水嶋が狙いすぎのファッションに身を包んだ真の狙い
商店街のアーケードを歩く。 この先が歩行者天国になることを示す看板を横切り、さらに進んでいく。 水嶋は俺の肩を抱き寄せてきた。
「おい優羽凛、おまえ朝メシ食ってきたか?」
この彼氏面である。
「いただいた。 そういえば、いつもあんな感じなのか? ハムエッグでいい? って言われて待ってたらハムチーズレタスエッグマフィン出てきたぞ。 思わずお会計お願いしそうになったわ。 まさかあれを当たり前のものとして毎日生活してるなら、バチが当たるレベルだ」
「僕と結婚したら同じものを出してやるぞ」
「しゃもじがいくらあっても足りねぇよ」
お洒落なカフェの前で立ち止まった。
道沿いが木造のオープンテラスになっていて、等間隔に並んだ鉢に、植物が植わっている。 高校生風情には不釣り合いな店だ、ましてや隣にいるのは変な着ぐるみの冴えない男。 入店拒否されてこちらから裁判を起こしても勝てる気がしない。
「小腹が空いたから、ここで食べよう。 うん、君はコーヒーでも飲めばいい」
「おい水嶋、正気か? このモーニングセットの値段をみろ」
入り口前に立ててある、これまたお洒落なデコレーションが施された四つ脚の黒板を指差して、黄色い変態に示してやった。
「このモーニングを我慢するだけで、おにぎりが13個買えるんだぞ……? 」
「相原くん、値段をおにぎりに換算する悪い癖が出てるぞ。 それも、コンビニじゃなくてスーパーのおにぎり換算じゃないか。 ほら、ここは私が奢りますから、入ろう? ね? 」
「……なぁ、その着ぐるみも会う前に買ったんだろ? 」
「うん、そのお店のオープンが10時だったから、着くのが少し遅れてしまった」
「もしかして水嶋って、金遣い荒いタイプ? 」
「ううん、普段は全然使わない。 今日は幼少期からコツコツと貯めてきたお年玉貯金をガッツリ降ろしてきた。 普段はお金をATMで降ろすことなんて殆どないよ」
「……なんで今日? 」
「この状況で使わずに、いつ使えというの? ……そんなことより、ここのサンドイッチが美味しいって評判なんだよねぇ」
意気揚々と店に入っていく水嶋を追う。
ニコニコしながらテラス席に向かい、着席すると、彼女はすぐにモーニングセットを注文した。
「えっと、じゃあ私は……あ! クリームソーダで」
「ノリノリじゃないか優羽凛」
天気の良い土曜日ということもあってか、テラス席は混み合っていて、おしゃれなカップルや小綺麗な格好をしたご老人など、年齢層が高めだった。
俺たちが最年少なのは間違いなく、変な着ぐるみの水嶋には室内の席からも好奇の目が向けられている。
運ばれてきたサンドイッチにはエビやらアボガドやらが挟まっていて、水嶋はすぐにそれをダイナミックに頬張った。一口でこれだけ行けるんだぜ、と言わんばかりの表情をしてから、何故か目を丸くして、齧ったサンドイッチの断面を見せてくる。
「で、昨日の夜はどうだった? 怪しまれなかったか? 」
ソーダに浮いているバニラアイスを外側から攻めつつ、尋ねた。
「結論から言うと最高だったよ、君の身体。 僕はもう病み付きだ! 」
再びテラス中の注目を浴びる。
「声のボリュームを……」
「なぁ、僕のもすごくよかっただろう? どうだ? 本当の女になれた気分は」
コップに敷かれていたコルクのコースターを全力投球でおでこに叩きつけてやった。 水嶋は微動だにしない。
「何を怒ってるんだよぉ、優羽凛。 夢のような時間だっただろ? 」
こいつ……さてはこのシュチュエーションを想定してセリフ用意してきたな。 優雅にコーヒーを啜っていた周囲の皆さんも術中にハマって驚きを隠しきれない様子だ。
「ねぇねぇ、相原くん。 夢といえばさ、昨日はいい夢見れた? 」
サンドウィッチ片手にテーブルに身を乗り出して、急に小声になった。 メッセージが送られてきた時もそうだったが、夢の話題に持っていきたいようだ。 さて、こっちも軽くジャブを打っていく事にしよう。
「うーん、まぁね。 いい夢見れたよ、慶ちゃん」
頬張ろうとしたサンドイッチから、アボガドがポロリと落ちた。 水嶋は口を開けたまま固まっている。
「ん、どうした? サンドウィッチの『ウィッチ』が落ちぞ」
「さ、サンドウィッチは、ウィッチをサンドしてる訳じゃ……」
「んんー? なんで動揺してるんだ? 」
「し、してないし。 いやしかし、あれだね、アボガドが魔女だったとは」
「おい、何言ってるんだ? どうした? 」
水嶋は俺から目を離さず、皿の上に落ちたアボガドを拾って口に放り込んだ。
「……なんで急に慶ちゃんって呼んだの」
「え? 昨日からアキに散々呼ばれてるんじゃないのか? 慶ちゃん、って」
「そうか……うん、まぁ、そうか」
しめた、これは思った以上に強力なカードになりそうだ。 昨晩の事を思い出しながら、頭のなかで水嶋を黙らせるワードをいくつか整理していると、店内の方から女性が驚くような声が聞こえてきた。
そちらに視線を送ると、中学生くらいの女の子2人組が、俺たちの方を見ながら身を寄せ合って何度も頷いていた。 2人はこっちをチラチラ確認しながら近くのテーブルに着席する。 外から水嶋の奇抜な姿を見て、冷やかしに入ってきたのかもしれない。
「水嶋、出よう」
「まだコーヒーが……これ飲んでからね」
「あっ! 」
「えっ、なに? 」
「ごめん……ちょっとトイレ行っていいか? 」
「プロデューサーの許可がないとトイレにも行けないのか? 君は」
「誤解を招く小芝居はやめろ」
トイレでは基本的に目や耳をどこに向けても変な気持ちになっちゃうので、白い口ひげを携えたアメリカ人が広大な畑で巨大なコンバインを転がす姿をイメージしながら排尿した。
足早に席へ戻ると、先ほどの女の子2人組が水嶋に近付いていくところだった。 俺は、道を塞いでいる女の子達の後ろで停止する。
「あの、泥沼ウィザーズのテコマルさんですよね……? 」
泥沼ウィザーズのテコマル!? 泥沼ウィザーズのテコマルさんと勘違いされてる! いや知らんけど!
