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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:4584字

 その後の展開は、順調に解決の道を進んでいった。

 ジオネイルはレスティを含めた四人の捜索メンバーによって取り押さえられ、彼によって虐げられていたエルフ族も無事救出された。

 不幸中の幸いか誘拐されたエルフ族は全員存命しており、しばらくは病院での安静が必要にはなるが、じき元の生活へ帰れるだろうとのこと。

 そして会社は当然のごとく倒産、しかし従業員だった者らはどうしてか誰一人としてその姿を残しておらず、社内ももぬけの殻だったという。

 影も形も無くなっていたため、国としては残されたジオネイル本人のみを容疑者として捕えた。実に不本意だが、これが現状の最善手だろう。


「――と、いうわけで。貴女たちに彼がどうしてもお礼を言いたいそうよ」

「……今回の件、本当に君たちに助けられた。君たちがいてくれなかったら、この国は悪しき者に乗っ取られていたことだろう。心の底から感謝を申し上げたい。ありがとう」

「い、いえっ! どうかお顔を上げてくださいませ……」


 事件が解決を見てから二日後。アネラスとクラネの二人はレスティに連れられ、都市最北に位置するベルロンド宮殿へと招かれていた。

 その謁見室で彼女たちを待っていたのは、現在ランゼルグで最も権力のある者だった。

 リンザッド・エイクハット大公。ランゼルグ大公国の現君主。

 彼の姿はあの地下牢で一度見たことがあった。ジオネイルが気絶したリンザッドを肩に担いでいたのを覚えている。


「……すまない、本当に君たちには何と言ったらいいのか」

「そのお気持ちだけで十分ですわ。それに……今回の事件は、何も私たちの力だけではありませんし」


 アネラスはリンザッドに顔を上げさせてから、ちらりとレスティを見やる。

 すると彼女は一つ笑みを零した。


「しかし、まさか師匠がやつらを騙していたとはな。流石の私も驚いた」

「ふふっ、驚いてくれたなら私も頑張った甲斐があったわね」

「甲斐、ではありませんわっ! 私は本当にびっくりして……心がどうにかなってしまいそうだったんですから」

「ごめんなさいね、でもあそこではああするのが一番だったのよ」


 地下牢内で立ちはだかってきたレスティは、実は洗脳などされていなかった。

 洗脳されているフリ(・・)をしていただけで、ジオネイルが懐に隠し持っていた魔器(きりふだ)を使うタイミングを見計らっていたのだ。

 彼の所持していた魔器はこれまでに見つかった魔器の中でもそうとう高位のものだったらしく、あれを持たれたままではこちらも下手なことは出来なかったという。

 どこからそんなものを入手したのかはまだ判明していないが、それもいずれ判ることだろう。


「ところで……やはり()は来れそうにないのだろうか」

「あー……、ボードネスさんは……」


 レスティから『リンザッドが呼んでいる』と話があったのはつい昨日の話。

 その時点では彼は話の場にいたので事情を知っているはずなのだが、今朝突然、『用事が出来た』といってさっさと宿を出て行ってしまったのだ。

 行き先も告げずに、何時ごろ戻るのかという情報も寄越さずに彼は出かけてしまった。

 今日の夜、このベルロンド宮殿にてリンザッドから会食の誘いも受けているが、その頃に戻ってくるかどうかも定かでない。


「申し訳ありませんが、彼は恐らく来ないでしょう。こういう行事があまり得意ではないようなので」

「……そうですわね。『面倒臭い』と言ってしかめっ面をする姿が目に浮かびますわ」

「そうか……」


 リンザッドは非常に残念そうに肩を落とした。


「それじゃあリンザッド大公、私たちはそろそろお(いとま)させてもらうわ。また後で」

「ああ、今夜は楽しみにしていてくれ。我が宮殿の料理人に最高の料理を作らせるとしよう」

「別名『公国料理』とも名高いランゼルグの宮殿料理を堪能できる日が来るなんて……ボードネスさんには少し悪いですわね」

「まぁ、それはアミルの自己責任だ。どこで何をしているか知らないが、大公家直々の誘いを断ってまで出て行ったくらいだからな」

「はは……私は別に、君たちならばいつでも大歓迎だよ」


 やり取りを傍観していたリンザッドは最後に柔らかな笑みを浮かべた。



◇◆◇



「クソ……ッ! 俺は、俺はこんなところで……!」


 ここはランゼルグ最大の都市であるアリマールの地下に広がる、罪人を外界へと解き放たせないために古くから存在していた空間。

 今から少し前、ここで一人の男が野望を阻止された。

 最初は小さな願いだった。けれどいつしかそれは、本人ですらも抑制できないほどに大きくなって、心を奪い取っていった。


 欲とは、すべての生物に等しく与えられた汚点。

 意志、感情さえ持っていてしまえば、それは時に自らを呑み込む。

 制御しきれない膨大な欲の波は善人を悪人へと容易く変貌させるのだ。


 その最たる例が、この男だった。


「――やぁ、まだそんなことをする元気はあるみたいだね」

「……ッ!!!」


 檻の中に閉じ込められた哀れな男の前に、一人の少年が姿を現した。

 質素ながらも生地のしっかりとしたシャツの上に深緑のマントを羽織っているぐらいで、下に履くズボンもそう珍しいものではない。見る者が見れば、なんてことない普通の少年。

