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混沌世界の面倒臭がり調律師  作者: 天柳啓介
一章 英雄の目覚め
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文字数:2088字

 ――決着がついた。

 同時に平穏を取り戻した砂漠がぐにゃりと歪んで、元の全面金色の厨房へと戻ってくる。

 そして、全力を出し切った少女(クラネ)の傍に駆け寄っていく足音が木霊した。


「クラネさん……っ!」


 アネラスは小走りで彼女に近寄り、その身を案じた。身体をペタペタと触り、頻りに呼び掛けている。

 自分のことを心配してくれているんだと、クラネはその顔に微笑を滲ませた。


「お疲れ様、クラネ。正直、凄かったよ。見入っちゃった」


 アミルも労いの言葉を掛ける。

 クラネとグルスタッツの戦いが終わるよりも遥かに早く自らの戦闘を終えていた彼は、恐らく二人の戦いをずっと見ていたのだろう。

 いいものを見せてもらった、と少年が言外に伝えてきている気がした。


「……我の完敗だ。よもや、打破されると思ってもみなかった『腕試しコース』……クリアする者らが現れるとはな」


 仮面の男、グルスタッツが膝立ちの状態からゆっくりと立ち上がる。

 しばらくこちらに背を見せた後で振り返った彼の仮面は、まるで先ほどまでの激戦が嘘のように傷一つ付いていなかった。


「では、試練を乗り越えたお主たちには、我特製のフルコースを――――」

『まったく。貴方の店に転移できないと思ったら……その子たちを相手にしていたのね?』

「む?」


 黄金色しか視界に入らないはずのこの厨房に、突如として大きな縦長の渦が形成された。

 それはグルスタッツの脇で出現し、今この場にいる全員の視線を大いに集めながら、その渦の中から一人の女性が姿を現した。


「おお、レスティではないか!」


 魔力コーティングが掛けられた紫のローブ。腰辺りまで伸びた長い金髪。豊満な胸に、すらっとした身長。

 渦から出てきたのは、クィルスに居住を置いていたはずのレスティだった。


「レ、レスティ師匠? どうしてこんなところへ……」

「悪いんだけど、貴女たちに説明している暇は、今はないわ」


 思いも寄らない訪問者に、流石のクラネもたじろいだ様子を見せる。しかしそんな弟子を尻目に、横で「久しぶりではないか!」と嬉しそうな声を上げるグルスタッツに身体を向けた。

 そして耳元に唇を近づけると、何事かを囁く。


「…………それは真か?」

「こんな嘘を吐いて何になるって言うのよ。宮殿の外とは言え、ここは北部。盗聴(・・)の恐れもあるから、詳しいことは後で伝えるから」

「承知した。他の者らは?」

「まだこれから。出来れば【転移魔法】を使える貴方にも手伝ってもらいたいの」

「なるほど。それでまず我のもとに来たというわけか」


 グルスタッツとレスティは、何やら意味深な会話を繰り広げる。

 完全に蚊帳の外に追いやられたアミルたちは、しばしそのやり取りを傍観していた。

 すると、一旦グルスタッツがこちらを一瞥し、非常に申し訳なさそうな空気を纏いながら、改めてレスティから視線を外す。


「……すまない、急用が出来た。どうやら今は、お主らに料理を振舞ってやる時間が残されていなさそうだ」

「え」


 それを聞いて真っ先にアミルが絶望の表情を浮かべる。彼の腹の虫は、既に大合唱で空腹を訴えていた。

 レスティを見やる。彼女も、「悪いけど、諦めて」といった表情だ。


「もう無理だ……。今までありがとう、レムクルーゼさん、クラネ…………」

「ボ、ボードネスさんっ!?」

「仕方ない、ここ以外で昼食を取ることにしよう。幸いもう昼時は過ぎている。何処の店もそろそろ空いてくる頃だろう。さて、どこがいいか……」

「そ、そうですわね……って、クラネさんっ!? そんなことを言っている場合ではありません、ボードネスさんがっ!?」


 どこか手の届かない遠くへと今にも旅立ちそうなアミルを支えながら慌てふためくアネラス。そしてそんな彼女は眼中に入っていないのか、顎に手をやり、クラネは既に頭の中で次に向かう飲食店を模索しているようだ。


「……ふ。ではレスティよ、先に出ているぞ。ネスとクローニャは我が引き受けよう」

「分かったわ」


 厨房の扉に向かったグルスタッツは一旦足を止めると、最後にもう一度アミルたちに視線を送る。


「事が済み、次にお主らがこの店に来店した際は……コースとは言わず、好きなものを何でも作ってやろう。今はそれで我慢してくれぬか」


 光を失くしていたアミルの瞳が僅かに灯る。垂れていた顔を少しだけ上げ、彼を見上げた。

 その様子を見たグルスタッツは満足そうな表情で扉に向き直り、厨房から出て行った。。


「彼は自分から言ったことは必ず実行する人間よ。……すべてが解決したら、またここに来るといいわ」

「レスティ師匠、貴女は……」

「さっきも言ったけど、ここじゃ盗み聞きされる可能性があるから詳しいことは言えないわ。でも――」


 クラネ、そしてアネラスも、レスティの放つ不穏な空気を感じ取り、釘で打ち付けられたように顔を固め、彼女の次の言葉を待つ。

 さらり、と金色の髪が頬に流れた。綺麗な線を保った横顔から耽美な口元が見え、それが優しく柔和に曲げられる。


「――貴女たちは、貴女たちの思うように動きなさい。多分、それが一番、この国の為になるわ」


 紡がれた言葉は優しさとともに、悲しい決意が尾を引いているような気がした。

次話もよろしくお願いします


twitterID:@K_Amayanagi

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