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文字数:4071字
ロイフェーリト帝国。
それは、この大陸西部に位置する巨大な堅牢国家である。
国土はランゼルグの倍近い約五百八十Kにも及び、人口もそれに比例して八万人超という大規模皇帝国家だ。
現君主はベルファ・インダストロ皇帝三世。彼の完璧堅実主義な性格はその政治体型にも如実に現れており、外部は勿論、内部での反発や争いごとは徹底的に処罰する。
対策も万全で、数ある国々の中でも、恐らくロイフェーリトの"関所"が一番厳重であろう。
当然身元の判明しない怪しい人間など高貴な帝国の地に足を踏み入れさせるわけがなく、関所の入口と出口には常にそれぞれ厳しい目を光らせる関所兵士が駐在している。
――故に、今もアミルたちの前で兵士に止められている外国人がいるのは致し方ないことであった。
「いやじゃ! 何故この『稀代の天才魔術師メメちゃん』であるウチを止める!? ……そうか、もう一度見たいのじゃな? お主らに見せたあの大魔術、『ハイパーメメちゃんウルトラマジック』を――」
「それはやめろ! この関所を本当に吹き飛ばす気か!? だから何度も言っているだろう、我が帝国領へは確かな身元が証明されない限り入国を断っているって! そんな明らかな作り物の身元証明書じゃむしろ犯罪者扱いされるだけだぞ!」
「うぐぅ、融通の利かない男じゃな……。お主ではいつまで経っても話に埒があかん! ここの責任者を呼ぶのじゃ!」
「……責任者は私だが、どうかしたか?」
「はっ、ダリル隊長……っ!」
「おお、そこの大きいのがこの関所の責任者か? どれ、ちょっとウチと話をじゃな――」
関所の入口では激しい論争が繰り広げられていた。
いつもなら厳格であろう関所兵士は、今世紀最大かと思われる迷惑旅行客の相手をさせられて受付の奥で身体ぐったりとさせている。
明らかに現状のトラブルメイカーである前方の人物は、少女であった。
身長はアミルたちの腰までしかなく、推定百二十Cほど。紫色の髪をふりふりと揺らし、兵士を救うようにして現れた隊長と何事かを話しているその横顔は、十分に幼気さの残る相貌をしている。
しかし、その身長、容姿、声のトーンすべては少女のそれであるが……服装と少女の持っているものが、彼女を単なる子供とは思わせなかった。
まるでわざとらしくしているかのようなぶかぶかの服は奇妙なデザインをしており、どこか異国の魔術師という表現が一番正しいか。ドレスとはまた違う、やたらと小さいポケットが付いた薄手の服だ。
加えて、彼女の頭に乗った巨大な三角帽もその表現を助長している。関所の受付カウンターの高さにやっと追いつくかという身長ゆえ、顔を上に出すため事あるごとにぴょんぴょんと飛び跳ねる身体とセットで服と帽子がフリフリ揺れる。
そして何より彼女の中で一番目を引くものが、左手に支えられた巨大な金色の杖だった。
全長は少女の頭を軽く三つ分は超えているだろう。恐らく金属で作られているそれは、先端が円形に肥大していて、一見すれば食器のスプーンのような形に見えなくもない。
柄の部分は持ちやすいようにねじれが加えてあるだけだが、円い部分は違った。円に沿うようにして均等な幅で八個の宝石が嵌められており、それぞれ色が異なっている。
宝石に関してこれといった造詣があるわけではないのだが、アミルが解る限りでは、どうやらその宝石たちは"魔術"を使う際に使用するもののようだった。
「……何だか、ややこしいことになっているみたいですわね」
「ふむ。これだけ大きいのに受付は一つしかないのか?」
「ああ、すまない。旅の方々か?」
立ち往生を喰らっていると、手の空いていた兵士が一人話し掛けてきた。
左胸に槍の紋章が入った銅のエンブレムを付けており、厳格なロイフェーリトらしく派手な装飾が一切施されていない赤茶色の軍服を身に纏っている。
「はい、私たちはランゼルグから来たのですが……」
「ほう、ランゼルグから? これまた随分と遠いところから来たもんだ。ちょっとそこで待っててくれ」
兵士は話を聞きながら脇にあった簡易な木の椅子に腰を掛けるよう促し、奥の部屋へと姿を消した。
言われるまま待機していると、扉を開けて兵士が戻ってくる。
その手には、一枚の用紙が握られていた。
「待たせたな、入国手続きだろう?」
「えっ?」
「なんだ、違うのか? もしかしてもう手続きは済ましているのか?」
「い、いえ。そういうわけではないのですが……」
アネラスはちらりと、まだ受付のところで話し合っている少女と隊長に視線を送った。
「ああなんだ、もしかして先客がいるのを気にしてるのか? ……まぁ、よその国からは堅いイメージを持たれてるししょうがなくはあるか。いや、気にしなくていいぞ、あの客は。ちょっとばかり過去の迷惑客と比べると迷惑の度合いが違うが、隊長なら何とかしてくれるだろう」
「兵士という職業も大変なんだな」
「まぁな。確かに俺たちは戦って国を護るのが仕事だが、こうして戦場以外のところでも国を護る必要はある。適材適所ってやつだ」
