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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:4414字

「その……ごめんなさい」


 アネラスが魔力枯渇に倒れてから幾ばくの時間が経った後。

 目を覚ました彼女は、既に先に起きていたアミルにこうべを垂れた。


「いいよ、魔力枯渇は初心者なら誰でもあることだから。……それに、僕がレムクルーゼさんの急激な魔力消費を確認しなかったせいでもあるしね」

「魔力消費……ですの?」

「うん。いくら魔力の消費が少ない魔法でも、自然回復の量よりも大幅に使ってしまえば魔力枯渇に陥っちゃうから」


 魔法や魔術の発動には当然魔力を使用する。魔力の上限値や自然回復量はその人の生まれながらにして持つ"才能"によってまちまちなため、魔力消費の少ない魔法でも数を撃てば魔力枯渇に陥る人が一定数いる。


「……私には、才能がないのでしょうか」


 目の前の不格好な銀鎧を着込んだ金髪の少女は、かくり、と肩を落とした。

 身体に巡る魔力の上限値や自然回復量は、魔法や魔術の鍛錬を積むことで、割合は低いものの増やすこと自体は可能だ。

 ただし限界があり、それはやはり、"才能"によって左右されてしまう。

 一般に平均的と言われていた自然回復での魔力全チャージの所要時間は、どんなに遅くても約三時間。早くても二時間がいいところだ。千年経った今では変わっているかもしれないが。

 しかしアミルほどの魔力の使い手ならば、全て使い切ったとして、全チャージに掛かる時間はたったの十五分。かつての大英雄たちも、魔法や魔術を武器とする者ならアミルと同等だった。しかし、そもそもの魔力量が規格外なため、まず魔力が枯渇するという事態に陥ることは無い。

