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遺された想い

作者: 神奈宏信

特攻作戦とかそういう話が出ると、それを肯定するだけで極右とか歴史修正主義者とか言われる気がします。

だけど、私はそうではなくてこの作品を通じて考えていることはそうではないのです。

誰かの為に一生懸命に努力する人がいるならば、それは正当に評価されるべきだということです。

『遺された想い』



突然世界がひっくり返った。

頭上には海。

空は、私の足の下だ。

周囲を見渡して、機影を確認すると左側に回って態勢を立て直す。

『花守一士。後方に一機ついてる。』

通信が入って、慌ててレーダーを見る。

追いかけていた獲物を放棄して、背後を取られた私は急旋回を試みる。

相手も、機首を巡らせてこちらに狙いを定める。

「やられる!?」

思わず口をついて出た言葉。

『っ!』

ところが、相手は何もしないでそのまま飛び去って行く。

レーダーには、撃墜判定が出ていた。

『しっかりしろ、花守。』

「すいません、壹岐二尉。」

残る敵は一機。

レーダーを見るが反応をロストする。

慌てて周囲を見渡すと、海面すれすれから急上昇してくる残りの敵が見えた。

壹岐二尉の真下にいたのか。

「二尉!下です!」

機首を回しながら、二尉に伝える。

『慌てるな。』

二尉は、機体を傾けて回避行動に移る。

ほんの一瞬、相手の機体を中央に捉えた私は、とっさにボタンを押した。

『やられた!』

通信から声が聞こえる。

『くそっ。花守。腕を上げたな。』

ふう、と私はため息をついた。

『編隊飛行に移るぞ。』

壹岐二尉の通信が聞こえて、それぞれの機体が所定の位置についた。


私、花守幸奈は航空自衛官だ。

最近は、イーグルのパイロットとしてここ千歳基地に配属となった。

部隊を率いるのは、壹岐智也二尉。

私の部隊は、模擬戦のために離陸していたのだ。

相手側は、浜崎正信一曹と私と同期の岡名陽菜乃士長。

今回は壹岐二尉の実力もあって、何とか勝つことができた。

『こちら管制塔。着陸を許可する。』

飛行場が見えてくると同時に、通信が入る。

『各機、着陸用意。』

壹岐二尉の指示のもと、私はランディングギアを作動させる。

部隊内では、私は三番機。

二番機である浜崎一曹の機体が着陸してから、少し間をおいて私も着陸する。

後ろに、陽菜乃も機体を着陸させる。

『オールグリン。』

全ての工程を終えたことが告げられて、私はハッチを開いた。

「くそ。今日こそ、二尉を取ったと思ったんですけどね。」

イーグルを降りて、浜崎一曹は悔しそうに言う。

「あれは、岡名。お前の作戦か?」

「はい。」

私と違って冷静な陽菜乃は、あのような作戦立案などから優秀さを認められて、私より早く士長に上がった。

今回の模擬戦では、一曹の機体が囮になっている間に、陽菜乃が背後を取ってきたようだった。

私は、まんまと罠にはまって危うく撃墜されるところだった。

「筋はいいが、出てくるのが少し早かったな。」

「精進します。」

陽菜乃は小さく頷いた。

それから、何かを考えるように目を瞑った。

突然、私の肩がポンと叩かれる。

「それにしても、花守。お前もやるようになったな。あそこで、咄嗟に俺をやるとはな。」

「え?いえ。必死だったもので。」

「あれはいい腕だった。さすがにいい反射神経をしてるな。」

「二尉。幸奈・・・花守一士の実力は私以上です。私が保証します。」

陽菜乃は、はっきりとした口調で壹岐二尉に対してそういう。

何か言おうとした瞬間、二尉は声を立てて笑った。

「それにしても、あれが実践だったら今頃俺はここに立っていないんでしょうね。」

冗談めかして、浜崎一曹は渡った。

飛行場の滑走路を歩く私たちの先頭にいた二尉は立ち止まってこちらを振り向いた。

「だとしてもだ。」

私たちは、それぞれ黙って立ち止まった。

