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『とりあえず、キスでもしときますか?』


 身動きが取れない。

 何故なら、全裸で腕を縛られているから。

 俺はここで殺されるのだ。

 

 何もない正方形の部屋。

 全面ガラス貼りで、外には見渡す限りの真っ青な海。ここは、断崖絶壁に建てられた【処刑場】だ。


 目の前には男が3人。

 見覚えのある顔だが、どうしても名前が思い出せなかった。

 作業服を着た男が、薄ら笑いを浮かべながら近付いてくると、全裸の俺にブラジャーとパンツを履かせてくる。

 俺は奥歯を噛み締めて、羞恥に堪えるように顔を背けた。その様を見た男達が、下卑た笑い声を響かせている。


 視線を上げると、髭を生やした筋骨隆々の男が、生卵を溶いて自らの全身に塗りたくっていた。

 その異常な光景に息を呑む。

 鍛え上げられた肉体は溶き卵で艶やかにコーティングされて、禍々しく黒光りしている。これからパン粉をまぶして油に飛び込み、カラッと揚がる算段だろうか?


 よく見るとその男の着衣は、表面積を極限まで抑えたブーメランパンツのみである。

 その立ち姿に途方もない凶悪さを感じて、全身に悪寒が走った。


 「なぜ……生卵を全身に?」


 俺は疑問を口にする。


 「この行為が俺を、俺足らしめるものだから」


 男はそう答えると、急接近してきて俺の顎を掴み、「良質な……タンパク源さ」とウィスパーボイスで囁いた。

 

 ……タンパク質の話をされたら、流石の俺もお手上げだ。打つ手がない。

 経口摂取しろよ、なんて野暮な事は口が裂けても言えない。彼は、栄養を皮膚から取り込むタイプの生物かもしれないからだ。

 

 その男が唐突に左手を上げると、後方にいた小太りの男が「へいっ!」と応えて一本のフランスパンを差し出した。

 それを手に取り、俺が履いているパンツの内側へ強引にねじ込んでくる。

 フランスパンはパンツの内側を斜めに貫通して、俺は帯刀した侍の如き佇まいになった。


 「チップ代わりだ。食べていいぞ」


 なるほどね。

 セクシーダンサーの衣装にチップを挟むような行為だったのか。

 現金ではなく、フランスパンを。

 ふむ、なかなか洒落が効いている。

 いや、よく考えたら全然効いてないかもしれない。


 この修羅場をどう切り抜けるか、考える時間が欲しかった。


 「頼む……この下着を……この下着だけは脱がしてくれ。全裸のほうがまだマシだ。これじゃ、死んでも死に切れない」


 「命乞いはしないのか。潔いなぁ、お嬢ちゃん。だが答えはNOだ、美しく死ねると思うな」


 俺の懇願は男達の嘲笑に変わる。

 もうダメだ。このまま俺は、女性用下着にフランスパンを携えたまま殺されるのだろう。


 「どう殺されたい?いくつか候補がある。選ばせてやるよ」


 目の前にホワイトボードが迫っていた。


 1 圧殺

 2 撲殺

 3 刺殺

 4 圧殺


 ……圧殺が二つある。撲殺と刺殺を圧殺で圧殺しようとしている。


 「……1と4の圧殺は、何が違うんだ?」


 「これから死ぬってのに、欲しがり屋さんだねぇ!……ま、冥土の土産に教えてやるよ。俺に圧を掛けられるか、後ろの小太りに圧を掛けられるかの違いだ」


 「なるほど。そんなちゃちな土産じゃ天国の母さんにも届けられそうにない。刺殺で頼む」


 「オーケー、すぐに楽にしてやる」


 半ば諦めかけたその時。

 突如、眩い光が俺の視界を奪う。

 俺は目を細めながら光源を探った。


 ……上だ。天井を四角く切り取った天窓から強い光が放たれている。

 そこには、水嶋優羽凛の姿があった。俺はその姿を確認した瞬間、言い知れぬ安堵感に包まれていた。


 【水嶋なら助けてくれる、あいつならやってくれる筈だ】


 という、「信頼」とも呼べる感情が湧き上がってくるのだ。


 屋根の上にいる水嶋は、手鏡で太陽光を反射させて、俺の顔面を責め立ててくる。

 この攻撃を受けるのは小学生以来だろう。

 俺が眩しさに顔を顰める度に、水嶋は腹を抱えて大爆笑していた。

 

