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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
二章 真理の遺跡
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文字数:1661字

「――これはどういうことかね?」


 召喚した地竜を何とか片付け、女性からカバンをひったくった犯人の男を取り押さえてから少し。

 混乱していた周囲も落ち着きを取り戻し、騒動の顔も徐々に消え始めていた頃だった。

 前方から五人ほどの部下を従え、見るからに位の高そうな軍人がアミルたちの前で足を止めた。

 気難しそうな顔つき、一般兵士とは恐らく鍛え方が違う筋骨隆々な長身、そして腰に携えられた、非常に研磨されていると見える直剣。

 橙に近い赤の軍服の左胸には銀で出来たロイフェーリトの国章を輝かせている。


 男性は騒動の起きた街中を無言で見わたすと、威圧的な瞳で眼下のアミルたちを見下ろした。


「ど、どういうことかと言いますと……?」

「無論、そのままの意味だ。何故、たかが盗難犯が現れただけでこんなにも街に被害が出ているのかと聞いている」

「う……」


 放たれる高圧な雰囲気に、アネラスは思わず一歩後ずさった。


 メメが盗難犯の捕獲に地竜を召喚した結果、人にこそ被害は出なかったものの、その代償として街への被害が見られた。

 建物が倒壊したということはないが、大理石でできた地面が所々抉れ、一部の建物の外壁に傷が入ってしまっている。

 地竜とは伝説上の生き物。それがこの場に顕現したにも関わらず、これだけの被害で収まったことは非常に大したものなのだろう。

 だが、国としては黙っていられないということか。盗難犯が現れたという通報を受けてやって来てみれば、犯人は捕まっているものの、街の被害は甚大。

 一部始終を知っているこちらに理由を問いただしてくるのは至極当然と言えた。


 答えないアミルたちにしびれを切らしたのか、男性の方から口を開く。


「聞く所によると、魔術師が竜を呼び出したそうだな? どうして犯人の捕獲にそんなものを呼び出す必要がある。答えろ」

「それに関しては確かにウチが悪いのじゃ……」


 男性の問い掛けに、魔術師であるメメが気まずそうに名乗りを上げた。


「地竜を召喚したのはウチの魔術の凄さをこの者らに見せたかったからで、お主の言う通り、犯人の捕獲だけならもっと別の手段もあった」

「素直に名乗り上げたことは評価に値する。名前は?」

「メメ……というのじゃ」


 メメは自身の名を告げた後、しゅんと肩を萎縮させていた。

 これまでの男性の態度からして、このまま事が穏便に済むとは思えない。

 街の損壊を罪として国の監視下のもと牢獄送りにされるか、もしくはロイフェーリトからの追放か。

 その可能性が考えられてしまうほど、この国の罪に対する意識は厳しいものがある。


(捕まえた犯人もさっきから怯えてるみたいだし……)


 アミルの魔法で召喚した縄で縛った盗難犯の男は、現れた軍服の男性の顔を見るやいなや絶望した表情を滲ませていた。

 このロイフェーリトにおいて、男性は他の兵士よりも危険視されているということか。


 はたして、部下から何かの資料を受け取り目を通していた軍服の男性は、納得したように顔を上げた。


「メメ、と言ったか。どうやらこの国には初めての来国らしいな? それも、入国したのがつい先ほどとある」

「え? そ、その通りじゃが……」

「『我々も初めての来国者に厳しく当たるほど鬼ではない』。……いや、これは厳密には私の言葉ではない。私の上司に当たる方の言葉だ。……あまり賛同はできんがな」

「……? つまりどういうことかの?」

「そこのギルド加入者のおかげで身元も明らかだ。……今後この国でこれ以上の騒動を起こさないと誓うなら、今回は見逃してやろう」


 資料を部下に返しながら、男性はメメにそう告げた。

 しばしの間何を言われたのか分からないと放心状態だった彼女だが、ようやく気付いたのかハッと身体を痙攣させる。


「ゆ……許してくれるのか?」

「今回だけだ。次同じようなことをすれば、必ず罰を与える」


 言って、男性は紅の軍服を翻す。

 従えた部下に指示を出し、街の修繕と盗難犯の連行を急がせた。

 一通り終えると、その場から去らずに、未だその背中を見つめるアミルたちに忠告する。


「――私の名はアグラザッド・ルーメル。この名をよく覚えておくがいい」

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

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