「それが本当の戦闘で、死ぬかもしれない状況だったとしても、やれと言われればやるのが俺たちだ。

いいか、忘れるな。俺たちは一億二千万人の上を飛んでいるんだ。」

「「はい!!」」

一斉に返事を返すと、二尉は満足したように頷いて歩きだした。

「真面目だな。二尉は。」

「だからこそ、尊敬できます。一曹も見習ってください。」

「岡名。お前な。」

本当のことですから、と言い放って陽菜乃も歩いていく。

残された私と一曹は、互いに苦笑を浮かべていた。


熱いお湯が降り注ぐ。

短く切った髪をまとめるようにしてあげる。

空中戦の模擬戦のためか、体は汗でべとべとだった。

シャワールームの個室で、私は汗を流しているところだった。

もう、夏も本場だ。

パイロットスーツを着ているだけでも汗をかくほどだ。

シャワーを浴びていると、隣の個室のドアが開く音が聞こえた。

それから少しして、シャワーの音。

「お疲れ。」

急に隣から声を掛けられる。

どうやら、隣の個室に入ったのは陽菜乃らしい。

「また腕、上げたんじゃない?」

「大袈裟だな。もう、陽菜乃なんか作戦考えたりとかできるじゃん。私はさ、ほら。二尉の指示で動いているわけだし。」

「そうかな。ううん。幸奈は十分実力あるよ。ちょっと、怖いくらいにね。」

「え?」

思わず隣を見てしまう。

そこは、仕切りのある個室だというのに。

彼女は、早々とシャワーを止めた。

「私も負けてられないね。今度、色々教えてよ。」

「いや、私が教えられることなんて・・・。」

「どうかな。」

ドアが開いて、彼女が出ていくのが分かった。

陽菜乃とは同期であり、宿舎も同じ部屋だ。

物静かだが優しいということはよくわかっている。

だが・・・。

シャワーを止めて、私は考え込んだ。

『ちょっと、怖いくらいにね。』

彼女の言葉が蘇る。

あんな陽菜乃を見たのは、初めてかもしれない。

意外と彼女のこと、あんまりわかってないのかな。

そんなことを考えながら、私は個室を出た。


基地の一角に設けられてある喫煙スペース。

シャワールームを出て、少し進んだ廊下の突き当りに設けられているところだ。

肩からタオルをかけて、髪を拭きながら歩いていると、スペースに設けられたソファに腰を下ろして本を読んでいる二尉を見つけた。

煙草をくわえて、二尉は真剣な眼差しで文庫本に目を通していた。

「二尉。お疲れ様です。」

「おう。花守か。」

顔を上げた壹岐二尉は、くわえていた煙草を離して灰皿に押し付ける。

「珍しいですね。二尉が読書なんて。」

「お前な。俺は読書家だぞ。」

「え?そうなんですか?知りませんでした。」

文庫本を閉じて、壹岐二尉はそれを膝の上に置いた。

私は、隣に腰を下ろして本のタイトルを覗き込んだ。

『君のもとへ戻るよ』

映画にもなった有名な作品だった。

「これ映画になったやつですよね?」

「ああ。そうだな。」

「なんだか意外ですね。壹岐二尉もこういう本読むんですね。」

確か、悲恋を描いた名作と呼ばれる内容だったと思う。

「お前は俺を何だと思ってるんだ?」

「すいません。でも、ちょっと普段のイメージとは違って。」

「お前、この本読んだことあるのか?」

「え?いえ。でも、映画は見ました。」

映画になったのは、私がまだ入隊する前だったと思う。

友達と映画館で見たのを覚えている。

「この本に出てくる主人公、特攻に行っただろ?」

「あ、はい。」

主人公とヒロインは愛し合っていたのだが、最後は主人公が特攻作戦に参加して死んでしまう。

そんな内容の話であり、戦争の悲惨さを語っていた物語だったと思う。

本をぽんと叩いて、壹岐二尉は遠い目をする。

「俺の爺様の弟もな。特攻に行ったんだよ。」

「え?そうなんですか?」

私は、驚いて二尉の横顔を見た。

「もう、その爺様も死んじまったが、俺がガキだった頃によく語ってたもんだ。沖縄戦の真っ最中だったらしくてな。」

「特攻か・・・ひどい話ですよね・・・。」

「じゃあ、お前はどうする?行けって言われたら拒否するか?」

