『武将、浅野くんによる愛の一人時間差攻撃』
「まさか罰ゲーム覚悟でウケを狙いにくるとは」
樫本が爆笑しながら、俯く俺に追い打ちをかけてくる。 写真の変顔は太ももをつねられたことによる天然の変顔で、異議申し立てをしようにも、下手人(水嶋)の手元が隠れているので証拠不十分で却下されること請け合いだ。
「相原ぁ。 ゆうりの罰ゲーム、どうしようかねぇ? 」
樫本が水嶋に問う。
「そうだな……。 浅野くん、“中世の拷問” で検索しといてくれ」
「おい、それはやる方も辛いぞ」
浅野くんが笑う。
抱きしめてあげたくなるような笑顔だ、大人しくて朗らかな浅野くんは俺にとっての清涼剤になりつつある。
それからというもの、俺は全力でテーマパークを満喫する一人の美少女に成り下がった。 いや、成り上がったと言えるだろう。
なんせ、こんな場所で同級生と遊ぶのは初めてだし、ましてや男女二対二。 側から見たら紛うことなきダブルデートだ。
俺たちは空いているアトラクションを片っ端から制覇していった。
樫本と水嶋のコンビが甘い匂いに釣られてクレープ屋の列に並んだので、俺と浅野くんはベンチに座り、マップを広げて、次に攻めるべきアトラクションについて意見を交わした。 交わしたと言っても、俺が一方的に喋り、浅野くんは「うんうん」とか「そうだね」とか、短い相槌を打つだけだ。
「おいゆうりぃ! なんか相原が向こうで小学生の集団とガチ喧嘩始めたぞぉ! 」
クレープを片手に持った樫本が助けを求めてくる。
「はあぁ!? 誰もがハッピーになれるはずの遊園地で!? ったく、あいつは……浅野くん、仲裁に入ろう」
水嶋の奇行にもスマートに対処できる心の余裕が生まれていた。
なにより驚いたのは、水嶋と小学生集団の和睦交渉を取り持ったあと、無料で遊べるアスレチックではしゃいでいる時だった。
水嶋の身体は異常に軽く、柔らかいことに気付いた。 特に股関節の可動域がエグい。 みんなに隠れてY字バランスを決行したところ見事に成功し、あまりの感動に水嶋に駆け寄って「この股関節くれよ! 」と叫び、あのイカれた小娘すらも困惑させてしまったほどだ。
そんなこんなで俺は体力を極限まで消耗し、今は水嶋と樫本が規則的に上下する馬に乗って、ぐるぐると回っているのを眺めている。
「相原くんって面白い人だね」
浅野くん。 ここまで遊んでいて受けた印象としては、非常に落ち着いていて、あまり感情を表に出さない。 「話しかけてもらえれば、返します」というのが彼の基本スタンスみたいだった。
ただ俺が遊具で狂喜乱舞しているとき、彼が水嶋と二人で長々と話している一幕があって、それが少し気になっていた。
「そういえば、さっき相原くんと何を話していたの? もう仲良くなったんだ? 」
「うーん、内緒。 男同士の話だよ」
女だけどなあいつ。
「ゆうりー! 白馬の王子さまが通るぞぅ! 」
樫本が後方を指している。 白馬の王子様というよりは競馬の騎手のような騎乗姿勢の水嶋が、「はぁっ! はぁっ! 」と命の宿らない馬を鼓舞しながら通り過ぎると、隣で浅野くんが「ふふふ」と小さく笑うった。 相原慶太の印象が歪んで伝わっているのは確実だ。
「誘ってくれてありがとう」
周囲の雑音に掻き消されてしまいそうな声量だった。
「あー、うん、みんなで来た方が楽しいしね」
「……ところで、メリーゴーランドって、どのくらいの歴史があるか知ってる? 」
「……え? 」
「1860年代にフランスで生まれたんだ。 当時は蒸気機関が動力だった」
「へ、へぇ」
「元を辿れば、騎馬隊が馬上で槍や剣を振る訓練を行うための器具だった。 それを、ドイツのヒューゴ・ハッセと言う人が……」
こいつ……遊園地からの回し者か、はたまたアトラクション商人か? いきなりメリーゴーランドの歴史についてレクチャー受けてどんなリアクションすりゃいいんだよ。 いやでも、女の子からすると楽しいのかな? 俺は全然興味ないけど。
