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文字数:2309字
見張りも居らず易々と開くことの出来た石造りの門をくぐると、内部は外壁の碧一色と比べてその顔色を変貌させていた。
まるで鏡のように姿を映す金面の壁。遥か天井には豪勢なシャンデリアが吊るされており、左右正面には奥へ続く大きな出入り口が見える。
三方向に広がった出入り口からは赤い絨毯が伸びてそれが途中で一つに纏まり、アミルたちの通ってきた宮殿入口まで届いている。踏みしめれば、貴族らしい高貴なふわふわとした絨毯の感触が足の裏に返ってきた。
「誰もいませんわね」
その言葉通り、本当に誰も居なかった。
それは視界に人影がないという意味ではなく、この建物自体から、人の気配が感じられない。
耳が痛くなるほどの静寂。三方向から伸びる絨毯のちょうど交点辺りで、アミルたちは一度足を止めた。
「妙だな」
クラネも訝しげに周囲に目を配っている。
しかし、それでも誰かが奥から現れるでもなく、訪れるのは『無』のみだ。
すると、
「……静かに」
アミルが片手を持ち上げ、静止の合図を出した。
その横顔は何かを感じ取ろうとしているかのように、全神経を肌に張り巡らせた表情だ。
クラネとアネラスは思わず息を呑む。普段の姿だけを見ていると信じ難いが、こういう時の彼は誰よりも鋭い。
そして少年の腕と身体が、背後を向いた。
「おぉっとぉ……。やっぱアンタには気付かれちまうかぁ」
「――――え?」
間延びした青年の声。いつぞや聞いた、やけにフレンドリーな声。
一度目は、買い物の時。怪しさ満点の勧誘に引っかかる代わりに、タダで防具を買い換えたあの時。
二度目は、造り出された空間で。宙に浮かんだ端子から聞こえてきて、ほぼ間違いなく、今回の事件の関係者であり首謀者に近いと予想した声。
アネラスの中で、散り散りになっていた情報が組み合わさる。
「やぁ嬢ちゃん、店で買ってあげたその防具、似合ってるぜ」
「……」
アミルに睨まれ軽く両手を上げていたのは、紛れもない、ジオネイル換金社の営業部長を名乗っていた青年だった。
しかし彼の今の姿はアネラスの記憶にある彼とは大きく異なり、煤けてみすぼらしかった上衣は裾に焔のような刺繍の入った白基調のコートに変わっていて、以前の雰囲気は殆ど感じられない。
唯一、跳ねに跳ねまくった紅の髪の毛だけが、初見した彼の面影を残している程度だ。
腕を掲げられ、一歩でも動けばアミルの魔法がその身体に炸裂するというのに、青年は至って余裕の表情だ。
そんな彼を見て、アネラスは状況を必死に飲み込もうとしている。
「貴様……いつから後を付けてきた?」
「んー、お宅らが大広場に入ってきた時くらいから……かな?」
「つまり私たちはそこから今まで、貴様一人に気付けなかったということか」
「そうなるねぇ」
ヘラヘラ、とまるでこちらを嘲笑する顔を作る。
「……アミル、こいつは危険だ」
「分かってる」
突き出した腕に、自然と力がこもる。
この状況がアミル一人だったならば、すぐに目の前の青年を始末していただろう。
ただ、今ここにはクラネも、そしてアネラスもいる。下手に動けば相手の思う壷になる可能性を考えると、迂闊な真似はできなかった。
「確かミクス……って言ったよね? 僕たちの後を付けて、一体何をしようとしたの?」
「俺が大広場に居たのも、お宅らの後を付けたのも、全部面白そうだったからだよ。アイツがこの宮殿に変なもん仕掛けるくらいだし。っつーことで、それ以上でもそれ以下でも――」
青年が言葉の続きを口にしようとした瞬間、彼の頬を雷撃が掠めた。
「……へぇ、アンタは結構冷静なクチかと思ったんだが」
「君の趣味嗜好なんてどうでもいい。どうせ分かってるんだろう、僕たちが急いでいることくらい」
アミルの左腕から放たれた雷撃は後方へと走ったが、途中で魔力を制御したことで入口の門を破壊するまでには至っていない。
ただ空気が焦げたような臭いだけは、周囲に漂った。
「ひゅぅ、怖ぇなぁ、アンタってやつは。分かった分かった、話してやるよ。ま、そもそもそれが目的だしな」
青年は挙げた内の右手の指を鳴らした。
瞬間、アミルたち三人を隔てるによう、透明な魔法の壁が出現する。
壁は三人を別れさせ、且つ、背後の三つの出入り口にまで伸びていた。
そう、まるで、その先に進めと言うかのように。
「ちょ、ちょっと! 何をするんですのっ!?」
アネラスが拳を作って眼前を叩くが、まるで芸でもしているかのように拳は空中でせき止められる。
「何やらウチの姫様がお宅らのことをえらく気に入ったみたいでなぁ。このお遊びに付き合ってくれたら、ヤツのところへ強制的に送っていってやるらしいぜ」
「姫……? ヤツ……? 訳の分からんことをほざいている……! 早くこの壁を取り除け!」
「まぁまぁそう怒るなって。聞けば、クラネの因縁の相手も、ここで用意してるらしいぜ?」
「…………ッ!?」
クラネの表情が怒りから驚愕に変わる。それを見た青年は口角を釣り上げ、自由になった身で大手を振る。
「さぁ、ゲームの始まりだ。お宅らが急ぎたいんならさっさとこのお遊びを終わらせるんだな。俺たちはもう、ここには用はない」
背を見せ、高らかに叫ぶ。羽織ったコートが翻り、焔の刺繍がまるで本物のように揺らめく。
「ああ、そうだ。最後に一つ」
青年は再度振り向き、右手を鳴らす準備を見せつけながら、思い出したといったふうに言う。
「俺の名前は、正確にはミクス・ロッドマンじゃない。――レクター。レクター・ルーレントだ。覚えて帰ってくれよ」
同時にパチン、と指が鳴り、アミルたちの身体はそれぞれ吸い込まれるように奥の部屋へと消え去った。
次話もよろしくお願いします
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