唐突の問いかけに、私は戸惑う。

二尉は真剣な顔で私を見ている。

「私、ですか・・・その・・・。」

急に言われても、想像もつかない。

自分だったら、一体どうするだろう。

愛機のイーグルを駆って、敵艦隊に突撃するのを思い浮かべるが、実戦経験もない私にはどうにもぴんと来ない。

「正直、わかりませんね・・・。」

「お前、なんで自衛官になったんだ?」

「また、唐突ですね。その、昔から鳥とか好きで。私も飛んでみたいなって思って。」

そういうと、壹岐二尉は楽しそうに声を立てて笑った。

「それで空自か?」

「何か変ですか?じゃあ、二尉はどうして?」

「そりゃあ、爺様からあんな話を聞かされたらな。」

答えながら、壹岐二尉は立ち上がる。

「なんだか逆な気がしますけど・・・。」

駆り出されて死を強制された若者たちを思うと、自衛官になろうと思わない気もするが。

生でそういう声を聴いているなら、戦争の悲惨さを知っているような気もしないではないが。

「いつも言ってるだろうが。俺たちは、一億二千万の頭上を飛んでるってな。」

そう言って、軽く手を挙げて二尉は去っていく。

複雑な事情があるのだろうか、と考えながら私はしばらくそこに座っていた。


『花守。ずれてるぞ。速力上げろ。』

「はい。」

通信が入り、私は少しだけ出力を上げた。

基地を飛び立った私たちの部隊は、編隊を組みながら飛行している。

足元には、深い森におおわれた山岳地帯が見える。

これを抜けた先に丘陵地帯が待っている。

『岡名士長。前に出ろ。』

『了解。』

速力を上げて、陽菜乃の機体が私たちを追い越していく。

『目標群アルファーを攻撃しろ。浜崎一曹は俺に続け。花守一士は目標群ブラボーに照準。』

「わかりました。」

レーダーが標的を捉える。

上空から、森を抜けて丘陵が見えてくる。

『続きましては、壹岐二尉の率いる航空部隊が侵入してまいりました。』

遠くでアナウンスが聞こえる。

地上に多くの人々がいるのが見える。

戦車や装甲車なども見えた。

レーダー上に表示された目標は二つ。

「ロック!」

声をかけて、ミサイルを射出する。

同時に陽菜乃の機体からもミサイルが打ち出された。

命中するのを確認すると同時に、壹岐二尉から指示が出る。

『ブレイク。』

『了解。』

私は、操縦桿を右に倒した。

陽菜乃の機体は左に逸れる。

浜崎一曹と壹岐二尉の機体は直進する。

『各機反転。』

機体が水平になる。

遠心力がかかり、体が機体の上に引っ張られる。

頭上に横向きになった森を見ながら、今まで飛行してきた方向へ機首を向ける。

丁度、宙返りを決めた二尉と一曹が前に来て、私と陽菜乃の機体が後方につく。

陽菜乃は速度を落として私の後ろについた。

観客から歓声が上がる。

『いいぞ。そのまま進路を維持しろ。帰投する。』

「了解。」

私は、帰投しながらじっと二尉の機体を見ていた。

二尉が空を飛ぶ理由は何なのだろうか。

この間の会話から、ずっとそんなことが気になっていた。

この機体を駆って、もし敵艦に突撃することになったらか・・・。

『花守一士。』

急に陽菜乃の声が聞こえてくる。

「あ、はい!陽菜乃・・・岡名士長!」

慌てて返事をする。

慌てすぎて素が出てしまう。

『速力が落ちてます。編隊が乱れます。』

「あ、すいません。」

よく見ると、一曹との距離がどんどん開いていた。

急いで出力を上げて、距離を保つ。

『おいおい、花守。よそ見してると事故るぞ。』

「何とですか一曹。」

こんなところでぶつかるものなどあるはずもない。

『何かありましたか、花守一士。』

「いえ。なんでもありません。失礼しました。」

『お前ら。作戦行動中だぞ。私語はやめろ。』

二尉から注意される。

全員気を引き締めて、そのまま編隊飛行を続ける。

「でも、二尉。一つだけいいですか?」

『どうした?花守。』

「この間言っていた話ですが、二尉ならイーグルで特攻しますか?」

『なんだそりゃ?お前ら、何の話してたんだ?』

