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花より団子より、3分間のダンスを君に


 オレンジやピンクのために、自分は何が出来るのか——。


 鼻をほじりながら2秒ほど考えて、スッパリ忘れることにした。 売れない俳優のパチスロは辞めさせられないし、コミカルな顔面のピンクを慰める度量もない。

 そもそも、博打好きの売れない俳優を愛してる時点でお前もギャンブラーみたいなものじゃないか、と突っ込みたい気持ちを精一杯抑えていたのだ。

 それ以外にも口を挟みたくなる場面はいくつもあった。 ……いくつもあった!


 帰ってもいいのに勝手に聞き続けた俺が言うのもなんだが、はっきり言ってかなりの消化不良だ。

 しかし、心の中でツッコミも入れず黙って情報だけ処理していたのは、今考えると水嶋に土産話を持って帰りたい一心だった気がする。

 

 樫本、水嶋の二人と合流しようと客席側に回り込んでみて驚いた。 なんせ人が多い。

 このしょうもないヒーローショーに、こんなにも集客力があるのが信じられない。 知る人ぞ知る、みたいな扱いなのだろうか?

 設置された長椅子は開演を待つ人で溢れ、周囲の立ち見客もごった返していた。

 最前列でこちらに手を振っている樫本を辛うじて発見し、人を掻き分けながら近づいていく。


 「ゆうりぃ、初めての舞台にしては派手だよなぁ」


 「ホントだよ、罰ゲームの名に相応しいな。 ……あれ? 相原くんは? 」


 「なんか急に不貞腐れて、ブーブー言いながらどっか消えたぁ。 最前列にいるって連絡入れときなよ」


 言われた通りにメッセージを入れた。

 楽屋では水嶋への土産話をきっちり回収してきていたので、開演前に中の人の情報を共有できないのは少し残念だ。


 「いやー、食事券一万円分かぁ! 何食べる? しゃぶしゃぶとか食べちゃう? 四人だと足が出るかなぁ? 」


 「その前に浅野くんの晴れ舞台だよ」


 「それはどうでもいいんだよなぁ、別に」


 なるほど、花より団子とはこのことか。


 【凪町(なぎまち)コスモパークにご来場のみなさまぁ、こぉんにぃちは〜っ! 】


 司会のお姉さんの言葉が会場に響き渡る。


 「あっ、始まっちゃう! 相原から返事きたかぁ? 」


 「ううん、来てないなぁ」


 【……あれぇ、こんなにお天気なのに、ちょっと元気がないですかね! こぉんにぃちは〜っ! 】


 客席から「こんにちはー! 」と楽しそうな声が上がった。 怪人ヨクバリーがこの会場に近付いている、とお姉さんがアナウンスし始めると、いかにも悪役が忍び寄ってくるような重低音のBGMがスピーカーから流れ出す。

 

 そして、舞台袖からヨクバリーが姿を現した。 子供たちが悲鳴をあげている。


 「おおっ! ヨクバリーだ! ヨクバリー出てきた! あはは、やっぱでっけぇ! 」


 「ゆうり……こういうの好きだったのか」


 【ハッハッハ! 我が名は怪人ヨクバリー! この日本には美味しいフルーツがたくさんあるぞ! 】


 ヨクバリーは様々なフルーツをもぎ取っては咀嚼して『エア食レポ』をしながら、含まれる栄養素や効能を説明口調で語り始める。 その身振り手振りが洗練されていて、パントマイムを見ているみたいな面白さがあった。


 「すげぇ、これ録音に合わせてるのかな? リアルタイムで声優さん喋ってるのかな」


 「どっちでもよくないかぁ? 」


 【うーん、一人では食べきれん! 忠実な僕である害虫五人衆(ザコーズ)を呼んで、この辺りの果物を食べ尽くしてやる! 出てこい! 】


 「浅野くん出てくるよ、さえちゃん! 」


 「いやぁ。 マスクしてるから、どれが浅野くんかわからないしなぁ」


 害虫五人衆が舞台の両脇から飛び出してくる。 舞台を広く使い、中腰で両腕をワサワサさせたり、飛び跳ねたりして、各々の『ヒーローに蹂躙される運命』を全身で表現しているように見えた。


 「ゆうり……あれ、まさか浅野くんじゃないよね……? 」


 ……その中でただ一人。

 たった一人の害虫だけがその運命に抗い。


 「何、あの人……」

 

 ——『ソーラン節』を踊っていた——。

 

 「ゆうり。 なんか一人、ソーラン節してる! 」


 樫本が見たままの事実を言葉にする。

 俺は舞台上でソーラン節を踊り狂う害虫に釘付けになっていた。

 これはそういう類の突飛な演出なのだろうか? ……いや。 もっと単純で、確率の高い仮説が脳裏をよぎる。


 「まさか……まさかお前は……水嶋、なのか……? 」


 あれが本番のプレッシャーに負けて薬物をキメた浅野くんだとしたら、同じ帰路につける自信がない。 警察に引き渡すのが俺たちの役目になるだろう。


 ——しかし、水嶋と浅野くんが直前に入れ替わっていたとしたら?