「そうだよ」
そうだよ!? いや中学生、「やっぱりそうだ、キャー」じゃないよ。そんなバカに騙されるな。
「うわぁ、マジヤバイ! あの、一緒に写真撮ってください! これから撮影ですか? 」
「写真? 構わないよ」
俺が女の子の肩を叩くと、驚いた表情で「あ、ごめんなさい」と道を開けてくれた。 水嶋を睨みながら着席する。 彼女はまたサングラスをかけているので、どこを見ているのかわからない。
「あの、もしかして、彼女さんですか……? 」
片方の女の子がオドオドしながら俺に尋ねてくる。
「違うよ、その子は今度コラボする人だ。 今日はその打ち合わせでね」
テコマルが代わりに答えると、女の子の表情がパッと明るくなった。 テコマルはずっと口元に手を当てている。 顔もそうだが、声でバレないように対策しているのか? 本当にバカだなこのテコマル。
「この人、テコマルじゃないよ」
思い切って訂正を入れてみたが、この発言は完全にシカトされた。すると女の子たちはおもむろに自撮り棒を取り出し、記念撮影をスタート。 その光景に周囲がざわつき始めたけど、年齢層が高いせいか、テコマルに絡もうという意思は感じられない。
写真撮影を終えた女の子たちは「写真をアップしていいか」とテコマルに確認している。 テコマルは「人が来ると困るから、少し時間をあけてくれると嬉しいな」と紳士的に返した。
「あの、すっごい可愛いです。 名前教えてください。 チャンネル登録しますので」
去っていくかと思いきや、女の子は急にターンして俺に声をかけてきた。
「あ、いや、私は……」
「その子はまだ開設してないんだ。 でも絶対人気出るから、チェックしといてあげて。 ほら、なんて名前で配信するか教えてやれよ」
「な、名前……? いや、そもそも」
「お願いします! 」
「ええっと、うーんと……ぺ」
「ぺ? 」
「ぺ、ペコ……ぺこにゃん? 」
テコマルがコーヒーを噴き出した。
その後、女の子はマジックペンを取り出して、テコマルにサインを求めた。 1人は着ているトレーナーに、もう1人は持っていたトートバッグを差し出して、ペンを走らせるテコマルに憧れの眼差しを向けている。
俺は呆れ返りながらも、このテコマルはどんなサインを書くのかと眺めていたら、カタカナで「テコマル」と縦書きしただけのゴミみたいな落書きだった。
「ありがとうございました! 頑張ってください! 」
女の子たちは席に戻り、同じクリームソーダをチビチビと飲みながら、まだこっちの様子を伺ってくる。
「おうテコマル、表でろや。 説教してやる」
「怒らないでペコニャン」
「張り倒すぞ」
「決め台詞思いついた」
「決め台詞? 」
「お腹ペッコペコニャンポンポコリン♪ こんニャちわ! う〜っ、はいっ! ぺこにゃんだニャン♪ 」
「張り倒すぞ」
会計を済ませて店を出る。 テコマルがまだテラスにいる女の子2人に気取った挨拶をすると、嬌声を上げながら全力で手を振り返されていた。
俺は650円でクリームソーダと赤っ恥を買う結果になったけど、何年振りかに飲んだクリームソーダの神がかり的な美味さに免じて心を鎮めてやることにする。
「相原くんがね、泥ウィザのテコマルっぽいってクラスの女の子が言ってたからさ。 私も見てみたら、たしかに! ってなって。 グラサンすればいけるかと」
「なんなんだ? その、泥ウィザっての」
「有名な動画投稿者だよ。 4人グループの」
「そのテコマルにそんな似てるのか? 間違われる程? 」
「うん、テコマルはこの格好がトレードマークなの」
「8割方その衣装のせいだろ、間違われたの」
水嶋のスマホでテコマルを確認すると、ぐうの音も出ないほど雰囲気が似ていた。 背格好もほぼ同じで、目がギラギラしている意外は顔の骨格まで似通っている。
「脱げ」
「はいはい、脱ぎますよ。 脱げばいいんでしょ」
「下に何着てるんだ、それ」
「もう何も着てないよ。 着替える時にインナー捨てた」
「脱ぐな」