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文字数:1910字
もうとっくに日を跨いでいる時間なため、普段なら多くの利用客で賑わっている一階の酒場も今ばかりは与えられた仕事を終え、一時の休息を迎えている。
宿と酒場が併設されているこの店は、二階の宿を利用する者限定になるが、営業時間を過ぎた後も一階の酒場を利用することができる。
盗難防止のため奥の厨房は閉じられているが、飲み物くらいならば、盗まれても平気な程度の量がカウンターの奥に並んでいるので、これらは無償で提供されている。
店内は木材による質素な造りながらもどことなく落ち着く雰囲気を醸しており、それが功を奏してか、常に厳格な威風の帝国においてとくに旅行客の利用が頻繁だ。
現にアミルたち以外にこの宿の部屋を利用しているのはいずれも外国人であった。
「……心配を掛けて、すまなかったのじゃ」
店内で唯一ある四人掛けのテーブル席に腰を下ろしたメメは、向かいに座るアミルたち三人に向かって謝罪をした。
「メメちゃんが無事というだけで、私たちは安心ですわ」
肩をすぼめて頭を下げるメメに、アネラスは柔らかな笑顔で優しく語りかける。
メメはあれからもう一度眠りに落ち、その後、身体に残った魔力暴走の後遺症がなくなったことで、こうして一階まで降りてくることが出来ていた。
いつもなら鬱陶しいくらいに賑やかなメメも、今だけはしおらしくなっている。
「安心した、というのは確かにアネラスの言う通りだが、私たちに心配をかけたのもまた、メメの言う通りだ」
「そうだね」
少し説教じみているクラネの横に座っていたアミルも同調する。
「けれど私たちは、別にメメに償いをしろ、と言っているわけではない。ただ、今後魔力の暴走に気をつけてくれればそれで――」
その言葉には、メメに対する確かな信頼も乗っていた。
宮廷でのメメの激情に少なからず疑問を抱いているはずの彼らは、それを他でもないメメのために押しとどめて、あえて聞かないようにしている。
メメを信頼し、ただならない事情を抱えていることに気づいてしまっても、決して向こうから聞こうとはしない。
そんな大きすぎる優しさが、言葉の端々から垣間見えている。
「――待って、欲しいのじゃ」
だから、メメはクラネの言葉を途中で遮った。
ここまで自分を信頼してくれている者たちに、これ以上の隠し事はしたくない。
メメが離れていこうとしても、彼らはすがりついてでも追いかけてくるのだろう。
ならば、もうこちらから歩み寄るのも、また一つの選択肢なのではないか。
「……話してくれるんですの?」
「もうウチは、お主らから逃げられる気がせんでな。逃げよう、逃げよう、と思っていた自分自身がむしろ、逃げていってしまったようじゃ」
言葉に、アネラスはただただ優しく微笑むだけだった。
……安心するのだ。彼らがメメに、無事だっただけで安心だと言ったように。
メメにとっては、彼らとともにいることが、心を落ち着かせるのだ。
「ウチは――、七百年前に滅びた魔術都市国家アルケミアを復活させるため、遺跡に行かなくてはならないのじゃ」
「魔術都市国家……アルケミア……」
アミルはその何聞き覚えがあった。……いや、聞き覚えがあるなんてものではない。アルケミアは、魔術発祥の地と言われる一大国家だ。
そしてメメは語りだす。自分がどんな目的でこの国まで来て、どうして【次元魔術】という単語に過剰反応したのか、その理由を。
「ウチの故郷は先代の長が各国から声がかかるほどの魔術師であったがために魔術だけが異様に盛んだった小さな村じゃった。どの国にも属しておらず、ひっそりと戦を避けながら、穏便に、穏便に過ごしていたのじゃ。
けれどある時、一人の男が村を訪れた。ウチがちょうど五歳の時じゃったかな。男は村に自らの素性を『アルケミア出身の魔術師』と言い回っておった。自分で言うだけあって魔術の腕は確かなものでな、魔術が盛んじゃったウチの村は、すぐにその男に心を許した」
語るメメはどこか儚げで、それでも懐かしそうに、しかし淡々と言葉を紡いでいく。
「男が村に来た目的は、魔術をもっと世に広めるためだと言っておった。今でこそ広く知れ渡っている魔術じゃが、発祥は男の出身地アルケミアでな。男はどこから情報を仕入れたか知らんが、ウチの故郷で魔術が盛んに行われていると聞きつけ、魔術頒布の手伝いをして欲しかったらしい。
村長はすぐにそれを快諾した。魔術を使える旅人が来るなど今までなかったし、平穏を望む村の者たちも最初こそ反対意見が多かったが、最終的には全員が魔術を世界に広めることに賛成した」
そこまで話したところで、メメの表情に影が刺した。
その様子から分かる。この次から話されることは、メメの"傷"を抉るものなのだろうと。
次話もよろしくお願いします
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