名も知らない兵士は少しだけ寂しそうな顔をした。
しかしすぐにその顔を引っ込めると、「それじゃ、手続きをするか」と話を変えるように言った。
「何か身元を証明するものは持ってるか?」
言われ、それぞれギルドの加入証を差し出す。
この加入証は持っている限りギルドが身元を確定してくれる。代わりに他国に入国する際はその国にある適当なギルドへの強制移籍が条件となるが、それによって発生するの移籍手続きくらいだ。
「お、ギルド関係者だったか。……そうだな、足止めをさせちまった侘びとして、迷惑じゃなければこっちで移籍の手続きをしちまうが……どうだ?」
「……! それはお願いしたいな。いや、是非。ううん、絶対に。そうだ、なんとしても!」
「面倒事が回避できるからって全力でガッツポーズをしないでください!?」
極限の面倒臭がりを発揮するアミルに素早くツッコミを入れるアネラス。
そんな二人のやり取りを見てぽかんとしていた兵士に、慣れた様子でクラネが対応する。
「と、いう訳らしい。すまないが、そちらの言葉に甘えさせてもらおう」
「あ、あぁ。それはいいんだが……なんか、あっちの客とはまた違うベクトルで賑やかだな」
「それは……褒められているのか?」
「褒めてるよ。こっちのはいい意味での賑やかさだ」
用紙に何事かを記入していく最中、兵士は顔を綻ばせた。
◇◆◇
「――む?」
無事入国手続きを済ませ、改めて関所を通り抜けようとしたその時。そんなアミルたちの存在にようやく気付いた彼の人物がカウンターからこちらに身体を向けた。
見たところ、彼女の方はまだ解決していないようである。
「なんじゃ、お主らもロイフェーリトに入りたいのか? ふふん、聞いて驚くが良いぞ? どうやらこの国に入るには、この天才魔術師であるウチをも悩ませる数々の手続きをくぐり抜ける必要があってじゃな――」
「あ……これのこと、ですわよね?」
「――なぬぅっ!?」
目玉が飛び出しそうなほどくわっと目を開き、言葉の途中でアネラスに差し出された通行証を食い入るように見る。
それから彼女は愕然としたまま顔を上に上げた。
「な、何故それを……っ!?」
「えっと……普通に手続きをしただけ……ですわよ?」
「普通に……? しかしウチは……ウチは…………」
「あわわ、泣かないでくださいっ。……えっと、自分の身元を証明できるものがあれば、優しい兵士さんがすぐに手続きをしてくれますよ?」
段々と泣き顔になっていった少女に、アネラスは慌てながらも目線を合わせて優しく語りかける。
すると、
「――ふむ、やはり厳しいな。過去に事例があるか調べてはみたが……。せめてできるとすれば、この関所の休憩所を使って身元が判明するまで預かるくらいか」
奥の部屋で何かを調べていたらしい隊長が出てきた。
その腕には沢山の紙の資料が抱えられており、それをカウンターに置けば、ドサッ、と重い音がした。
「そんな……つまりウチは、どうあってもこの国に入れないということなのか……?」
「身元が判明するまでは、申し訳ないがそういうことになる。後は、身元の証明が取れている誰かに保護してもらうという形での入国が、年齢的に可能といえば可能ではあるが……」
「あ、あのぅ……、その保護役、私たちではダメでしょうか?」
「君たちは……」
隊長の視線がアネラスに向いた。
向いた視線は彼女の手に持たれていた通行証に落ちる。
「ああ、彼らは私が対応しました。ランゼルグのギルド加入者です」
「なるほど……」
アミルたちの入国を許可した先ほどの兵士が隊長に説明した。
その間、目下の少女は心配そうにアネラスを見上げている。
「そうだな……。私たちとしてはそうしてくれることに越したことはないのだが、君たちの方は大丈夫なのか?」
「私は一向に構わないぞ。子供の相手は私も好きだ」
クラネの快諾に、ありがとうございます、とアネラスがお礼を告げる。
そして、その瞳はアミルを見た。
アミルとしては正直なところ、この少女を迎え入れて発生するリスクが余りにも大きいことを懸念していた。
こちらが保護という形で受け入れることで、ただでさえ怪しい彼女が何か厄介事を持ってくるという可能性。
それは言ってしまえば"乱れ"を呼び寄せることになるのだろうが、その時はきっと、標的にされる少女を守らなければならなくなるだろう。
恐らく魔術を嗜んでいる身とは言え、か弱い少女であることに変わりはない。今まで以上に動きを身長にしていく必要があると思えた。
……けれど、どうしても無視できなかった。
彼の中で徐々にその存在を大きくしつつある彼女が、こうしてしてくる頼みごと。
アネラスもアミルが少女を保護することをあまり快く思っていないことが分かるのだろう、懇願するような瞳で見上げてくる。
(……まぁ、一人守るくらいならいいか)
懐柔されたような気がしないでもないが、アミルはうんと頷きを返した。
すると、桃髪の少女は嬉しそうに破顔した。
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