「詳しいんだね、浅野くん」
「昨日、急に誘われてから、遊園地に関連する雑学をたくさん調べた。 ウィキの要点は丸暗記して……」
「何がそこまであなたを突き動かしたの」
「樫本さんとの会話が途切れて、つまらないと思われるのが怖かったから。 でもいざ隣に立つと、頭が真っ白になって全然役に立たない。 よく考えたら、突然雑学を喋り出しても気持ち悪いだろうし……」
「ほう、なるほど……」
浅野くんは樫本が好きなのか! この人選になった理由が一つわかったな。 これは、水嶋に事情を聞いておく必要がありそうだ。
「そんなに構えなくたって、かしも……サエが一人で勝手に喋ってるでしょ」
「それが、俺にはそんなに喋りかけてくれないんだ」
樫本は溌剌とした体育会系だし、文化系男子がそこまで好きじゃないのだろうか。 いやでも、文化系でも体育会系でもない俺みたいなボンクラにも割と絡んでくる。
「……うーん。 でもなんというか、よくわからんけど、見てて2人はお似合いな感じがするよね」
「本当? 」
「うん、浅野くんが尻に敷かれそうだけど」
メリーゴーランドから降りてきた水嶋に向けて顎を振り、「ちょっと付き合え」のサインを出す。 トイレに行くと言って誘い出し、焦ってついて来ようとする浅野くんの背中に軽くチョップを入れて、その場に踏みとどまらせた。
「おい、浅野くんは樫本が好きなんだな? 」
「そうだよ、中学の時から。 有名な話です」
「ちょっと前に彼と長話をしてたけど、あれは何だったんだ? 」
「ヘビロテのズリネタは何かって」
「はは、ズリネタか、なんか微笑ましいな。 そうだなぁ、俺は赤身が好きだなぁ。 あとイカ。 二皿ずつは食べるからヘビロテって言えるだろ。 まぁ、回るズリしか食べたことないけどさ」
「ノリツッコミするのかと思ったらそのまま走り抜けたね」
「初めて喋った相原慶太となんちゅー話してんだ浅野君は! インテリぶってるけどすげーバカなのか!? 」
「急にズリネタとか言われてわけがわからなくて、『ズリネタってなに?』ってとこからのスタートだった。 動揺して面白い返しができなかったし……ごめん」
「むしろよく頑張ったよ。 流暢に話されても困るしな、謝ることじゃない」
「今後の参考に教えてもらっていい? 相原くんのズリネタ」
「やかましいわ」
「ちなみに浅野くんはね……」
水嶋はそこまで言うと、片手を腰に当て、もう片方の手で両目を覆った。
「卒アルのさえちゃんを使うそうだ……」
「おぉ……やらかしてんなぁ……」
俺は愕然とした。 この化け物が引くほどの化け物が身近に潜んでいたことに。
「で、相原くんのズリネタは? 」
「とりあえず、あれだな。 下ネタとか下世話な話題はスルーしておいてくれ。 相手が俺だと思ってる浅野くんにも悪いし……可哀想だしな」
「私が質問してるでしょ!? ほら答えてみなよぉ! 」
「いやキレすぎだろ、落ち着けよ! 」
頭の中で状況を整理する。 確かに、そういった下世話な話を好む男子は多い。 というより、仲良くなったら確実に一度は上がっておかしくない話題だ。 しかし、浅野くんがファーストコンタクトでそんな話を振るような男だとはとても思えなかった。
俺はここで、与えられた情報から、一つの答えを導き出した。
「なるほど、そういうことか……」
「どういうこと? 」
「浅野くんは、相原慶太と距離を縮めることを急いでるんだ。 来たる樫本との一戦に備えて」
初対面の人間と距離感を縮める、あるいは測るのに有効なのは、共通の話題や感情の共有など様々だ。
基本的には「自らの心を開く、相手にも開かせる」ことが要点になる。
