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“天才駆除人・相原慶太のお仕事”


 室内に飛び込んですぐ視界に入ったのは、リビングで加圧式ウォーターガンを構えるユーリ・ミズシマの勇ましい姿だった。

 銃口の2メートル先にある和室には、こちらに背を向けた大型のレム。作戦会議の報告通りなら、そこには睡眠中のおばさんが居るはずだったが、レムの巨体に遮られて目視はできなかった。


 ひとまず俺は水嶋の無事に安堵した。ほっと肩をなで下ろすと、シラスに続いて少年二人が突入してくる。


 「あ、あれ? ボブ隊長は……?」


 マコトが呟いたのとほぼ同時に、レムがゆっくり振り返った。 その瞬間、誰からともなく「ヒッ」という裏返った声が上がる。


 ……それは、目を疑うような光景だった。


 「ぼっ! ボブ隊長ぉぉぉお!! 」


 2人のショタが声を揃えて絶叫した。

 レムの口元からダラリとぶら下がっているのは、迷彩のズボンを履いた下半身。


 ーーボブの下半身が、レムの口からはみ出ているのだ。


 腰から上はすっぽりと口の中へ収まり、お尻はこちらを向いていた。 垂れ下がる二本の逞しい足が、今は力なくぶらぶらと揺れている。

 ズボンの尻ポケットにはナイフが収まっているのが確認できたけど、両腕もろとも口内に入っているので、為す術なしといった様子だ。 ……ボブは既に意識がないのかもしれない。

 

 「おい水嶋……! これはどういう事だ」


 俺が追いつくまでの僅かな間に、ボブほどの実力者が食われた事が信じられない。 片腕をやられていたとは言え、速すぎる。


 「ん? あんなにお口が大きいのにレムちゃんったら、一口じゃ食べきれなかったみたいだよ。ふふふっ……具がはみ出ちゃってる」


 「おい現実逃避すんな! 戻ってこい水嶋ぁ! はみ出てるのは具なんかじゃない、(まご)うことなきボブだ!」


 「(まご)うことなき……ボブ……!?」


 「いや、驚く所じゃないから。 ボブが食われる一部始終を見てただろ? 説明して」


 「け、慶太さん! こいつ、全然動かないっすね……?」


 マコトが震えた声で会話に割り込んできた。 シュンの方は後退りして息を呑んでいる。 その心中は、容易に察することができた。

 滅多にお目にかかれない大きさ(スケール)のレムに、隊長(ボブ)が無残にも上半身をしゃぶられているのだから、2人にとってはかなりショッキングな光景だろう。 ボブはわりかし戦闘特化の隊長なので、ここまでボロクソにやられた姿なんて見たことがないはず。

 ただこの惨めな姿は、俺の命令を無視して暴走した末路なので、個人的にはあまり同情できない。


 「こ、この野郎ぉ、デカイからって調子に乗りやがって……! ボブ隊長はビーフジャーキーじゃねぇんだぞ!」


 「落ち着けマコト、熱くなったら負けだ。 それにしてもこの個体(レム)、相当肝が座ってるな。 微動だにしない……というかすっごいこっち見てるな」


 「……慶ちゃん? これいま何待ちなの? もう撃っていい? 乱射していい?」


 水嶋が無表情でウォーターガンのポンプを加圧している。 シュコシュコ、という連続音を聞いてマコトが我に返ったらしく、弛緩した表情で彼女を見つめていた。


 「まーたひょっこり顔を出しやがったな、サイコパス水嶋。 しゃぶられてるボブの気持ちになってやれ……まずは救出するんだ」


 水嶋はキョトンとしている。 その隣でシュンとマコトが、敵から目を離さずに頷いた。 2人の横顔からはひしひしと緊張感が伝わってくる。 隊長(ボブ)が瞬殺された事で、敵のレベルを的確に評価する事ができたのだろう。 2人は既に冷静さを取り戻している。 それでいい、ここで復讐心に支配されて闇雲に突っ込むのは二流以下の駆除者(スイーパー)


 「ボブは食べられた訳じゃなくて、レムちゃんの口の中に潜って虫歯をチェックしてるんだよ」


 唯一真実を知る水嶋が、この惨状に至るまでの因果関係を、斜め上から提示してきた。


 「いえ、ボブは口の中でテレビのリモコンを探してるんだと思います。 よくリモコン失くして奥さんと小競り合いになるって言ってましたから」


 シラスの仮説がそれを超えてきた。


 ……こいつら上半身しゃぶられてるボブで大喜利やってんな。 確かにシュールな光景だけども。 隊長やられて神経を研ぎ澄ましてる少年達との温度差を感じ取れよ。 本当に空気が読めねぇ奴らだな。


