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文字数:1570字
「うん?」
アネラスの考えになどまるっきり気付いていない様子のアミルは、妙に心配そうな表情の彼女の瞳を覗き込むように見た。
少女の碧色の瞳に、黒髪の少年のあどけない顔が映る。
……アネラスはここで、自分が彼についている一つの嘘を言ってしまおうかとも考えた。城の文献で読んだ記憶。今目の前にいる少年が、千年前、【死の調律師】と呼ばれ畏れられてきた存在であるのをしっていること。
でもそれは、すんでのところで彼女の自我が押さえ込む。
きっと少年は、自分が【死の調律師】であることを内密にしたいのだ。
本人から直接聞いたわけではないから確信が持てているわけではない。それでも出会ってからずっとアミルのことを見て考えてきたアネラスは、そう感じる自分の気持ちにある程度の自信を持っていた。
「私の勘違いでしたら申し訳ないのですが……ボードネスさん、メメちゃんの過去のお話を聞いてから、少し元気がないように思うんですの」
アネラスがアミルをわざわざこんな場所まで連れてきたのは、この話をするためだった。
彼はあの夜、宿でメメの過去話を聞いてから、ずっと口数が少なくなったように思える。
元々アミル自体がそこまで活発な性格じゃないのは承知しているが、それを考慮しても明らかに違和感を覚えるほどに彼の変化は著しかった。
「……」
アネラスのその問いに、アミルの答えは沈黙だった。
質問の鋭さに驚いているというわけでも、呆れているようでもない。
ただただアネラスを見つめるだけ。時間がゆっくりになる錯覚を覚える。
しだいアミルは向けていた顔を正面に戻すと、口を開き始めた。
「レムクルーゼさんは、僕のことをよく見てるね」
「――!」
顔がボフッ、と一瞬で赤くなる。頬周りの体温が異常なまでに上昇したことを自覚した。
彼のことをよく見ているのは自分でもわかっていることだったが、いざこうして本人から言われるとことさら恥ずかしさがこみ上げてくる。
「い、いえっ……! …………ごめんなさい」
羞恥のあまり咄嗟に否定しようとしてしまったが、すぐに思い直して頭を下げた。
「いや別に謝られるようなことでも……これでも一応褒めたつもりなんだけど、逆効果だったかな……?」
アミルはアテが外れたというように頬をポリポリと掻きながら微妙そうな表情を浮かべていた。
それを見て、アネラスは自分が勘違いをしてしまっていることに気付く。
「ああいえっ! べ、別にボードネスさんの言葉が嫌だとかでもなくてそれどころかむしろ嬉しいというかなんというか――――ああっ、私は一体どうすれば……!」
「……ふふふっ」
まるで一人芝居のように慌てふためくアネラスを横で眺めていたアミルが不意に笑った。
今まで元気のなかったアミルの表情に久々に明かりが灯る。
アネラスはそんな彼を見て、慌てるのをやめて訝しげな顔をした。
「ふふ……ふっ……ごめん、一人で慌ててるレムクルーゼさんを見てたら、何だかおかしく思えちゃって…………ああもうダメだっ……」
限界に達したのか、アミルはとうとう腹を押さえながら笑い始める。
アネラスは今まで見たことがないくらいのアミルの笑顔に本来の願いも忘れ、ただひたすらに困惑するだけだった。
それから一頻り笑った後、アミルはふぅ、と息を吐くと改めてアネラスに向き直る。
「いや……ほんとごめん。こんなにツボに入っちゃうとは自分でも思わなくて」
「は、はぁ……」
どうやらいつものアミルに戻ったらしい彼の言葉に、アネラスは呆けた返事しか返せなかった。
「……えっと、それで、僕があの夜から元気がない理由……だっけ?」
「あ、ああ、そうですわ!」
うっかり忘却の彼方へとやるところだった本題を思い出し、アネラスは顔を引き締める。
するとアミルもそんな彼女の雰囲気を読み取ってか、つい数秒前までらしくないほど笑っていたとは思えないような真剣な顔つきで話を始めた。
次話もよろしくお願いします
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