二尉は答えない。

代わりに、浜崎一曹が横から口を挟んだ。

「仮定の話ですよ。」

『仮定って、お前な。』

『お前らはどうだ?お前らならどうする?』

唐突に二尉が全員に話を振る。

あまり任務中に私語をする人ではないのだが、珍しいことだ。

『そんなのごめんですよ、二尉。任務であったとしてもね。』

浜崎一曹は即答する。

『イーグルだって、タダじゃないんですよ。』

『そうかもな。岡名はどうだ?』

『私は、行きます。』

何の迷いもなく陽菜乃は言う。

彼女の真っすぐな答えに、私は動揺してしまう。

「ちょっと、陽菜乃。」

『それはなんでだ?』

『その必要があるからです。』

『どんな必要だよ。』

浜崎一曹が言う。

操縦席で呆れているのは見て取れた。

『最初から死んで来いって話だろ?』

『でも、やらなければならないならやるのが私たちです。』

『馬鹿々々しい。二尉だって、行かないでしょ?』

二尉は答えない。

不安そうに一曹が声を上げる。

『二尉?』

『帰還するぞ。』

『無視ですか!?』

それ以上は答えない。

二尉は一体何を思っているのだろうか。

先頭を飛ぶイーグルを私は黙って見据えていた。


一日の任務を終えて宿舎に戻る。

相部屋の陽菜乃は、ベッドに横になっている。

二段ベッドの上が私の場所だ。

だが、私は上に行かないで陽菜乃の隣に腰を下ろした。

「ねえ、陽菜乃さ。二尉と話してたでしょ?」

「ん?ああ。今日の話?」

「うん。陽菜乃、特攻に行けって言われたら行くって。」

「そうだね。」

彼女の目を見ても、それは冗談でも何でもないことがわかる。

そこには、一種の決意すら感じられた。

「むしろ、二尉と一体どんな話してるの?」

「二尉が本を読んでてさ。二尉のおじいさんの弟さんが特攻行ったって聞いたんだ。」

「そっか。それでか。」

「陽菜乃はなんで、そんな迷いもなく言えるのかと思って。」

彼女は、黙って上を見ている。

それから、目を瞑って口を開いた。

「父さんが消防士だったんだ。」

「え?そうだったんだ。」

重々しく彼女は語りだす。

思えば、彼女の身の上話を聞くのは初めてかもしれない。

「父さん、まだ私が小さかった頃、雑居ビルの火災で死んだ。」

「あ、そう・・・だったんだ・・・。」

聞かない方がいいことを聞いてしまった。

彼女は眼を閉じたまま語った。

「その時の、母さんのこと、よく覚えてる。泣かなくていい。父さんは、立派に勤めを果たしたんだから胸を張れって。

父さんは真面目で、正義感の強い人だった。だから、私もそうありたい。」

「でもさ。だからって・・・。」

「きっと、その人も同じ気持ちだったと思う。」

彼女に遮られて、私は黙り込む。

そこで、陽菜乃は漸く目を開いてこっちを見た。

「でも、幸奈の気持ちもわかる。誰だって、知り合いに死んでほしくない。だから、ちょっと怖いんだ。

最近、幸奈も腕を上げてる。いざという時に、私が守れなくなるのが怖い。」

「大袈裟だな。戦争なんてあるはずないって。」

「わからない。いつ、何が起こるかわからないからこそ、私たちがいる。そうじゃないなら、私たちなんていらない。」

はっきりとした口調で彼女はそう言い放つ。

そうなのだ。

だからこそ、私たちがいて、私はイーグルで飛ぶのだ。

一億二千万の頭上を飛んでいるか・・・。

二尉の言おうとしていたことが、何となくわかった気がする。

背中を撫でるようにして、陽菜乃は小さく微笑んだ。

「ごめん。あんまり気にしないで。」

「いや、私こそ。」

もう寝るね、と声をかけて、二段ベッドの上にのぼる。

横になって布団をかけながら、私は天井を見つめる。

陽菜乃の目は、あの時の壹岐二尉に似ていた。

二尉のその人は、一体何を思って特攻に行ったのだろうか。

そして、何を思って最期の瞬間を迎えたのだろうか。

陽菜乃の父親も・・・。

考え込んでいると、それを邪魔するようにけたたましい音が鳴り響いた。

緊急招集!?