 「たしかにお部屋を散らかしちゃうタイプっぽいもんね? ボブは」


 「いい加減にしろ2人とも! ボブにうっすら聞こえてたらどうするんだ……? 救出後に変な空気になるだろうが! さすがの俺もいい加減に怒……る 」


 水嶋の綺麗な瞳が俺を見据えていた。

 良質な紅茶を思わせる、透き通ったブラウン。 なんて美しい眼球なんだろう、と言葉を失い、不覚にも見惚れてしまった。


 「……慶ちゃん。 オイラはさ」


 「いや、なんだオイラって。 また新しい人格が憑依してんのか?」


 「オイラ、この銃を実戦で試したくてウズウズしてんだ! なぁぶっ放していいか? もう辛抱ならねぇよ!」


 水嶋が謎のキャラクターにフォームチェンジした。 見つめ合って言葉を失っていた時間を返して欲しい。

 彼女が鼻頭を擦りながら腰の位置でウォーターガンを構えたので、すぐさま銃口を手で塞ぎ、首を横に振った。

 その水鉄砲(ウォーターガン)から射出される白い液体は、レムにダメージを与える為のものではない。本来なら陽動や牽制、回避に使用する為の武器だ。この状況で撃っても意味がないどころか、相手をいたずらに刺激するだけの逆効果になる。


 ……銃口を塞いだ右手に圧力がかかった。

 あれ? 指の隙間から白い液体が溢れ出してくる。


 「オイオイ待てこら水嶋オイ! 味方に銃口塞がれてて撃つか普通!」


 「タンクの圧がもうパンッパンなんだ! ここまでパンパンにさせられて引けるかってんだよぅ! その手を離せぇい! 」


 「パンッパンに加圧したのはお前自身だ! なんだそのキャラは! ほれ! トリガーから指を離せぇい!」

 

 揉み合いの末、力ずくでウォーターガンを取り上げた。

 俺たちの衣服はシュークリームを全力で投げ合った子供のように、白く疎らに染まっていた。 もちろんシュークリームの弾丸で戦争を始めるような罪深い子供たちに出会ったことはない。

 一方、対象のレムには全く動きがなかった。普通これだけの人数に囲まれて騒がれたら、なんらかのリアクションを取るものだ。 俺が予想した動きは逃走だったが、この大型は動じる様子もなく、ボブの上半身を咥えたまま立ち竦んでいる。


 「……あの慶太さん。 イチャイチャしてないで指示貰ってもいいすか」


 「悪いなマコト。 イチャイチャしてるつもりはないんだ……ちょっと取り乱した」


 「ボブ隊長の気持ちになってあげてくださいよ」


 「うん……うん、わかってる。 なんていうかごめんな……」


 「ねぇ慶ちゃん! 私の水鉄砲(ウォーターガン)返してよぉ!」


 「おう、さっきからふくらはぎに打ち込んできてる軽めのローキックをやめたら返してやる」


 「……慶太さん今日は忙しいですね」


 「ん? 何笑ってんだシラス。 水嶋の暴走を止める呪文を今すぐ教えろ、八つ裂きにされたくなかったらな」


 「なに笑ってんだって言いました? 慶太さんだって会ってからずーっと表情が緩みっぱなしですよ? いつもは鮮度の低い青魚みたいな顔してる癖に」


 あぁほんっとうるせぇわこのガキども。 全員ガムテープで口封じして鼻腔の奥にハバネロペーストねじ込んでやろうか。

 

 俺はこのバカどもの相手をしながらも、作戦を再構成させるべく脳を稼働させていた。 このレムが特殊なタイプだと気付いた瞬間から、最初の作戦は通用しないだろうと考えていたのだ。 相手はボブを一瞬で喰ってしまうレベルで、かなりの強さだ。 突入前に立てた作戦通りに人員を配置したら、他の奴がビーフジャーキーになっていただろう。

 ボブほどの幽体がビーフジャーキーになるくらいだから、マコトとシュンがまとめてビフジャキられていたかもしれない。 そもそも、水嶋がジャキられなかったのが奇跡と言っていいくらいだ。


 ……完全に読み誤った。 俺は現場を指揮する者として最低だ。 こいつは明らかに、想像してたよりも数段上の個体(バケモン)だった。

 

