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文字数:2233字
「ここは……『クリュー百貨店』?」
アネラスが進めていた足をぴたと止める。
宛てもなく歩いていた彼女たちの目の前に現れたのは、西のストリートに並ぶ建物群の中でもひときわ巨大な商業施設だった。
途中の曲がり角に設けられたその建物は、入口を二つ備えていた。恐らく、この施設を利用する者が多いためだろう。証拠に、この間も建物を出入りする人々の姿が見受けられる。
しかし立地の関係か、巨大といっても横には広くない。広いのは縦に、だ。
一階分の高さが分からないため何とも言えないが、目測では七階ほどまでありそうだった。
白一色に塗装された外見からは、ロイフェーリト特有の厳格さと高貴さを同時に感じる。シンプル過ぎるが、これはこれでいいデザインと言えるのかもしれない。
そして二つ取り付けられた入口のちょうど間には、『Crew Department Store』と文字が掘られていた。
「おお……アネラス、ウチは是非、ここに入ってみたいのじゃ!」
アネラスに引っ付きっ放しだったメメも顔を上げ、目元を赤く晴らしたまま目の前の建物を指差す。
「メメちゃんがそう言うのなら……えっと、よろしいでしょうか」
「……ま、レムクルーゼさんの好きにするといいよ」
「どうせ時間に縛られているわけではない。ならばメメの傷心を癒すのが一番だろう」
二人の承諾も得たアネラスは、ぱぁっと顔を明るくさせると一つお辞儀をした。
店内の様相は"外"の雰囲気と比べて一変していた。
見上げるほどに遥か上まで突き抜けた天井、それらは階の隅にある階段で行き来できるようになっている。
現在アミルたちが立っているこの一階には生活必需品や食材が多く配置されており、まだ陽も高いうちだが結構な数の人で賑わっていた。
「凄いのじゃ! こんなに大きなお店は初めて来るのじゃ!」
「何というか……随分と高い建物ですわね。首が痛くなってしまいますわ」
「ほらアネラス、早くするのじゃ! もっと上に行くぞ!」
「ちょっとメメちゃん!? そんなに走ったら危ないですわよ――!?」
メメに急かされる形で、アミルたち三人はさらに上の階へと足を進めていく。
生活用品を多く取り扱っていた一階とは異なり、二階以降はそれぞれ職人たちが支店として作品を販売していた。
もはや芸術品とも取れるような美しさを誇る武器防具を取り扱う店や、宝石に魔力を込めたお守りアクセサリなどその種類は幅広く、五階や六階ともなると家具や薬などを取り扱う店もチラホラと見受けられ、小さくはあるがカフェまでも内設されていた。
途中アクセサリショップや服屋でメメにおねだりをされたアネラスが喜々としてねだられた物を買い与えていたり、メメに対して何故か可愛いもの選びの勝負を挑むクラネの姿などを見てしまったが……まぁ幸い今の懐は寂しくないので、アミルはそれに目を瞑ることにした。
店内は、その店舗の多種多様さから見ているだけでもかなり目移りするので飽きが来なく、時間を問わない賑わいを見せるのも頷けた。
それから一通り見て回った後、最初の泣いていた様子は何処へやら、「疲れた」と音を上げたメメを連れて解放されている屋上へと足を踏み入れた。
◇◆◇
「――どうじゃクラネ、ウチの選んだ指輪の方が可愛いじゃろ?」
「むぐっ……悔しいがメメ、キミにはなかなかのセンスがあるようだ。どうだ、今度私と一緒に買い物にでも出かけないか?」
「名案なのじゃ! 早速予定を立てるぞ!」
今はクラネがメメの相手をしていた。
どうやら先ほど行われた、可愛いもの選び対決の勝敗を付けているそうで、その結果はクラネの悔しそうな表情から見ても明らかだろう。
屋上に吹きすさぶ陽風が髪や服を優しく乱す。
ここは建物の七階、高さにしておよそ三十Mほどだ。
一般開放されているということなのだが、客たちは買い物に夢中なのか今この場にはアミルたちの姿しか見えなかった。
「ふふ……よかったですわ。メメちゃんに笑顔が戻って」
今はクラネがメメの相手をしている。彼女も子供が好きだと言っていたので、先ほどまでアネラスと同じくメメと色々見て回っていた。
アミルはぜぇはぁと肩で息をしながら、とても嬉しそうな横顔のアネラスをじっと見ていた。
「……私、何となくですけれど、分かるんですの」
「え?」
唐突にこぼされたそれが、唯一アネラスの近くにいたアミルに向けて言われた言葉だと気付くのに一拍遅れる。
しかし発言元である当の彼女はそんなアミルに気付いた様子もなく、クラネと次の外出の予定を立てているメメを遠い目で眺めていた。
「あの子の寂しさ、ですわ。一人で右も左も分からないような外国に来たのに、関所で止められていたり、怖い軍人さんに睨まれたり……あんな小さな子の身体には、少し重すぎたんです」
そう言うアネラスの瞳は、まるでメメの姿を誰かと被せ、それを懐かしむようなものだった。
「でも、私たちと出会った。メメちゃんはもう一人じゃないのですわ。勿論メメちゃんのお知り合いやご家族が判れば送り届けますが……――それまで、それがもしほんの少しの時間だったとしても、私はもっとメメちゃんの側にいてあげたい。いてあげて、あの子が寂しく無いようにしてあげたいのですわ」
そして、アネラスは、横で聞くだけだったアミルに振り向く。
ベンチでクラネと楽しそうに話すメメのように、満面の笑みで。
「貴方に、いつかの私がそうしていただいたように」少女の言葉は、風に乗って消えてしまいそうだった。
次話もよろしくお願いします
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