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文字数:4634字
「――やぁっ! それっ! てやぁっ!」
樹木が生い茂る、深い森の中。この森は通称リッセンウィグ大森林と呼ばれ、千年前までは強い魔物の出るスポットとしてアミルを始めとした大英雄たちや、自らの腕を磨いて少しでも魔王の軍勢に立ち向かおうとした勇気ある者たちの修行場所として有名だった。
しかしどうやら現代では、アネラスを襲っていた小型ウルフ程度の小さくて弱い魔物しか生息していないようだった。
理由は定かでないが、まあ千年も経てば嫌でも変わるだろうと、アミルは面倒臭いので思考を放棄した。
「ていっ! ……ひゃぁぁっ!!」
「……はい、そこまで」
アミルが【召喚魔法】チェアで呼び出した簡易的な木の椅子からゆっくり立ち上がって手をパン、と叩くと、前方の木に向かって何度も風の塊を撃ちつけていたアネラスがその動きを止めた。
「……凄い声出てたね」
「はぁ、はぁ……だ、だって、ボードネスさんから教えていただいた魔法、魔力の……消費が……大きくて……けほっけほっ」
「とりあえず、息を整えてから」
「は、はい……申し訳ありませんわ…………はふぅ……」
「それじゃあ幹を確認しに――」
アネラスは膝に手を付き、身体全体を使って息を整える。
その間にアミルは、彼女が懸命に風の塊を撃ちつけていた木の幹へと近付いてその状態を調べる――という予定していた行動を起こそうとしたが、ぴたりと、動き出そうとしたその足にストップをかけた。
「……やっぱり面倒臭い」
「た、たった三Mですわよっ!? そのくらいは我慢してくださいませっ!」
「え~……」
息を整えたアネラスに激しくツッコまれたアミルは心底嫌そうな顔をした。
「ギルドに入るために、私に魔法を教えてくださるんですわよね?」
「うーん……」
「ち、違うんですのっ!?」
「違くはないんだけど……」
実は、アネラスにはアミルが魔法の指南をするとつい先ほど約束したばかりであった。魔法という力を魔導と言わしめるほどまで極めたおかげで、生物の身体を血のように巡る魔力の流れを容易に感じることができるアミルは、アネラスが魔力の使い方を全く知らないことを知り、それをついうっかり漏らしてしまったがために瞳を光らせたアネラスに魔法を教えてほしいと強く頼み込まれたのだった。
ギルドに加入すれば、嫌でもいつかは魔獣との戦いがあるだろう。それにアネラスは強くなりたいとも言っていた。それを知ってしまっていたアミルは純粋に眼を輝かせるアネラスの願いを断るに断れず、つい承諾してしまった……というわけだ。
(まぁでも……一度受けたことはちゃんとやらないとなぁ……)
アミルのかつての仲間【神霊体現者】の異名を持つユリファにも口を酸っぱくして言われたことだった。
『面倒臭がらず、一度受けたことはしっかり最後までやりなさい!』
今と変わらず千年前も極度の面倒臭がり屋だったアミルは、隠れてサボっていた国からの依頼を異常に勘の鋭かったユリファに一斉検挙された際、彼女にこの言葉を言われたのである。
以降魔王を倒すまでの間、ことあるごとに、それこそ何度言われたかなど数えるのが面倒臭くなるほど言われたと記憶に染み付いている。
「……うん。そうだよね。僕が自分でやるって言ったんだ。やらなきゃ」
「そうですわ、それでこそボードネスさんですわよっ!」
「ありがとう、レムクルーゼさん。それじゃあ今すぐにでも幹の確認をして――」
そう言って、アミルは満を辞して右足を前に押し出し――、
「――やっぱり、アネラスさんが行ってきて……」
「なんなんですのぉーーーーーーっ!」
アネラス悲痛な叫びが、森林一帯に響き渡った。
◇◆◇
「もう何もやる気が起きない……」
「さっきの言葉はどこへ飛んでいってしまわれたんですのっ!?」
あれから結局アネラスに言われて三M先の木の幹を調べたアミルは、まさに死ぬ間際といったようなしわがれた表情で、椅子に突っ伏していた。
「それよりも……どうでしたの、私の魔法は」
アネラスが背もたれの上から、しわがれたアミルの顔をずいっと覗き込む。
しかしアミルは顔を近付けたアネラスに待ったを掛けた。
「ああ、その前に……レムクルーゼさん、ちょっとそのまま」
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げ固まるアネラスをよそに、アミルは背もたれの横に手を回してアネラスの顔に手を伸ばした。
アミルの右手が、アネラスの額にそっと触れる。
「――っ!?!?」
「ああちょっと、まだ離れないで……」
驚きに身を跳ねさせたアネラスを、アミルはまるで身を乗り出すようにして、さらに肉薄した。ガタリ、と木製の椅子がはやし立てるかのように足音を立てる。
再びアミルの右手がアネラスの額に触れた。二人の距離、僅か数十C。とくにアミルが身を乗り出すようにしてアネラスの額に手を当てているため、背もたれが少し壁になっているとは言え、顔と顔の距離は数センチほどしかない。気だるげなアミルの顔が、すぐそばまで感じられた。
「……うん。やっぱりそうだ」
「な、何がやっぱりなんですの……?」
アミルの右手がアネラスから離れる。それと同時にアネラスは立ち上がって再び一歩身を引いた。
顔が赤い。まるで熱でもあるかのように火照り、心臓がバクバクと波打つ。
しかしそんなアネラスにアミルは気が付いた様子もなく、引いた右手をじっと見て頷いていた。
「レムクルーゼさん、身体熱くない?」
