『果物戦隊・ジューシージャー! 』
「樫本、どうしたー? 」
俺の前を走っていった水嶋が声をかける。
「あ、帰ってきた! あのなぁ、このお兄さん、向こうのステージでやるヒーローショーのスタッフさんなんだってさ! 」
俺たちが頭を下げると、髭を生やした20代後半くらいの男が「こんにちは、私、イベントスタッフの吉住と申します」と丁寧に挨拶をして、名刺を差し出してきた。
「実は、悪役のエキストラが急遽出られなくなりまして……代わりに出て頂けないかとお声がけさせてもらっていた所なんです」
吉住と名乗ったスタッフのお兄さんが、腕にかけていた黒い布を両手で開いてみせた。 それは人型の布で、所謂、全身タイツというものだろう。 その実物を初めて見た気がする。
「俺……やってみようかと思って」
浅野くんが穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「おい正気か……? 浅野くん」
「うん。 俺、特撮とか戦隊モノが好きでさ……こんな機会二度とないだろうし、それにね」
言葉を区切って、ちらりとスタッフの吉住さんを見る。
「あ、そうそう。 お礼と言ってはあれなのですが、ご協力いただけた際には、ショッピングモール内のレストラン街で使える食事券を……一万円分なので、4名でも足しにはなるかと……」
「浅野くん、絶対に君がやるべきだ」
親指を立てて、もう片方の手を浅野くんの肩に乗せる。
「ハッ! 浅野くん! どうせ樫本から『お願い、やって!』みたいな空気を感じ取ったんだろ? そんな惰性でやるなら僕にその役を譲ってくれ」
水嶋が割って入ってきた。
「正気か? 相原。 お前はバカなんだからやめとけ」
「なんだ優羽凛テメェ……いつからそんな生意気抜かすようになったんだ? 女はすっこんでな! ……浅野くん、じゃんけんでいいな? 」
「あはは。 うん、 いいよ。 男の戦いだね」
水嶋と浅野くんが向き合った。 吉住と名乗ったスタッフは、まさか奪い合いになるとは思っていなかったのだろう、戸惑いの表情で目を泳がせている。
「さいっしょぉはグゥゥウ! じゃぁ〜んけぇ〜ん、オラァ! 」
全身全霊の派手なモーションで叫んだ水嶋のパーを、浅野くんの無駄のない動きから繰り出されたチョキが切り裂いた。バカが自分の手のひらを見つめながら呆然としている。
「……かー! ま、負けちゃったかぁ! なら仕方ないなぁ、この相原が一肌脱ぎますよ! 」
「おい見苦しいぞ相原。 大人しく引け」
「いやぁ、正直ダメ元だったので本当に助かりました。 実は1人出れなくなったのは自分の不手際でして……。 浅野さん、どうぞよろしくお願いします」
「はい、うまく出来るか不安ですけど」
黙って様子を伺っていた樫本が手を挙げた。
「あの、吉住さん。 これっていきなり素人に出来るものなんですか? ヒーローショーってすごく練習して動いているイメージなんですけど……」
「えぇ、難しい動きはありませんよ! ひたすらやられる雑魚の役なので、台本に目を通していただいて、流れだけ覚えていただければ。 後はヒーローの動きや必殺技に合わせて、やられた感を出してもらうだけです」
『やられた感を出す』というのが、文化系の浅野くんにとって相当ハードルが高いのでは、と思ったけど口には出さなかった。
「……あ、もし良かったらなんですが、女性の方も出てみませんか? 」
俺は嫌な予感がしたのでブンブンと首を横に振り、樫本が「へぇ、女性の役も空いてるんですかぁ? 」と尋ねる。
「実はですね、怪人の人質に取られる子を客席から選ぶっていうのが、『果実戦隊ジューシージャー』の名物なんです。 本来は会場にいる子供の中から選んでステージに上がって貰っているんですが、先日トラブルがありまして」