 なにやってんだあいつ。 やっぱり役に立たねぇわ。

 しかし、どちらにせよ、水嶋が来ているということは……


 「ハハハっ!」


 「何がおかしい? 狂ったか?」


 目の前でナイフを研いでいた生卵男が、訝しげな顔を俺に向けた。


 「周りを見てみな。囲まれてるぜ? お前たち」


 俺は顎で海の方を示す。

 いつの間にかこの【処刑場】は大艦隊によって包囲されていた。

 ニンジン、じゃがいも、玉ねぎなど、様々な野菜を模した戦艦の群れが、この絶壁に押し寄せている。


 そして、大艦隊から放たれた一機のヘリ。

 その機体は赤く、プロペラは緑。

 トマトを模したそのヘリコプターは、この【処刑場】の真上でホバリングしていた。


 「てめぇ!仲間を呼んでやがったのか!」


 「俺が呼んだわけじゃない。あいつらが来てくれたのさ。仲間って、そう言うもんだろう?」


 身体の芯に響くような砲撃音。

 絶壁に着弾したのか、地鳴りと共に【処刑場】が大きく揺れる。

 男たちは体勢を崩して、その場に倒れこんだ。


 「防災頭巾だ!防災頭巾を持ってこい!」


 生卵男が防災頭巾を求め、叫ぶ。


 【あー、マイクテスト、マイクテストォ。えーと……小太りと作業服とホモマッチョ、お前ら包囲したからなぁ!慶太返してもらうぞぉ】


 紫苑さんの声だ。

 

 天窓が破られ、そこから水嶋が降りてくる。着地と同時にバタフライナイフを取り出して、俺を縛り付けているロープを、馴れた手つきで捌いてくれた。


 「サンキュー、水嶋!」


 「不本意だけどね」


 「そこは本意で頼むわ!」


 小太りと作業服、二人の男は機関銃を持って外に飛び出していく。

 

 トマトヘリから梯子が降りてくる。

 俺は水嶋の腰を抱きかかえて、梯子に手をかけた。世紀の大怪盗よろしく、美女を抱えてクールに脱出するのだ。


 「相原くん」


 「えっ、なに? ちょっと今からカッコいい捨てゼリフ的なヤツ言おうと思ってたんだけど」


 「その格好で?ブラしてるみたいだけど」


 「あ、うん……」


 「自分で行けるから、手を離してもらっていいかな?」


 「あ、そう……?なんか、こんな変態が気安く抱きかかえちゃってごめんね」


 抱えていた水嶋をリリースする。

 彼女は俺が腕を回していた辺りを両手で払って、着衣の乱れを整えていた。

 

 「あー……そう言えば相原くん。上空のトマコプター、誰が操縦してると思う?」


 「いや、知らないけど……トマコプターって言うんだ、このヘリ」


 「操縦者の名前、本当にわからない?」


 名前……一瞬だけ記憶を辿ると、意識の表層に、一人の人物の名前が浮かび上がってきた。


 「あ、ちょっと待って、言わないで。わかった気がする」


 「じゃあ、せーので言ってみようか?」


 俺は水嶋の提案に頷く。


 「せーのっ!」


 【べにしぐれ、ごう!】


 綺麗に声を揃えた俺たちは、互いに笑みを浮かべてハイタッチを交わした。


 「来てくれたんだ……ゴウさん」


 「不本意だって言ってたよ」


 「さっきからそれさ、俺に伝える意味ある? 有り難みが4割くらいカットされるけど」


 水嶋はスイスイと梯子を登っていく。

 スカートなのでパンツがよく見える。澄み切った空よりも遥かに美しい水色だった。


 「あ、じゃあそんな訳で……俺行くんで。生卵が臭う前にシャワー浴びた方がいいっすよ」


 防災頭巾を被った生卵男が、呆れたような表情で立ち竦んでいる。


 「お前にはいつも、逃げられてばかりだな」


 生卵男は諦めたのか、胡座をかいて座り込むと、上目遣いで俺を睨んだ。


 「逃げて逃げて、なんとかここまで生きてきた……俺の名は相原慶太。地獄の底まで逃げる男だ」


 「ダセェ決めゼリフだ。それなら、地獄の底まで追いかけてやるぜ」


 トマコプターが上昇を始める。

 割られた天窓から飛び出ると、周囲はとっぷりと夜の色に染まり、月明かりが大艦隊を照らしていた。


 梯子にしがみついたまま、満月に向かって上昇していく。心地よい浮遊感だ。


 ……浮遊感? あ、これって。



 ———————————————



 「……きたぁ!!」


 ……幽体離脱(ぬけた)

