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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
二章 真理の遺跡
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文字数:3322字

「うぅ……すまんかったのじゃ、アネラス……力をうまく制御できなくて……」


 魔術を無事成功させたメメは、そのまま気を失うように地面へと崩れ落ちた。

 そんな彼女を見たアネラスは自分が数瞬前まで窮地に陥っていたにも関わらず、魔術で力を使い果たし倒れる少女のもとへ、アミルとクラネを押し退けてまで駆け寄っていった。

 衰弱した様子のメメは上体を持ち上げられながら、うっすらと瞼を開いて消え入りそうな声でアネラスへ謝罪の言葉を掛けた。


「そ、そんな! 私は大丈夫です、メメちゃんこそどうしてこんなになるまで……」

「ウチはこれのために……故郷から出てきたものでな……」


 弱りきった笑顔のまま、メメは手に握り締めた紫紺の水晶を開いて見せる。

 水晶の内部には、壁に刻まれていた【魔術文字】がはっきりと浮いている。逆に壁を見てみれば、刻まれていた【魔術文字】は綺麗さっぱり消え失せていた。

 つまり、先ほどの魔術を使って壁から取り出した【魔術文字】をこの水晶へと移した……そういうことなのかもしれない。


「ボードネスさん、クラネさん、メメちゃんを治療してあげてください! このままじゃ……」

「……すまんアネラス、今はウチなんかに構っている暇はない……早くここから脱出するのじゃ……」

「え? それってどういう――」


 アネラスが問い返そうとしたその瞬間、洞窟内を巨大な地響きが襲った。

 内蔵を掻き回す強烈な縦揺れ。あまりの揺れに身体が一瞬だけ浮き上がる。

 ガラガラ、と周囲の壁の脆かった部分が崩壊を始めていた。


「なっ、今度はなんですの!?」

「地震か……っ? いやそれにしては……」

「目覚め始めたのじゃ、この洞窟の真の姿が……!」


 揺さぶられる景色の中で、アネラスの腕に抱えられ横たわるメメの訴えかけてくるような顔が写る。


「外に出ろ……! このままじゃ、ここは崩れるぞ……!」

「急……過ぎますわっ!」


 アネラスは腕に抱えたメメを勢いよく背負う。

 片手でメメの支えをし、もう片手はクラネが掴み、二人を連れて引っ張る態勢。

 ふと、頭上に影が差した。


「時間がない、行くぞ!」


 クラネの掛け声とともに全員一斉に走り出す。

 すると、先ほどまでいた場所に天井から崩れ落ちてきた巨岩が墜落した。

 背中に降りかかる衝撃波に何とか耐えつつ、アミルたちは、とりあえず最奥の広間からの脱出には成功した。


「くっ、やばいな……」


 途中で三箇所ほどある分かれ道以外は一本道で構成された洞窟内は、既に突如発生した地震の影響を大きく受けていた。

 広かった道は壁や天井から割れ落ちた岩石で狭まっており、まるでアミルたちをこれ以上進ませないつもりのようにすら感じる。

 幸い周囲に魔物の気配はない。壁が崩れている部分から突然魔物が生み出してくるかとも懸念したが、ここは一気に突っ切るべきだと判断。急がないと魔物にやられるどころかこの洞窟自体に潰される。

