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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:2801字

 俗に【空間魔法】と分類される魔法には、二種類の型が存在する。

 それは、設置型と常時型である。

 設置型の【空間魔法】は、特定の場所に魔力を敷いて、発動者が定めた条件を満たした時に効力を発揮する。

 これはフェルトが最初にアミルたちを草原世界へと招き入れた時に用いた手法だ。あの時の条件はアミルが解読した通り、『祭壇にある一定量の魔力が流れた時』となっていた。

 ごく一般的な【空間魔法】にはこの設置型が使用される。理由として、設置型の場合、一度設置するとその空間の編集ができなくなるというデメリットを持つ代わりに、設置以降、余計な魔力を消費せずにいられるからだ。

【空間魔法】の空間維持には莫大な魔力を必要とする。よって、突発的にその場でおいそれと発動していいものでもないのだ。そもそもこの手の魔法はあくまで舞台を幻視させるためのもの、攻撃魔法や防御魔法などと違って場の流れに左右されにくいため、設置型で十分なのである。


 対し常時型とは、設置型のメリットをすべてデメリット化したもの、といった表現が一番正しい。

 その場での発動を必要とし、魔力の維持ができなければ魔法は呆気なく解除される。

 しかしこの型は、何もメリットをデメリットにするだけではない。その逆も然り、だ。

 主なメリットとして常時型の場合、空間そのものに途中から手を加えることができるということが挙げられる。

 いずれにせよ天才的な魔力センスが必要にはなるが、空間自体を好きなように変貌させ、常に自分の有利な戦場に相手を持ち込むことができる。

 後は、常時型を扱える魔法師であれば、それこそイレギュラーな事態にも対応できたりする。

 厄介な相手を一時的に別空間へ閉じ込めたり、はたまたその逆で、自らを安全な場所へと瞬時に避難させることができるのだ。


 ――そして少女フェルト・レインハードは、常時型の【空間魔法】をも容易く操る実力の持ち主だった。


「ふふ。流石、といったところでしょうか」

「君は思った以上に性格が悪いんだね」


 現在の舞台はとある国が統治していた一つの街の中。

 主に石材で造られた家々が立ち並び、それは現代と比べてかなりの時代錯誤を思わせる。

 人の姿は見えないが、かといって人の気がないと感じさせるほど寂れているわけでもない。

 まるで、そこには人々の意思(・・)だけが漂っているかのようだ。


(やっぱり彼女は、僕のことを知っている……)


 フェルトの【空間魔法】によって構築されたこの街並みは、アミルにとって見覚えがある以上(・・)のインパクトを与えてくる。

 蘇る千年前の記憶。明らかな悪意を持って創造された幻想の街は、強烈な既視感で判断を鈍らせにくる。

 それでもアミルは、ギリギリのところで持ちこたえていた。


「っ!」


 互いが魔法師であるために、二人の身体に激しい動きは見られない。

 しかしてその周囲には夥しいまでの数を誇る魔法の数々が飛び交い、相殺しては生み出されを繰り返している。

 高速詠唱。フェルトもまた、魔法の発動に必要不可欠な詠唱を刹那の内に実行できる才能の持ち主だ。


 爆雷が世界を包み込む。街のシンボルでもある噴水が半壊した。

 アミルとフェルトが現在戦っているこのエリアは、かつてこの街に住んでいた人々の憩いの場として設けられていた。

 半壊した噴水はエリア中央に設置されており、純白の宝石のような石材で精巧に造られている。


「貴方と私の詠唱速度はほぼ同速……決着には時間が掛かってしまいますね」

「僕らにそんな時間はない」


 再び、魔法が世界を震わせる。

 アミルの背後から、一瞬の内に生成された巨大な炎球がその姿を顕現させた。

【炎魔法】コズミック・ソル。銀河で最も煌々と輝き、他の星に対してもその圧倒的存在感を放ち続ける、生命の星。

 サイズこそ小さいもののまさにそれと同じエネルギーを持ったものが、アミルの規格外過ぎる魔力によって完璧に制御され、魔法として今この場に堂々と出現した。


「四星魔法をいとも容易く……やはり、貴方は本物ですね」


 フェルトの含むような笑みを焼き消すように、周囲の建物や足元の石畳を削りながら、膨大なエネルギーを発し少女に向かって撃ち出される。


「――ですが」


 少女は眼前に迫る業火を視界に入れながら、それでもなお、その笑みを顔から消すことはなかった。

 むしろさらに深め、まるでこの時を待っていたとでも言うように、口元を釣り上げる。

 フェルトは落ち着いた動作で、白くきめ細やかな肌を保った腕を前方に掲げた。魔法師は総じて対象への魔法の命中率と発動のための集中力を上げるために、自らの手で標準を取る。

 開いた掌に、魔力が集約する。


「『――開け、死門よ』」


 呼吸をするのもままならないほどの短い詠唱。言葉は集約した魔力に浸透し、その力を解放させる。


 獄門。現れたそれは、そう呼ぶに相応しかった。

 血が塗りたくられたかのような赤黒い容貌は見る者を絶望させ、下されようとしていたすべての手を無へと返す死の門。

 そして、空気を焦がしながら真っ直ぐに突き進んでくる圧倒的なまでの火の塊を前に、口を大きく開かせた。


「その魔法は……そうか、君は……」


 アミルは出現した『禁忌の門』を見、そして悟る。

 彼女が、触れてはならない領域にまで身体を沈めていることを。

 ――自分と同じく、魔導(・・)の使い手であることを。


 血塗られた大門は、その身に太陽の子を受け入れた。


 この世を灰へと戻す魔法を、フェルトが呼び出した門は、吸収(・・)した。


「そうです。私は、あなたと同じ存在。……人々から忌み嫌われ、復讐を誓った存在」


 門は太陽を取り込み、その身体を大きく膨張させる。

 ドクン、と心臓が波打つように、内側から膨れ上がる。


「私はこの手で世界に復讐する。そのためにこの力(・・・)を手に入れました」


 フェルトは肥大化した門に手を添える。

 その瞳は哀しみを帯び、何かを諦めたような表情を携えて。

 そして……もう救えないところまで落ちた者の瞳だった。


「もう一度だけ忠告します。貴方は――アミル・ボードネス、貴方は、こちらに来るべきだ」

「…………」


 門が、再び開かれる。

 超大な魔力を吸収した死門は、まるでフェルトの意志を受け継ぐように、アミルへと復讐(・・)の準備を始める。

 開いた緋色の口に、新たな魔力が集まり始めた。

 それでも、彼女の言葉にアミルの口が開くことはない。


「……そうですか」


 やがてフェルトは肩をすくめた。至極残念そうに、眉尻が下がる。


「では、ここで消えてもらいます」


 目を焼き焦がす赤橙(せきとう)の光弾。

 小さな少女の膨大な魔力を媒体とし、さらにそこへ吸収した大英雄の洗練された魔力をも取り込み、己の力と化す。

 その門はまるで、生き物(・・・)であった。

 呼び出された直後から意志を持ち、主である少女の想いを引き継いで、倒すべきと判断した存在に鉄槌を向ける。


「――さようなら」


 どこか哀愁の漂うその声音が、最後の引き鉄となった。

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

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