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隠者ヴァイ  作者: 周詞エッダ
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第一章 巫女イズミ

第三節 痩せた月と波の巫女


陽が落ち、痩せた月が暗い空にかかる頃、二人は大河の畔の河原を進んでいた。

最初は疎らに生えていた草も次第に数が増えていき、今やあたり一面、黄色く立ち枯れた草で覆われている。背の高さほどもあろう草は掻き分けるとカサカサと音がした。水辺だというのに渇いた叢が広がる寒々しい光景の中、二つの人影は枯れた音を立てながら先を急いでいた。

「ほかに道はないのか」

いい加減歩き疲れたグヴァンが不機嫌そうに聞いた。

「ないですね」

先を行くヴァイはにべもない。

カラカラに干からびた草は隠者の体が通ると、その反動で撥ね返り、真後ろを進むグヴァンの顔を叩いてくる。それも彼は気に入らなかった。少しだけ距離を取れば避けられるのだが、あまりに細い月夜である。ヴァイの背中を見失うことの方が怖かった。

ふとヴァイが立ち止まる。真後ろを歩いていたグヴァンはヴァイの背中にぶつかった。

「いきなり止まるなっ」

「静かに」

ヴァイが小さく鋭く制止する。

グヴァンは耳をすます。

川のせせらぎ。

カサカサと枯れ草の擦れ合う音。

聞こえるのはそれだけだ。

あたりを見回す。

右を見ても左を見ても白けた草が二重三重に重なり合うのが見えるだけで、その先は暗くて何も見えない。

と、急にガサガサと大きな音がして、すぐ目の前からヴァイの大きな背中が消えた。

グヴァンはあわてて手を伸ばしたが、手はむなしく空を切る。

畜生。

グヴァンは胸の内で悪態をつく。

逃げられたか。

だが、あまりに唐突である。

何度もあたりを見回すが、依然、何も見えはしない。

痩せた月に雲がかかる。

いよいよ周囲は漆黒の闇に沈む。

用心しながらそっと腰の短剣を抜き放つ。

ガサガサガサッと激しい音。

交差するように二方向に分かれていく。

柄を握る拳に力が入る。

音は二つ。

規則正しく素早い音はヴァイに違いない。

もう一つは小走りの乱れたリズム。

あちこちへと迷走した挙句、謎の音は急に方向を変えた。

目の前の叢が激しく揺れ、グヴァンは剣を振りかぶる。

突然、飛び出してきたのは白い顔。

大きく見開いた目。

女だ。

背後から大きな手が女の肩を抱き留めたかと思うと、反対の手でグヴァンの腕を掴んだ。

「きゃあああっ!」

女性は悲鳴をあげた。

「領主殿、」

叫ぶ女の体を抱えたまま、闇から現れたのはヴァイだった。

「大丈夫ですか」

「大丈夫だ。手離せ」

ヴァイは掴んだ左手を離すと、その手でまだ悲鳴が糸を引いている女の口を塞ぐ。そして彼女の耳元に口を近づけると、

「隠者ヴァイだ。波の巫女イズミだね?」

と囁いた。悲鳴が止まる。その目はさらに大きく見開かれ、

「隠者様?」

ヴァイを見上げると乾いた声で呟いた。

「六十五代目にあたる。今は俺がヴァイだ。驚かして悪かった」

ああ、と安堵の息をつくと急に力が抜けたのか、彼女はその場に座り込んだ。が、すぐに顔をあげると、

「里が、」

と言いかける。

「襲撃されたか」

後を引き取ったのはグヴァンだった。

雲が去り、かすかな月影が蘇る。

座り込んだ巫女は若き領主を見上げる。

「お前、本当に巫女か?」

グヴァンが彼女を見下ろして言った。

「巫女ってもっと若いんじゃないのか?」

確かに目の前に座り込んでいるのは二十歳は遥かに越えたと見える成人した女性だった。

「す、すみません…」

とイズミはとりあえず謝った。

「よく言われるんですけど、」

申し訳なさそうに彼女は眉を寄せると、

「波の巫女は処女性より熟練が必要なので…」

「時を祀る巫女は」

とヴァイが補足する。

「成人前の少女が務めますが、波の巫女は技の習得の必要があるので若い者では務まりません」

グヴァンは眉間に皺を寄せると、

「なんだつまらん」

と理不尽な悪態をついた。

「…なんか、すみません…」

イズミはまた謝る。ヴァイは苦笑いして、

「謝るところじゃなくないか?」

と突っ込んだ。

「あの、」

とイズミがおそるおそる尋ねる。

「蓬髪の金髪は、もしかして領主グヴァン様…?」

「そうだ。館が落ちて領主じゃなくなったがな」

「館が?」

「イズミ、お前が波の巫女なら、俺につけ。俺はこの大陸の王になるつもりだ。今の俺には手駒がない。お前の熟練の技とやらを俺のために使え」

イズミは助けを求めるようにヴァイの顔を見上げた。ヴァイは苦笑いして、

「まずはこの場を去りましょう。まだすぐそこに異民族がいるはずだ」

「異民族がいるのか?」

グヴァンは聞く。

ヴァイは頷く。

「見に行こう」

とグヴァンは言った。


(つづく)


若くてかわいい巫女の逆張りをしてみました。

…なんか、すみません。

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