 だが、その"普通"こそが、この地下牢においては"異質"に見えた。


「……今更何の用だ、ガキ」

「いや、ね。まだ僕の役目(・・・・)が終わってないから」

「役目だと?」


 男は少年の口ぶりに最大の警戒を払う。

 ――何をしでかすか分からない。こちらを冷めた目で見据える少年のただならぬ雰囲気から、男はそんな漠然とした恐怖を感じ取っていた。


「そう、役目。僕は君を"否定"するために来たんだ」


 言って、少年は、男を見つめる。

 淀みのない、本当に淀みのない、純黒の瞳。黒い瞳は人間族特有のものだから、少年のそれだけが別段珍しいというわけではないはずだ。

 けれど、それがどこか造られた(・・・・)もののような気がして。

 男は不気味に感じ、咄嗟にそれまでしていたこと(とうそう)の速度を上げた。


「逃げても無駄だよ」


 少年は機械のように言葉を紡ぐ。

 魔力は瞳に集約(・・・・・・・)し、この世の全てを覗き見る。

 対象を構成する物質を観測し、それの分解に最適な手順を解読、そして実行までのプロセスを構築する。


「……ッ、…………!」


 男はえも言えぬ気持ち悪さに制止を余儀なくされた。

 自分の内部の内部まで見通される感覚。身体は震え、己を見つめる背後の瞳に竦んだように、手足が動かない。

 この檻から脱出(・・)するために密かに守り抜いた"最後の魔器"が、男の手から落ちて牢内に乾いた音を響かせた。

 少年は魔法の発動中にも関わらず、それすら見逃さない。転がった小さい杖型の魔器は、魔法によって出現した次元の狭間に吸い込まれる。


「ぐが……っ!? が……ぁァ…………ッ!??」

「ダメじゃない。君は間違った存在(・・・・・・)なんだから。ランゼルグ(ここから)抜け出して、また別の国で悪さを企んでいるんでしょ」


 いっそ決め付けるように。すべてを解読した少年は、次のプロセスへと段階を進めた。

 まずは男の身体を構成する肉体から。

 右手の指が、崩壊を始める。


「指が……ッ! ゆビがぁ…………ッッ!?」


 崩壊は男の身体を蝕んでゆく。

 指から始まったそれは腕、肩、胸へと。

 さらには足の指先も崩壊を始め、やはり同じく膝、下腹部、胸へと。

 二手に分かれた崩壊は、そこで一つになった。


「――――」


 既に男は物言わぬ骸か。

 首より下の肉体はもはや存在せず、少年からは男の後頭部が見えるのみ。

 表情は見えない。それは不幸中の幸いか、否か。

 これまでに千年前の魔王軍しか感じたことのない未知の痛みが男を襲っているはずで、どれだけの絶望した表情を浮かべているのだろう。

 ……いや、それは少年には関係のないことだ。


「後は、精神だけか」


 少年は男に僅かに残った魂に意識を向ける。

 たぶん、魔物の一種として見れた魔王軍の時とは違い、人間の魂とは酷くしぶとい。

 それは、魔法を得意とした大英雄が、詠唱を必要とするほどに。

 莫大な量の魔力が、少年の小さい身体の中で渦巻く。


「『世の理、すべての生命の源よ。禁忌を侵す我が審判をどうか許せ――』」


 それでも必要とする詠唱は短かった。

 巡る魔力は次第に一つの終着点へと向かい始め。

 魔法書などに載っているような知れ渡った魔法でない、独自(オリジナル)の魔法を編んでゆく。