吉住さんは顔をしかめて話を続けた。
なんでも、『腕を掴む力が強かった』と保護者から怒りのクレームを貰ったそうで、大変な騒ぎになってしまったらしい。 そこで、いっそ客席にサクラを仕込んでおけばいいというような意見が上がったが、なんだかんだで実現しないままグダグダになっている、と話した。
「いや、そのくだりをカットすればいいだけなんじゃ……」
全員が俺に注目していた。
「ムリムリムリムリ! なんで私なんだよ! 」
「私みたいなバレー部の高身長女が人質じゃ盛り上がらないだろぉ。 どう見ても女子高生だしなぁ」
「私も女子高生でしょう!? ヤダヤダヤダ! 」
「ゆうりぃ、罰ゲーム……」
呟いた樫本の言葉を受け、浅野くんが腕を組む。
「そういえば、そうだね。 それが罰ゲームになるなら、むしろ楽でいいんじゃないかい? 」
水嶋はよほどやりたかったのか、ずっと不貞腐れた表情をしていたが、今度は鬼の形相で俺を睨んでくる。 羨ましさか、絶対にやるなという目なのか、その真意はわからない。
「雑魚に捕まって、じっと立ってるだけで構いませんよ。 進行役のお姉さんがマイクを向けてくるので、『ジューシージャー助けて』と言っていただくだけなので、簡単です。あ、もちろん無理にとは言いませんが……」
台本を見ながら浅野くんと打ち合わせをしたいということで、俺たちもそれに付いて行った。 樫本は好きな男の舞台デビューがよっぽど愉快なのか、今夜ズリネタにされる事も知らず、楽しそうに浅野くんの横についていく。
水嶋の舌打ちを聞き逃さなかった俺は、彼女の脇腹を小突いて「残念だったな、思い通りにいかなくて」とニッコリ笑顔をプレゼントした。
吉住さんは出店に囲まれた広場の休憩所に座ると、テーブルにチラシと台本を広げる。 水嶋と樫本は興味かなさそうに思いおもいの方向を見ていた。 浅野くんと俺だけが身を乗り出している。
「まずですね、これが果物戦隊ジューシージャーです。 5人いまして、リーダーのいよかん・オレンジ、レモン・イエロー、ピーチ・ピンク、パパイヤ・オレンジ、スカイ・ブルー」
「ちょ、ちょっと待ってください。 リーダーのオレンジが色被りしてませんか」
「はい。 それがジューシージャーの笑いどころなんです」
反射的に突っ込んでしまった俺に、吉住さんが真顔で答えた。
「はぁ……そうなんですか」
誰ひとり、ピクリとも笑わない。
「あとこの、スカイブルーだけ全然ジューシーじゃないですよね。青空ですもん、むしろ乾いてますよね? 衣装も1人だけすっごいシンプルだし……」
「いい着眼点ですね、公式設定では結成当初、虐められていました。 おっしゃる通り、1人だけジューシーじゃないからですね」
吉住さんは「続けても? 」みたいな顔を向けてきた。 スカイブルーの冷遇が気になって仕方ない。 虐められていたという過去形なので、今は当然和解しているのだろうけど、好奇心を抑えることが出来なかった。 水嶋の身体に精神まで汚染されてしまったのか。
「どうやって仲直りを? 自分だけジューシーじゃない事に、今はコンプレックスとかは感じてないんですか? 」
「水嶋さん、悪いけど今は舞台の流れを聞かないといけないから」
「……ご、ごめん。 つい……」
本気かよ浅野くん。
「これ、チラシの裏に公式設定とプロフィールが書いてありますのでよかったら」
チラシを差し出された。
おう、黙ってこれ見とけってことか? 吉住さんよ。
大人しくチラシを受け取り、俺を除け者にして打ち合わせを始めた2人を睨みつける。 背凭れに身体を預けて読み始めると、隣にいる水嶋の方から視線を感じた。
「……んふふっ」
不貞腐れたフリしてしっかり聞き耳を立てていたようだ。 嘲笑われた。
【果物戦隊・ジューシージャーとは! 】
フルーツの精霊と契約した戦士たちだ!
