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隠者ヴァイ  作者: 周詞エッダ
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第一章 巫女イズミ

第四節 ゴグルと呼ばれた男


発条ぜんまいはザリザリザリと音を立てる。

砂地を行くと車輪が砂を噛み、音はますます大きくなった。

「材木がいるな」

と言ったのは、篝火の前に座り込んだ男だった。

渇いた大地に座り込み、満点の星空の下、激しく炎を噴き上げる篝火かがりびを焚き、男は暖を取っていた。

この地域は昼夜の寒暖の差が激しい。

昼は外套が不要なほどの陽気でも、夜になると底まで冷える。

暖を取るためにも材木は必要だったが、それよりも車輪の損傷が焦眉の急であった。

炎が弾ける。

明るい茶色の髪は炎に照り映えて明るく輝き、その大きな目玉には炎だけが映っている。

剣を下げる腰のベルトは左だけが黒く汚れている。それは彼の戦いの軌跡でもあった。

彼は炎を見つめたまま、

「ディクスン、」

側近の名を呼んだ。

ぬし、ここにっ、」

呼ばれて転ぶように駆けてきたのはひょろりと背の高い白い顔の男だった。

舌を噛みそうな勢いで返事をすると、篝火のすぐそばに立つ。主の言葉を聞き逃さないためである。炎が彼の白い顔を舐めて真っ赤に染め上げたが、彼はそれすら気づかなかった。

主と呼ばれた男は顔を上げようともせず、

「伐採はもう済んだのか」

とだけ尋ねた。

「はい、すべて伐採しました」

ディクスンは緊張の面持ちで応える。

「すべて?」

主は聞き咎める。真っ黒な瞳に炎を揺らめかせ、

「すべて?」

もう一度繰り返す。

「入り江から、山の境界まで、平地の木々はすべて伐採しました」

「山の境界?」

主はまた聞き返す。

「…山の境界までのすべての木々を、」

「山頂にも緑が残っているのを見たが」

「…山頂は、まだです」

「ならすべてではないな」

「…はい」

「俺は伐採はもう済んだかと聞いたよな」

「…はい」

「お前はすべてと言った」

「……はい」

「なのに、山頂はまだだと言う」

「……」

「ディクスン」

「……はい」

「お前の首は細いな」

「っ、主っ!」

ディクスンはほとんど悲鳴に近い声を上げた。

主の大きな目玉がぎょろりと動く。瞬きの少ない目がじっと見つめる。

「すぐに落とせそうだ」

「明日、山頂の木々をっ、」

「明日?」

「今から参ります!」

ディクスンはバネ仕掛けのおもちゃのように踵を返すと逃げるように走っていった。

車を、と叫ぶ声が聞こえる。

ざわめく声と発条ぜんまいを巻く複数の音がしじまに響き渡る。十数人を引き連れて彼は真夜中に山へと走るのだろう。

くだらないおべんちゃらだ。

どうせ伐採は明日にならなければできない。

痩せた月が上る夜にいったい何ができるというのだ。

彼はディクスンのような怯懦の輩が大嫌いだった。だが、車を修理できるのは今のところディクスンだけである。

「ガシャ、」

また主は側近を呼んだ。

「ここに」

しゃがれた声が聞こえて、右足を引きずりながら白い頭の老人がやってくる。

「領主は見つかったか」

またも主は炎を見つめたまま、口だけを動かして尋ねる。

「南の領主は捕らえました」

「南の話は知っている。ここの領主だ」

「蓬髪のグヴァンはまだ報告がありません」

「覇権を唱える者はみな殺せ。そのための遠征だ」

「承知。ゴグル様もお休みになられてはいかがですか」

「俺は忙しい。寝るなら車の上でもできる」

そう言うと立ち上がる。

「お前の担当は南だったか」

「さようでございます」

「南は終わったな」

「はい」

ガシャが応え終わらぬうちに、ゴグルは腰から長刀を抜き放ち、くるりと一振りするとそのまま流れるように鞘に納めた。次の瞬間、ゴトリと音を立ててガシャの首が地面に転がった。