私はベッドから跳ね起きた。

陽菜乃は、既に着替えているところだった。

急いでベッドから降りて、私も着替え始める。

「幸奈。」

「今行く。」

ズボンを上げながら、私はドアの方へ向かう。

寮の中が慌ただしくなる。

寮を抜けて基地の方に行くと、丁度浜崎一曹と出くわす。

「一曹!」

「おう、花守、岡名。所属不明機だ。」

「スクランブル。」

「可能性はある。お前らも、ブリーフィングルームに来い。」

「「わかりました。」」

一曹に続いて、私たちはブリーフィングルームへ向かうのだった。


所属不明機は、二機。

国籍不明で、現在EEZを通過したらしい。

「すぐに出動して、領空内に入るのを阻止する。壹岐二尉。貴官の隊に任せる。」

「イーグルは?」

「既に準備してある。すぐ出てくれ。」

所属不明機の対処か・・・。

それも、私たちの隊が担当することになった。

初めての実戦である。

これは、訓練ではないのだ。

私は唾を呑んだ。

「海保の連絡では、戦闘機と見られるが、暗闇のため詳細は不明。気をつけろ。」

「わかりました。よし、お前ら。出るぞ。」

「最悪ですね。折角寝ようと思ってたってのに。」

毒づきながらも、浜崎一曹は、すぐに戦闘準備に入る。

私も、パイロットスーツを身に着けて、ヘルメットを抱えるようにして部屋を出る。

「いいか、お前ら。発砲は許可されてないからな。」

「はい。」

歩きながら、壹岐二尉が言う。

「領空内には絶対に入れるな。」

「だったら、一発くらい撃たせてくれりゃあいいのに。」

話しながら、まだ暗い飛行場に出る。

私たちのイーグルは既に配置してあった。

イーグルに乗り込んで、ハッチを閉じる。

計器を確認しながら、ベルトを締める。

誘導員が誘導して、それぞれ滑走路に侵入する。

『簡単に説明するぞ。所属不明機は現在、北上しているらしい。位置はレーダーに送信する。全員俺についてこい。』

壹岐二尉が説明している間に、飛行可と指示が出る。

一気に加速して、イーグルが飛び立つ。

一番機は壹岐二尉。

二番が浜崎一曹で三番機が私、最後尾は陽菜乃だ。

飛び立つと同時に、二尉は機首を西の方へ向ける。

私たちも、それに続くようにして機体を傾ける。

先ほどから、心臓が早鐘を打っている。

緊張しているのは明らかだ。

『いいか、お前ら。訓練通りにやれば問題ない。』

『でも、許可なく発砲はできなんでしょう?撃たれてからじゃ遅いですって。』

不満そうに浜崎一曹が言う。

『文句を言っても、ルールは変わらん。いいか、まずは退去するように勧告する。応じない場合は、すぐにブレイクしろ。数の上ではこっちが上だ。』

『撃てなきゃ意味ないじゃないですか。』

そうなのだ。

数の上では有利でも、発砲できなければ全滅させられるかもしれない。

操縦桿を握る手が、自然と固くなる。

夜が白んでくる。

その頃に、レーダー上に光点を捉える。

『浜崎一曹。』

『了解。所属不明機に告ぐ。すぐに進路を変更して退去せよ。』

浜崎一曹が相手に警告を発する。

とはいえ、空は音速の世界だ。

相手の出方を待っていれば、その間に領空に入られるかもしれない。

これで応じてくれれば、と願いを込める。

その時、急に右上空に何かが映った。

陽菜乃の機体だ。

速力を上げて、部隊の前に出ていく。

「ひな・・・岡名士長!」

『おい、岡名!』

陽菜乃は、部隊の最前線に立つと、突然フレアを射出した。

『狙われてるぞ。各機、ブレイク。』

狙われている!?