 ボブをしゃぶったまま微動だにしないのは何故か。

 その問いに対して、うっすらと予想していた回答が、自分の中で確信に変わりつつある。

 しかしこの仕事にイレギュラーな事態は付きもの。一番大事なのは、不測の事態にどう対処するか。 つまり、思考と幽体(カラダ)の瞬発力。

 

 「なんで動かないんでしょうね……こいつ。 ボブ隊長って噛むほど旨味が出るタイプなんですかね……? 」


 シュンの言葉には誰も反応しなかった。

 微動だにしないレムの不気味さを肌で感じているのだろう。


 ーーこのレムは、()()()()()()()()()

 あえて口からちょろっとボブをコンニチワさせる事で、こちらが食いつくのを待っているのだ。 要するにあのボブは俺たちを釣るための(エサ)

 

 例えば、純粋無垢な園児の頬っぺたにご飯粒が付いていたとする。 優しい保育士さんはパブロフの犬よろしく、反射的に手を伸ばすだろう。

 目の前の敵はその条件反射を利用しようとしている。わざとボブという名のご飯粒をほっぺたにセットしているのだ。 優しくて美人な保育士さんが手を伸ばしてこようものなら、その指に食らいついてしゃぶり尽くしてやろう、という歪んだ嗜好を持っている。


 つまりこのレムの知能は園児なんかじゃない。 言うなれば【盛りのついた大学生の性欲】くらいの邪悪さを携えているという訳だ。

 自分でも何を考えてるのかわからなくなってきたわ。 いやまさか今日に限って、ここまでのバケモノと会敵するとは思ってもいなかった。

 

【さぁかかって来いよ、愚かな幽体ども。 返り討ちにしてやるぜ】


 そんな幻聴が聞こえてきそうな敵の佇まい。

 マコトやシュンに戦わせてあげたかったが、そうも言っていられそうにない。 ひとつだけありがたいのは、こいつが全力逃走しそうなタイプではない事。 逃げないのなら、確実に俺が()る。

 

 ……レムが俺を挑発するかのように、首を上下に振る。 ボブが揺れる。ボブの両足がリズミカルに揺れる。 はは、まるで人生みてぇだ。 圧倒的な力の前に人間はただ、為す術もなく揺れるだけ……。

 

 ……うん、まぁボブの事は一旦忘れよう。相手が悪すぎたという事で。 あいつ職業柄、毎日チケットをもぎってるらしいし……たまには上半身をもぎられる側に立たされても文句は言えねぇだろ。

 ん? なんか円運動に切り替えてボブの足を回転させ始めたな。 ボブコプターってか? 洒落てるね。 飛べそうにないけどな。

 

 「こんにゃろう、遊んでやがる」


 「……? 遊んでるって、まさか」


 俺の口から漏れた言葉に、シラスが即座に反応した。 シラスもやっとこのレムの異常性に気付いたのだろう。 それを聞いた水嶋が、「なになに?」と詰め寄っている。


 「ごく稀に、ずば抜けて知能の高い個体がいるんです。 本来レムは天敵である幽体に対して、逃げるか戦うか……本能的な二択の行動しか取りません。 でも、その特別なレムは、遊ぶんです」


 「遊ぶ……? この子、ボブで遊んでるの?」


 「ええ、初めて見ました。 噂には聞いていたんですけど……」


 水嶋が俺に視線を送ってきているのがわかった。

 まさにその通りだ。 でも今は、『ボブを使って俺たちと遊ぼうとしている』が正しい。


 「俺、そんなの聞いたことないよ! 」


 マコトが大声で喚く。 それに呼応するかのように、レムがゆっくりと翼を広げた。


 「シラスとマコトは水嶋を抑えろ! 3人で玄関方向から退避! 単独行動は許さない!」


 「りょ、了解っ!」


 マコトが水嶋を羽交い締めにすると、シラスが足を抱えて完全拘束する。


 「ごめんねゆうりちゃん。 流石にヤバそうなので」


 俺の指示を迅速かつ的確に遂行した有能な部下2人が、水嶋を廊下へと連れ出した。


 「シュン、敵の射程(2メートル)圏内に入るな! ボブを拾ったら即離脱、援護不要!」


 レムから視線を切らずに、右後方にいるシュンに指示を出す。


 「了解ですっ!」


 シュンから頼もしい返答が届く。 指示の意図を汲んでくれたようだ。

 

