45
文字数:1861字
「ど、どうして…………」
今まで意志の強かったアネラスに、明らかな動揺が生じる。
アミルたちの前に立ちはだかるようにして現れた女性――レスティは、心ここにあらずといった表情で瞳だけはこちらを静かに見据えている。
ジオネイルの傍ら、一歩だけアミルたち寄りに制止したレスティは、あまりの出来事に自然と口から出たアネラスの問いを無視した。
「くく……やっぱりコイツぁ効果覿面のようだなぁ……? ランゼルグ歴代最強の騎士ガーフに肩を並べる魔法師――『殲滅師』はよぉ!」
「せ、殲滅師……?」
初めて耳にする単語に、アネラスは気圧されながら訝しげな表情をした。
すると、代わりにその横にいた少女が口を開く。
「『殲滅師』……かつて呼ばれていた彼女の二つ名のようなものだ。ひとたび戦場に現れれば、存在する敵影を残すことなく滅ぼし、その圧倒的な魔力センスを以て、完全殲滅を必ず遂行する」
彼女の直弟子であるクラネが補足するように説明した。
その瞳は違うことなく己の師匠に向けられている。
「その通り。他のやつらはどこに行ったか知らんが、お前ら如きの相手ならこの女がいれば十分だ。言っとくが、こいつの洗脳を解こうと思っても無駄だぜ? 実際に俺の目の前で掛けて見せたあのガキが言ってたんだ、間違いはねぇ」
「俺の下から消える直前の置き土産だ、効果は絶大だろうぜ」ジオネイルは愉しそうに口元を釣り上げ、嫌みたらしい笑顔を刻んだ。
言葉通り、レスティの表情は、人が魔法によって洗脳された時のそれだ。男の言っていることは間違いないのだろう。
そしてこんな地下空間で敵の親玉が切り札を出してきた。それはすなわち……
「――剣を抜け、アネラス」
「クラネさんっ!?」
返答も聞かず、クラネは険しい表情のままに鞘から銀剣を滑り抜いた。
いつもは頼りになる透き通るような金属音が、今ばかりはとても悲しく残響する。
クラネは、操られた己の師から目を逸らさない。
「ダ、ダメですわっ! それはいくら何でも悲しすぎます……!」
アネラスは瞳に涙を溜めて訴える。
師弟とは、時に親と子でもある。
親子が殺し合うとなれば、それはどんな結末を迎えようと悲劇になる。
クラネが自分の師匠を殺すところなんて見たくない。ましてやクラネの方が殺されるのはもっと嫌だ。
アネラスは、戦いが好きではない。極力、争いごとなどこの世から消え去って欲しいというのが本音。
……でも、世の中で人が繁栄を続ける限り、争いは絶えないのだろう。
ならばせめて、自分の目の届く範囲では、こんな悲しい戦いなどして欲しくないのだ。
――けれど。現実は非情だ。
「ふッ!」
刹那。閉塞感のある洞窟内を、一陣の風が舞う。
クラネが剣を下段に構え、大きく跳躍したのだ。
虚空を銀閃が薙ぎ、それは芯にレスティを捉える。
「――」
応戦。レスティは何もなかったはずの空間に手を入れ、何かを取り出した。
杖だ。先端が丸く隆起した、身の丈ほどもある木彫りの長杖。
木と鉄。傍から見た素材の差では圧倒的に後者に軍配が上がるが、レスティはこれを、無駄のない動きで覆してみせた。
受け止めた。何ら装飾の施されていない木の杖が、匠によって命を吹き込まれた一線級の真剣を。
衝撃波が周囲に拡散する。
「どうして……どうして師弟同士で戦わなくてはいけないのですか! クラネさん、まだ間に合います! どうか一度お考え直して……!」
「愚問だ、アネラス」
剣を弾かれ、クラネは一旦飛び退いた。
言葉こそこちらに向けど、視界は敵を確保したまま。
|目の前の存在を乗り越える壁として認識した《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》クラネに、もはや止まるという選択肢はない。
「――弟子とは、師を喰らってでも、そのすべてを吸収していくものだ。教えられたことを教えられたままにするのではなく、自らの力とし、それを証明しなくてはならない。師も、それは覚悟しているはずだ」
再び跳躍。今度は先ほどとは別の角度からの斬り込みを試みる。
上段、袈裟の振りをしたクラネの愛剣は、寸分違わずレスティの首元を狙った。
「――――!」
これは、杖による直接的な防御ではなかった。
魔力により障壁を展開し、物理的な攻撃を受け止める魔法。
【防御魔法】インパクト・シールド。魔の通ったものでなければすべてを弾くという無類の鉄壁が、無詠唱のもと生成された。
クラネの渾身のひと振りは、紙一重のところで遮られる。
しかし。
「『とこしえに結する死の氷牙よ、万物の理を破り、我が手に帰せ――』」
次話もよろしくお願いします
TwitterID:@K_Amayanagi




