慶ちゃんの3分クッキング〜無抵抗のレムを解体(バラ)そう!〜
「しらすちゃん、いい? 『トコロテン』って言うのは……麺状のフォルムがあってこその名称でしょう?」
諭すかのような口調だった。
水嶋は真剣な表情でシラスと向き合っている。
「だって、よく考えてみて? 『トコロテンお待たせしましたぁ〜』って、麺になる前の羊羹みたいな塊のままテーブルに出されたら『板長を呼べ! これはまだトコロテンじゃない! 押し出してにゅるって麺状にするやつ持ってこい!』ってクレームかますでしょ?」
「……僕は塊で出てきたら、スプーンをくださいって言っちゃうかもしれません……」
どちらかというと内向的で、人見知りをするタイプのシラスである。 水嶋の軽快な語り口に圧倒されているようだ。
「えぇ……? あの塊をスプーンで掬って食べるの? ゼリーみたいに? じゃあ最初からスプーン置いてあったらまんまと泣き寝入り? ダメだよ、しらすちゃん。板長の怠慢に流されちゃだめ。 ゼリーとは似て非なるものなんだから。 そんな食べ方、絶対不味いもの」
「はい……そうですよね……あのお汁に絡めて啜るから美味しいんですよね……そういえばあの、押し出してにゅるって出す調理器具……『天突き』って言うんですよ」
「へぇ、そうなの? ……うん、知らんけどさ。 とにかく今そこに転がってるレムちゃんを見てね、『トコロテン』て呼ぶのはお門違いもいい所だよ。 小麦粉を捏ねて丸めた団子を指して、『はい、これラーメンね』って言うようなもの。 例えばこれからレムちゃんを……テ、テンツキ? だっけ? あの器具でにゅるっと麺状にするのなら、トコロテンと呼ぶことに異論はないけどさ」
「……なるほど。 レムをにゅるっと麺状にする事は……まずないですからね、ええ。 ……では、トコロテンになったレムをこれからは何と呼べばいいのでしょう?」
「うーん……やっぱりクラゲかな。 砂浜に打ち上げられたクラゲ。 朝、砂浜を散歩してると落ちてるやつ」
「……フフッ」
「今日から砂浜クラゲで」
「……フハハハハハ」
シラスがニコニコしながら、何やら水嶋に耳打ちをする。水嶋は耳を寄せて頷くと、俺の方をちらりと一瞥して噴き出した。 顔を真っ赤にして、声を押し殺すように笑っている。
……はぁ? なんだよこいつら。 血縁が近めの親戚よりよっぽど仲良いじゃねぇか。
なんなの? もしかして俺をハブろうとしてる? 一番ヤバいやつだろそれ。 三人組で一人だけ話題に置いていかれるのは一番胸を締め付けられる状況だろ。 茂吉も一汗かいて部屋に戻っちゃったしさぁ。
大体シラスちゃん、俺にそんな満天の笑顔見せたことないよね。 俺ってそんなにつまらない男っすか? 水嶋のトコロテン話だってそんなに面白くねぇだろ、おいコラしらす、コソコソ話を続けるな、こっち向けや。
あと水嶋、こっちの業界用語にまでイチャモン付けるんじゃねぇよ。 トコロテンでいいんだよ、こちとらずっとそれで育ってきてんだよ。郷に入らば郷に従えよ。 大人しく迎合しろ、迎合。
心の中で悪態をついていると、シラスが小走りで駆け寄ってきた。
「……慶太さん。 さっさと処理しちゃいましょう」
屈託のない笑みを携えながら、そう囁いてくる。
彼女は足元のレムを指差していた。
「……この、『ジェリーフィッシュ』を」
何をしれっと水嶋に魂売ってんだよシラスこのクソガキが! 何でもかんでも横文字をねじ込みたいお年頃か? かっこよく言いたいばかりに文字数が嵩張ってんだよ。 もうクラゲでいいから。 クラゲで。
「あー、わかったわかった。 ゆっくり作業するからさ、シラスがゆうりちゃんに解説してくれるか? まぁざっくり説明してくれればいいから」
水嶋という怪物に影響されてか、シラスのテンションが急上昇しているのがはっきりとわかる。普段なら絶対に受け入れてくれないが、今ならいける、と踏んでの提案だ。
「しらすちゃんごめんね、私が実況やるから、解説お願いしていい?」
「……もちろんですゆうりちゃん。 解説はワタクシ、白洲玲紋がお送りします」
二人はじゃれ合いながら縁側に向かうと、隣り合わせて腰を下ろした。 水嶋の脅威的なコミュニケーション能力と、心の扉を抉じ開けていく対人ポテンシャルの高さに恐怖すら覚える。
しかしこちらとしても、解説や質問への対応を任せられるのなら楽だ。 俺はまず、仰向けのレムをひっくり返し、うつ伏せにさせた。
「はい、実況は水嶋優羽凛が務めさせていただきます。 解説はこの方、白洲玲紋さんです。 しらすさん、よろしくお願いします」
「……よろしくお願い致します」
「おや、早速動きがあったようですねぇ。 慶太プロがレムちゃんを強引にうつ伏せへと持っていきました、ええ、ひっくり返しましたね。 ……これにはどういった意図があるのでしょうか?」
……ん?