 俺は桃乃介の鞘を優しく握った。

 レムはこちらを完全に舐めきっている。

 俺がボブを助ける為に、懐に入るのを待っているんだろう? お前は迎え撃てる気でいる。 いや、俺を仕留められる気でいる。

 きっと今まで、強い幽体に当たったことがないんだろうな。


 「“有部咲(うぶさき)流・抜刀術”……」


 お望み通り遊んでやるよ。


 「“叢雨(むらさめ)”……!」


 一気に間合いを詰める。 右からのフェイントを一つ。 刀を返して脳天に振り下ろす。 それを起点に三連撃。 あえて剣速を落とし、二歩後退。 レムが繰り出した大振りのフックが空を切る。 巨体がバランスを崩す。 思惑通りの反応(リアクション)。 この技の肝である緩急に全く対応できてない。

 一瞬の隙を最高速で詰める。 本命の突き。 狙いは口。 刀身を挿し込む。 勢いのまま全体重を乗せるイメージ。 梃子(テコ)の原理で口を抉じ開ける。 懐の短刀を抜く。 左側頭部に突き立て、注意を引きつける。 すかさずボブの迷彩ズボンを掴んだ。


 「行くぞシュン! 」


 「オッケですっ! 」


 「うおらぁ! 」


 ボブの身体を引き、渾身の力で後方に投げる。 シュンがキャッチしてベランダから飛び出して行くのを視界の端で確認。 やっぱり最高に優秀だ。 すぐに思考を目の前の敵に切り替える。 鋭い爪が頭上に迫っていた。


 「ナメんなっ!」


 桃乃介で半円を描くように受け流す。

 甲高い音が耳を貫いた。 こいつは相当硬い。


 「おぅい! 慶ちゃーん! 隣の部屋でおじさんがエッチな動画見てるよォ! 」


 「えっ、まじ?」


 あぁ、なんだ水嶋か。 廊下側の壁から顔出してる。 ……めっちゃいい顔してるじゃん。 エロ本見つけた小学生みたいな顔してんなぁ。


 「まじまじのマジよ! なんかねっ! トラックの荷台がマジックミ……」


 「ぅおいシラスゥー!! なにアッサリ逃げられてんだバカ野郎ぉ! 」

 

 シラスの申し訳なさそうな表情が壁を抜けてきた。 顔の前に立てられている手が「ごめんなさい」を表現していた。


 「ゆうりちゃんが直にワキをくすぐってきて……力が抜けちゃって。 隙を作ってしまいまし……あ。 慶太さん危な 」


 シラスの言葉を聞き終わる前に世界が反転した。 脳が揺れている。 波を打つ天井を見つめながら、レムに吹っ飛ばされた事に気が付いた。

 あれ? 流れ星だ。 室内に迷い込んだ無数の流れ星が、縦横無尽にちらちらと舞っている。 いや違うわ、これ意識が飛ぶ寸前のやつだ。 踏み止まれ、気をしっかり持て。 今この世界を離れる訳にはいかないんだ。

 

 追撃がくるぞ! 2発目を喰らったら終わりだ! すぐに立て!


 「うおらぁぁぁあ!! 」


 マコトが雄叫びをあげながら突入してくる。 振り切ったバットがレムの追撃を弾いてくれたが、バットは鈍い金属音と共に吹き飛ばされて消滅してしまった。


 「サンキューマコト! すぐに引けっ! 」


 「足が震えて……う、動けないっす。 バットも生成できな……」


 マコトの勇気を無駄にする訳にはいかない。

 歪んでいた視界がクリアになる。平衡感覚が戻る。

 でも追いつけない。俺の剣はレムに届かない。

 硬直して喰われかけているマコトにタックルをして、押し退けるのがやっとだった。 眼前にレムの牙が迫っている。


 「私の慶ちゃんに何してくれてんのぉ! このバカレムっ! 」


 突如、「白」が視界を覆った。


 「うりゃぁーーーーー! 」


 水嶋の可愛らしい声に、液体が噴き出す爽やかな音が混ざる。放たれた液体はレムの顔面に命中し、瞬く間に白く染まった。 まさに顔射だ。


 「シラスっ! 水嶋を安全な場所へ! 」


 「はいっ!! 戦闘の邪魔してごめんなさい!」


 「結果オーライだ! よくやったぞ3人とも! 危うく全員ジャキるとこだったぜっ!」


 「ジャキ……? ちょっとなに言ってるのかわかりませんけど!」


 レムが地鳴りのような重低音で鳴く。

 顔面へモロに浴びた白い液体を振り払おうと、頭を振り乱しながら暴れている。 いい展開だ。 このまま外に押し出して、拓けた場所で仕留める。

 相手が振り回している腕を躱しつつ、腹の下に潜り込む。 力を加えて押し出そうとした瞬間、レム自らベランダの方へ飛び出した。


 「逃がすかよっ! 」


 よくやったぞ水嶋。 お前のウォーターガンがレムの顔に命中してなかったら、確実に俺はジャキられてた。 俺には勝利の女神がついてるんだ。 水嶋がいるこの世界に、怖いものなんて何一つない。

