第二章 王グヴァン
第六節 命
バルドイを後にしたヴァイとイズミは巫女を探しながら徐々にガリアスへと移動していた。ガリアスではジョルノの提案で巫女探しは後回しになったのだが、そのことを二人はまだ知らない。
バルドイを出立してから三日ほどが過ぎたが、晴天が依然続いており、雨季の到来にはもう少し時間がかかるようだった。
気になっているのは昨夜捉えた発条の音である。夜半を過ぎた頃にイズミの耳に届いたそれはずいぶんと遠かったが、あまりに数が多く、同時に消えゆく命の波をいくつも捉えてイズミはひどく不安になった。それは波の里が襲われた時ととてもよく似ていた。
「集落が襲われたのでしょう」
固い表情でヴァイが言い、二人は急きょガリアスへ戻ることにした。日が昇るのを待って出立した二人は昨夜何が起きたかをほどなく知ることとなった。
街道沿いには十数個の首が晒され、そのすぐそばに木の札が地面に突き立てられていた。木の札には文字らしきものが書かれている。イズミは読めなかったが、
「ゴグルが統べる、と」
ヴァイは読み上げ、両手でその木札を抜いて抱えると、小高い丘まで駆けていき、札を地面に突き立てて土を掘り返した。何度も突き立てては土を掘り返す。シャベルのようにはいかなかったが彼は黙々と穴を掘った。そしてようやく戻ってくると晒された首の一つを両の手で抱え上げた。そして、
「橋守のゴジです」
と言った。ああ、とイズミは思わず声を上げる。知り合いなのか。そう思うとより一層胸が詰まった。ゴジの頭を壊れ物のように抱えて彼は丘の方へと走っていき、先ほど掘った穴にそっと収めた。そして再び走って戻ってくると一番小さな頭を捧げ持つ。それは子供とわかる頭だった。
「苦しかったな」
両手で掲げてぽつりと呟く。彼は再び穴へと走っていった。何往復もして全ての頭部を穴へ収め終わると再び土をかける。そしてその上に札を差した。
「雨季には浚われてしまうだろうが」
イズミは瞑目する。
「生き返らせることができたらいいのに」
「一度失われた命は取り返しがつきません」
「でも、私は波の巫女で、」
なぜ自分には何もできないのか。
「巫女だからといって責任を感じる必要はない」
「でも、石に命を宿せるのならもしかしたら」
確かにそれは巫女の秘術といわれていた。石に命を宿らせる修行をイズミはもう何年も続けている。だが成功したことはまだ一度もなかった。
「自分の血が湧きたつのを感じるところまではきたんです、」
長年修行して得たものは血の滾りだけだった。
「この血を分けることで命を繋ぐことができれば、」
「そうですね」
ヴァイは頷いた。
「そうできるといいですね」
イズミは言葉に詰まる。
「…はい」
ようやく絞り出した相槌を吐き出して俯く。確かに。そうできるといい。だが今はできないのだ。取り返しのつかない現実の前で今できないことを語っていったい何の役に立つのだろう。
「何ができるわけではないが」
とヴァイ。
「できることをやるしかない」
掠れた声でそう言った。
時は気紛れに奪っていく。
命も記憶も町も日々の営みさえも根こそぎ奪われて、人はそれを再び取り戻そうと同じことを繰り返す。
命を生み、記憶を重ね、町を作り、日々の営みを織り上げていく。
だが、それはただの繰り返しではない。回を重ねるごとに人は賢くなっていく。
「時は試しているのだ」
その大きな目玉に燃え盛る炎を映してゴグルは瞬きもせずそう言った。炎の明るさに彼の瞳孔は縮み、まるで獣のようだとディクソンは思う。
「隠者はほざくだろう。時が人を鍛えていると。全く馬鹿げている」
とゴグルは吐き捨てた。
「何でも有難く押し戴く必要がどこにある」
時が鍛えるつもりならその試みを台無しにした時、何が起こるのか。
「命も記憶も町も再生できなければ民は永遠に無知のままだ」
賢いのは支配者だけでいい。無知蒙昧の民を率いる支配者は一人だけでいい。
「死に損ないの居場所はまだわからんのか」
突如ゴグルは気色ばんで声を荒らげた。ディクスンは息を呑む。
「港を中心に探させておりますが、あいにくまだ、」
「誰が現状を報告しろと言った?」
「……わかっておりません」
「無駄に名が広まるのは避けたい。二人は死んだと噂を流せ」
「噂を、ですか?」
この愚鈍が、とゴグルは激昂した。いきなり部下の白い顔を殴りつけると、
「早く行け!」
と叫んだ。
だが、いち早く市井に広まったのは蓬髪のグヴァンが王になるという噂だった。
「ガリアスとグヴァンが死んだという噂も聞く」
とジョルノ。
「ゴグルだろう」
とヴァイ。ジョルノは頷いて、
「牽制したかったのだろうが一足遅かったな」
「むしろ危機感を煽ってくれた。おまけにガリアスの名が広まったことで人の集まりがよくなった」
窓の外に広がる港の風景を見ながらヴァイが言った。船に乗り込む人々がそこには列をなしていた。ガハラへ向かう船である。
「“王”はいささか煽り過ぎたかな」
とヴァイ。いや、とジョルノ。
「尾鰭をつくのを待っていられないからな。怒り狂ったゴグルがどう出るかだ」
「やることなすこと人ではない。こちらも人のままでは先は越せない」
「嫌な話だ」
言いしな、ジョルノはがくんと身長が下がる。そこにいるのは灰色のウーヴで、脱兎の如く駆けて行った。
(つづく)
残酷な話が続いています。もう少し淡々と進めたいのですが難しいですね。
もう少し続きます。