「……はい、現在最終工程なのですが、仕上げはレムの解体になります。 ……解体しには手順があるんですね。 まずは、背面の『羽』部分を削いでいく為のポジション取りと見ていいでしょう」
なんだそのノリ。 シラスどうした?
まぁ楽しいならいいけど……うん、作業を続けよう。
「はぁ〜、なるほど。 『羽』を露出する為の初手、裏返しですか……ありがとうございます。 ……おやぁ!? 慶太プロが抜きました! 隠し剣・春秋を抜きましたねぇ!? しらす解説員!」
「……はい。早くも抜きましたね。 慶太プロはレムの解体しを、ほぼ春秋一本でやり通します……これ、大抵の人は専用の器具を使ったりしますので……画面は地味ですが、実はとんでもない事なんですね」
「ははぁ〜……そうですか、大変勉強になります。 ……おや? 慶太プロ、春秋を突き立てました! レムちゃんの背中にある突起の……僅かに上、あたりですかね……? 春秋を刺してぇ……? あ! 削いでます、削いでますね! 手際よく突起を削いでます!」
「はい……削いでますね。 慶太プロの手元をよくご覧ください。 刃の角度に寸分の狂いもありません。……あれがですね、角度や方向が僅かでもズレると、全く刃が通らなくなります。……実に絶妙な刃物捌き。 このレベルで捌ける方は、そうザラにはいないでしょう」
「ほぉ〜! そうですか……。 おっとぉ! そうこうしているうちに……? おぉ〜、あっという間に左右の突起を削いでしまいましたねぇ〜。 いやお見事です。 さて! ここまでご覧になって如何でしょう? しらす解説員」
「……ええ、印象的なのは……しっかりと我々の実況、解説に合わせて解体すスピードを調整してますね……フフッ。 ……忖度してくれているのでしょうかね? 慶太プロの、ゆうり実況員への思いやり、優しさが垣間見える丁寧な作業運びでした」
「しらす解説員、ありがとうございました。 ではここまでのリプレイを……ん? リプレイ、出ますかね?」
俺は春秋の刃を袖で拭い、乱暴に鞘へ収めた。
「……悪い、リプレイは出ない。 うん、なんて言うか……ごめんすっげぇやり辛いわ。 普通にやってもらっていいか? あと、シラスどうした? 今日おかしいぞ」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせた。
示し合わせたように同じタイミングで、クエスチョンマークを浮かべた顔を向けてくる。
「いや『普通にやってますけど?』 みたいな顔してるけども。 なんなの、二人の阿吽の呼吸。 もしかして元々知り合いだった? 現実でも親友です、のパターン?」
二人はもう一度顔を見合わせて、これまた示し合わせたかのようにコクリと頷き、再び俺に向き直る。
「……おっとぉ? 慶太プロが実況席に乱入だぁ! こーれは穏やかじゃないですねぇ! しらす解説員!」
だからそれやめろって。 どこで覚えたんだよその小芝居。
「……はい、果敢に物申してきましたね。 実に珍しい光景です。 普段は感情を表に出すような選手ではないのですが……」
お前も無理して乗るなって。
「うん、わかったから。 これ俺の晴れ舞台的な側面もあるからさ。 たまには主役やらせて? 普通にやってくださいよ、お願いします 」
「……はぁい」
水嶋が口を尖らせて応える。
「……悪ノリしてごめんなさい……」
シラスは笑いを堪えながら応えた。
俺は二人のバカを睨みつけ、気を取り直して作業を再開する。
レムの解体しには順序がある。
彼らの成長、つまり手、足、頭、羽、という順番とは逆の順序を辿って外していくのだ。最初は羽を削いだので、次は頭。そして足、手。という順番である。