ここで「下ネタ」という品性に欠けた話題は時に、絶大な効力を発揮する。 ましてや性的嗜好が浮き彫りになる自慰の話題だ、これは言わば自分の恥部を自ら曝け出すわけだから、全裸で心の合鍵を相手に提供するのと同じこと。
浅野くんに至っては「卒アルの樫本がズリネタ」と初手で暴露することで、樫本への長期間に渡る純粋で真っ直ぐな想いまでもを相原慶太に提示した。
その暴露は俺への牽制としても機能する。 「俺は樫本にピント合ってるからな、お前はシャッターを押してくれ。 いらんとこでフェードインしてくんなよ」 という無言の牽制だ。
「例えば水嶋。 戦国武将が全裸で馬に乗って、自分の領地に侵入してきたらどう思う? 」
「流行病かな? って思う」
「……んふふっ」
「今の面白かった? 」
「……うん、今日の水嶋で一番面白かった」
「ありがとう。 ツボがよくわからん」
「流行病じゃないことが判明したら? 」
「うーん、敵意はないんだなって。 あと、こいつバカだなって」
「そう、実は仲良くなるのに有効な『赤裸々な下ネタ』という破壊力の高い武器がなぜあまり使われないか。 それは、相手に下品なバカだと思われる諸刃の剣だからだ」
「そりゃそうでしょ」
「つまりそのリスクを負ってでも、俺と友好関係を築こうとしてるってわけ」
「どうして? 」
「そりゃあ樫本っていう大国を落とすのに、俺の力が必要だと目論んだからだろ」
「相原くん、なんか捉え方が捻くれてない? 」
「え、そう? 」
「大体、浅野くんがこんな極貧国を抱き込んだところで何ができるの」
「誰が極貧国だ」
「それに、実はね、さえちゃんも浅野くんが好きなんだよ」
「えええ!? そうなのか!? 」
衝撃の事実に、今日一番の大声を出してしまった。
「しかも浅野くんから告白済み」
「なんだ、もう付き合ってるのか」
「いや、ところがね」
浅野くんは中学卒業の日、樫本に告白をしたそうだ。 しかし樫本の方はノーマークだった男からの突然の告白に戸惑い、その場で丁重にお断りしたらしい。
「ほら、好きなられると全然気にならなかった人が急に気になり出すみたいな話、よくあるでしょ? さえちゃんの心には浅野くんが放った『愛の一人時間差攻撃』がネットインしてしまったんだね」
「無理にバレーに例えなくていいわ。 でもそれなら水嶋が樫本の背中を押してやれば解決するだろ」
「私は何回もいいトス上げてるよ! でも何度言ってもダメ。 あぁ見えてさえちゃんはめっちゃシャイだからね。 今日だって浅野くんに緊張しまくってるんだから」
腑に落ちた。 浅野くんの言っていた「自分とはあまり喋ってくれない」という発言には、こんな裏があったのか。
「水嶋はあの二人の為にセッティングしたのか」
「いや、それとはちょっと違うんだけどね。 私はただ、遊園地行くつもりだって自慢したかっただけなんだけど、さえちゃんが『いいな〜』ってスタンプを10連してくるもんだから……」
水嶋はそこまで喋ると、突然ピタッと静止して視線を泳がせた。
「あ。 ごめん、本当におしっこ行きたくなってきた……! オラしっこ行ってくらぁ! 」
置き去りにされたので、俺もトイレに入って、鏡を見て身だしなみを整える。
「人の応援してる場合じゃないよなぁ」
一発顔でも洗おうか、と思ったけど、化粧が落ちてしまうかもしれないと考え直して、結局何もせずにトイレから出た。 ちょうど水嶋も出てきたので、一緒に戻る。
「はー、立ってするのって何回やっても新鮮だなぁ」
「そうか? 女子だってプールの中なら立ったまま出せるだろ」
「……今日の相原くんで一番引いたわ」
メリーゴーランドの近くに樹木が植わっていて、その周囲を取り囲むように円形のベンチが据えてある。 その木陰に2人は座っていたが、髭を生やした見知らぬお兄さんに、なにやら声を掛けられているようだった。
「ん、どうしたんだろう……? 」
異変に気付いた俺と水嶋は、同時に小走りで近づいていった。