 ……でもよく考えたらレムに一発もらったのって水嶋が邪魔したからだよな。 あいつがエロ動画云々ってしょうもない報告に来なかったら普通にノンストレスで勝ってたと思うわ。


 全力で追う。 やはりダメージが多少残っているのか、幽体がトップスピードにのらない。 差が縮まらない。


 「くらえーーっ! 必殺! 」


 「シュン! 」

 

 バック宙の態勢をしているシュン。 その上にはサッカーボール。 間違いない、あれはオーバーヘッド・キックだ。 漫画で見た事がある。


 「ビッグスカァイ・ウィングゥ・ショットォ!」


 うわっ、技名くっそだせぇな。 小学生かよ。 いや小学生か。 ……じゃなくて、ありがとうシュン! よくやった!

 

 レムが飛んできた攻撃(ボール)を翼で防いだ。

 刹那の失速。 背中を捉える。 右の翼を両腕で締め上げると、呻き声と共に右下方へと失墜していく。

 全身がジワジワと赤く染まり始め、怒りが湧き上がってきている。 地面から5メートルくらいの高さまで落ちたところで 、締め上げていた翼を解放した。

 レムはすぐに反転し、俺に相対すると雄叫びを上げる。 やはり逃げない。 こうなればこっちのもんだ。

 

 「遊びは終わりだ! 」


 突進してくるレムを、ひらりと躱す。 すぐに両の爪が左右から迫る。 レムの顔面の高さまで跳ぶ。 俺をジャキろうと大口を開いたところへ、つっかえ棒の要領で桃乃介を突っ込む。


 「お前の弱点はここだろ?」


 隠し剣・春秋を、首と肩の付け根に突き立て、引き寄せるように力を込めて裂く。


 「ギ……ギ……ギェ」


 よし、()()()。 確かな手応えの後、爆音の断末魔が周囲に響き渡る。 レムの巨体が足元から崩れ落ちて、芝生の上にどさりと横たわった。


 ゆっくりと桃乃介を鞘に収めて、小さく息を吐く。 耳を塞ぎながら降りてくるシュンが視界に入った。


 「お疲れシュン。 ナイスアシスト」


 「援護(サポート)は要らないって言われてたけど、慶太さんの様子がちょっと変だったから……」


 「ちょっと不測の事態に見舞われてな。 にしても、よくその判断をしてくれたなぁ。 本当にありがとう、助かったよ。 室内ではマコトにも助けられたんだ。 2人ともいい攻撃だった」


 「……あの。 慶太さん、どうしてあんなに早く弱点の位置を掴めるんですか……? 何かコツというか、法則があるんですか?」


 「うーん、法則はないと思う。 弱点の位置は完全にランダムだな。 さっき室内での攻防(やりとり)で相手が首を不自然に庇ってたから、大体の位置はわかった。 そのあと牽制で左側頭部に短刀を振り上げた時、過剰に弱点をガードしたから。 こんな感じで」


