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文字数:2078字
「――いいや。アミル、それで正しいのじゃ」
「え?」
依頼書と実際の現場との相違を指摘したアミルに、再びメメによる制止の声が上がった。
側にいたアネラスとクラネも含め、全員の視線が今一度彼女の背中に集まる。
入口から吹く風に、メメの奇妙なデザインの服がたなびいた。
「あらゆる物理法則を破る不明瞭領域。無から有を生む存在。すべての遺跡の……根源」
「遺跡の……根源……」
「そうじゃ。ウチはここへたどり着くために、ロイフェーリト帝国なんて所までやって来た。……長い、長い道のりを超えて」
「メメちゃん……」
その小さな背中に、アネラスが手を伸ばそうとする。
けれど、何を感じたか。伸ばしたその手は空を掴むだけだった。
少女の身に幾何の過去があるかは分からない。アネラスは今、まだ自分が彼女に手を伸ばせる存在ではないと、そう自覚してしまったのだ。
「遺跡……と言えば、ロイフェーリトは別名『遺跡の国』とも呼ばれているな。国内、都市の外にいくつもの遺跡を保有し、それらを管理していると」
「クラネは物知りじゃな。……ウチは、ある目的を達成するために、遺跡を調査しに来たのじゃ」
「ある目的?」
「悪いが、それに答えるわけにはいかんのじゃ。これはウチだけの問題。いや、ウチらがこの世界に残してしまった、混濁への償いだから」
少女は語りの中、こちらに振り向くことは一切無かった。
アネラスが近づくことを躊躇ったその背中。どんな過去が刻まれているのか。
アミルでさえそれに関した疑問は尽きない。だがそんなものも、くるりと振り向いた少女の顔に浮かんだ笑みがかき消してしまった。
「さて、こんな暗い話はおしまいじゃ。簡潔に言えば、ウチの目的とギルドが出した依頼の目的は一致しておる」
「つまり、この洞窟の調査?」
「うむ。まあとりあえず洞窟の最奥まで行けば後はどうとでもなる。あ、ちなみにこの洞窟、魔物は出るぞ」
「えぇっ!? で、でもボードネスさんが言うには魔物はいないはずだって……」
「アネラス。この洞窟には魔物が"いる"んじゃない、"生まれる"んじゃ」
「う、生まれる……っ!?」
メメの話によれば、この洞窟は"魔物を生み出す"ことが出来るのだという。
それは、千年前に魔王がなし得たこととほぼ同義。
世の理に反し、下手をすれば、世界の構造そのものに影響を与えかねない大いなる力。
しかしメメは、そんなとんでもないことを平然と言ってのけた。
「まあ、安心せい。その力も厳密に言えばこの洞窟の力の一端に過ぎん。本当はもっと別の所に余力を割いているはずじゃから、そんな一気に溢れ出る、ということは無かろう」
「お主の心配しているような事が起こるほどでもない」と、少女は最後にアミルの方を見ながらそう告げた。
「ここで生み出された魔物はこの洞窟を出ることを許されない。もし万が一があった時には、急いでこの洞窟を抜ければ、ひとまずの危機は免れるじゃろ」
「そ、そうなのですね……」
アネラスがほっと胸を撫で下ろした。
出現する魔物の種類は不明。何しろ、この洞窟は生きている。
アミルたちよりも前に来た十のグループの動きを学習したように、内部に出現する魔物も、段階を踏むごとに手強さを増すと言うのだ。
「とにかくこの洞窟に関しては、ここで考えていても仕方がない。お主らの実力も見てみたいところじゃし、さっさと進んでしまおう」
「それはいいんだけど……ねえ、メメ。君は随分とこの洞窟に詳しいんだね。ギルドが十個もグループを送って得た情報より、遥かに多くの情報を持っているみたいだ。それこそ……まるで自分が見てきたように」
「――」
ここに来て饒舌だったメメの口が一瞬動きを止めた。
瞳を覗き込み、すべてを見通してしまうかのような少年の双眸に、メメは固まる。
……でも、すぐに笑みを返した。
「あったりまえじゃ! ウチがこの洞窟の情報を漁りに漁った年月、どのくらいじゃと思う? 三年じゃ、三年! つい数ヶ月前にこの存在を知り、たかだか十個程度のグループを送って知った気になっておるギルドの連中と比べるでない!」
メメはその小柄な胸をでん、と張った。
誰に似たのかは知らないが、そんな彼女の様子を見てアミルは微笑を浮かべる。
「……そっか、変なこと聞いてごめん」
「別に構わんのじゃよ」
魔女姿の少女は、にっ、と笑顔でアミルを見上げた。
それから改めて隊列を組む。
まず、前衛を務めるのは剣を獲物とするアネラスとクラネ。
次に、戦闘では殆どが攻撃寄りになってしまう魔術師のメメを置き、最後尾に回復役も同時に務める魔法師のアミルを配置。
「――それじゃ、行きますわよ!」
先頭を歩くアネラスの号令に、四人全員が返事を返した。
隊列を組んで洞窟を進みだした中、メメは誰に悟られることもなく、一人胸の内で言葉を漏らす。
(……これで、いいのじゃ。ウチは、この洞窟の調査が終わったらもう、この者らとは――)
元から決めていたこと。だから、心の状態で敏感に変化する体内の魔力は反応しない。
故に、それはアミルでさえ事前には測り兼ねる気持ちだった。
次話もよろしくお願いします。
TwitterID:@K_Amayanagi




