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文字数:3906字
ランゼルグ大公国。
"大公"の爵位を持つエイクハット家が治める、他の王国帝国などの列強国にも引けを取らない大陸有数の巨大さを持つ国で、『列車』と呼ばれる何両にも分かれた鉄の箱を地面に敷いた鉄の道の上で走らせ、一般市民でも広い国内を自由にそして簡単に行き来できる交通網を持つのが特徴だ。
国土は約三百二十平方Kあり、国内の主要都市の数は五、人口は約三千万人。それぞれの都市の間には小さな村町もあるので、それら全てを合わせると、人の住む場所はもう少し多いだろう。
こういった基本情報は全て、【視覚魔法】ピボット・マップから読み取れる。
「こうして近くで見ると、結構圧巻だね」
「当然ですわ、何せこの大陸で一二を争う巨大国家ですもの」
アネラスが、ランゼルグで一番栄える、大公家も身を置く公都アリマールの豪奢な景観を見渡しながら言った。
周囲に建ち並ぶ建造物はどれも首を痛くして見上げなければならないほど高くそびえ、行き交う人々の服装も景観に合わせてか、金銀に煌く装飾が目に痛い。そのせいか、薄めの服の上から深緑の布製マントを羽織っているだけという服装のアミルは、街行く人々からジロジロと物珍しそうに見られていた。
「何なんですの、この人たちは。ボードネスさんは見世物じゃありませんのに……」
「いいよ、レムクルーゼさん。相手にするのも面倒臭いし」
「……ボードネスさんはそういう方でしたわね。では、これから早速歩いてギルドに向かいましょう――って、ボードネスさん! 魔法で楽しようとしないでください!?」
「えぇ~……」
詠唱を始めようとしたところを、気付いたアネラスに全力で止められる。アミルは明らかに面倒臭そうに眉を八の字に顰めた。その幼さの残る童顔に不満の色が灯る。
「そんなことではダメですわ。若いとは言え、ちゃんと動かないと不健康な身体になってしまいます! 森からここまでは相当な道のりだったので許容しましたが……」
「えー……面倒臭い」
「ダメと言ったらダメですわ! さ、私に付いて来てください。ギルドまでの道のりなら把握済みですわ!」
「ああああ~~~~~~~~~~~~」
腕をがっしりと掴み、ギルドのある方向を指さしながらずんずか歩いていくアネラス。
そんな彼女に引っ張られながらアミルは、ギルドとは一体どんな所なんだろう、とぼんやり考えていた。
◇◆◇
「さ、着きましたわ」
煌びやかな金箔が貼られた豪華な装いの建物が目の前にはあった。入口と見られる扉の上には『Guild Arimarl』の文字が黒く彫られた銀プレートが飾られており、ここが公都アリマールのギルド支部だということがひと目で分かる。
建物の周囲には都市の入口で見掛けたような服装の人間は少なく、さらに獣人やエルフやドワーフといった人間以外の種族の姿も入口より多く見られ、彼らの装いは鎧やローブなどのそこまで派手ではないものだ。
「ふぅん。ここがギルドって建物なんだ」
「そうですわ。……ふふふ、やる気が高まってまいりましたわよー! さぁ、早く中に入りましょう!」
「わぁっ、そんなに引っ張らなくても」
アネラスに引っ張られるようにして中に入ると、既に居た十数人ほどがアミルたちを一斉に見た。
大きな鎧を着ているのはたいてい人間族や獣人族やドワーフ族、もしくはそれらの血を引く混合種族だが、ひらひらと薄く顔まで隠すように覆ったローブを着たエルフ族もちらほらと居る。
アネラスはそのまま、アミルをほぼ引き摺るような状態で何の迷いもなく歩みを進める。そんな光景をいきなり見せられたギルド内の者たちはぎょっとした目で彼女たちを見ていた。
進んだ先にはギルドの受付と思われる横長のカウンターがあり、その奥では受付嬢らしきエルフ族の女性がアミルたちに奇異とした視線を向けてきている。
「すみません。こちらのギルドへ加入をさせて頂きたいのですが」
「あ……ギ、ギルド加入の手続きでいらっしゃいますか?」
「はい。こちらで受け付けていると聞き及びましたので」
「えっと……そちらの方も?」
「とうぜっ……ああいえ、こちらの方は……」
アネラスが言い淀んだのを見て、アミルは少女の腕から脱し、僅かにこちらを心配してくれる受付の女性に向かって一歩前に出た。
とりあえずアミルは、しばらく彼女と共に行動することを決めていた。アミルの中に生まれた彼女に対する"疑問"と"興味"が潰えない限り、離れるつもりはない。それに、今のまま彼女を放っておくと間違いなくどこかでボロが出る。王国の第一王女であるから社交的な振る舞いはアミルよりは断然上なものの、如何せん突っ走り気味な部分と常識のなさが玉に瑕だ。そんな彼女を放って置けるほど、アミルは冷酷ではなかった。
「僕もお願いします」