 対しアネラスの魔力は、全て使い切った場合、約五時間を必要とした。これは正直に言って、いくら鍛錬を積んでいないといっても、魔の才がないと言うほか無かった。

 このままのアネラスでは、鍛錬を積んで限界まで魔力の上限値と自然回復量を上げたとしても、平均に届くかすらも怪しい。


 それでもアミルは、彼女にその事を言う気にどうしてもならなかった。

 彼女があまりにも落胆していたからか、それとも、アミルの面倒臭がり屋な性格が抑制に入ったか。


 ……答えはどちらも否。彼の脳裏には今、一つの疑問が浮かんでいた。それと同時に、アミルの中に彼女に対する興味(・・)が芽生え始めていた。


 だから敢えて今は、目の前で落胆する少女を励ます言葉しか掛けない。


「……大丈夫。いっぱい練習すれば、それはレムクルーゼさんを絶対に裏切らない」


 彼女に掛けたその言葉。それは一時的な励ましに使う偽りの言葉なんかじゃなくて、アミルが本当にそう思っていることでもあった。

 アミルは今のアネラスを、やってはいけないとわかっていながら、どうしても()()と重ねてしまう。

 重ねてしまって、千年経った今でも、思い出してしまう。


「ボードネスさん……どうして、そんな悲しいお顔をされるんですの?」


 気付けば、アネラスが心配そうに顔を覗き込んで来ていた。

 ……悲しい顔をしてたのは君だって同じじゃないか。

 そう言ってやりたくもなったが、面倒臭いのでやめた。

 代わりに、ふっと笑みをたたえる。


「……レムクルーゼさんの顔を見ていたら、少しだけ、昔のことを思い出しちゃって。でももう大丈夫。さぁ、鍛錬の続きをしよう」

「え? でも私まだ魔力の方が……」

「それなら大丈夫。……ちょっとだけごめんね」

「――っ!?」


 アミルはそう言って、目を瞑りながらアネラスに顔を近づけていく。

 近付く彼の顔にアネラスは頬を朱に染めてあたふたと所在に困っているようだ。

 ……しかし、一体何を決意したのであろうか。アネラスは一つ深呼吸をすると、ゆっくりと目を閉じ、顎を少しだけ上にあげて、その時を待った。

 そして、


 コツン


 アミルとアネラスの額同士がくっついた。

 その瞬間、額の接触部分が一瞬だけ発光する。


「……うん、良かった、成功したみたいだ」

「え……? い、今のは……?」


 アネラスは何が起こったのか分からないと、驚きに聞き返す。


「今、僕の魔力を少しだけレムクルーゼさんの体内に移したんだ。魔力の適合が上手くいかないと身体に支障を来たすからあまり多くはあげられないんだけど、少しだけだったし問題はなかったみたい」

「は…………魔力を……移した……?」


 呆然と、目を見開いて立ち尽くすアネラス。アミルはそれを心配そうに見つめた。


「えっと……。レムクルーゼさんの魔力はもう元に戻っているはずだから、身体の調子とか確認して欲しいんだけど……」

「へっ? あ、ああ……」


 言われて、ハッと我に帰ったアネラスは身体をあちこち触る。


「大丈夫……みたいですわ」

「そう、よかった」

「……」


 アネラスは、目の前で微笑むアミルを見て、再び呆然となった。

 そして、先ほどの自分の行動を省みる。

 ……すると、身体と主に頬の急激な体温上昇が嫌でもわかった。


(あ~~~っ! もう何なんですの!? どうして私はあんなことをっ……!?)


 少しでも期待してしまった自分が恥ずかしくて死にたいと、アネラスは心から思った。

 アミルに背を向けながら、俯いて、脳に住み着く邪念を払うように、(かぶり)をぶんぶんと振る。


「レ、レムクルーゼさん? そろそろ鍛錬の続きを……」

「分かっていますわっ! さっさとご享受下さいませっ! この気持ちは……何かにぶつけなければ収まりませんわっ!!」

「何だかよくわからないけど……。また無理して魔力枯渇だけにはならないようにね」

「承知していますわ!」


 そう言ってずんずか歩いていくアネラスの背を眺めながら、その意を知らないアミルは、首をかしげながら彼女に付いていくのだった。



◇◆◇



「ぜぇっ……ぜぇっ……」

「うん。とりあえず、一通り発動は出来たみたいだね」


 アミルが鍛錬としてアネラスに享受した魔法はとりあえず以下の二種類。


 【風魔法】ウィンド・ボウル。小さな風の塊を作り出して対象に撃ちつける魔法。

 【水魔法】アクア・カット。平たく高圧縮させた水の円盤で対象を斬りつける魔法。


 本当は【炎魔法】エクスプロージョンも教えたかったが、如何せんここは森なので【炎魔法】を使うと周囲の木々に燃え移ってしまう可能性があって教えてはいなかった。

 この森を抜けたら、いずれ教えるつもりではある。


「魔力の制御も少しずつ上手くなってるみたいだし、無理をしなければ魔力枯渇に陥ることはなさそうかな」

「あ~~~~っ! まだまだ足りませんわ、やり足りませんわっ!」

「制御は教えた通りにね」


 アミルが冷静に分析している間、アネラスは叫びながらそこらじゅうの木々に魔法を撃ち込んでいた。

 一発、そしてまた一発と大木に撃ち込まれていくそんなアネラスの魔法を、アミルはじっと観察していた。


 彼女の放った魔法、ウィンド・ボウルとアクア・カットはどちらも初歩中の初歩の攻撃魔法だ。

 幸い彼女は、生活を便利にするいわゆる生活魔法と呼ばれる魔法の基礎は出来ていた。それは、アミルも使った【水魔法】ウォルや【召喚魔法】チェアなどを指し、魔力の消費もごく僅かである。

 だから、一度も使ったことが無いという攻撃魔法から教えたのだが……、


(初歩的な魔法でここまでの威力か……)


 アミルは、アネラスの使用したウィンド・ボウルが撃ち込まれた木に触れた。

 木の幹は大きく球状に抉られ、その抉られた箇所より上の部分は消し飛んでいた(・・・・・・・)