「え……?」
アネラスは改めて自分の身体を確認する。
既に波打っていた心臓は鳴りを鎮め始めているが、身体の火照りは治まっていないようだった。
それどころか段々熱くなって――
「きゅぅ」
「おっと」
ふらっとぐらついたアネラスは、そのまま重力に身を任せるようにして身体を横に傾けた。
しかしその身体を、柔らかい何かがふわっと受け止める。
【召喚魔法】クッション。アネラスの身体全てを受け止めてもまだ余裕があるくらいの大きさの柔らかなクッションが、倒れ掛けた彼女を受け止めていた。
「これ、は……」
「レムクルーゼさんは今、"魔力枯渇"に陥ってるんだよ」
魔力枯渇とはその名の通りで、身体の中を巡る自分の魔力が枯渇してしまうことを指す。
これが起きると、身体が調子を狂わせ、体温管理を始めとした様々な身体の機能がおかしなことになってしまう。
だから魔力を使用する魔法師や魔術師は自分の魔力量をきっちりと把握し、それを考慮した魔力操作を心がけるのが一般的である。
この現象はとくに初心者に起きやすい……というより、初心者でない者が魔力枯渇を起こしてしまっては立つ瀬がないというものだが。
「とりあえず今は、安静にしているといいよ。じきに身体の中に魔力が自然回復して元に戻るだろうから……」
アミルはそう言ったきり、すっと瞼を閉じてしまった。すぐに静かな息づかいが聞こえてくる。
「ボードネスさ……っ。……寝て、しまわれたのですね」
アネラスはちょっぴり寂しい気持ちになった。彼女の国であるルレリック王国はここから四百八十Kも先にある遠く離れた国で、箱入り娘であった彼女にとって、この辺り一帯は土地勘もなにも効かない知らない場所なのである。
そんな中で偶然出会った、異様なほど魔法に長けた青年、アミル・ボードネス。
とんでもなく面倒臭がり屋なこの青年は、魔獣に襲われていたアネラスを助け、面倒臭いと言いながらも、無理矢理なアネラスのお願いまで聞いてくれた。
そしてこうして今、魔力枯渇で動けなくなったアネラスを守ってくれている。
本人は寝ているが、彼の傍は、アネラスが今まで感じた誰の傍よりも安心できた。
「…………アミル、さん」
身体を襲う高熱によって意識が朦朧とする中、眼前で椅子に突っ伏したまま眠る青年の名を呼んだ。
今まで呼んでいた姓名から、心を許した者同士が呼び合える氏名で呼んでみる。これを彼が起きている時にできない不甲斐ない自分に少しだけ嫌気が指した。
アネラスは一つ、アミルに嘘をついていた。それは、彼の名を聞いた時に勘違いだと濁してしまったことだった。
彼女は、アミルの名前を知っていた。城の地下にある書庫で偶然見つけた、千年前に魔王を倒したと知られる八人の大英雄たちに関する文献。
八人にはそれぞれ異名が付けられていて、そのどれもが大英雄たちの特徴や戦い方などをうまくとらえたものだ。
国王である父親のダントに聞いたところ、この世界にはもう八人のことを記した文献は数少なく、その中でも八人の"本名"まで記した文献はさらに限られてくるという。
……書庫で見つけた文献には、八人の本名が記されていた。何故そんな貴重なものが自分の国に、そして城にあったのか父親のダントでも分からないそうだ。
文献にはそれぞれの大英雄たちが行ってきた数々の偉業、功績、そして魔王の軍勢や魔王本人との戦いでの活躍ぶりが踊るように記されていた。
その中で大英雄の一人として名前の記されていた、アミル・ボードネス。彼の異名は【死の調律師】。
【調律魔法】と呼ばれる彼独自のオリジナル魔法はその残虐さゆえ、魔法を超えた禁忌の域"魔導"と呼ばれるようになったという。
そして人々はその異名と彼の【調律魔法】を恐れ、あろうことか魔王を倒した大英雄の一人であるにも関わらず、とうとう彼本人までをも恐れ、拒んだ。
――でも、とアネラスは思う。
見ず知らずの少女である自分を助けてくれ、さらに目の前で起こった出来事に不甲斐なく醜態を晒してしまった自分を介抱し、そして先ほどまで我侭な自分の願いを承諾して魔法の指南をして、且つ魔力枯渇に倒れたところを守ってくれている。そんな彼は、人々から【死の調律師】として恐れられたとは思えないほど、歳相応で、そして優しかった。
驚くほど面倒臭がり屋な彼ではあるが、アネラスにはどうしても、彼が【死の調律師】と恐れられていたとは信じられないのだ。
もちろん、彼が"本物のアミル・ボードネス"ではない可能性だってある。むしろ可能性として考えれば、そちらの方が圧倒的に高いだろう。
そもそも千年経っているのだ。いくら大英雄と呼ばれるような凄まじい人間でも、寿命という平等な死の宣告にはかなわないはずだ。
……でも、それと同じくらい、実は本物なんじゃないかと疑う自分もいた。
年齢にしては卓越しすぎている魔法技術。そして文献通りなら、アミル・ボードネスはアネラスとほぼ同年。
しかしそれだけでは正直、本物と言い切るのは難しい。この程度の条件なら広い世界、もしかすると条件に当てはまる人物がいるかもしれない。
――でも。それでも。
アネラスには、アミルが大英雄な気がしてならないのだ。理論的な根拠は無い。でも、本能のどこかで確信に近いものとしてそれが芽生え始めていた。
その確信に近いものを、いずれ確信に変えたい。
……だから。
「絶対に離しませんわよ、……アミルさん」
そう小さく呟き、少女は自らにも激しく襲ってきていたまどろみに身を委ねた。
次話もよろしくお願いします。
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