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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:1863字

「……ぅ…………」

「! ボードネスさんっ、まだ息がありますわ!」


 アネラスが歓喜の声を上げ、脇にあったアミルの腕を掴んで揺さぶる。

 彼女に倣うように視線を凝らすと、女性の身体を包み込むように掛けられた布の上衣がもぞりと蠢いたのが分かった。

 閉じていた瞼は震えながらも開き、現状を把握しようとする本能で辛うじて彷徨うこと数秒。

 その視線が、檻の外にいたアミルたちに向けられる。


「……っ! 嫌……また……私を使うの……っ!? 捨てる(・・・)と言っていたのに……!」

「お、落ち着いて下さい! 私たちは決して怪しいものでは……ああいえ、こんなところに勝手にやってきて怪しくないと言う方が怪しいのですが……そうではなくてっ」

「いやあ! 嫌ッ! そんな汚らしい目をこっちに向けないで……っ、私にそれ以上近づかないで……ッ!!」

「ですから、どうか落ち着いて――」

「来ないでって言ってるのッ!」

「――ぅだっ!?」


 こちらを視認した瞬間、尋常でない拒絶反応を起こしたエルフ族の女性は足元に落ちていた小石を拾い上げると、ビュンッ、とそれを投擲した。小石は綺麗に檻の間をすり抜けると、落ち着くよう説得しようとしていたアネラスの額に直撃する。

 おでこに赤いたんこぶを腫らしたアネラスは、患部を押さえながら目元に涙を貯めて、しょんぼりと悲しそうにこちらを見上げてくる。


「ボードネスさん……私の目って、そんなに汚らしいのでしょうか……」

「そ、そんなことはないと思うけど……」

「ふむ、なるほど。見たところ、彼女は重度の精神異常を来たしているようだな。ここは私の出番か」


 すると、スッと、しばらく沈黙を保っていたクラネがアネラスの横に歩み立った。

 その灰の双眸で檻の中にいる女性を入念に観察している。

 女性は未だ怯えと敵意の視線を隠そうとはしない。

 そんな様子を見てクラネは何かに納得したかのように頷きを一つ、それから僅かに唇を動かした。


「『――大地の加護よ、我が力を証とし、その力を以て、支配せし邪悪をすべて消しされ――』」


 基本的に精神異常とは、魔法や魔術による幻覚、もしくは魔物や自然現象に充てられたことによるトラウマが元となって発症する。

【精神魔法】カースド・ディスペル。しかしクラネが使用したこの魔法はそんな一般的な精神異常に対して効力を発揮するものではなく、悪意を持ち人為的に引き起こされた精神異常を癒す魔法である。

 以前にアネラスがデビル・オークの死骸を目の当たりにして起こした精神異常ならば通常の下位に位置する【精神魔法】で何とかなるが、今回ばかりは少し上位の魔法を使わなければならなかった。

 女性は"誰かしらの悪意を持った行動"により、精神異常に陥らされた。クラネはそう判断したようだ。


 彼女の足元の地面に、薄緑の紋章が円く浮かび上がる。

 それは上体だけを起こした女性の腹部辺りにまで高度を上げると、より強い輝きを見せる。

 檻の中が淡い緑で埋め尽くされる。土色の壁も銀色の檻もその輝きを反映し、まるでそこだけを別世界のように隔絶とさせた。

 光に包まれていく内、女性の瞳孔の開きかけていた瞳は落ち着き、どこか虚空を見つめぼうっとした態度に変わる。

 そしてその光が収まる頃には、完全に正気に戻っていた。


「……わ……たし……は……」

「お顔の色が戻りましたわ!」

「よかった、無事効いたようだな」

「えっと……」


 事が飲み込めていないのか、我に返った女性はぽかんとアミルたちを見上げる。

 エルフ族の女性だけに見られる翡翠色の瞳は健在だった。どうやら、目の前の女性に関して言えば、"最悪の事態"だけは避けられたようだ。

 よくみるとまだ幼さの若干残るその顔に、アネラスは極めて優しく語りかける。


「私たちは、連れ去れられた貴女たちエルフ族を助けるためにここまでやって来ました。もしよろしければ、お話を聞かせてくださいますか? ……安心してください、こちらにいらっしゃるお二方もとても良い方たちですわよ」

「ぁ…………」


 女性の目に、潤いが宿る。

 傍らで聞いているアミルにも、その気持ちがよく分かった。

 彼女(アネラス)の声、言葉には、不思議な力がある。

 それは、一国を束ねる王家の血を引いているから、ということも確かに事実ではあろうが。

 それ以上に、彼女が純粋で、淀みの一切無い、生まれたばかりのちいさな輝きのようであるからこそ成せる技。

 どこまでも一途な彼女だから出来る、最高の魔法だ。


「…………ここまで、よく頑張りましたわね」


 そう言って澱んだ檻の中へ躊躇うことなく手を差し伸べる彼女の横顔は、見惚れるほどに美しかった。

次話もよろしくお願いします


TwitterID:@K_Amayanagi

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