早速、頭部外しに取り掛かった。
縁側でシラスがボソボソと、解体の順序について講釈を垂れているようだった。 時間も押しているので素早く頭部を切り離し、四肢を切断する。 レムは胴体のみとなって最初期の幼生へと戻っていった。
「……さすが。 速いです」
「あれ!? もう終わった? あー! 橋の上で見たレムちゃんになってる! 」
「モタモタしてたらまたふざけ始めそうだったからな。 終わらせた」
「ふざける? あれが私たちの本気だよ慶ちゃん」
「わかってる。 本気になる前に終わらせた、って意味だ」
水嶋が小さくなったレムに気を取られている間に、俺はシラスに詰め寄った。
「シラスどうした。 ちょっとおかしいぞ」
「す、すみません……ついついゆうりちゃんのテンションに引っ張られてしまって……」
シラスは抱えている人形で口元を隠し、恥ずかしそうに目を伏せた。
正直、その気持ちは痛いほどわかる。 引っ張られるどころか、引きずりこまれてしまうのだ。 俺は何度もそれを経験しているから、頭ごなしに否定する気にはならない。
「ねぇねぇ、工程とか解体の順序を無視するとどうなるの? しらすちゃん」
「あっ、……ええと、ですね。 コクが出てしまいます」
「……味に深みが出て美味しくなるの?」
「いえ……食べるわけじゃないですから。コクというのは、『黒』と書いてコクです」
「黒……?」
シラスの説明では何がなんだかわからないだろう。 ……そろそろ頃合いか。
俺は赤子を抱える母親のようにレムを抱き上げて、水嶋の前に立った。
「ほれ、見てて」
幼生に返ったレムの身体に、ブクブクと黒い泡が立ち昇る。 水嶋はぐっと顔を寄せて、その光景を食い入るように見つめていた。
全ての泡は次第に中央へ収束し、テニスボール大の黒い球体となって体内に浮かぶ。
「黒い……ボールが出た!」
「紫苑さんの話に出てきたろ? レムには、消化し切れなかった負の感情を溜めておく器官があるんだ。 ちゃんと手順を踏んで捌くと、それが浮き上がってくる」
俺が目配せをすると、それに気付いたシラスが頷いて、レムの体内に手を突っ込んでいく。 黒を優しく両手で包み込み、ゆっくり引き抜くと、水嶋の眼前に寄せた。
「ゆうりちゃん、これが黒です」
抱えていたレムが、スマホのバイブのように振動する。 すぐに原型を保てなくなり、俺の腕から零れ落ちていった。
これが、レムの終わり。 つまり死だ。
「はぇ〜……なんだろう……たしかに黒いんだけど、黒よりも黒いというか……うまく言えないけど、不思議な気持ちになってくるね」
「この黒は、レムにとって非常電源みたいなものなんだ。 弱点を突いて硬直したレムも、色を抜いてクラゲになったレムも、ただ電池が切れているだけで、死んではいない。 ここまでの駆除の工程や解体の手順を無視して攻撃を続けると、緊急回避行動として、この非常電源を作動させる。 その状態を『コクが出る』って言うんだ」
「……コクが出るとどうなるの?」
「戦闘力が跳ね上がって、引くほど好戦的になる」
「ふぅん……なんか楽しそう」
シラスから黒を受け取った水嶋はそれを月明かりに翳して、まじまじと眺めていた。 しばらくするとシラスと共に縁側へ戻り、また腰を掛けた。
「今回の個体はまだ完全に羽化してなかったし、弱かったから悠長に捌いていられたけどな。 厄介な個体だとこうはいかない。 モタモタしてるとコクが出ちゃうから」
「……なるほど。 オーケー、大体の世界観は掴んだぞ」
彼女は縁側で足を組み、難しい顔で球体の黒を片手で弄んでいた。 さすが水嶋だ、吸収が早い。きっと脳がスポンジなのだろう。