 結果として魔物が現れることはなかった。母体が繁殖活動を止めたのか、崩れた岩壁に変化は起こらなかった。


「はあっ……はあっ……!」


 崩れゆく洞窟内に、苦しげな息遣いがこだまする。

 道中二時間と掛けたこの道を全力疾走で駆け抜けていた。

 途中で魔法を使う余地もなく、揺れによって起こる洞窟の崩壊に足を動かされる。

 前方に、僅かな光が見えた。

 洞窟の入口が、あと少しのところに迫っていた。


「アネラス、もうすぐだぞ!」

「はッ……はッ…………!!」


 ただでさえあまり体力に自信のないアネラスの身体は、かつてないほどの全力疾走と背負った少女の付加で既に疲労の限界を迎えている。

 だが、その瞳から輝きが無くなることはない。

 もしアミルかクラネのどちらかがメメを担ぐ役を買って出ていたとしても、彼女は決して譲らなかっただろう。

 自分と同じような道を、自分よりも遥かに若い年齢で歩もうとしている小さな存在を、自分の手で助けるために。


 しかし、足場も悪くなってしまっているここは、背中に少女を乗せたアネラスに最後の追い打ちをかける。

 それともうすぐ出口だということで、僅かばかり気の緩みが発生してしまったか。

『絶対に助ける』といった確固たる意志を持っていたとしても、身体の方は休息を欲したのだろう。

 本人の意向を無視し、脳は筋肉へ命令を出す。


 もはや活動限界を超えたアネラスの足腰は、ここでついに崩落した。


「!!!」


 揺れによって地面から隆起した僅かな岩の突起に、彼女は足を躓けた。

 それまで絶えず全力を保ち続けていた彼女の身体は、足という支えを失くした瞬間宙に投げ出され、地面に強く打ち付けられる。

 衝撃で背中に背負ったメメも横へと放り出された。


「――ッ、アネラスッ!」


 クラネの悲痛な叫び声が響いた。

 足を止め、地面に倒れたアネラスのもとへと駆け戻る。

 抱え上げると、呼吸も満足に出来ないまま口を動かした。


「クラネ、さん……っ。どうか、メメちゃんだけでも……!」

「っ!」


 その言葉にクラネは渋面を刻む。

 アネラスという少女は、自分が命の危機にあるにも関わらず、転倒によって地面に放り出されたメメの心配をしたのだ。

 こんな優しい人間が、今の混沌とした世界にいるだろうか。

 ……いや、いるかもしれない。一人もいないとは言わない。

 けれど、このアネラスという少女は、唯一無二の存在だ。


「ウチのことは……もういい……っ!」


 地面に蹲っていたメメが、最後の力を振り絞るように声を出す。

 ふるふると力の入らないであろう身体に鞭を打ち、必死の思いで口を動かす。


「この洞窟を出て……こやつ(・・・)を倒すことが出来れば……お主らの依頼は達成される……!」

こやつ(・・・)……?」


 クラネはふと、頭上に何かの気配を感じた。

 メメの言葉に疑問を呈する前に、それ(・・)は向こうからやってきたのだ。

 崩れゆく天井から、降り落ちる岩々に混じって、それ(・・)は顔を覗かせる。


 黒い、黒い頭部だ。

 しかし髪の毛らしいものは一切生えておらず、人の頭と同サイズの黒い雫、という表現が一番合うかもしれない。

 人で言う目に当たる場所には紅い裂傷、口に当たる部分には青い裂傷が入っていて、それが醜悪に曲げられている。

 首より先は天井と一体化しているかのようで、真下にいるクラネをあざ笑うように逆さで見下ろしていた。


「くそっ……遅かったか……!」


 メメが顔だけを動かし絶望の表情で天井を見上げる。

 それを見て、突如現れた黒い頭部はさらに笑みを深めた。

 ニタァ、と青く裂けた口元を釣り上げる。


「な、なんだこいつはっ!?」

「洞窟の本体、と言うのが一番正しいかの……」


 声を絞り出しメメは答える。

 頭上でにやりと笑うこの黒い物体が洞窟の本体であると、目の前の少女はそう言ったのだ。

『生ける洞窟』。本当の意味で、その付けられた名前が脳を反芻する。

 すると、嫌らしく顔のパーツを歪めた頭上の黒い塊は、咆哮を轟かせた。


『***********************************』


 決して声とは言えない絶叫。

 鼓膜を鈍器で叩いてくるような、重く鈍い重低音。

 洞窟を襲い続ける揺れを、どこか助長しているような気さえさせてくる。


「ぐぅ……っ!?」


 上から押し付けてくるような大音量にクラネは辛い顔をした。

 脳を内側から強く揺する不快な絶叫に、思うように身動きがとれなくなる。

 その様子を見て、頭上の笑みは一層深まった。

 まるで獲物を前に捕らえることを確信したような獰猛な笑み。


 そして、最後の仕上げとして完璧に地面へ押さえつけるためにもう一度声を発しようとした――その時。


「――メメ。つまりこいつ(・・・)を倒せば、すべて解決するんだよね?」

「ア……ミル……?」


 声を聞いたメメは驚愕に声を上げた。

 押しつぶしてくる重圧に耐えながら、この状況で平然と歩く少年(・・)の姿を瞳に映す。


「ボードネス……さ…………」


 アネラスもまた、途轍もない負荷が掛かっているはずのこの空間で済ました顔をする少年(アミル)を視界に捉えた。

 しかしもう声を発する力も残されておらず、アネラスは彼を見つめることしかできない。

 それでもアミルは、柔らかに微笑む。


「……待っててね、レムクルーゼさん。君は必ず僕が助けるから」


 この絶体絶命な状況下で、その微笑みはいつもと何も変わらなかった。

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

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