 あいつにとって害虫の姿でソーラン節を踊る事なんて、しゃもじを溶かすより他愛のないことだろう。


 「ままー、なんかへんなのいるぅ」

 「んー? あれ、ほんとだ。 ソーラン節を踊ってるね。なんでだろう? 」

 「そーらんぶしってなぁに? 」

 「ジューシージャー! たすけてぇ! 」

 「ジューシージャーまだ来ないねぇ」

 「あのおどりこわい! 」

 

 ソーラン節を踊る害虫界のバグに気付いた人々の声が乱れ飛ぶ。 僅かだが笑い声も聞こえてきた。


 【ガッハッハ! さぁて、ここには果物が好きそうな子供がたぁくさんいるみたいだなぁ。 どれどれ、一人攫って果物畑の肥料にしてやろう! 】


 【おぉっとぉ! ヨクバリーが子供を攫おうとしています! お父さん、お母さんはお子様を守ってあげてください! 】


 台本をまともに読んでいなかったので耳を疑ったが、ヨクバリーはかなり過激な思想のもとに動いているようだ。 『子供を果物の肥料にする』なんて小学校低学年くらいなら軽くトラウマになるレベルじゃないのか。 ハイスクールで日々しのぎを削っている俺ですらゾッとした。 今後は倫理委員会の審査とか設けた方が……

 

 【怪人ヨクバリーが客席へ降りて行きます! 】


 ヨクバリーが俺から離れた場所に降りて、攫う子供を吟味するように睨め回している。

 近くに居る子供たちから悲鳴が上がる。 泣き出してしまう子もいた。


 「始まったね。 いやぁ、お店、すごく並んでたよ」


 「あれっ! 浅野くん、なんで? 」


 樫本が声をかけた先に、浅野くんが小さなカップを三つ持って立っていた。 色合い、質感的に、カップの中身はスムージーっぽい。


 「浅野くん! よくもまぁ、いけしゃあしゃあとスムージーなんか買ってきて……! どうしてあの怪物を解き放ったの!? 」


 「……え、どうしたの? 相原くんと楽屋で会わなかった? 」


 舞台上の害虫たちは、いつの間にかヨクバリー不在のステージ中央に集まっている。

 

 ——しまった……。 見失った!

 害虫界の異端児(みずしま)は少し目を離した隙にソーラン節を中断し、周りの害虫が基本の動きとしている『雑魚の舞』を模倣して完全に溶け込んでいた。 水嶋(ジョーカー)はどれだ!? ソーラン節の次は何を用意している!? 動きだけでは他の害虫と全く見分けが付かない。 形態模写の達人かあいつは!


 嫌な汗が脇の下を伝った瞬間。

 ヨクバリーの大きな手が俺の腕を掴んだ。


 【あぁー! 捕まってしまいました! 可愛いお嬢さんが捕まってしまいましたぁ! 】


 「ややや、やめてくださいっ! はなしてっ! 他の子にしてぇ! わたし巻き込まれたくないんです! 」


 吸い込んだ空気と切なる思いを身体の中で混合して、一気に解き放った。


 「おぉ……! 」

 「すごぉい、仕込みだよねあの子」

 「やけに凝ってるなぁ」

 「おねいちゃんがんばれ! 」

 「にげろぉ! 」

 「ジューシージャー! はやくぅー! 」


 父兄からは感嘆の声。 子供たちからは励ましと応援の声。 完全に迫真の演技だと思われている。 俺は腹を決めた。


 【必死の抵抗も虚しく、女の子が攫われてしまいましたぁ! 】


 ヨクバリーに手を引かれ、ステージ上に連れていかれる。 いざ立ってみると、下にいる時よりも観客が多く感じた。 スマホをステージに向けている人がやたら目について恥ずかしい。 自分の顔の火照り具合から、かなり紅潮しているのが実感できる。

 俺はヨクバリーから害虫へと身柄を引き渡された。

 