土賀 栄蔵博士が開発した『ジューシー・スーツ』を身に纏い、日本中の果物を独り占めしようと企む怪人『ヨクバリー』と戦いの日々を送っている!
タイヨウエネルギーと、みんなの応援でパワーアップするぞ! ピンチになったら大きな声で、ジューシージャーを呼んでみよう!
なるほどね。
隊員ひとりひとり、バストアップの写真がある。 その隣にプロフィールが書かれていた。 俺は真っ先にスカイブルーの紹介文を読む。
【スカイ・ブルー】
隊員で唯一、フルーツの精霊と契約できなかったヒーロー。 引っ込み思案な性格と風邪を引きやすい体質のせいもあり、最初は土賀博士をはじめ、メンバー全員からお荷物扱いされていた。
……しかし! 彼には曇り空を吹き飛ばし、タイヨウエネルギーを倍増させる超能力があることが判明する!
それからというもの、メンバー達は手のひらを返すように優しくなり、とても大切に扱われるようになった。 土賀博士もびっくりして、慌てて彼のジューシースーツを拵えたよ。
「うふふふっ! 」
俺はそれから、すべての文章に目を通した。
いよかんオレンジとパパイヤオレンジに確執があること以外に変わった記述はなく、得意技や人間時のプライベート情報などが書かれている。 それが逆に面白かった。
ちなみに浅野くんの役は『害虫五人衆』という非人道的ともいえる名称の雑魚で、ヨクバリーに仕えて常に五人で行動する従順な兵士、とのことだ。
一人でニヤニヤしていたので水嶋が絡んでくるかと思いきや、彼女は頬杖をついて、ずっとそっぽを向いていた。
「どうです? 浅野さん。 簡単でしょう? 」
吉住さんが台本を閉じて、浅野くんに手渡す。
「はい、出来そうです。 基本的には他の害虫四人と動きを合わせていればいいんですね」
「ええ、ええ。 多少ぎこちなくても全然構いませんので」
「あとは……バナナ・イエローの必殺技の時だけ、単独で舞台に上がってやられる」
「はい、はい。 レモン・イエローですね。 乱戦の時はアクロバットなんかもあるので、舞台の端で人質を抑えておいてもらえれば」
「そうなるとやっぱり、水嶋さんが人質だとすごく気が楽になりますね」
俺と同じようにチラシを眺めていた樫本が、隣に移動してきた。
「なぁゆうりぃ、これ読んだかぁ? 伊予柑とパパイヤって、プライベートだとパパイヤの方が会社の上司なんだってさぁ」
ゼロ距離で座って、顔を近づけてくる。 健康的に日焼けした肌が目の前まで来て、心拍数が上がった。
「私はそれよりも、スカイブルーのエピソードと土賀博士の人間らしさが好き。 あと怪人ヨクバリーが普段は普通の人間で、巨大資本に飲まれた八百屋さんの次男坊っていうのもなんかドラマがありそっ……いだだだだだ! 」
そっぽを向きながらも水嶋の右手が俺の脇腹に伸びていた。 全力でつねってくるのを、身をよじって引き剥がす。
「なんで要所要所でつねるんだ、お前は」
こっちを向きもしない。
「では、浅野さんは着替えていただいて、他の害虫と動きの確認を……水嶋さんは一度ヨクバリーと顔合わせしていただきたいので、楽屋までお願いします」
「あ、はい」
はい、って言っちゃった。
もう誰も俺が出演することに疑いを持っていない。 大人しく捕まって、「ジューシージャー助けて」と叫んで、舞台を降りるだけ。 そうだ、これが罰ゲームなら楽なもんじゃないか。
浅野くんの為にも、腹を括るしかなさそうだ。