操縦桿を左に倒して、私は相手の進路から逸れる。

咄嗟に陽菜乃がフレアをまいたお陰か、相手は発砲してこない。

横を向いていた機を水平に戻すと、逆さまになった陽菜乃の機体が頭上に見える。

彼女は手で合図して、ついてくるように言う。

頷いて見せると、彼女は一旦回転して私の左隣に来ると、高度を下げた。

それに続くように、私も降下する。

急降下しながら機体を捻って、彼女の機体は相手の後方を狙う。

それに続くように私も機体を並べる。

彼女は、指を一本立てて彼女の方に何度か倒す。

できる限り寄ってほしいという指示だろう。

彼女の機体の下に潜り込むように、私は機体を寄せた。

一歩間違えば接触してしまうかもしれない。

落ち着け、私・・・。

頭上で、二尉と一曹の機体が所属不明機と相対しているのが見える。

時折、フレアを射出しているのが見える。

相手は、撃つ気満々だ。

やられるかもしれない。

一瞬、頭の中に死がちらついた。

ゆっくりと陽菜乃の機体が上がっていく。

私も、慎重にそれに続いた。

『ブレイク。』

陽菜乃が言うと、私はすぐに機体を右側に倒した。

陽菜乃は左へ向かい、所属不明機の後方につく。

私も、もう一機の後方についた。

射線を確保するような位置であり、相手の機は突然左に旋回を始めた。

逃がさないと必死に食らいつく。

激しい旋回。

体が投げ出されるかのように引っ張られる。

後ろを取らせまいとする相手の機体を逃がさないと、必死に食らいつく。

機を水平に戻すと、今度は急降下。

私もそれを追いかけて、機体を下に向ける。

一瞬の無重力感。

そんなのを感じている余裕もない。

レーダーを見て、全員の位置を確認する。

一曹が私の頭上を取ってくれているようだ。

降下をやめて今度は上昇を始める。

あらかじめ待ち構えていた一曹は、体当たりするかのように機体を寄せる。

ひっくり返ったまま、相手はそれをよける。

私も頭上に海を見ながら、相手の機体を追いかけた。

もう一機の方も、陽菜乃に背後をがっちり取られて逃げ回っている。

計器からアラートが鳴った。

もう一機が、逃げながらも私の機体を射線に収めている。

撃たれる!?