「ドウマ、」

また彼は側近を呼ぶ。

「は、はいっ、」

顔面蒼白になりながらドウマは喉の奥から絞り出すように返事をする。

「ガシャの弔いをしておけ」

「はっ、はい、」

悲鳴に近い声を上げるドウマを気に掛けることもなく、ゴグルと呼ばれた男は地面に再び腰を下ろす。


ゴグルは異民族の頭目だった。

もっとも生まれた時から、その名で呼ばれていたわけではない。


大陸では”時”がすべてを支配すると信じられていた。

定まった名を持たないのは、”時”に人の寿命を知られないためである。

名を変えた時点で寿命はリセットされ、そこから再びカウントされると信じられていた。

そのため、折に触れ、名を改める風習がこの大陸には広く伝わっていた。

逆に、技を伝承する者は同じ名を何世代にもわたって引き継いだ。隠者ヴァイはその一例である。


異民族はもともと季節ごとに移動を繰り返すジプシーのような民族であった。

領地を持たず、季節ごとの実りを追いかけて大陸を移動していく生活を何百年と続けてきたが、ゴグルが頭目を襲ってからは風向きが変わった。実りとは無関係に略奪のために移動するようになったのである。

だが、それは別に一族のためではない。

彼が王になるためであった。

略奪とともに領地を蹂躙すれば、同時に各地の領主を屠ることができる。

一石二鳥だと彼は思っていた。


すべてを決めるのは”時”だが、”時”がなぜそれを選ぶのかは誰も知りようがなかった。

だとすれば。

ゴグルは考えている。

”時”が選べないようにすればよいのではないか。

覇権を唱える者が一人になれば、”時”といえど選択肢はなくなる。

名を変え、寿命を欺き、俺は俺の望むままに生きるぞ。

ゴグルの戦いは”時”とのいくさでもあった。



痩せた月と星明りしかない暗がりをいくつもの車が走っていくのを、グヴァンは叢から眺めていた。

「車というのは闇夜でも走れるものなのか」

とヴァイに聞く。ヴァイは小首を傾げると、

「走れないと思いますけどね、」

その言葉が終わらぬうちに、どおん、と大きな音がして騒ぐ男達の声が響いた。

「ほらね」

とヴァイ。

「木にぶつかったのか?」

「車同士が接触したようですね。暗闇で走れば普通はそうなる」

「あいつら馬鹿か」

ヴァイは黙って肩をすくめただけだった。

「でも、」

とイズミ。

「南の領主は殺されたと」

震える声でそう言った。

「略奪だけじゃなく、領主も殺すのか」

「富裕層を根絶やしにしているようですね」

「なんでだ?」

「おそらく理由は領主殿を同じかと」

「俺と?」

「大陸を統べるため」

「人殺しが王様になったら暗黒大陸になってしまうぞ」

「覇権を争えば死者は避けられません」

「まあ、確かに俺がなってもきっとそれは同じだな」

ヴァイはグヴァンの顔を見る。

「現実的ですね」

「夢なんか見てたら死ぬからな」

「それは確かに」

騒ぐ男達はあちこちの叢を覗き込んではガサガサと音を立てている。

どうやら破損した車の部品を探しているようだった。

目の前の叢が揺れる。

ヴァイはそっとグヴァンの袖を引く。

退却どきである。

やがて彼らはこの叢も覗くだろう。

見つかる前にこの場を去るのが上策だった。

そっと叢を離れようとするグヴァンの方へゴロゴロゴロ…と何かが転がってくる。

おそらくそれは車輪だった。

その後ろを一人の男が追いかけている。

男はふと立ち止まると、

「お前ら何だ?」

不機嫌な声で誰何した。

ひょろりと背の高い白い顔の男。

グヴァンを見つけたのはディクスンだった。


(つづく)

「蓬髪のグヴァン」は「蓬髪のハーラル」まんまです;;

第一節の後書きでも書きましたが、ノルウェー最初の統一王、ハーラル一世です。

捻りたかったんですが、思いつきませんでした…

大陸の風習などは元ネタなしのオリジナルです。

信じる人いないと思いますけど、念のため。


週末頑張って第一章終わらせたいです。

ちょっと頑張ります。

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