表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
34/87

34

文字数:1380字

 宙に投げ出されるようにして、一人の少女の身体が蒼空を舞う。

 制御の効きづらい空中にも関わらず、器用にその身を回転させると、衝撃を吸収するためか膝立ちの状態で地面に降りた。

 そこから素早く立ち上がり、周囲の観察を始める。


「ふむ……」


 クラネが吸い込まれた先は、遮蔽物の何もない、無限に続く草原だった。

 吹く風は心地よさが勝る爽やかなもので、室内から飛ばされた先ゆえにここが幻想の空間であることは間違いないのだが、思わずその造られた自然に身を預けたくなる。

 ……だが、クラネの中に生まれた"既視感"が、そうはさせなかった。


(嫌なくらい、似ているな)


 そう……クラネの今いるこの草原世界は、雑貨屋コルボの裏にあった転移装置の先に広がっていたものに酷似していた。

 いや、酷似というだけでは少し物足りない。まさに同一。目に視える景色、肌に感じる風、何もかもがまったく一緒なのである。

 すると、


『グル…………』


 遠くから、獣の唸り声じみたものが聞こえてきた。

 風に乗って耳に届いたそれは強い既聴感をもってして、クラネの注意を大きく引く。

 距離は、およそ二十(メルム)ほどは開いているだろうか。灰色の毛並みを持つ大型の獣人族(ウェアウルフ)――いや、銀煌シルバー・ラメリア首領、シグナイトが、あの時と同じく理性持たずにその獰猛な瞳をクラネへと向かせていた。


「因縁の相手、か」


 クラネは先ほどあの男、レクターの言葉を口の中で転がすように反芻した。

 毎日、来る日も来る日も存在を忘れたことなどない。

 復讐のために、自分は真に剣の道を歩むことを決めたと言っても過言ではなかった。


 祖父、ガーフ・アイセンスを殺した男。

 あの頃祖父が思い病気に掛かっていたことを知りながら、全力の勝負(ころしあい)を所望した男。

 その人物が今、孫である自分の前に立っている。


「……」


 周囲には誰もいない。正真正銘、一対一。ガーフが戦った時と、同じ条件だ。

 クラネは自然と、剣の柄を握り締める。前方から夥しく放たれる殺気に打ち勝つために、自己を強く保つ。

 祖父の形見でもあるこの剣は、彼女の宝物だ。


『グルル…………』


 野生としても生息するウルフの本能が内在しているのか、鋭く尖った牙が見え隠れする口から低い唸り声が響く。

 獣人族の中でも、ウェアウルフは特段、近接戦に長けている。

 そして牙と同じく鋭く伸びた爪は、オークやボスゴブリンの太く硬い首を易々と引き裂くほどの威力を持っている。

 俊敏性と攻撃力。

 こと肉弾戦において最重要とも言われるこの二つの要素が抜きん出ているのが、ウェアウルフという種族だった。


(……だが、負けるわけにはいかない)


 レクターという男の言葉が正しければ、これが恐らく姫のお遊びとやらなのだろう。

 つまりこれを超えることが出来れば、眼前の仇を取ることが出来れば、この空間から脱出することが出来る。

 再び、アミルやアネラスと合流することが出来る。


『グルルル…………!』


 唸り声が一際大きくなる。

 理性を失った傭兵団の首領は、もはやクラネの事情や気持ちなど一切汲み取らないだろう。

 だが、それでいい。

 クラネはもう、乗り越えたのだ。

 ただただ憎しみの力だけで行動を起こすのは、もうやめた。

 これからは自らを鍛えるための要素として、かつての(かたき)を討つ。

 もっと上の高みへ行くために。

 ――千年前の、大英雄のような高みへ到達するために。

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