 本来アネラスに教えたような簡単な攻撃魔法は、その魔力消費に倣って威力だってたかがしれている。

 もちろん使い手の魔力操作技術やセンスによって違いは出るものの、大抵はそこまで大きな変化はない。それこそ、大英雄と呼ばれるほどの使い手でなければ。

 そして、一般的な使い手が最初にウィンド・ボウルを使った場合、放たれた風の塊は木の幹を抉るまではいかず、当たって消滅するのが関の山だ。それが彼女の場合、木の幹を抉るほどまで強力なものになっている。


 アミルはさらに周囲を見渡す。

 未だ何かを振り払うように叫びながら魔法を撃ち続けるアネラスがちらちらと視界に入るが、それ以外は、彼女の魔法によって傷つけられた木々が映るばかりだ。

 【水魔法】アクア・カットによって、幹を粉々に両断された木々。やはりこの威力も、一般的なそれとは明らかに違う威力である。

 普通の使い手ならば、最初なんて幹の皮を削れればいい程度なのだから。


 何故アネラスがここまで威力の高い魔法を撃てるのか。確証はないが、アミルには一つ、それが説明できそうな"疑問"があった。

 その疑問とは、"アネラスの身体を流れる魔力の流れを感じることができなかった"というものである。

 ある一定の境界を超えると、魔を嗜む者は大抵、魔力の流れを感じることができる。アミルにもそれができた。

 魔力の流れを感じることができると、その人がどういった魔法や魔術を得意とし、そして大まかにではあるが、どんな心身状況にあるかも感じることができる。

 得意な魔法や魔術がわかればその人がどんな魔力の使い方をしているかがわかるし、心身状況がわかれば体調が悪いとか悩んでいることが漠然とだが分かる。魔力と人は密接に関係しているがゆえに、魔力から読み取れることが色々とあるのだ。


 そしてそんな中。実はアネラスの魔力の流れが、アミルには感じ取ることが出来ないでいた。

 彼女の魔力を感じようとすると、最初は少しだけ分かるものの、次第にもやがかかったように曖昧になり、最終的には全く分からなくなってしまう。このことが原因で、アミルは最初、アネラスの魔力消費を把握出来なかった。

 アミル自身もこんなことは初めてだし、かといって本人直接聞いたところで判明するとは思えない。

 とりあえずアネラスには、普遍的な魔力制御の方法を教えておいたから、よほどの無茶をしない限り魔力枯渇は起こらないだろう。

 でも、魔力の流れが分からない以上、魔力枯渇を防ぐ根本的な解答にはなっていない。


 ――アネラス・フォン・レムクルーゼ。魔力の流れを感じ取れない少女。


 そのことが、アミルに"興味"を芽生えさせたのだった。


「――レムクルーゼさん! そろそろ行くよ」


 アミルは、少し離れたところで木々に魔法をぶつけまくるアネラスを呼ぶと、同時に魔法の準備を始めた。


「せいっ……てやぁっ! ――はぁ、はぁ……。もう、行くんですの……?」

「うん。早くしないと、日が暮れちゃうから。ほら、こっちに来て」

「はい……って、日が暮れる? ここからランゼルグ大公国までは百二十キロの距離が……」

「いいから」


 首をかしげながら近付いてきたアネラスを、改めて詠唱を始めた【転移魔法】マップ・ワープの効果範囲内に入れる。

 行き先は当然ランゼルグ大公国。彼女の言う通りここからランゼルグまでは約百二十キロ離れているが、そんな距離も魔法にかかれば一瞬だ。

 アネラスを片腕で抱きよせたまま、魔法の詠唱が終了する。

 腕の中で頬を紅潮させる少女は誰にも気付かれぬまま、二人の身体は光に包まれてリッセンウィグ大森林から消滅した。

次話もよろしくお願いします。


twitterID:@K_Amayanagi

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