 俺はその時のレムの動きを真似して見せた。顔を傾けて右肩を上げ、首と胴体の付け根を塞ぐような格好だ。 うん、多分全然伝わっていないな、ぽかんと口を開けている。


 「……え? ボブ隊長を助けてる時に見つけたんですか? ……あ、あんな一瞬の間に?」


 「慶太さーん! おっ疲れさまでしたー!」


 レムの断末魔を聞きつけたのか、あとの3人が飛んできた。 先頭のマコトは恐怖心が嘘のように消し飛んでいるみたいだ。 満面の笑みで手を振っている。


 「ちょっと〆(しめ)るの早過ぎませんか! あぁ、見たかったなー!」


 「慶ちゃぁん! なにやられてんのまったく、ヒヤヒヤしたよ。 私の援護射撃がなかったら死んでたよ?」


 「お前のエロ動画視聴報告がなければ一発も貰ってなかったんだよ」


 「部隊(チーム)たるもの、報告連絡相談(ホウレンソウ)は大事でしょ」


 「ほうれん草というより雑草だったけどな」


 そういえば、ボブの姿を見ていない。

 シュンに尋ねると、ビッグスカイ・ウィング・ショットを打つまでは隣にいたそうだ。 その時はほとんど虫の息で、浮遊しているのがやっとだったらしい。

 ちなみにビッグスカイ・ウィング・ショットを命名したのはシラスらしい。 雑草みたいにどうでもいい報告だった。


 「そもそも、なんで突撃したんだ?」


 俺が水嶋に問うと、彼女は一度俯いてから、マコトとシュンの方を交互に眺める。


 「マコトとシュンに……」


 「え? なんて? 声ちっさ!」


 「マコトとシュンに好かれたかった……。 倒したら優羽凛ちゃん凄いってなるかと思って……」


 「なにその理由、可愛いっ! びっくりするわ」


 思ったことがそのまま声に出てしまった。 シラスの表情が険しくなったので、慌てて目を逸らす。

 また「イチャイチャするな」などとガキどもに言われそうな気がしたので、会話を進めることにする。


 「なんでボブは水嶋に付いていったんだ?」


 「え? さぁ……部屋に向かう間ずっと『アイツゼッテーブチコロス』って呟いてたから、相当トサカにきてたんじゃない」


 「ボブ怖っ。狂気じみてるわ。 で、なんでレムに食われたの?」


 「いや普通に……突入の流れで勢いよく殴りかかって、あっさり躱されてパクーッて」


 「俺、水嶋を庇ったのかなーとか結構深読みしてたんだけど、あいつシンプルに食われたんだ」


 「うん、実に流麗なアクションで食われてたね。 あれみたいだった。 よーつべで見た、カエルの捕食シーン」


 「んふふっ」


 「おいシラス笑うな」


 そんな話をしている中、マコトとシュンは歩き回ってボブを探していた。 刈りそろえられた植え込みに身体を突っ込んでみたり、浮遊して遠くに目を凝らしたりしている。


 「ハハハ……クク……ハッハッハ!」


 突然、不気味な笑い声が響いた。


 「慶ちゃん、あそこ」


 水嶋が指差した方向を目で追うと、建物の3階くらい高さのある樹木の中間に、ボブがぶら下がっていた。 暗闇の中で、やたら白い歯が輝いている。


 「イヤー、モウチョットやすんだらブッコロシテやろうとオモッテタンダヨナー! モウおわっちゃったカー!」


 「ボブ隊長……あぁ、無事でよかった」


 「ハァ? ナニ? シンパイしてる? ベツにヨユーなんですケド」


 マジかあいつ、絶対無理があるだろ。


 「無事で良かった! 降りてこいよボブ! 」


 「イヤァ、ココ、ケシキがイイんだヨネェ。 もうチョットいようカナァ……」


 「降りる気力もないんじゃねぇか」


 大型レムの後処理はボブの部隊に任せよう。

 この団地で1番ヤバイ個体は仕留めた訳だから、離れても問題ないだろう。


 「シュン、俺たちは行くけど……大丈夫だよな?」


 「あ、はい! あの大型を見つけた時点で、新人にヘルプを呼びに行かせてるんです。 そろそろ連れて戻って来ると思うんだけど……でも本当に良かった。 慶太さんが来てくれなかったら全滅でした」


 シュンとマコトはエースになれる。

 2年以内に、それぞれが隊長を張れるくらいの実力に仕上がっていくだろう。 今回の戦いで得るものがあったなら、むしろそこに立ち会えたことが幸せだ。

 

 「さて水嶋、行こうか? 」


 「おうっ! 次の獲物を探しにいこう!」


 「初めての成功体験に味を占めてんじゃないよ。 本当は怒りたいポイントがたくさんあるんだぞ。 あ、シラスはどうする?」


 「……僕はこの大型レムに興味があるので、後処理に参加します。 これだけ大きいと、人数がいた方がいいですしね……ごゆるりと、お二人の時間をお楽しみくださいませ」


 シラスが風貌に似合わない優雅な所作で、淑やかにお辞儀をした。


 「ゆうりちゃん、慶太さんをよろしくお願いしますね。 あ……ちなみに、僕のフルネームを憶えていますか?」

 

 「うん、白州檸檬(しらすれもん)ちゃん! また夢で遊びたい! 」


 「……ありがとうございます。 また()()()()()()()()、仲良くしてくださいね」


 シラスはにっこりと微笑んだ。

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異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
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