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隠者ヴァイ  作者: 周詞エッダ
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第一章 巫女イズミ

第二節 大河を上るもの


館の外には剥き出しの白けた大地がどこまでも広がっていた。

ところどころに緑が繁り、木陰を作っている。道行く者のオアシスとなるように灌漑工事とともに植えられたものである。

「治める者は何某か生きた証が残るものだが」

グヴァンは点々と続く緑を眺めながら、

「親父が残したのがこの景色だな」

と呟いた。

「多くの者が恩恵を受けていますよ」

とヴァイは言ったが、グヴァンは鼻で笑うと、

「親父がやらなきゃ俺がやってた。税金を徴収するんだ。民が飢えては困る。この土地でオアシスを作らない領主は馬鹿だ」

と言い捨てた。あまりの言い草にヴァイは苦笑する。

「異民族は車で移動しているんだろ?」

グヴァンが問う。

「そのようですね」

「車を見たことがあるか?」

「隠者の血筋は仕掛けにも通じていますから」

「作れるのか?」

「俺は作ったことはありませんが、技術は伝わっています」

「やっぱり親父は馬鹿野郎だ」

グヴァンは吐き捨てるように言うと、

「産業として興すよう俺は親父に進言したのだがな」

「車を、ですか?」

「ああ。お前らが仕掛けに通じているなら爺が隠者を保護したのはそのためだろう。なのに親父はずいぶんと保守的だったな」

「お若いのに世の中に通じておられる」

「俺は王になるからな」

荒涼と広がる大地を二人はずいぶんと歩いたが、すれ違う者は誰一人いなかった。

「もう雨季か」

「人去りの時期ですね」

雨季が来れば川は必ず氾濫する。その前に領民たちは山へと移住するのがならわしで、人がいなくなるために、この季節は人去りの時期と呼ばれていた。川の氾濫は豊かな土壌をもたらす。農作業が始まるのは人去りの時期の後と決まっていた。

「波の里はまだ遠いのか」

とグヴァン。

「さほど遠くはありません。夜には着くでしょう」

「…まだ昼だぞ」

「半日ですよ?」

「半日だぞ?遠いだろ?」

グヴァンは眉間にシワを寄せて隠者を見る。隠者は肩をすくめただけだった。

次第に川が見えてくる。

大河である。

大陸を蛇行して流れ、やがて海へと至る大河はこの地の豊穣にはなくてはならない水源であった。と同時に、あらゆる災厄も大河を通じて訪れる。この時もまたそうであった。

「橋が壊されている」

グヴァンがぽつりと呟いた。

遥か遠くの向こう岸は別の領地だが、交易が盛んだったため、グヴァンの祖父の代に橋が渡され、お互いの領民にとってはなくてはならないものとなっていた。川の中にいくつも支柱を立て、大きな材木を組み合わせて作られた橋は今や無残にも破壊され、濁った川底へと沈んだ材木片となり果てていた。

「館に戻りましょう」

とヴァイは言った。

「なんでだ」

とグヴァン。

「川面に木屑が浮いていない。壊されたのはずいぶん前のようです。これだけの橋を破壊するのは船以外は考えにくいが、ここに船は係留されていない。次の桟橋まで船が移動しているなら、」

「館が襲われるってことか」

流れの先にあるのは領主の館であった。しかし、

「いったい誰が船で大河を上るというのだ」

「異民族です」

「なぜわかる」

「地面に跡があります」

言われてグヴァンは足元を見る。確かに複数のわだちが交差しながら山へと続いていた。

「一部はここで車をおろし、残りは船で移動したのでしょう」

「砂漠を越えてくるものと思っていたが」

異民族の襲来を警戒して、グヴァンは領地の境界に歩哨を立てていたが、これまで何の知らせも来たことはなかった。歩哨からの知らせがないのも道理である。川を船で上ってくるとはグヴァンは予想だにしていなかった。川底の浅い大河を上ろうとする者は今だかつていなかったからである。

「館へ戻りましょう」

もう一度ヴァイは言った。が、

「見ろ」

グヴァンはヴァイの背後を見つめたまま言った。

「煙が上がっている」

振り返ると、遥か彼方の上空に白い煙が細く高く上がっているのが見えた。

「館が落ちたな」

「戻りましょう」

三度みたびヴァイは促した。

「いや」

とグヴァン。

「俺はこのまま波の里へ行く」

若き領主の真意を図りかねて、ヴァイは黙ったままグヴァンの顔を見つめる。グヴァンは憂鬱そうに灰色の瞳で隠者を睥睨へいげいすると、

「館に戻ったところで俺にとってよいことはない」

「どういうことですか」

「親父の頃から仕えている奴らは俺が異民族を引き入れたと思うだろう」

「仰ることがよくわかりませんが」

「俺が親父を殺したからだ」

ヴァイは一瞬黙った。が、

「なぜ?」

「親父が俺を殺そうとしたからだ」

「返り討ちにしたと」

「いや、親父を突飛ばしたら自分の剣が胸に刺さったのだ」

「…自業自得ですか」

「いや、そうでもない。俺は親父が悪口雑言を垂れながらくたばるのを黙って見てたからな」

「側近は知っているのですね」

「あの罵倒が聞こえぬはずがなかろう。親父が息子に刃を突き付けている時には息をひそめて姿も見せず、静かになってからさも今気づいたように悲鳴を上げる根性なしどもだ。因循姑息の輩はみな滅びてしまえ」

言いながらグヴァンはだんだん興奮してきて、最後は激しい口調で呪いの言葉を吐いた。

先の領主が亡くなったのは五年前である。

まだ子供といっていい年頃で、父親に殺意のこもったやいばを向けられたグヴァンの心根を思うと、ヴァイは言葉がなかった。

「俺は大陸を統べる王になる」

唐突にグヴァンが言った。

「だから俺に従え」

ヴァイはグヴァンの顔を見る。またも真意を図りかねた。

「俺は領主でなくなったからな」

「ああ、なるほど」

ヴァイは合点した。館が落ちた今、グヴァンは領主ではなくなった。ヴァイを従わせる新たな理由が必要だった。

「俺に賭けとけ。俺は馬鹿々々しい争いを止める王になるぞ。親が子を、子が親を殺す世の中なんてうんざりだ」

吐き捨てるように彼は言った。

「波の里に行かれるのでしょう?」

とヴァイ。

「この際、使えるものは何でも使う。波の巫女もだ。俺にはもはや手駒がないからな」

「里の場所はご存知ないですよね」

「…ああ、そうか」

グヴァンは眉間に皺を寄せた。

「お前が来ないと俺は困るじゃないか」

ヴァイは笑うと、

「里までご案内しますよ」

空には煙がいつまでもたなびいていた。

夜の帳が下りても、それはやむことはなかった。


(つづく)

忙しくて遅くなってしまいました…

下書きが見つからず、新たに書きながらのアップになりそうです。

遅くなりますが、よかったら読んでやってください。

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