回避するべきだと思ったその時、脳裏に陽菜乃の顔が過る。

『父さんは、立派に勤めを果たしたんだから胸を張れって。父さんは真面目で、正義感の強い人だった。だから、私もそうありたい。』

陽菜乃が静かに語っているのが思い出される。

『いつも言ってるだろうが。俺たちは、一億二千万の頭上を飛んでるってな。』

二尉がそう言いながら、静かに歩いていくのが浮かぶ。

逃げるな。

自分に言い聞かせて、倒しかけた操縦桿を戻す。

あくまで、私は相手の背後に食らいついた。

撃たれるかもしれないという恐怖はあった。

それでも、私は自衛官として何をしなければならないかを考えた。

アラートが急に途絶えた。

目の前の相手が、進路を急に変えて逃げ始める。

『全機、まだ油断するな。』

二尉の指示を受けて、私たちは飛び去る所属不明機を追いかける。

『花守。俺が前に出るから、後ろからついてこい。』

「わかりました、一曹。」

浜崎一曹の機体が正面に出る。

もしも撃ち合いになった時のことを考えて、私は一曹に当たらないように射線を確保する。

そのまま、所属不明機はEEZを抜けて公海へと抜けていった。


レッドアラートは解除された。

だが、念のため周辺の哨戒を行う。

『よし、よくやった。帰投命令が出た。これ以上は燃料が持たなくなる。戻るぞ。』

『了解。』

帰投命令が出て、私は長く息を吐いた。

何とかやり遂げることができた。

一気に緊張が解けて、どっとシートに座り込んだ。

『すげえ緊張したな。』

浜崎一曹も同じだったらしく、無線でそう言った。

『全員よくやってくれた。帰ったらなんか奢ってやる。』

『任務を果たしたまでです。二尉。』

陽菜乃はまるで緊張も疲れも感じさせない口調だった。

彼女の機体は私の後方についたため、様子はわからないが堂々としているものだ。

『すいません、花守一士。怖くありませんでしたか?』

陽菜乃が尋ねてくる。

狙われていたことを知っていたのだろう。

必死に私への射線を逸らそうと必死だったのだろうと思うと、なんだか可笑しかった。

『花守一士?』

「あ、いえ。何でもありません、岡名士長。」

小さく笑ったのが聞こえたのだろう。

「怖くなかったと言えば、嘘になります。」

『そりゃそうだろう。岡名がフレア上げた時なんか、俺は本気でびびったぞ。』

浜崎一曹らしい素直な感想だった。

「でも、二尉が普段から言っていることを思い出したら、逃げちゃいけない気がして。」

『そいつは何よりだ。お前らも、そういう意識をもってやれよ。』

「壹岐二尉。前の話なんですけど。」

不安から解放されたというのもあるせいか、つい話してしまう。

いや、あるいはそうやって平静を取り戻したいのかもしれない。

「二尉はどう思っているんですか?その特攻された方のこと。」

『また唐突だな。』

『まだその話続いてたのか?』

呆れた声色で浜崎一曹が言う。

『特攻が正しかったかどうかはわからん。でもな、爺様から聞いた話じゃ、そいつは家族や、それからこの国の連中を守ってやりたかったそうだ。』

感慨深そうに二尉が語りだす。

皆黙ってそれを聞いている。

『当時は、植民地が当たり前だろう?日本がそうなるのは見たくないって言ってたらしい。それが正しかったかどうかなんていうのは俺にはわからん。

ただ、そうまでして皆のために何かしようとした奴らがいた。それを評価してやらなければ、一体誰が他人の為になんて働けるんだ?』

見えてはいないだろう。

それでも、私は深く頷いた。

陽菜乃のお父さんもそうだったのだろう。

そして、だからこそ胸を張ってほしいと彼女のお母さんは告げたに違いない。

誰も一言も発することはなかった。

突然、眩しい光が正面に見えた。

地平線が見えてきた。

その先に、日が昇っているのがよく見えた。

『あーあ。夜明けかよ。徹夜だ、徹夜。』

浜崎一曹が沈黙を打ち破った。

誤魔化すような口調だ。

感銘を受けたのだろう。

それは、私も一緒だ。

「綺麗ですね。こんな綺麗な夜明けは初めて見たかもしれません。」

『だったら、二度と拝まないように祈っておけよ。花守。』

「はい。」

強い調子で頷いた私は、そのまま笑ってしまった。


飛行場は、そして街は何事もなかったかのように静かだった。

イーグルを降りた私は、陽菜乃に駆け寄った。

「陽菜乃。」

「どうしたの幸奈。」

彼女は、イーグルを降りて、ヘルメットを外したところだった。

浜崎一曹は、既に壹岐二尉と歩いている。

今度、どこで奢ってもらうという話をしているようだ。

「ありがとう。」

「どうしてお礼を言うのかわからない。」

ヘルメットを脇に抱えながら、彼女は歩き出す。

私も、その隣を並んで歩いた。

「陽菜乃が指示してくれたから上手くいったし、それに陽菜乃のお父さんのこと思い出したから逃げなかった。」

「そっか。でも、それは違う。幸奈がちゃんと努力してきたからだ。私はちゃんとわかってる。」

「そうかな。遺された想いがそうさせたんだと思うよ。陽菜乃のお父さんとか、二尉のおじいさんの弟さんとか。」

陽菜乃はそのまま立ち止まった。

一歩前を行く形になった私は、彼女を振り返った。

彼女は空を見上げている。

風が吹き抜けて、彼女の髪を揺らした。

「陽菜乃?」

「何でもない。ありがとう。」

目を瞑って小さく笑うと、彼女は足早に歩きだした。

小走りに私は彼女を追いかけた。

基地もいつも通りに戻っていた。

あれだけの緊張が嘘のように、私たちはまた日常へと戻っていくのだった。



行き過ぎた個人主義の時代がありました。

大震災を経て、それが間違ったことだったと証明されたように思います。

誰かの為に一生懸命になれること、なれることって素敵だと考えています。

そんな人たちが、正当に評価されてほしいと思う今日この頃でした。

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