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勇者御一行様は東口を利用する


 俺は念のため遠回りして、公園とは反対側にあたる東口へ向かった。

 駅前は人でごった返している。 特にスーツを着たサラリーマンの比率が高く、周囲に不良達は見当たらなかった。


 ……こんなにも信号が青に変わるのを待ち望んだ事が、これまでの人生であっただろうか? 焦燥感は募るばかりだ。 水嶋は「改札を出たところで待っている」と残して走り去ったから、水嶋の地元の駅で落ち合うということなのだろう。

 何度か電話をかけてみたが、虚しくコールが続くだけだった。


 とにかくこの横断歩道を渡れば駅の構内に入っていける。 俺は信号とスマホを交互に見ながら、電車の時刻表を確認した。

 駅の周辺には、水嶋の生卵爆撃を受けて怒りに震える不良たちが待ち伏せしている可能性がある。

 しかし薄暗い公園での出来事だ、はっきりと顔まではわからなかっただろうし、ここは幸い、清涼高校の生徒が大勢利用している駅だ。今も周囲を眺めればチラホラと清涼の生徒が歩いている。

 木を隠すなら森の中。 決して慌てず、挙動不審にならないよう、平然と電車に乗り込めば大丈夫だ。


 ……あれ? なんだろう、左半身に異常な威圧感がある。 視線? 誰かがこっちを見ている?


 スマホに注いでいた視線だけを信号へ移す。 ちょうど青になったところだった。

 信号待ちをしていた人だかりが、横断歩道になだれ込むように動き出す。 俺はその流れに乗る一歩を踏み出しつつ、威圧感のする左方向へちらりと顔を向けた。


 嘘だろ、さっきのフランスパンだよぉ……! スキニージーンズのフランスパンが俺を見下ろしながら並走している……! しかし、焦るな。 動揺を悟られぬように、じわじわと距離を取るんだ。


 ……あ、ぴったり寄せてくる!マンツーマンディフェンスだ!

 

 よくよく考えると、スティックパンの対の存在として「フランスパン」というマイルドな命名をされていたが、単体で見るとスライス前のチャーシューじゃないか。

 ……そんなことはどうでもいい。あぁ、パニックだよ。どうすんだよこれ! 改札に入ったら女子トイレに飛び込むか? いや、駅員に助けを求めた方がいいかもしれない。

 そうだよ、どちらにしたってこんなに人が多いんだ。向こうだってこんなひ弱な女子に手荒な真似なんか出来るわけないじゃないか。


 「おい、君はさっき公園にいた女だろう」


 生けるチャーシューが目の前に立ち塞がり、声を掛けてきた。

 

 近い近い……。 顔が近いよぉ……!

 どんな教育を受けてきたら容易く女性のパーソナルスペースをぶち破れる精神が育まれるんだよ。


 「な、なんですか? 私、急いでいるんで」


 「もしもし、多分見つけたぞ女の方。うん、東口の改札辺り」


 電話をしている。 チャーシューが仲間呼んでる!

 競歩ばりの速度で横からすり抜けようとした瞬間、身体を後方に引っ張られた。


 「ぐぇ」


 不敵な笑みを浮かべ、俺の背負っているリュックをがっしりとホールドしている。

 

 「おっ、大声を出しますよ……!? 」


 「いいよ」


 「えっ!」


 「だって、そもそも悪いのはお前らだろ? 俺たちはたまたまボールをぶつけてしまっただけだ。 謝ったしな。 100人に事情を説明したら、98人くらいはお前らを責めると思わないか?」


 「あー……いやいや、まず私には何の事だかさっぱりわからないので……」


 ごもっともじゃないか。この男、こんな風貌で冷静に追い込んでくるのか? 怒り狂った不良ってもっと感情任せに怒鳴ったりするもんじゃないのか?

 お前のそのポップな風貌はどう見積もっても不良グループ随一のお調子者キャラなんだよ。

 周りが活躍してる中で1人だけ凡ミスとかして足引っ張るけど、持ち前の愛嬌のお陰で憎まれることはない、みたいな存在だろお前は。

 飄々とクールなインテリヤクザみたいな空気を醸し出してんなよ、そういうの豚に真珠って言うんだぞ。


 俺よ、冷静であれ。ここで大声を出して騒ぎにしようものなら、長時間の拘束は避けられない訳だし、下手をすれば家庭にまで報せがいく事態にもなり兼ねない。


 「なぁ、おねーちゃん。こっちにはさ、証拠もばっちりあるんだよ。生卵でコーティングされた愛車が路肩に並んでるんだよ?」


 水嶋、バイクに卵ぶつけたのか。「パキャッ!」っていう軽快な響きはバイクに卵が直撃した音だったんだな。


 ……ん? よく見るとこの豚、毛髪に卵の殻がたくさん絡んでるな。

 もしかして今日生まれたのか? この豚は卵から生まれてくるタイプの生物なのか?

