表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/101

田中くんの異変、その陰で入れ替わる2人


 食欲を満たした俺は、窓際の最後部に位置する座席で数学教師(吉岡先生)子守唄(授業)を聞きながら睡魔に襲われていた。ちらりと横目で隣を覗くと、水嶋は消しゴムでノートを擦っている。


 俺と水嶋の使用している消しゴムは同じメーカーのもので、カバーに青と黒のストライプがデザインされた、割とポピュラーなタイプのものだ。


 俺は「無意識に消しゴムを爪で千切る」というアホみたいな癖を時々発動するので、消しゴムの表面はボロボロだし、本体が小さくなってカバーが余ればすぐに外して捨てる。そして、よく失くす。


 一方、水嶋の消しゴムは綺麗なものだ。俺は、水嶋の異常な几帳面さに畏怖を覚える程だった。

 水嶋は消しゴムを何度か使うと、黒ずんだ部分が気になるのか、机を擦って「消しゴムの掃除」をする。


 「文字の掃除をする消しゴムを掃除する」


 箒を毎回水洗いして干しておくような行為。ズボラな俺にしてみれば、狂気の沙汰である。


 だから、彼女の消しゴムは真っ白な状態を保っていることが多い。

 摩耗して半分くらいのサイズになっているが、余ったカバーは丁寧にハサミで切り取られている。

 卓上に展開する教科書やノート、ペンケースの定位置も決まっていて、その配置が乱れているのを見た事がない。


 水嶋は、()()()()()()()


 先日その事について言及したところ、「人のは全然気にならないけど、自分のは気になる」という返事が返ってきた。その答えに、何故か少しほっとした。


 ぼんやりと自分の机を眺めていると、目の前にウサギの形をした小さな紙が滑り込んできた。水嶋からのメッセージだ。席が隣同士になってから、彼女は時々このウサギ型のメモを使って俺に絡んでくる。


 【田中くんの挙動が気になって仕方ない。大丈夫かな?】


 メモにそう書かれていたので、前方の席に座っている田中くんに目をやる。


 田中くんは頭を抱えながら、猛烈な勢いで貧乏揺すりをしていた。その隣の席の原口さんが自分の机を遠ざけている。


 【多分、万歩計の数を稼いでる】


 俺はメモに書いて水嶋に返した。


 【授業中に万歩計の数を稼ぐ意味あるの?】


 【田中くんは陸上部だから】


 【うちの陸上部って万歩計の数値を競う集団なの】


 【大雑把に言うとそんな感じだろ、いつも走ってるし】


 メモでそんなやりとりをしながらも、田中くんへの心配は募るばかりだった。田中くんを授業から離脱させてあげたい、その一心で俺は立ち上がろうとした。


 その時、俺よりも一瞬早く田中くんが大きな音を立てながら席を立った。


 「先生……ちょっと具合が悪いので、保健室に行ってもいいですか」


 田中くんは先生の返事を待たずに、周囲の女子が悲鳴をあげる程の勢いで教室から飛び出して行く。

 突然の強引なエスケープに慌てた先生が、後に続いた。


 教師と田中くんが離脱した教室は騒然としている。


 「田中くん、どうしたんだろう」

 「うん、唐突な腹痛に襲われた、くらいならいいけどね」

 

 しばらくして先生が教室に戻ってくると、「田中は大丈夫そうだ。悪かったね、授業続けるよ」と言って、何事もなかったかのように授業を再開した。


 【大丈夫かな?田中くん】


 水嶋からメモが届く。


 【そんなに田中くんが気になるの?(笑)】


 俺は性格が悪い。そして、とても幼稚だ。自分が書いた文字を見てそう思った。

 一度消しゴムを持ったけど、そのまま返した。返さずにはいられなかった。


 【それってどういう意味?】


 もう、返事をしたくなかった。俺はウサギ型のメモをポケットに押し込んで、机に突っ伏した。

 寝よう、もう寝てしまおう。起きた時には水嶋も、このやりとりを無かったことにしてくれるだろう。


 眼球を極限まで端に寄せて、水嶋の様子を確認する。水嶋はウサギ型のメモに向かってシャーペンを走らせていた。


 書いた文字を消しゴムで消す。

 シャーペンに持ち替えて、書く。

 再び消す。

 またペンを持ち、書く。

 動きを止めて、消しゴムに手を伸ばす。


 水嶋が伸ばした手は消しゴムを弾いて、ちょうど互いの机の間に落ちた。

 俺はそれを見て、反射的に拾い上げようとした。

 

 ゴツッ!


 頭がぶつかった。

 俺は消しゴムを拾い上げる直前に、水嶋の頭が近づいてくるのを視界に捉えていた。

 俺と水嶋は同時に消しゴムを拾い上げようとして、頭をぶつけたのだ。

 いや、そんな過程はどうでもいい!痛い!

水嶋をここまでの石頭にした神様の意図が読めない!


 クラクラする。視界にちらちらと光の粒が舞っていた。


 「痛ってぇ……悪い、水嶋。大丈夫か?」


 顔を上げると、目の前に居たのは相原慶()太だった。


 「なんて事ないよ、水嶋さん。さぁ、まじめに授業を聞こうじゃないか」

 

 目の前の()はそう言うと、ピンと背筋を伸ばして座り直した。


 あれ? なんだろう、この状況。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