 【一人捕まえたどー! この調子でどんどん子供を攫ってやるぅ! 】


 ヨクバリーが大袈裟な身振りで動いている間、俺を抑えている害虫の一人がさりげなく右の乳房を揉みしだいてくる。


 「右乳を揉むな……」


 何度手を払っても、執拗に右乳を揉んでくる。 気を張っていない状況だったら声が出てしまっていただろう。


 「おい水嶋、やめろ! 」


 「僕は……浅野くんだよ」


 耳元で囁かれた。


 「浅野くんは自分に君付けしねぇよ。 ……だから右乳を揉むなって! 」


 「自分の右乳を揉もうが私の勝手だろ」


 「今この右乳は俺の管轄なんだよ。 手出しすんな! 」

 

 「手出しするなだと……? そうは言っても身体は正直じゃないか」


 「一切感じてないからな! 」


 観客席から見ている子供達は、身をよじって抵抗している美少女が右の乳房を執拗に揉まれているだなんて、思ってもいないだろう。

 いつのまにか司会のお姉さんが俺の足元にしゃがみ込んでマイクを構えている。 早く助けを呼ばないと! 俺の役目はそれで終わりだ! さっさと降りるぞこんな舞台。


 「ゆうりさぁーん。 頑張ってぇ! 」


 樫本の要らぬ声援が届いた。 司会のお姉さんがそれに気付いて明るい表情を作る。


【ゆうりちゃんっておっしゃるんですね、さぁ! ではゆうりちゃん、ジューシージャーを呼んでく】


 「ジューシージャーたすけてぇ! ほんと早く来てぇ! ジューシージャー! たすけ 」


 【はい、はい、結構です。 ありがとうございます! ゆうりちゃんの思いはジューシージャーに伝わったはずです! 】


 ……ポツポツと小雨みたいな拍手が客席から聞こえるけど、なんだこれ?


 【それでは会場の皆さんもジューシージャーを呼びましょう! お姉さんが「せぇの」って声をかけるから、みんなでジューシージャー! って呼んでみましょう。 いいですかぁ? せぇーっのっ! 】


 「ジュ〜シ〜ジャ〜!!」


 子供達の呼びかけで軽快な音楽が流れ出した。 いやこの役って本当に必要なのかな? 個人的な救急要請じゃヒーロー来てくれないんだ。 俺の必死な呼びかけは小雨みたいな拍手で流されたぞ。


 【弾ける香りと口いっぱいに広がる甘み! 俺の魂は、伊予柑の精霊と共にある! ジューシィー・いよかんオレンジィ! 】


 しょうもない自己紹介にキレのある動きを合わせながらジューシージャーが続々と登場。 ずんぐりした体系でやたら腰をくねらせ、色気を強調した動きをするジューシー・ピーチピンクに会場が湧く。

 舞台上から見れば薄ら寒い、くらいのアクションの方が今日のオーディエンスは応えてくれるらしい。


 【僕はスカイブルー、青空のような男です】


 一人だけ趣の違う自己紹介で、指を一本だけ立てて頷くだけのスカイブルーにも、主に親御さんたちからの声援と笑い声が届いた。

 怪人サイドは全員腕を組んで仁王立ちしていたが、水嶋だけは俺の耳元でフガフガ笑いながら、微動だに出来ないほどの力で両腕を拘束してくる。


 【その子を離せ! 怪人ヨクバリー! 】


 【出たなぁ、ジューシージャー! 今日こそお前らを倒し、甘くてジューシーな日本の果物を全て手中に収めてやる! お前ら、かかれぇ! 】


 ジューシージャーとヨクバリー軍による乱戦が始まった。 バック転等のアクロバットを挟みつつ、なかなかしっかりしたアクションで、会場からは子供達の歓声が上がっていた。 俺も思わず『おぉ、すごいそれっぽい』と感心してしまった。


 「少女よ、今のうちに逃げなさい」


 乱戦のどさくさに紛れて水嶋が囁いてくる。


 「は? じゃあ離せよ。 というか俺、もう降りていいんじゃないのか」


 「私はこんな姿になってしまったが、魂まで悪魔に売った覚えはない。 君みたいな美少女を傷付けたくないんだ。 隙を見て逃げろっ」


 「誰も聞いてない所でオリジナリティ溢れるアドリブをかましてくんなよ。 それより大丈夫なのか? この先の流れ」


 「オレンジに前蹴りでぶっ飛ばされて、バナナとマンゴーのツインビタミンブラスターをくらうくらいかな」


 「ツインビタミンブラフマー……あぁ〜、はいはい、あれね。 知ってる知ってる」


 突然水嶋が俺の前で膝をつき、自分の両肩を何度か叩いた。


 「え、 なに」


 「肩車だよ。 早く乗って」


 「なんで人質が敵に肩車してもらうんだよ。 ここは託児所か」


 「台本読み込んでないの!? そういうシナリオなの! 」


 「そんなの聞いてないぞ……いや、ふざけたヒーローショーだとは思うけど、さすがにそれはないだろ……」


 「あぁん、もう! 早く! 間に合わない、間に合わなくなっちゃうよぉ! 」


 俺たち以外の害虫は交戦中なので確認が取れない。 逡巡の末、意を決して水嶋の首を跨ぐ。 それを察知したように、勢いよく立ち上がった。 首元で股ぐらが圧迫されて「んおっ」と狂った声を出してしまった。

