすぎて涙を流していた。
「はぁ〜、ママは満足。 うん、とても満足しましたので、お先にお風呂を頂きます」
ママはにっこり笑って立ち上がり、俺の頭をわしゃわしゃと撫でてリビングを出て行った。
「ゆうりちゃん見て! 調べたらもう動画上がってたよ、ジューシージャーのショー」
「えっ! 早くない!? 」
ジューシージャーのファンか関係者かはわからないが、舞台を正面から捉えた動画で、手ブレもなくやたら鮮明に撮影されている。
俺はすぐに目を離して現実から目を背けた。
「あははは。 あ! ゆうりちゃん出てきた! ゆすうりちゃん出てきたよ! 」
「変な動きしてる雑魚いるでしょ? 」
「ソーラン節の? 」
「うん。 それがね、浅野くんだよ」
「へぇ、優しそうな顔して相当いかれた人なんだね。 浅野くんって」
「ねぇ、その動画ってかなり見られてる? 」
「んー、再生数? そうでもないね、これは上がったばっかりだけど……他のジューシージャー動画も5000再生いかないくらい」
その返答に一安心したので席を立ち、ソファに座ってテレビを付けた。 ニュースで紫苑さんの言っていた事件が取り上げられている。 公園で遊んでいた2人の少女が行方不明になり、1人は河原で死体として発見され、もう1人は未だ行方不明。 捜査に進展はほぼないようだ。
「犯人が捕まってないと余計にレム集まるんだよなぁ……」
「うん!? え!? あー! 」
「えっ、なに? どうしたのゆうなちゃん」
テーブルでスマホを見ていたゆうなちゃんがソファに駆け寄ってくる。 勢い余って俺に体当たりしてきた。
「今ね、これでコスモパークで検索したらバズってる動画あったの! 見てみて! これ相原慶太でしょ! 」
「バズってる? 」
ゆうなちゃんがスマホを見せてくる。 動画のサムネイルに泥沼ウィザーズのテコマルがいた。 否、これは泥沼ウィザーズのテコマル扮する相原慶太扮する水嶋優羽凛である。
【テコマルvs小学生】
そんな題名がつけられている。 嫌な予感が全身に纏わり付いた。
ゆうなちゃんの親指が再生アイコンをタップする。
【お前なんなんだよその格好! 】
【あ? 泥ウィザのテコマル先生に寄せてんだよぉ! 文句あんのかコラ 】
【誰だよそれ、知らねーよ! 】
【キメーんだよ! あっちいけよ! 】
【サングラス外してみろよ! 】
【おうおう、今キメーって言った奴出てこいや。 お前か? それともお前か? 社会の厳しさ教えたるぞオラァ! 】
【キメーからキメーって言ったんだよ!】
【事実を言っただけですぅ】
【はやく社会の厳しさ教えてくれよ!】
【はーん、いい度胸じゃねぇか、1人ずつかかって来いや! お前らの墓標を凪町コスモパークの新名所にしてやっからよォ】
【ギャハハ】 【ヤベーこいつ! 】
【あ、ちょ、なに撮ってるんだ! 動画だけは、動画だけはやめて。 本人に怒られちゃうから! 】
【本人? 】
【どういう意味? なに言ってるのコイツ】
【頭いかれてるぞこのブサイク】
【おいブサイクって言った奴前に出きてよく見ろよ、めちゃカッコイイだろうが! お前らみたいなクソ童貞にはわからないかぁ? んん? 】
コスパでの水嶋VS小学生が至近距離でガッツリ撮影されている。 ダメだ、頭がクラクラしてきた。
「……これ拡散されてる? 」
「泥ウィザのテコマルがコメントしてから話題になってるみたいだね」
「テコマルはなんて? 」
「えっとぉ……『私に謝罪を求める声があがっていますが、泥沼ウィザーズやテコマル個人の活動とは一切関係ありません』だって」
「ふふっ」
「そのコメントに850くらいイイネ!が付いてる」
「……ふははっ! 」
「ゆうりちゃんの周りの男、やばい奴ばっかだね」
もう笑うしかない。
動画は恣意的に切り取られているけど、このトラブルの発端は小学生たちのマナー違反を水嶋が注意したところにある。
小学生たちは突然注意してきたおかしな格好の高校生を逆恨みし、粘着して、そのあと挑発しまくっていたらしい。 仲裁に入った中立の俺ですらぶん殴ってやりたいほどクソ生意気なガキどもだったので、こんな事態になっても水嶋を責める気にはならなかった。
「あははは! なんだ、ゆうりちゃん自分で擁護してるじゃん」
「擁護? なんの話? 」
「ほらこれ、近くにいた者ですが……って事情説明してるアカウント。 ゆうりちゃんがイラスト上げてるアカじゃん」
「へぇ、そんなのあるんだ。 見せて見せて」
「何言ってるの、自分のでしょ」
そのアカウントの呟きは、公園で犬にパンチされたとか、おっさんの背中に滲んだ汗がハートの形になってるから今日はハッピーだとか、よくわからん水嶋節を炸裂させていた。 肝心の絵はとても独特で、上手いというより、やはり個性的だ。 日常のなんでもない風景の中にひとつまみのファンタジー要素をまぶせました、みたいな絵が多い。
「フォロワーすごいなぁ。 これってパソコンで描いてるのかな……」
部屋にデスクトップが置いてあったことを思い出して、水嶋にメッセージを送る。
【無事帰れたか? 】
十秒ほど画面を眺めていると、すぐに既読がついた。
【まだだよ】
【まだ? 何してんの】
【駅前で物乞いしてる】
【へぇ。 なにかもらえた? 】
【8円】
【まだなにも買えないな】
【あと、誰が握ったかわからないおにぎり】
【うわぁ。 その言い方、絶妙な嫌悪感を思わせるわ】
【で、どうしたの? 】
【部屋のパソコン借りていい? 】
【いいよん。 パスはローマ字でユウリマグナム】
【聞かなきゃ絶対突破出来なかったな。 ロックかかってるんだ? 】
【ゆうなちゃんがそういう設定にした】
【ふーん。 サンキュー、あと心配だから着いたらメッセくれ】
【あと3分でお家着くから平気だよん】
ママがお風呂から上がったようで、次の順番は優羽菜ちゃんに譲った。
紫苑さんにお礼のメッセージを送ると、連絡先を交換した浅野くんからも連絡が入っていたので、当たり障りのない返事をする。
家族や紫苑さん以外とこうしてやり取りをするのがほとんどないので、文章から相手の気持ちを汲み取って、それに応じた返事をするのに少し頭を悩ませてしまう。
そのやり取りをする中で、水嶋とはあまり深く考えずに自然にやりとりが出来るのは不思議なもんだな、と思った。
水嶋から新着メッセージが入る。
【ただいまぁ。 家族全員が新しいしゃもじに感動して泣いていまぁす】
【お前の服装を見て、悲しくて泣いてるんだと思うぞ】
【お風呂いただきまーす】
【召し上がれ】
 




