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文字数:1883字
「――つまり、この地下牢には"その方"のお気に召さなかったエルフ族の方々が収監されている……ということですの?」
「は、はい……。そうなります……」
数刻の後。アミルたちは目を覚ましたエルフ族の女性からこの地下牢についての話を伺っていた。
話によれば、どうやらこの地下牢は『ジオネイル換金社』が所有する、歯向かったエルフ族を閉じ込めるための空間ということらしい。
ここで言う『歯向かう』対象とは、ジオネイル換金社の現社長、ジオネイル・コーシュ。傲岸不遜、自己中心的、乱暴狼藉……とにかく、万人が関わりたくないと強く思うような、不快感がそのまま人の形を成したような人物である。
攫われたエルフ族の女性たちは彼の機嫌を取るためだけにやりたくないことばかりやらされた。誘拐が始まってから今日まで実に一ヶ月以上、そろそろ二ヶ月目にさしかかろうとしている。そんな長期間、好きでもない男の身の回りの世話や時にはそれ以上のこともさせられたという。
中にはあまりの絶務猥務に限界を迎え、目の前で意識を失う者などが現れた。そしてジオネイルは倒れたエルフ族をまるでゴミとして扱うように、この地下牢へと押し込めたのだ。
今でこそクラネの【精神魔法】とその後のアミルの【治癒魔法】によって心身共に回復を始めた彼女だが、そんな彼女もまた、自身の限界を超えたということになる。最初に見たあの痛々しい傷がそれを事実だと強く証言していた。
「……この奥には、まだ沢山の私と同じエルフ族がいるんです。あの男の言いなりになって、まだ懸命に耐えているのはほんの数人で……」
「待て。何故その数人のエルフ族は酷い目に遭っていながらまだ尽力するんだ? 聞く限りだと、早い話、無理に耐えずにさっさと音を上げてしまえばここに連れてこられるだけなんだろう?」
「それは……」
捉え方によれば今まで耐えていた女性を責め立てているようにも感じるが、クラネのその言葉は至極正論だった。
限界を迎えたエルフ族がジオネイルの手によってこの地下牢に収監されるというのなら、それはつまり彼の毒牙から逃れられるということにほかならない。
わざと限界を迎えた"フリ"をして、自らここへ運び込まれようとするのが一番合理的だろう。
すると、アネラスが静かに、言いにくそうにしていた女性の代弁をした。
「それはきっと、ダメですわ。クラネさんも見たでしょう? この方の身体に刻まれていた傷は、たぶん、|この地下牢に入れられてから付けられたもの《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》ですわ」
「……本当なのか?」
確認するようにクラネが問うと、女性は小さく首を縦に振った。
「……はい。あの男は、動けなくなった私たちをこの牢に入れた後、酷い暴行を繰り返しました。恐らく、勝手に休む形となってしまった私たちが気に食わなかったのでしょう。それから数日に一度ここへ訪れては、意識のある者を探して鬱憤を晴らしていました」
女性の口から語られる、まるで別世界で起きていることかのような想像を絶する出来事の数々。
しかしそれは、紛れもなくこの世界に蔓延る闇の一部であり、この時代までに生きてきた生物が否定できるものでは到底ない。
受け止めなければいけないのだ。ジオネイルのような人の理を外れた行動をしでかす存在もいるということを。
――アミルは、そんな存在たちを"否定"するために、今ここにいる。
『――――何故だ……っ! 何故このタイミングでやつらが俺から離れる……っ!? 確かに契約上では既に袂を分かっているとは言え、何故こんな計ったような……!』
洞窟の奥から、怒りの混じった男性の声が響いてきた。
それはこの地下牢の静寂には酷く似つかわしくなく、殊、負の感情が大いに内包している。
随伴する足音も横暴さの垣間見えるもので、内に溜まった苛立ちを隠そうともしていない。
「……ぃ、や…………」
声と足音が聞こえ始めた直後だった。ようやく平静を取り戻し始めていた女性の喉から、殆ど声になっていない悲鳴が掠れ出たのは。
視線を横に落とすと、女性は、音のする暗闇を檻の中から瞠目していた。それは、絶望と恐怖に彩られた、悲観者の瞳。どうして今ここに来るのかと、運命を嘆き震える力無き者の眼差し。
『ちくしょう……、こうなったら、こいつだけでも連れて他の国に逃げるしかねぇ……! 幸い、やつらの残した魔法はしばらく健在……くく、コトはその間に済ませりゃいい。ランゼルグの"首"を持っていきゃあ、武力国家のヤマト辺りは食いつくだろうよ……!』
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