 会場の視線、その半数が肩車される美少女の人質に集まった。 お客さんが俺たちに意識を向けてくるのが手に取るようにわかる。


 「いや絶対嘘だ! こんなのありえない! 」


 もしあったとして、そんな大役を任せられる筈がない。 少し考えれば分かることだっただろう! 正常な判断力を奪われた結果、水嶋にしてやられる羽目になった!


 「水嶋、降ろせ! 」


 「よく考えるんだ相原くん! その姿は私なんだぞ? つまり恥ずかしいのは君じゃない。 さぁ、自分を解き放っちゃいなよ! 」


 「お前いよいよ本当にぶっ壊れちまったんだな! 」


 俺の足を抑える腕の力に、解放する意思は微塵も感じられない。 強引に降りようとすれば安全な着地はできないだろう、なす術なしだ。 俺はあまりの恥ずかしさに両手で顔を覆った。


 【ヨクバリー、人質は返してもらうぞっ! 】


 いいからさっさと助けろノロマ共が!

 ヨクバリー軍は劣勢で一時的に捌けたようだ。 指の間から覗く舞台には、俺たちとオレンジしかいなかった。

 

 【怖かったかい? けど、もう安心だ! ヨクバリー達は僕らが追い払ったよ! 】

 

 追い払えていない。 俺を肩に乗せて仁王立ちしている水嶋を前に、いよかんオレンジはあたふたしている。


 【家族のもとに帰ったら、ジューシージャーに助けてもらったと言うんだよ。 なーんてね! はっはっはっ! 】


 セリフと一切シンクロしない動きで必死に水嶋から俺を降ろそうとする。 俺の方も精一杯オレンジの手を掴もうとしたけど、水嶋が上半身を全方向にスイングしてくれるお陰で吐いてしまいそうになった。


 【お、おぉー! ヨクバリー軍の一人が、人質を返すまいと必死の抵抗をしてます! 】


 「ウォーーヌァーーー!! 」


 何をどうしたらそうなるのか、水嶋が突然雄叫びを上げた。

 舞台袖に捌けていた4匹の害虫が緊急出動し、俺たちを取り囲むと「降ろして! 人質を降ろして! 」と必死に腕を伸ばしてくる。

 俺はその手を掴もうと必死になったが、水嶋はディフェンスに囲まれたバスケ部の如き鋭敏さで、俺を奪われまいと全身を振る。


 【怖かったかい? もう安心だ! ヨクバリー達は追い払ったよ! 】


 オレンジの声が虚しく響く。

 逆側の舞台袖から残りのジューシージャーが全員で飛び出してくるのも見えた。


 【や、厄介な敵が一人いるみたいですねぇ! ジューシージャー全員で女の子を助けに向かいます! 】


 司会が半笑いでアクシデントに対応する。


 「うおらぁ! 」


 俺は水嶋がふらついた一瞬の隙を突き、救出に来てくれたパパイヤとピンクに向かってダイブした。


 「あああ痛い、痛い! おいピンク、無理やり引っ張るなピンク! あぁ、パパイヤさん痛いってぇ! 」


 しかし水嶋は足を離してくれない。 パパイヤとピンクVS水嶋で俺の上半身と下半身を引っ張り合う。


 「はっ、離せこのバケモノめ! だれかぁ! 誰か腕を! こいつの腕を集中攻撃してくれぇ! 」


 「アツァッ!! 」


 一人の害虫が飛びかかり、水嶋の脇腹に渾身の手刀を入れると、低いうめき声を上げて倒れこむ。 ここぞとばかりに数名で飛びかかり、水嶋はあえなく御用となった。

 俺はパパイヤとピンクに保護されて、乱れた衣服と髪を整えられる。 「よく頑張った! 」というパパイヤの労いを背に受けて、涙を拭きながら混沌としたステージから飛び降り、必死で客席へと走った。


  【怖かったかい? もう安心だ! ヨクバリー達は追い払ったよ! 】


 舞台上では脱力した水嶋が足を引きずられて回収されている。


 「樫本、浅野くん! 俺怖い……あいつが怖くて仕方ないよ! 」

 

 後ろに座っていた若奥様が拍手を始めると、それは次第にほかの観客へ伝播し、いつしか会場は拍手の渦に包まれた。

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