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文字数:2123字
「――じゃが、その魔術を広めることそのものこそが、男の策略じゃった。男の真の目的は……魔法よりも魔術の方が優れていることを世に証明すること。ウチの故郷を見せしめにして、世界に訴えかけるのが目的だったのじゃ。
結果、男の策略に見事嵌ったウチらは、男の発動した【次元魔術】の犠牲となった。【次元魔術】とは、言わば時を越える魔術。男はそれを故郷の土地全土に仕掛け、次元の狭間へと送り込もうとした。
……じゃが、魔術は成功しなかった。途中で不具合を起こし、ウチらは本来飛ばされるべき時空に行くことなく、太陽も、月もない、時空の狭間が生み出した暗闇に放り出されたのじゃ」
「そんな……!」
アネラスが口元に手を当て、メメの口から紡がれる言葉の数々に表情を歪める。
「ウチらは飛ばされた時空から出られなくなった。太陽も月も何もない世界……右も左もわからない空間で、ウチらは時を過ごした。
じゃが、時間が経つにつれ、当然村の者らも衰弱していってな、食料の調達ができないから果てしない飢餓に襲われた。
そんな中ウチは村で一番年下だったでな、おかげで残った食料や水は結構与えられたのじゃ。脱出方法も分からない現状、歳が若い者を優先的に生き残らせることが唯一できることじゃった」
そこでメメは一度言葉を切った。
何かを考えるような素振りを見せ、少し顔を横に向けて俯かせる。
次に言うべき言葉を探しているのだろう、アミルたちは静かに彼女が口を開くのを待った。
「……結果として、ウチはこうして生き延びることができた。というのも、村の者らがウチを残してすべて息を引き取った後、暗闇に包まれたウチの村に、ある人間が現れた。
ウチはその時既に衰弱しきっておったから視界もあやふやで顔を見ることすら叶わなかったが――その者のおかげで、ウチは村の住民で唯一あの暗闇から抜け出せたのじゃ。
最初は目を疑ったものじゃ。かなり慣れた手つきで"魔術"を使い、あっという間に暗闇に穴を開けた……。今でもその光景は鮮明に覚えておる。
そしてウチを助けてくれたその人物は言った。『村をこんな酷い目に合わせた男は今、アルケミアにいる。奴はまだ、何かをしでかそうとしている』と。
元々変な話だったのじゃ。そもそも魔術都市国家アルケミアとは、遥か昔に滅んだ国。けれども村を訪れたあの男は、自身をアルケミア出身と語った。その時点でおかしいことに気づくべきだったんじゃが、アルケミアという名前を聞いた手前、ウチら村の住民はその男を無視できなかったのじゃろう。
それからウチは男を追うべくアルケミアのことを調べ上げ、滅んだのではなく封印されていることを知った。そしてその封印の秘密が遺跡にあることも知り、別名遺跡国家とも呼ばれるこのロイフェーリトを目指した。
――以上が、ウチの過去じゃ」
話し終えたメメは、ふぅ、と一つ息を吐くと、座った椅子の背もたれに深く身を預けた。
「……正直な話、ウチはアグラザッドの話に乗りたい。いや、乗らなくてはならんのじゃ。【次元魔術】という凶悪な魔術が再び使われようとしているこの状況、ウチには見過ごすことなどできん」
それは、故郷を奪われたメメが持つ感情として至極当然だった。
二度と同じ悲劇を繰り返させたくない。当事者である彼女がそれを願うのは、誰も反対することができない。
だからこそ……メメは、アミルたちとの対立を懸念していた。
アグラザッドの言いなりになるのは彼らにとって……いや、アネラスにとって、許しがたいことだろう。
言わば重罪を犯した人物の力になるようなものだ。それをアネラスという少女が認めるわけがない。
それでも、メメは、もう二度とあの悲劇を見たくない。見過ごしたくない。
もし相容れないのならば、メメは一人でも【次元魔術】の発動を止めるつもりだった。
……しかし。
「分かりました。あのアグラザッド・ルーメルという軍人のお話、お受けしましょう」
「よ、良いのか……?」
実にあっさりとしたアネラスの返答に、メメは不意を突かれたような顔で問い返した。
「はい。でも、これは別にメメちゃんのお力になりたいから自分を殺して言っているわけではありません。……国を脅かすほどの魔術が仕掛けられていると分かっていて、すべての民の命が掛けられていると知っていて、それを見過ごせる私ではないですわ」
アネラスはにっこりと微笑んだ。
とても優しくて、温かい笑み。メメはそれに圧倒されながら、口から言葉を紡ぐことすら忘れた。
心配は完全に杞憂だった。アネラスという少女は、メメの考えのずっと上を行っていたのだ。
「そうと決まれば早速明日、もう一度宮廷に行く必要があるな。あの軍人に会って、頼みを引き受けると直接言わねばならん」
「そうだね、後は色々と作戦も立てたほうがいいだろうし……」
アネラスの決定を横で聞いていたクラネとアミルは既に明日のことについて考え始めていた。
そこにアネラス本人も加わり、話がどんどん進んでいく。
その光景を半ば呆気に取られながら眺めていたメメは、椅子の背もたれに身体を預けたまま、天井を見上げた。
(……ウチは、本当に幸せものじゃ)
改めて自分が今置かれている状況に目を細めたメメは、しばしその幸福な感覚に身を委ねた。
次話もよろしくお願いします
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