 そして少年は、小さく呟いた。


「『――神よ。人の、人による、人成らざる禁業を見よ《デウス・ラゥグ・カルマ》』」


 目に見えない魔力の濁流が、世界を乱す原因の一つを呑み込む。

 その欠片、その存在意義ごと残すことなく、世界から抹消する。


 人が人を裁くということ。それは本来、神から認められた者にしか許されていない禁忌の(おこない)

【調律魔法】。対象を構成する要素を解析・分解するこの魔法は、少年が独善的な価値観で裁きを下す魔法でもあった。

 少年は、あらゆる禁忌を超越する域にまで足を踏み入れている。

 神は彼の行いを許すのか。

 ……否、許すことはないだろう。

 少年に待ち受けるのは、人の身にして神の領域にたどり着こうとした者への神罰。

 逃れることは決して出来ない。


「…………そこに居るのは、誰?」

「ふふっ、気付かれてしまいましたか」


 "空"になった檻から振り返り、少年は背後を見た。


「君は――」

「えぇ。私は貴方と出会ったことがありますね。それも一度じゃない。二度も」


 視線の先にいたのは一人の女性だった。

 耳が尖っており、瞳の色は翠玉。エルフ族だと誰が見ても分かる。

 身長は……いや、女性、というのは撤回しよう。

 確かに身長だけなら女性のそれだ。しかし彼女の纏っている雰囲気は、少女のそれである。女性の姿の中に、少女の姿を宿している。

 単なるエルフ族が、一つの身体に二つの姿を内包しているなど有り得るだろうか?

 ――この目の前の彼女は、明らかに生物を超えた存在(・・・・・・・・)であると、少年の脳は警鐘を鳴らした。


「いやはや、とんでもないものを見させてもらいました。やはり貴方は恐ろしい。お母様(・・・)が警戒するのもよく分かる」

「……」


 少年は動けないでいた。

【死の調律師】と恐れられた彼でさえ竦ませるその威光は、神と呼ぶに相応しい。


「――ですがいくら警戒しているとはいえ、貴方にはお母様と接触してもらい、その力を見せてもらわねばならない。それが、貴方がこの時代まで生き残ってしまったことの償いだ」


 放たれていた威光が鋭いものに変わる。


「必ず、どんなことがあってもお母様の下へたどり着くように。私はそれを伝えるために来たのです」


 それが最後の合図だとでも言うように、鋭かった威光は鳴りを潜めた。

 そして、そのエルフ族の形をした身体が眩く光る。

 ――強い発光現象が収まった後には、その姿は忽然と消えていた。


(今のは…………)


 少年は、しばし今の出来ごとについて考えを巡らせた。

 しかし考えど考えど、見たことはあるはずなのに、話したこともあるはずなのに、彼女の名前が一切思い出せない(・・・・・・・・)


(……考えるのはよそう)


 諦めて思考を切り替える。

 何にせよ、自分のランゼルグでの役目はもう終わった。

 次は舞台を移す。帝国あたりがちょうどいいだろう。

 そして少年は、仲間の待つ地上へと足を運んでいくのだった。

次話は一章最後の話です。よろしくお願いします


TwitterID:@K_Amayanagi

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