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文字数:2290字
時刻は昼過ぎ、太陽が西へと傾き始めた頃だ。
現在アミルたちは一旦帝都エレシュメルンを出て、ロイフェーリト内の別の街へとつながる街道に足を伸ばしている。
周囲の景観は、足元の道路こそしっかりと舗装されているものの、道路を少し逸れれば瞬く間に自然が視界を支配した。
生い茂る草花、立派に太い樹木、転がった岩に生える苔など……人工物で溢れかえる現代の街並みがすぐそばにあるというのに、ここはまるで自然豊かな森の王国のようだった。
魔物とは違い凶暴性を持たない動物たちの姿も時折見られ、この周辺は魔物もあまり現れない比較的平穏な場所だと気付かされる。
そんな平和な時間が流れるこの一帯で、アミルたちは"魔物を生む洞窟"なるものを目指していた。
「――というわけで、『稀代の天才魔術師メメちゃん』完全復活! なのじゃ!」
「おめでとうなのですわーっ!」
ドンドンパフパフ、と賑やかな喝采が森に広がる。
一体どこで手に入れたのか知らないパーティグッズのようなものでてんやわんやの騒ぎを見せる少女二人に、アミルは苦笑いしていた。
「あのー、これから一応、戦いに行くんだけど……」
「そんなことは分かっておりますわ、ですが今は、こうしてメメちゃんがいつもの調子を取り戻したことを全力で喜びたい気分なのですわ! ビバ! ハイパーウルトラマジシャンメメちゃんですわーっ!」
「そうじゃ、もっと褒め称えるのじゃー! ウチが復活した以上、この世の魔物なぞすべて退治してくれようぞ!」
メメの復活にまるで親のように――いや、これは親のようにと言っていいのか――喜びを見せるアネラス。
傍から見ればちょっと狂気な存在として認識されかねないが、幸いこの辺りまで来ると旅行者どころか人の気配を感じない。
アミルたちは今、ギルドで受けたある依頼の調査に来ていた。
街道を外れ、樹木生い茂る自然の空間に身を投じて約小一時間ほど。もうだいぶ奥まった場所まで足を踏み入れている。
足元は人の手がまったく入れられていない獣道。方角を常に示す魔法やその力を内包した道具がなければ一瞬で道に迷っていたことだろう。
して、そのある依頼とは、『生ける洞窟の調査』というものだ。
軽い顔出しのつもりでギルドに寄った彼らに待っていたのは、何とも帝国人らしくない、奇抜なテンションの男性ギルド長だった。
ギルド長とは、端的に言えば、国にいくつかある各ギルドごとの管理者のような立場にある者のことを言う。
部下が仕分けた多種多様な依頼に一通り目を通し掲示板に張り出すかどうかを決めたり、ギルドの金繰り、運営が主な役割だ。
長、と付くだけあり普段は滅多に表に顔を出すことはなく、裏で黙々と事務仕事をこなすのがギルド長の役目なのである。
しかし、ロイフェーリト帝国、帝都エレシュメルン支部のギルド長は訳が違った。
「アミル、ギルド長からもらった依頼書、もう一回見せてくれるか?」
「う、うん……」
横を歩いていたクラネにそう頼まれたアミルは、もう二度と見たくないと思いつつ、懐から今回の依頼書を取り出し彼女に渡した。
『ギルド長からもらった依頼書』この言葉が、どれだけの意味を持つ言葉か。そして、どれだけイレギュラーな工程を踏んでこの依頼を受けるに至ったのかを如実に表している。
アミルたちは、ギルド長から直々に依頼を受けたのだ。
アリマール支部からエレシュメルン支部へと移籍したことで、アミルたちのギルドに登録されている情報は諸々こちらに渡っている。
それを確認したエレシュメルンのギルド長は、その中に、クラネ・アイセンスという人物がいることに気が付いのだ。
クラネは『氷の魔剣士』という異名で、ギルド界隈ではそこそこ名の知れた人物。特にギルド長ともなれば、知らないはずはなかった。
その情報を得たギルド長は、アミルたちをギルドの受付で待ち構えていたのだ。『生ける洞窟の調査』という難題な依頼を引っさげて。
「……依頼内容はともかく、アミル、お前も災難だな」
「本当だよ……なんで男の僕に……」
何とも言えないような表情をしたクラネから依頼書を返してもらいながら、アミルははぁ、と重いため息をついた。
――アミルたちが受け取った依頼書。その依頼者署名欄に記されたギルド長の署名の横にまるでハンコのように押された、真っ赤な口紅。それはどこか、依頼者署名欄に隣り合う受領者署名欄に記されたアミルの名前を侵食するような配置にも見える。
ギルド長の少年に対する"愛"が垣間見えていた。
「ま、まぁ、そう落ち込むな。きっと彼も本気などではな――」
「依頼受けた後、クラネたち僕より先にギルドを出たでしょ? ……その時に耳元で言われたんだ、『アナタ、逃がさないわよ』って……」
「――」
言いかけた言葉が口をかたどったまま、クラネはその場で硬直した。特殊な嗜好を持ったギルド長に魅入られてしまったアミルを元気づけようとしたその笑顔が固まる。
「そ、それだって、もしかしたら彼なりのユーモアかも知れない。いいや、きっとそうだろう。それにギルド長は一般人だ。キミほどの人間ならいくらでも逃げれ――」
「残念だけど、彼は僕と同じくらい魔に精通している。少し方向性は違うけど、本質的には同じだ。……後、あまりそういうことを口にしないほうがいいと思う」
「――」
再びクラネが固まった。……彼女は、人気のないはずのこの森林で、背後から伸びる何者かの視線に背筋を凍らせた。
「…………頑張れ、アミル」
ここまで懸命に励まそうとしていた彼女は、とうとう目を伏せてアミルの肩に手を置いた。
次話もよろしくお願いします
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