 眼下には水嶋の身体が横たわっている。


 幽体離脱の導入は、「夢」。

 毎回決まって【何かに追われる夢】や【追い詰められる夢】を見る。

 夢を見ている時は幽体離脱の事などは一切頭にはなく、一人の登場人物としてストーリーの中に埋没する。

 夢の中で危機的状況から逃げ切った時に、『浮遊感』に包まれ、それが幽体離脱のきっかけになるのだ。


 「幽体離脱って、肉体(いれもの)は関係ないのか……」


 少し安心した。つまり、水嶋は俺の身体でぐっすり寝ているということだ。

 幽体離脱は肉体の機能ではなく、心の機能なのか。


 身を寄せ合って眠る姉妹を眺めながら、天井をすり抜けて屋根の上に出た。

 さっきまで見ていた夢はもう思い出せなかった。心地よい浮遊感だけが幽体に残っている。


 「うん、せっかく幽体離脱(ぬけた)し、バイト行こう」


 集合場所である祥雲寺の方向に見当をつけて、寝静まった住宅街の上空を飛んでいく。


 ……今日くらいサボってしまおうかなぁ。

 俺は皆勤賞を貰ってもいいくらい、毎日真面目に出勤しているし……入れ替わりっていう異常事態に直面してる訳だから、誰も咎めやしないだろう。

 ……うん、とりあえず相原家の様子でも見に行くか。


 旋回して方向転換をすると、相原家の方角から、可愛らしいパジャマ姿でふわふわと浮遊してくる女の子の姿が見えた。まさかな、と思いつつこちらも接近する。


 「……ウッソだろおい」


 水嶋だ!

 何故か胸の前で手を合わせ、『祈り』のポーズを取っている。目を瞑っているようで、俺の目の前をゆっくりと通過しようとした。


 「水嶋ぁ!」


 水嶋は振り返ると、『祈り』のポーズを解いて、その両手で口元を抑えた。


 「うそ……」


 「なんで水嶋が……?」


 彼女はふわふわと近づいてくる。


 「慶ちゃん! 夢でも会えるなんて、夢みたい!」


 「乙女か」


 言葉の意味を理解する前に、思わず突っ込んでしまった。彼女の表情と語感から、反射的に出てしまったツッコミだった。

 水嶋は俺の幽体をぐるりと一周して、ペタペタと顔を触り、髪の毛を弄ってくる。


 「な、何してんの水嶋」


 「えへへ」


 えへへ!? なんだちくしょう可愛いなぁおい!


 「私、()()()()()()()()!念じてたら本当に慶ちゃんが出てきた!」


 ……ん?明晰夢?


 「あ、いや、違うよ水嶋。これはつまり……夕方話した幽体離脱って奴で」


 「わかったわかった」


 俺の言葉を遮って、手を握ってきた。


 「な、なに」


 彼女は下を向いていた。

 「おほん」と小さく咳払いをしてから、顔をこちらに向ける。


 「と、とりあえず、キスでもしときますか……?」


 「なんで!?」


 挨拶がわりにキッスとか幽体コミュニケーションの権化かよこいつ。

 はじめての幽体離脱でテンションがおかしくなっているのだろう。俺がしっかりとエスコートしなくては。


 「なぁ水嶋、ひとまず俺について来てくれないか?」


 「うん、ついていきます」


 素直!驚天動地の素直さ!


 俺が進みだすと、水嶋が後をついてくる。

 とても楽しそうに瞳を輝かせて、上空からの景色を堪能しているようだった。


 ……俺の手を、しっかりと握りながら。


 本当に、()()()()()()()だ。

 甘ったるい感情にどっぷりと浸り、俺達は祥雲寺に向かった。


 ……どっぷり浸かってる場合じゃないわ、これ。

 

 


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異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
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