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文字数:1059字
――――なんてこと、言うと思った?
「……ふふっ」
その時だった。
背後に死が迫っているというのに。
いやそもそもこの人物は洗脳されているはずだったのに。
明らかに本人の意思による笑みが、その無表情だった顔に浮かんだ。
「レスティ、ししょ…………っ!?」
弟子が名を呼ぶよりも先に。
師匠は身を翻す。
迫り来る小さな太陽に向かって右手を掲げ、非常に彼女らしい、初めての詠唱を開始する。
「『――宇宙に帰りなさい』」
瞬間、彼女と火球の間に黒い狭間が生じた。
完全開放したそのあまりの魔力量に、バチバチ、と青白い稲妻が見える。
そして、現れた黒い空間――ともすればそれは宇宙を覗いているようにも取れる――に、超大なエネルギーを持った火球が……吸い込まれた。
「な……ァ……ッ!?」
ジオネイルが声にならない悲鳴を上げた。
口をがぱっと開け、今目の前で起こったことが信じられないといったように。
切り札を使ったにも関わらず、一瞬にしてすべてに裏切られた男の顔が露わになっていた。
「レ……レスティさん……? 貴女は…………」
呆然と、突如自我を取り戻したかのように行動した彼女の背中を見て、アネラスが問うた。
気が付けば、今の一瞬で起きた出来事の濃密さに、剣を紙一重のところまで振り下ろしていたクラネもその動きを止めている。
「まぁ、貴女たちの質問にはこれが終わってから答えるとして――今は」
パチン、と指を鳴らす。
すると石像のように固まっている男の手に握られた紅剣が、一瞬にしてレスティの手元に移動した。
「まったく。こんなモノを隠し持っているなんて、直前だったけど気付けて良かったわ」
「おい……これは……どういう、ことだ……」
未だ驚愕に口が動ききらないジオネイルに、レスティはトドメを刺す。
「この外には、私たち捜索メンバーが待機しているわ。ここでこうならずとも、どのみち私たちでこの魔器ごと取り押さえるつもりだったんだけど――」
そう言って、彼女は仲間が外で待機していることを証明するため、魔法で生み出した鏡をジオネイルに見せつける。原理はアミルも使用する【視覚魔法】のミラーと同じようなものだ。
見せつけられたジオネイルはそれまでの驚愕の表情を絶望に変え、今度こそ物言わぬ石像と成り果てた。
「――やっぱり貴方たちが来てくれるって、どこかで信じていて良かったわ」
完全にいいとこ取りをした彼女は、満面の笑みでこちらに振り向いて、そんなことを言うのだった。
次話もよろしくお願いします
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