 ……いや違う、水嶋がヘッドショットを叩き込んだのだ。 何を抜群のコントロール見せ付けてくれてんだあの野郎!


 2人の男女が走り寄ってくるのが見える。男の方は頭にタオルを巻いていて、ダッボダボの作業ズボン、所謂(いわゆる)ニッカポッカを履いていた。

 女は品のないまだらな金髪で、犬のキャラクターの刺繍が入ったスウェットの上下を着込んでいる。何の集団なのこの人たち、年幾つだよ。


 「あ!この女だろ絶対! 制服こんな感じだったし、チビだし髪型も同じだ」


 「清涼の制服だなぁ、これ」


 外堀が埋まっていく。これ以上集まればいよいよ脱出不可能になる、その前になんとか隙を見て逃げ出すしかない。


 「な、何ですかあなた達。 私が何をしたって言うんですか!」


 「テメーの彼氏が生卵ぶん投げてきたんだろうがぁ!」


 金髪の女が絶叫すると、行き交う人々の視線がこちらに注がれた。その誰もが、我関せずといった様子で素通りしていく。

 神様、先程は「味方をしてくれない」なんて卑屈な発言をして申し訳ありませんでした。どうかこの窮地を脱する知恵を私めにお授けください。


 「ゆーり、何やってんだお前」


 聞き覚えのある声に振り返ると、若い男性の集団がこちらへ向かってきた。

 10人ほどいるだろうか? パッと見ただけでも威圧感が尋常ではない。大半は体格がよく、鍛え上げられた肉体である事が着衣の上からでも一目でわかる。

 ヒゲを生やした人がちらほら目についた。平均年齢は20代中盤くらいだろう。

 ……ただ、学生服を着た男が中央に1人いた。


 声を掛けてきたのは、小早川(コバ)だった。


 なんて奇跡的なタイミングなんだろう。神はいたのだ、いい感じのフォローを頼む。


 「こ、コバ……! なんかよくわからないけど、絡まれてて……どうしたらいいのか……」


 コバは俺の言葉を聞き終わる前に、不良達の方へ近づいて行った。


 「この子、俺の連れだけど。なんか用?」


 「あ? なんだお前。こいつの彼氏が俺たちに喧嘩売って逃げやがったんだよ」


 作業服の男がそう詰め寄ると、コバがこちらを振り返る。


 「わ、私……知りません、そんなこと」


 俺は表情で嘘がバレるタイプなので、俯きながら答えた。


 「この子はついさっきまで俺と飯食ってたんだぞ?人違いじゃないのか?」


 「いーや、絶対にそいつだね。その制服を着てたし、背丈も一緒。髪型もそうだ」


 「それだけの情報で絶対なんて言葉を使うんじゃねぇよ。似たような清涼の女子高生なんてここらにはゴロゴロ居るだろう」


 コバと一緒にいた集団が「どうしたの?トラブル?」などと口にしながら俺の前を過ぎり、彼らを囲むように近づいていった。

 不良達は見るからに屈強な男たちに囲まれて、明らかに萎縮している。金髪の女が「ねぇ、勘違いだったんじゃないの……」と呟く声が聞こえる。


 こ、コバかっこいい!こんなに男気のある奴だったのか!?


 周りからはイケメン男子高校生が厳つい武闘派集団を率いてヒロインの女の子を助けているように見えるだろう。しかしその認識は、多分間違っている。

 ハーレムを形成し引き連れて散歩していたイケメン勇者が、困っている「村人A」に、一ミリの下心もなく助け船を出している。俺の目には、そんな構図に見えた。


 作業服の男は鬼の形相でコバを睨みつけている。今にも飛びかかってきそうな勢いだったが、隣に立っていた豚が「落ち着け、マサ」と言ってそれを制すと、「悪かった、勘違いだったかもしれない」と続けて踵を返した。

 ……戦力差を冷静に分析して、自らのプライドよりも仲間の無事を優先するスタイル!

 立ち去っていく肥えた後ろ姿がもの凄くかっこよく見えてきた!


 「大丈夫だったぁ? なんかされてない? どうして絡まれちゃったの?」


 整髪料でビシッと決められたツーブロックの短髪。

 丁寧に刈り揃えられた男らしい顎鬚(あごひげ)。それらが見事に調和して、ダンディな男の色気を醸し出しているスーツ姿の男性が、俺の乱れた制服の襟元を正してくれた。


 「ゆーり、何があったんだよ。 お前早退したんじゃなかったのか?こんな時間まで制服で……何してたんだ」


 「あ、ありがとう……本当に助かりました」


 俺はコバと、その愉快な仲間たちに対して、深く深く頭を下げた。一刻も早く水嶋の元へ向かわなくては。

 

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異世界転生チーレムギャグ小説も書いております。 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 ←よかったらこちらも覗いてみてください!
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