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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:1596字

 広がったのは、どこまで続くとも知れない地下牢(・・・)だった。

 埃臭く、じめっとした湿度の高い空気の中、前に向かって茶色の地面が長く伸びている。

 左右には金属で出来た檻があり、視界に入っている檻には幸い何も収監されていないようだが、もっと奥まで足を伸ばすとその限りとは言い切れない。

 少なくともそう感じさせる何か(・・)が、この先にあるようだった。


「……これまた、厄介な場所に飛ばされたな」

「そうだね。こんな物騒な空間が都市に広がっているってことは、ここで間違いないのかも知れない」


 クラネとアミルの二人は、転移直後からすぐに周囲の調査を始めていた。

 マップ機能を有したアミルの魔法によれば、ここは確かにアリマールの地下に存在しているらしい。

 さらに言えば、ここは『ジオネイル換金社』の下部でもあるようだ。これはもう完全にクロと見ていいだろう。


「あ……あの……お二人とも……!」


 すると、後ろに待機していたアネラスの震えた声が聞こえてきた。

 その声は今にも泣き出しそうで、地下牢という闇の代名詞のような場所に飛ばされてしまった彼女の心情をよく表している。


(まさか転移先がこんな地下牢とは流石に予想していなかったな……やっぱり彼女は無理矢理にでも置いてくるべき……)

「虫ですわーっ! ああぁ、どんどんこちらににじり寄ってきていますーっ! 助けてぇー!」


 思いも寄らない言葉の数々に驚いて振り向くと、涙目になって膝をガクガクと震わせたアネラスの姿が目に入る。

 その足元には……無数の足を持った細身の虫、百足(ムカデ)が二、三匹ほど徘徊していた。

 小動物のように怯えるアネラスをまるで楽しむかのように、集まったムカデたちは三方向から陣形を組んでうねうねと近寄っていく。

 まさに、さながら戦場の兵士である。


「ふむ……興味深いな、一介の昆虫であるだけのムカデが、こうして隊列を模して獲物(アネラス)の確保へ向かっているとは」

「流石に僕も見たこと無い……というより、聞いたことも無いな。もしかして、魔物だけじゃなくてこういった自然の生き物の知能も発達してるのかな……?」

「お二人して訳の分からないことを仰っていないで助けてくださいぃーっ!?」


 悲鳴を上げるアネラスをこれ以上放っておくのも可愛そうなので、獲物を前にして若干興奮気味っぽいムカデたちを檻の方へ誘導し彼女から離れさせる。

 敵(?)の侵略からようやく解放されたアネラスは、どはぁと大きく息を吐くと、その場にへたり込んだ。


「し、死ぬかと思いましたわ……」

「その様子じゃ、本当に虫がダメみたいだね」

「だが、キミはそれを乗り越えてきたんだろう?」


 アネラスは自分の口で、『虫がうじゃうじゃといる空間に飛ばされていた』と言っていた。

 今の彼女の疲弊っぷりを見ていると、やはり一体どうやってそこを突破してきたのかが気になるところである。


「それはもう、大変でしたわよ……あぁ、思い出させないで下さい……」


 思い出してしまったのか、さらに肩を小さくする。

 アネラスは、やる時はやる女の子だ。物覚えもいいようだし、基本的には優秀である。

 時々抜けていたりポンコツだったりするだけで、伊達に王女として育ってきていないということだ。

 だから虫だらけの空間でも、どうにかして抜けることが出来たのかもしれない。


「……よし、行きましょう、お二人とも。私としては、またあの虫に出くわすと思うと気が気じゃないですわ」


 彼女の瞳はまっすぐ、伸びる地下牢の先に向かっていた。


「レムクルーゼさん……」

「御心配無く、ボードネスさん。貴方は優しすぎますわ。私は大丈夫です、さぁ、行きましょう」


 まるでアミルの心の中を見透かすように、暗闇を見つめたまま彼女は言う。

 でもそれは決して強がりには見えなくて。

 未だ少し眠る恐怖や絶望感を足場にしながら、この事件を奥深くまで知らなければならないと自身を強く奮い立たせているように見えた。

次話もよろしくお願いします


TwitterID:@K_Amayanagi

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