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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
二章 真理の遺跡
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文字数:2203字

 すぐ傍で、ガタガタッ、と慌ただしい音がした。かと思えば、バタン、と扉の閉まる音も響いてきた。

 未だ定まらない朦朧とした意識の中で、少女はただただ身体をベッドに横たわらせている。

 手足に力が入らない。神経の感覚も麻痺してしまっているようだ。かろうじて首から上だけの筋肉は動くようだが。

 室内は暗く、そして寒かった。窓から射すのは月明かりのみで、外の喧騒も今は遠く、闇夜に飲まれて静寂を保っている。

 ひどく肌に染み込んでくるような、薄ら寒い外気。……確かあの日も、こんな寒い日だった。生命という生命が本来あるべき世界から隔絶され、何もない、本当に何もない世界に飛ばされたあの日。

 太陽もなく、月すら無かった、あの世界。寒かった。心の底から寒かった。それは肌に感じる冷気だけが原因じゃない、その世界では、少女以外の全ての生命が既に息絶えていたのだから。

 真の孤独。いずれは自分も他の生命たちと同じく――ともに過ごしてきた家族や友人たちと同じく、命の灯火を消すことになるのだろう。

 思い出す。過去に己の身に降りかかった、事象(トラウマ)を――少女(メメ)は、今、鮮明に思い出して、動かぬその身を一人震わせた。


「――メメちゃんっ!」


 そんな少女の身体を、突如温かな人の体温が包み込んだ。桃色の髪から香る甘い香りが、凍りついた鼻先に触れる。

 メメは抱きしめられていた。強く、強く、絶対に離さないという意志が感じられるくらいに、強く。

 顔を少し横に向けると、すぐ傍には、一人の少女――アネラスの顔があった。頬に涙を流し、それが一粒目元から落ちるたびに、メメを抱くその力はより強まる。

 昼間に着ていた軽鎧は既に着ておらず、可愛らしい部屋着になっている。アネラスの柔らかな肌の感触が、感覚を失くしたメメの身体に押し当てられる。


 ――いつかのあの日も、こんな温かい日だった。優しさの中にある、確かな強さ。あの時、無力な自分を絶望の淵から救い出してくれた存在。それに似た何かが、抱きしめてくる少女から感じられた。


「うん、魔力の暴走もとりあえずは落ち着いたみたいだね」

「気分はどうだ? メメ」


 部屋の入り口近くにはさらに二人の人物――アミルとクラネの姿があった。

 いずれもこんな自分を大切に思ってくれている仲間で、アネラスに抱きしめられるメメを眺めながら、様子を聞いてくる。

 ――あの魔術に対する尋常でない反応を見られたからには、正直に話すしかないのだろう。本来は洞窟での出来事を機に別れを告げようとは思っていたが……少女はもう、十分すぎるほどに、この者たちに触れすぎてしまった。

 メメは顔だけを身じろぎさせ、言うべき言葉を探した。


「ウチ……は……」

「ああ、首から下が動かないのは気にしなくていいよ。魔力暴走の後遺症みたいなものだから、もうじき勝手に治るよ」

「何か買ってくるものでもあるか? もう夜も更けているから開いている店を探すのに時間はかかってしまうと思うが……」


 しかしまるで何も見ていなかったように。アミルとクラネはただただメメの心配をし、そしてアネラスは強く抱きしめることをやめようとしない。

 嬉しかった。メメという少女は、ずっと寂しかったのだ。故郷を滅ぼした存在を一人追いかけ、こんなところまで来てしまった。

 正体をひた隠し、明るく気丈に振る舞い、周囲から向けられる奇異の視線にはもう慣れた。でも、慣れないものだってある。

 世界は、人は、例外なく少女に手を差し伸べることはなかった。誰も彼も助けようとなんてしない。

 ……そんな時、少女は運命の出会いをした。

 素性も分からない自分を、厄介事に巻き込んでしまうかもしれない自分を、護ってくれると。そう、言ったのだ。

 そこでも少女は今まで通り明るく振舞った。元より、この旅は孤独なものなのだ。心配してくれていても、いつかは離れ離れになる。だから、あまり深く関わりたくなかった。


 ――けれど、唯一少女に手を差し伸べたこの者らは、違った。


「というかレムクルーゼさん、そろそろ離れてあげなよ。メメが苦しそうだよ」

「嫌ですわっ! 今離したら、メメちゃん、どこかに行ってしまいそうで……っ!」

「まったく、何を言っているんだ。そんなことがあるわけないだろう」

「クラネさんの頼みでも断固拒否です! メメちゃんが私たちの前から居なくなってしまうのは、耐えられません!」


 離れていこうとするメメを、必死に呼び止めた。突き放そうとした意志を、押し退けて。

 入国直後にはいきなり軍に目を付けられるほどの騒動を引き起こした。洞窟では魔術の余波で酷い目に遭わせた上に、彼らを騙す形で洞窟の本体と戦わせもした。

 そして、つい今日。今まで隠していた感情を爆発させ、こうして宿に連れ込まれた。

 ……考えれば考えるほど、自分は彼らに、迷惑しか掛けていない。

 なのに。それなのに、彼らは、まだ、少女に手を差し伸べるというのだ。

 離れていこうとするメメを、必死に呼び止めた。突き放そうとした意志を、押し退けて。

 向こうから、その手を差し伸べた。


(ウチ、は……)


 ここまでしてくれる彼らに、何かでも報いたい。

 ただただ復讐に身を染めて始めたこの旅、自分以上に大切なものなどもう二度と現れないだろうと思っていたこの旅。




 ……今からでも、こんな自分でも、望むことは許されるのだろうか。


 …………変わることは、許されるのだろうか。


 少女は、この者らのために、"変わりたい"、と願うようになった。

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

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