大体の世界観を掴んだ水嶋は、何か企んでいるかのような、不敵な笑みを漏らしていた。
……なるほど、やっぱそうなるよな。
面白がるのは結構だ。 俺だって楽しんでもらいたい一心でここまでやってきた。 ただこの様子を見るに、彼女は自ら危険な状況に身を晒していく可能性が高い。 コクが出たレムを見たいが為に駆除の邪魔をしてきたりとか、そんなビジョンがありありと浮かんでくる。
……うん。 想定内だぜ。
「水嶋、武器が欲しいって言ってたよな」
この世界は夢と違って、ほっぺをつねっても目覚めないし、殴られれば血が出る。足の骨を折られれば歩けない。
「これを持ってろ。 ヤバイと思ったら撃つんだ」
水嶋に一丁の銃を手渡す。
俺が新人の時、初めて生成した武器だ。
「え? なにこれ。 水鉄砲? 」
「違う。 加圧式ウォーターガンだ」
「いや、だから大きな水鉄砲でしょ。 横文字使いたい年頃か」
「いいか? いざとなったらこれを撃て。 まぁ、俺がそんな状況にはさせないけどな。 念の為だ」
「……ギャグなの? 散弾銃ちょうだいよ、散弾銃。 あ、この水鉄砲あれでしょ? このレバーをシコシコすると勢いよく射……発射するやつでしょう?」
「おい言い方に気を付けろ。 ……そうだ、銃身の下に付いてるレバーを高速でシゴけばポンプ内が加圧される。 その後引き金を引けば、ビューって出るから」
「その言い方もギリギリな。 というかこれ、水が出るのだよね? レムちゃんと水遊びでもしろってか」
「いや、白い液体が出る」
「さすがに狙いすぎだろド変態」
「違うんだって。 大真面目なんだって」
隣でクスクスと笑っていたシラスが、水嶋の肩を叩く。 手を差し出して加圧式ウォーターガン【KIT-14】を受け取った。
「……懐かしい。 やっぱり、洗練されたデザインです。 これは慶太さんが新人の時によく使っていた道具です。 今の彼には必要がなくなりましたが……ええ、よく覚えています」
シラスは様々な角度からそれを眺めて、懐かしそうに目を細めていた。
そんな愛おしそうに睨め回すほど愛着あんのか? いやどう考えても嘘じゃん。 新人の時に使ってたとは言っても、多分一ヶ月も使ってねぇわそれ。 適当抜かしてんじゃねぇぞシラス。…… あ、こいつ多分あれだ、会話に入りたかっただけだ。 可哀想だから泳がしておこう。
「……ゆうりちゃん、色抜きを思い出してください。 抜けていく色の中に、白と黒はなかったはずです」
「あー……気にしてなかったけど、言われてみれば」
「……レムは真っ白な液体が苦手なんです。 ゆうりちゃんがもし襲われそうになった時……これをレムに向かって撃てば、ある程度動きを制限する事ができます」
「へぇ〜……なるほど、ありがとう。 じゃあ一応持っていようかな。 真っ白が苦手なのかぁ……もしレムの体内に白色があったら、それはどんな感情の色なんだろうね」
幽体の世界では【純白のレム】という都市伝説がまことしやかに囁かれている。 純白のレムとは、赤ん坊の感情のみを取り込み続けたレムの事で、その名の通り全身が純白。 白鳥のような姿をしているそうだ。 勿論見たことはないし、噂の域を出ないけれど。
水嶋はウォーターガンを構えて「ほっ、ほっ!」と戦闘の予行練習をしている。 しゃがみ込んで狙いを定めたり、シラスに銃口を向け、ホールドアップさせてじゃれあっていた。
彼女の質問に対する答えになる気がしたが、【純白のレム】の話はしなかった。
この光景を眺めていた方がよっぽど有意義だ、と直感していたからだ。