「ボードネスさん……いいのですか?」
「うん。でもあまり気にしないで。僕も僕でやらなくちゃいけないことをするためだから」
「……かしこまりました。では、お二方のお名前を教えてください」
受付の女性がアミルたちの会話の切れ目を狙ってそう言ってくる。
アミルたちはそれぞれ名を名乗った。
「アミル・ボードネスです」
「アネラス・フォ……」
「ちょっと待った」
アミルは咄嗟に、今まさに自らの名前を名乗ろうとしたアネラスの口を手で押さえる。
んー、んー、とジタバタするアネラスを見て、受付の女性は流石に首をかしげた。
「(ぷはっ! な……何をするんですのっ!?)」
「(レムクルーゼさん、まさか自分の本名を言うつもりじゃないよね)」
「(……当然言うに決まっているではありませんの)」
「(一国の第一王女ともあろう君が、そう簡単に自分の正体を明かしちゃダメだ)」
「(どうしてですの)」
「(君の正体がおおやけに出れば、面倒事なんてそれこそ山ほど来る。だからここは、適当に考えた他の名前で――)」
「それではボードネスさんは、私に偽名を使えと仰るのですか?」
カウンターの下にしゃがみこみ、周囲に聞こえないよう小声で話していたはずなのに、いつの間にかアネラスの声は元に戻っていた。
しかも最後の言葉には、若干の怒気が混じっているようにも感じた。事実今の彼女の顔は、決して快いものではない。眼付きが少し険しくなり、表情に笑みは一切落とされておらず、ただアミルを静かな怒りで見つめる彼女の顔があった。
「(ちょ、ちょっとレムクルーゼさん。声大きいよ)」
「……いくらボードネスさんのお願いと言えども、それだけは聞き届けるわけにはいきませんわ」
「え、えっと……」
気付けば受付のエルフ族の女性が困ったような顔をしていた。エルフ族特有の切れ長の眼が困惑に歪む。
しかしそれも当然である。突然二人でひそひそと話を始めたかと思えば、"偽名"なんて言葉が飛び出してきたのだから。
アネラスは困り顔の女性に振り向くと、しっかりとした声音で言い放った。
「私の名前は、アネラス・フォン・レムクルーゼと申しますわ」
「フォン……もしかして、貴族の方で?」
「ルレリック王国の第一王女ですわ」
「お、王女……!?」
想定外の回答に、女性は横に居るアミルをちらりと見た。
『お気の毒に……』そう言わんばかりの表情が、女性の顔にありありと出ていた。
「えっと……貴族の方ならともかく、王女様ともなれば流石に別の名前を使った方がよろしいかと……」
「何度も言わせないでください。私は、偽名なんて一切使うつもりはありませんの。そうでないと、私を信頼してくれる人に対して失礼ですわ」
「そ、そうは言いましても……」
「何か、問題があるのですか?」
受付の女性はバツの悪そうな顔をしている。
恐らく、アネラス自身のことを心配しているのだろう。まさか他国の、それも第一王女ともあろう人物がまさかこのギルドに本名で登録しに来たとわかれば、まず間違いなく厄介な奴らや面倒事に巻き込まれる恐れが出てくる。そうでなくとも、王女という立場の彼女の存在自体を妬み、勝手に恨みを持つ不当な輩だって出てくるかもしれない。普通に考えれば、偽名を使うべきである。
それでもアネラスは、一歩も退こうとしなかった。
「そちらに問題がないのでしたら、この名で登録をお願いしますわ。……もちろん、ボードネスさんにもご迷惑はお掛け致しません」
「レ、レムクルーゼさん……」
アネラスは横に居るアミルにすら振り向くことなく、そう言ってみせた。
やがて受付の女性も諦めたのか、ふぅ、と小さな溜息を吐いた後で話を進めた。
「……では、少々お待ちください。ギルド加入証を二枚お作りいたします」
「よろしくお願いしますわ」
「加入後は横の掲示板から自由に依頼を受けることができます。但し、受領者本人の技量に合わないとこちらで判断したものについてはお受けさせることができませんので、ご了承ください」
「承知しましたわ」
それから少しして、アミルとアネラスのギルド加入証が発行された。軽い金で出来た、名前と発行日と小さな宝石が嵌め込まれた簡素な手のひらサイズのプレートだ。
受付の女性によれば、プレートに嵌め込まれた豆粒ほどの大きさの宝石は持ち主の"ギルドランク"を表しているそうで、アミルたちのプレートに嵌め込まれた宝石は最低ランクの琥珀。そこから依頼をこなしていくごとにランクは上がり、蒼石、紅石、翠石、鉛蒼石、虹透石となっている。最上級ランクのダイヤモンドまで到達している人物は、大陸で五人ほどしかいないという。
説明を受け終えたアミルとアネラスは、横に設置された掲示板からいくつかの依頼を剥ぎ取り、再び受付に赴いて受領し、ギルドを後にした。
次話もよろしくお願いします。
twitterID:@K_Amayanagi